ほんとにちょっとだけですが。
「え、船は出ない?」
「ああ、海が大シケで、出そうにも出せないんだよ。最近は魔物も増えてるし、お陰で加工品も満足に作れなくてな……」
悪いな、と言われて引き下がるしかなかった。
レミエルが、解放の時に言っていた言葉。
『次の封印は遥か東、海を隔てた向こうにある』
「ということは、パルマコスタだろう」
「ええ。――困ったわね」
船は出ないと突っぱねられて、リフィルとクラトスが地図を睨んで唸っていた。
そこに、腕一杯に抱えた食材を買い込んだエミルとジーニアスが戻ってきた。
「あら、ジーニアス。お帰りなさい。よくこんなに買えたわね」
一行の財布を握っているのはリフィルである。食材を買うために渡した金額は、とてもではないがこれだけの食材を買うには足りない。
シルヴァラントは現在マナを失い衰退している。マナの恵みを受けて育つ作物は勿論、魚や肉も不足しているのだ。いくらイズールドがシルヴァラントではパルマコスタに次ぐ漁獲量を誇るといっても、エミルとジーニアスが二人がかりで両手に抱えるほどの食材を、あれだけのお金で買えるわけがないのである。
「もしかしてエミルに……」
「違うよ! 向こうでねこにんがゲームをしててさ。その報酬でグミを貰ったんだ。それを売って」
ほら、と開いた袋にはアップルグミだけでなく、黄色のグミもあった。レモングミ、アップルグミよりも高価なグミである。それだけではなく、青いボトルも何本か見受けられた。ライフボトルと呼ばれる、一種の気付け薬だ。
魔物が凶暴化している現在、グミはお菓子ではなく旅の必需品だ。リフィルやクラトスのように治癒術が使えない者は――ほとんどの者が当てはまる――グミで体力や精神力を回復させるしかないのだ。
なるほど、ならばグミを売れば結構な金額になったに違いない。グミも決して安いものではないから。
「ねこにんに、もらったの? 買ったのではなくて?」
「う、うん。あっちで“ゲームをして勝ったら景品お差し上げ~”ってやってたんだ。無料だったし、簡単そうだったからやってみたら意外と良いものくれたよ」
ジーニアスは三回勝負のうち後半二回を勝ち、ライフボトルとアップルグミを五個ずつ貰った。それでジーニアスは切り上げようと(それだけでも2800ガルドの節約である)したのだが、ねこにんのほうが「も、もう一回ニャ!」と挑み続け、ジーニアスは連戦連勝。ついには景品が無くなるまで二人の勝負は続き、エミルは何度となく欠伸が出そうになった。
ジーニアスは景品のグミとボトルが高価なのを知っていたので返そうとしたのだが「ぐっ、敗者に情けは無用なのニャ!」とかなんとか叫んで脱兎のごとく走り去ってしまったので、ある程度を残して売り払った、と言うわけだ。
「そんなわけで、お金は余ったから返すよ」
「ありがとう。助かるわ、ジーニアス」
リフィルは礼を言って金を受け取り、また地図を眺める。ジーニアスのお陰で多少足を伸ばしても大丈夫そうだ。だがコレットやジーニアスに余り長距離を歩かせるのも……いや、しかし………。
エミルがリフィルの手元を覗き込んで聞いた。
「北に、行くんですか?」
「え、ええ……」
「? どうしたのさ姉さん。あんなに船で行くのは嫌がってたのに」
嬉しくなさそうだね。リフィルが瞬時に否定した。
「違います! 嫌がっていた訳では……――こほん。ここ以外でパルマコスタに船を出している港が無いのよ」
パルマコスタはシルヴァラントで最も栄えたと言っても過言ではない大都市。ここから海を挟んだ場所にある、港町である。
次の封印は恐らくパルマコスタの近くにある。
「他にパルマコスタに行く方法は無いんですか?」
話を聞いていたコレットが訪ねると、クラトスか答えた。
「いや……北上し、ルイン、アスカードを経由してハコネシア峠まで行けば陸路でパルマコスタに行くことも可能だ。ただしその場合」
「かなりの回り道ね。ほぼシルヴァラントを一周することになるわ。それに北は魔物が凶暴だから……大丈夫かしら」
本気で心配するリフィル。しかしロイドがエミルの背中をバンバン叩いて笑い飛ばす。
「大丈夫さ! エミルもいるんだからな」
「………そういえばエミル、トリエットまでって約束だったね。ねえ、エミルはこれからどうするの?」
エミルはロイドに叩かれて涙目だったが、ジーニアスに問われると少し遠くを見て懐かしそうな顔をした。
「僕は……そうだね、シルヴァラント一周しようかと思ってるんだ。あと、古い友達に会いに」
古い友達。ジーニアスは口の中で繰り返す。古い友達。きっとそれが、エミルの言っていた仲間のことなんだ。
シルヴァラントを一周するならば、封印解放の旅に着いてきても問題ない。
「なんだ、じゃあしばらく一緒だね」
「うん、よろしくねコレット。ジーニアス、ロイドも」
イズールドを出て四日目。
ひたすら北上し、海らしき場所を越えたのが昨日の昼過ぎのこと。そこから急に魔物が強くなり、ロイドの剣では敵わない魔物が増えた。
