1-1 出合い
懐かしいと、思った。
何かがおかしいだとか、変だとか、あり得ないとか。
そんな事の前に、何よりも懐かしいと。
「このっ、来るな! ロイドに、触るなー!」
必死になって紡いだファイアボールを放って、ジーニアスは息を切らせた。
後、四体。
ウルフとラビットが一体ずつ、ビーが二体。六体いたうちどうにかして二体倒したが、ジーニアスは典型的後衛タイプ。前衛がいなければ、盾を失った彼等は余りに弱い。
――ロイド。
ちらりと、横目で後ろを見る。そこには地面にばったりと倒れたロイドがいる。
やっぱり無理させちゃったんだ。イセリアで戦って、ちゃんとした手当てもせずに村を出て、そのあともずっとボクを庇ってくれてたから――!
「グルル……ガゥ!」
はっとして視線を戻すが、遅かった。
ついさっきジーニアスに倒された仲間の死体を越えて、ウルフの一匹が飛び掛かってくる。
「うわあぁぁあ!」
とっさに頭を抱えて身を縮こまらせる。
ごめん、ボクのせいだ。ボクのせいで、ロイドは!
しかし、いつまでたっても痛みは来なかった。おそるおそる目を開けて見えたのは――十五、六歳の少年。
少年はウルフを地面に蹴りつけて、腰の剣に手をかけたまま魔物達を睨み付ける。
「――去れ!」
そう怒鳴るが早いか、魔物は震えて一目散に逃げていく。少年の足下のウルフもまた、林のなかに飛び込んで見えなくなった。
しばらく耳を澄ませ、近くに何もいないのを確認したのだろう。やっと少年は剣から手を離して肩の力を抜いた。
「あ、ありがとう、助けて……くれて」
ゆっくり立ち上がると、少年が笑った。
「怪我は無い? こっちの人は?」
「ボクは大丈夫。でも、ロイドが!」
知らない人と話すな、とかそんな姉の忠告は頭から吹き飛んで、考えるのは親友の安否。
少年はロイドのそばにしゃがみこむと慣れたような手つきでロイドを診ていく。そしてパニックになりかけているジーニアスをやさしく撫でた。
「死んだりするような傷じゃないから大丈夫。きっと日頃から鍛えてるからだね。……でも、少し休ませた方が良いかもしれない」
「休ませるって言っても……」
ここは森の中だ。森は見通しが悪いし魔物も多い。街道に出たら見通しはいいが、野盗などに会う確率は高くなる。
「ここから一番近い町とか村は?」
「イセリアだけど……ボクたちは入れないんだ」
正しくは、“入れてもらえない”。
ロイドとジーニアスはイセリアを追放された身だ。怪我をしていようが子供だろうが、追放処分の二人はもうイセリアの門をくぐることは許されない。だからジーニアスもロイドも村に戻ろうとはしなかった。
村を出て南。それしか知らなかった二人は、道に迷ってしまったのである。
少年は暗い顔をするジーニアスをみて不思議そうにはしたものの、何かを聞いたりはしなかった。考え込む素振りをみせ、少し待っててと言い置くと一人で森のなかに走っていく。
親友を置いて動けるはずもない。待っている間は止血をしたりして過ごす。
長い数分だった。少年は無傷で戻ってきて、言った。
「あっちに竜車があったよ。怪我人がいること話したら、休ませてくれるって」
「え? 竜車がこんなところに?」
竜車というのは、移動手段としてよく使われる乗り物である。車を引くのは特殊な方法で手懐けられた竜族の魔物。竜車の数は少なく、人気のないところにはほぼ来ない。
ましてやこんな森のなかにいるとは思えなかった。
「あ、ちょっとなにす……!」
少年がロイドを背負おうとしているのを見て慌てて止める。
「でも、君じゃ運べないでしよ? 大丈夫、何もしないから」
そのまま、ジーニアスが何か言うのを、少年は待っているようだった。
だが、さっきはつい頭に無かったが、簡単に人を信じる訳にはいかないのだ。
姉はよく言っていた。どんなときでも簡単に他人(ひと)を信じてはだめよ。でもひとを疑うのではないの。よく、見なさい。その人がどんな人なのか、ちゃんと自分で見極めなさい。
じっと目を見つめる。なんか考えてるやつは目を見りゃ分かる、とはロイドの言だったが、この少年は悪いひとではない気がする。
「ホントに?」
「ほんとほんと。ほら、こっちだよ」
そう言うと、少年はロイドを背負ったまま歩き出した。
少年は、本当に人を背負っているのかと思うほど速かった。
木々の間をするりと抜け、岩をひょいと飛び越える。走っているわけでもないのにジーニアスは追い付けなかった。時々立ち止まってくれていなければ、きっと見失っていただろう。
肩で息をし、もう歩けないと――殆ど走っていた上、ジーニアスの体力があまりないことも原因ではあるが――思った頃にようやく、少年が言っていた竜車についた。
「サラさん、言ってた人を連れて来たんですけど……」
サラ、と呼ばれて出てきたひとは優しそうな女性だった。彼女はロイドを見るやはっとした。
「あらまあ、大変だわ! すぐに中へ!」
「……これでもう大丈夫。あとはゆっくり休めば怪我もすぐに治ると思うわ」
「サラさん、本当にありがとうございます!」
ここに運び込んで一時間あまり。サラはその間ずっとロイドに付きっきりだった。少年もサラを手伝って動き続けていて、ジーニアスは何もできなかった。
なに、ひとつ。
「いいのよ、お礼なんて。怪我の手当ては慣れてるもの」
サラは家族であちこちを旅しているらしく、その一環として手当ては一通り出来るのだそうだ。
「こんなところでよければ休んで行ってね。一晩くらいなら大丈夫だから。今すぐ休む?」
「いえ、僕はもう少し外を見てきます。またあとで」
「ええ分かったわ。気を付けて」
少年はまた林のなかに走っていった。
「君はどうする?」
「あ、ボクは――」
休みます、と言いかけ、少し考えて首を振った。
「ボクももう少ししたら休みます」
「そう、じゃあ私は近くにいるから、何かあったら呼んでね」
サラはそう言って、ジーニアスと倒れたままのロイドを残して竜車から出ていった。
一息ついて、ジーニアスは唸った。
あの人――魔物を追い払ったあの少年。いったい何者なのだろう。
見たところ、年は十五、六歳。ロイドより、ほんの少し背が低いくらいだろうか。腰に剣を差していたから旅人か、もしかしたら傭兵かもしれない。あれだけロイドが手こずった魔物が、戦わずに逃げていくくらいだもの。
でも。変わったひとだった。年はロイドとそう変わらないのに(ロイドは十七歳だ)、正反対の、でもとても近いところにいるような。そしてあの傭兵、クラトスとどこか似ているようで、全く似ていない。
どちらかと言えばコレットの方に似ている気がする。
コレット・ブルーネル。今回の神子。この世界、シルヴァラントの命運を背負った、幼馴染みの少女。
ジーニアスが知る限り、コレットは明るい子だ。ロイドとはまた違う笑顔が似合う子で、いつでも皆の真ん中で笑っているような子だ。よく転ぶのに、怪我をしたことは一度も無かった。
ボクは転ぶといっつも怪我するのに……。
そこまで考えて、ふと首をかしげる。
「何で似てると思ったんだっけ……? 髪の色が同じだから、じゃあないよなぁ……」
正確に言うと、あの人の方が少し薄い、淡い色をしている。目の色は全く違う色だ。服はコレットを一言でいうなら白。あの人は黒、もしくはそれに近い青。ついでにコレットは女で、あの人の方が背もずっと高い。
「あれ? あー、うぅ……」
あーでもないこーでもないと考えれば考えるほど思考はどんどん違う方に進んでいって、最初に何を考えていたか忘れてしまった。
となれば思い出そうとするのは当然で、しかし何を思い出すのかわからない。だが思い出さなければならない気がする――