勿論ロイドの剣が至らないこともあるが、それだけではない。そもそも剣が通らない魔物が増えたのである。
クラトスとエミルはそんな魔物でも切る術を知っているから何の問題もない。リフィルは治癒術が基本だし、ジーニアスが使う魔術は相手がどれだけ硬かろうとも難なく屠る。ロイドは最近防戦一方なのだった。
そんな過酷な戦場にあって、疲れない訳がない。コレットもジーニアスも疲れ果てノイシュに乗って暫く経つ。ノイシュも流石に疲れを見せていた。
何時もならそんな一行を然り気無く気遣い休憩をとるクラトスは、今回はただただ口を閉ざしたまま先を急いでいる。
「な、なあクラトス。どこに向かってるんだ?」
そろそろ休もうぜ、とロイドは訴えたが、返ってきたのは否の答え。その代わり何処に向かっているかは分かった。
「ハイマだ」
と、言われてもロイドにはさっぱり分からない。反応したのはエミルだった。
「ハイマって、あの冒険者の町? 山の中にある、あの?」
「エミル、知ってるの?」
「うん。知ってるというか……なんというか」
複雑な顔をして遠い目をしたエミルを遮って、クラトスは淡々と――その間も足を緩めない。競歩をしているようだ――語る。
「この辺りには村がない。日が暮れるまでにハイマに着かねば、凶暴な魔物たちの中で野宿する羽目になるぞ」
死にたくなければ急げ、と言われている気がした。
「ここが、ハイマ?」
「何て言うか……寂れてるね」
急いだお陰でどうにか昼過ぎにはハイマに到着した。切り立った山の中にあり人は疎らで、いる人の顔も何処と無く暗い。
エミルが悲しげに応じた。
「六年前の事件で、住んでた人が逃げ出しちゃったからね。別の峰を登れば、まだ人はいる筈だけど」
「六年前?」
「うん。ちょっとね」
ジーニアスの記憶には何もなかった。情報がイセリアまで届いていなかったのかもしれない。
辺りを見回す。山道を登ってたどり着いたそこは、小さな古い小屋があるほかは何もない、集落とも言えない場所だ。
突然、エミルがはっと振り向いて、腰の剣に手をかける。
「エミルどうし――魔物っ?!」
次に反応したのはコレット。すぐさまクラトスが彼女を庇い構える。
そこにいるのは竜車に使われるような竜と、ウルフやホークなどの見慣れた魔物。それから、巨大なニワトリのような、コカトリスという魔物。
「何で! ここは町の中だよ?!」
「良いから蹴散らすぞ!」
ロイドが剣を抜いて突っ込んで行く。ウルフと竜の足を切りつけて足止めし、けれど深追いはせずに一旦引く。逆上してロイドに噛み付こうとするも、怪我で足をもつれさせ、そこをロイドの剣が確実に仕留める。
エミルの戦い方をずっと見て、ロイドが覚えた戦い方だ。闇雲に突っ込むのではなく、守りながらの戦い方。
その頃にはもう大抵の魔物がエミルやクラトスに切り伏せられ、ジーニアスの魔術で一掃されていた。
しかし敵はそれだけではなく、次から次へと新手が現れる。
「あれは……ベア?」
「違う、オーガだよ! ロイド危ない!」
叫んでも、ロイドはすぐには反応出来ない。
エミルが遂に剣を抜き、オーガとロイドの間に滑り込む。直後、オーガが力任せに振るった棍棒がエミルをまともに打ち付けガードごと吹き飛ばした。
壁に打ち付けられたエミルが呻くのが見えた。エミルは、それほど体は強くないのだ。力で押してくるタイプには、どうしても弱い。なのにロイドを助けるためとはいえ、攻撃をまともにくらった。
ぐったりとするエミルの体が、うっすらと紅く見えて。
「―――エミル?!」
「今助けます!」
リフィルが癒しの術を紡ぎ出す。クラトスはコレットを守るのに忙しく、此方まで手が回らない。オーガに一番近いのはロイド。まだ動けないロイドが―――危ない!
かつん、かつん。
剣玉を手にマナを練る。描くのは水流。大地のなかに染み渡り、時に全てを吹き飛ばしてしまう、激流のうねり。
「水に飲まれろ――スプレッド!」
突如として発生した間欠泉が、オーガの棍棒を弾き飛ばした。その勢いでオーガはバランスを崩し後ろに倒れる。
「姉さん、今のうちにエミルを!」
「任せなさい!」
ロイドが体勢を立て直して剣を構えた、が。
オーガは敵をジーニアスに定めた。……感覚で分かる。オーガの目には今、ジーニアスしか写っていない。武器を弾いたことで標的にされてしまったらしい。
そろそろと、後ずさる。オーガは武器を拾い上げ、足元のロイドを素通りして、真っ直ぐにジーニアスに向かってくる。
足が、腕が震えてマナが紡げない。怖い。怖い怖い怖い。
やられる―――!
「アイシクルレイン!」
凛とした、少女の声がした。
ねこにんのミニゲームは良い資金源になってくれました。ミニゲーム中、後ろにこっそりロイドの手配書があるのがお気に入り。
ううむ。にしてもシリーズを追うごとにねこにんが進化している気がする。二十周年作品に至っては尻尾に魚が食い付いてるし……アレ、食べられるの?
里(Z)の入り口のねこにん曰く。
「ねこにんのルールはただ一つ。《突っ込んだら負け》!」