「……え、じー……す、ジーニアスったら!」
「っ、うわあ!」
心臓が跳ねた。落ち着いて振り向けば、さっきの少年が竜車を覗き込んでいた。
「ご、ごめん。そんなに驚くとは思わなくて。……大丈夫?」
「う、ん。うん、大丈夫。どうしたの?」
少年は満面の笑みで、
「ご飯、食べる?」
「じゃあ、さっき出ていったのはこれをとってくるため?」
「うん。あんまり大きいものは仕留められなかったし、作ってくれたのはサラさんだけどね」
そう言いながら少年は鍋を軽くかき混ぜた。
竜車は森の中のちょっとした広場に停めてあった。そこで、少年が採ってきた材料で夕食をつくっているのだ。
いつのまにかかなり時間がたっていたらしく、既に頭上は満天の星空である。
「僕が採ってきたのって、殆どが果物とかキノコとかだし」
「あらそんなことないわ。ちゃんと肉だってあるじゃない」
調味料の類いを持ってきたサラが笑った。少年は慌てたように立ち上がる。
「大勢で食事するなんて本当に久しぶり。一人で食べるのはあまり美味しくないもの」
だから気にしなくていいのよ。そう言われても、少年はどこか気まずそうだった。
だが。
ジーニアスは知っている。知らない森で、しかも魔物がうようよいる森で、食べられるものを探すのが、どれだけ難しいか。
イセリアを知らないから、この辺りに来るのは初めてなのだろう。町単位村単位でどうにか生き延びているのが現状であるシルヴァラントにおいては、生まれ育った地域以外を知らないのは珍しくも何ともない。
むしろ、この少年のような旅人の方が珍しい。
裏を返せばそれは、この少年は一人で旅が出来るほど強いと言うことになる。
「う、うぅ?」
その時だ。竜車の中から呻き声が聞こえたのは。
反射的に立ち上がり、ジーニアスは竜車の中へ駆け込んだ。
間違えるはずがない。物心ついてから、ずっと一緒にいたのだ。
「ロイド!」
「うぉっ!?」
名を呼んで抱きつく。よろめいたものの倒れなかったのは、日頃の鍛練の賜物だろう。
「ジーニア、ス?」
何事もなかったかのように笑うロイドをみて、目の奥がじんとする。黙って腕の力を
強め、顔をロイドの体に押し付けた。
「倒れちゃったときは、もう……ダメかと思った……っ」
始めこそ顔を赤らめていたロイドもその言葉を聞いて微苦笑を浮かべた。そしていつもしていたようにジーニアスの頭を撫でてやる。
「ありがとな、ジーニアス。でももう大丈夫だから」
何度も平気だから、大丈夫だから、と繰り返してようやく、ジーニアスはほっとしてロイドから離れた。
ロイドに肩を貸し、支えながら竜車の外に出る。
「あら、起きたのね。気分はどう? どこか痛むところはない?」
「大丈夫、だけど……」
サラに声をかけられてロイドが目を白黒させた。
「あのね、ここはイセリアの近くの森だよ。で、こっちのひとがサラさん。この竜車のひとで、ロイドを手当てしてくれたんだ。あっちにいるひとが魔物を追い払ってくれたんだよ」
ジーニアスの紹介に合わせて少年は軽く会釈した。サラが近づいてきてロイドの顔を覗き混んだ。
「………大丈夫みたいね。初めまして、私はサラ」
「ロイド・アーヴィングだ。助けてくれてありがとう」
「いいのよ、別に取り敢えず――」
ぐうぅー。
「ロイド?」
「いや、なんでもな」
ぐうぅー、ぐーぎゅるる。
「……腹へった……」
「ふふふ。まあ」
サラはひとしきり笑って、二人を火の方に促した。
「先にご飯にしましょうか?」
こんにちは。柚奈と申します。
前書きにある通り、これは現在Pixivに投稿している作品ですが、こちらにもマルチ投稿することになりました。
作者の漢字が違いますが同一人物です。
なんとか完結には漕ぎ着けたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。