それは、本当にずっと昔の話。
もう記録も残っていない、言い伝えの欠片に僅かに残る、人々の昔話。
そして彼にとってはほんのついこの前の事。
誰も知らない、けれどとても大事なことで。
彼だけがそれを、知っている。
随分と、風が強かった。
そんなのはお構いなしで、リフィルの瞳が煌めく。
「おお……アスカード遺跡だ……ロイド。この遺跡の歴史的背景を述べよ」
「え、えっ。えーと……」
ロイドは目を泳がせる。
クラトスは傍観に徹しているし、アリスとデクスも呆れたようにリフィルを見るばかり。ロイドにとっては何度目かの遺跡モードでも、彼らにとっては――特にアリスとデクスにとっては初めてなのだから、仕方ない。
後ろ手にジーニアスの服の袖を引くと、ジーニアスが溜め息をついた。
「クレイオ三世が一週間続いた嵐を鎮めるため、風の精霊に生け贄を捧げる儀式を執り行った神殿」
「……です」
……ジーニアスが知っていてリフィルがロイドに聞くということは、授業でやったことがあるらしい。しかしロイドの記憶にはこれっぽっちも残っていない。
リフィルの授業は寝ていたりすると容赦なくチョークが飛んでくる。ただ遺跡や歴史の話になると途中から、語るのに夢中になったリフィルが注意をしなくなる。ロイドにとってその時間は、数少ない寝こけていても怒られない時間なので睡眠に費やしていたのだ。
ああ、不味い。このままだと説教突入コース。リフィル先生の青空教室が始まってしまう!
「ああ……この五年間、貴様は一体何を習ってきたのだ!」
「何って体育と図工と……」
「もういい!」
ほっとしたその時、エミルが遠慮がちに手を挙げた。
「あのー、すみません、クレイオ三世って誰ですか?」
「あ! エミル、それは……っ!」
折角授業回避したのに! ロイドとジーニアスが止めようとするも虚しく、リフィルが遺跡から目を離して振り返った。
「む。エミルは知らないのか」
「はい。僕、学校に行っていなかったので」
「では仕方ないな。――エミル。かつてこのアスカード地方にはバラクラフという王朝があったのだ。クレイオ三世はその最盛期の王の名だ」
逃げ出そうとしたらジーニアスに捕まり、折角だから聞いておいたら、と言われた。アリスが大あくびしたが、リフィルは気がつかない。エミルはリフィルの言葉を繰り返す。
「バラクラフ……」
「風を祀る民だったそうだ。例えばこの石舞台の模様。この微妙な曲線は、風の精霊が空を飛ぶ動きを表すとされ――」
しばし、リフィルの解説があり。
「――さて何か質問は?」
「あの――え?」
エミルが手を挙げかけたのを、今度こそジーニアスはエミルの手首を捕まえて止めた。代わりにコレットがいつものように進み出る。
「すみません、よく分からなかったのでもう一度説明してください」
「フ……良いだろう。このフォルムは……」
いよいよ気分よく語り始めたリフィルと、分かっているのかいないのか、聞いているのかいないのかよく分からないコレットを残して、ジーニアスとエミルは少し遠ざかった。
「はー、良かったぁ………姉さん、あの調子じゃきっと夜まででも喋り続けるよ」
「……なに、あれ」
アリスが呆れていた。付き合いきれなかったのか、アリスもデクスも避難してきていたのだ。……クラトスだけが逃げるタイミングを失いリフィル達を見守っていた。
「えーと……姉さんの、病気? 遺跡とか歴史とか、そういうのを見るとああなっちゃうんだ。遺跡マニアなんだよね」
「まにあ……って、なんだ?」
デクスがぽかんとし、アリスが教えてやる。
「何か一つのことに熱中してるおバカさんのことよ」
「なーんだ、じゃあオレだって『まにあ』さ!」
「ふーん?」
デクスはぐっと親指をたてて、
「アリスちゃんマニア!」
「キモい」
瞬殺。
デクスは所謂体育座りで落ち込んでしまった。それを更にアリスが鬱陶しいと渇を入れる。
漫才に近いやり取りを始めた二人を横に、ジーニアスはほとほと感心した。
「……エミル、よく姉さんに付いていけるね」
「あはは……きっとここだからだよ」
予想とは違う答えが返ってきた。エミルはとてもやわらかく、微笑ましくアリス達やリフィルを見守っていた。
ジーニアスは気が付く。リフィル達だけじゃない。風景を、見守っている。
「? ここは何かあるの?」
「うん。古い友人の……故郷なんだ。僕にとっても大事な場所だし。だから、知りたいって思うのかも」
途中言い淀んだのは、相応しい言葉を探しているみたいだった。こきょう。その人が、生まれ育った土地。
………そう言えば、エミルが仲間の事を喋るのは、これが始めてなんだ。
「友人、か。ねぇエミル、前にも言ってたけど……」
言いかけて、ジーニアスは口を止める。何故かエミルが、石舞台の方をじっと睨み付けていたのだ。
「エミル?」
「――んなこと、させるか」
俯き、髪で顔が隠れてよく見えない。どうしたの、と問いかけて返ってきたのは地を這うような低い声。ジーニアスはそれがエミルの声だと気が付くのに数秒かかった。
「え? あ、ちょっとエミル?!」
エミルは全速力で石舞台の裏手に走っていった。
――アリス達が、エミルをじっと見詰めていたのには気付かずに。
ロイドがその二人を見付けたのは、本当に偶然だった。
リフィルの話が詰まらなくなって、リフィルの視界に入らないようにこっそり抜け出して、そうするとふと、声が聞こえたのだ。
石舞台を、破壊すると。
とたん、リフィルがすっ飛んできた。
「この遺跡を破壊するだと!?」
「「お前たちにはこの遺跡の重要性がまるで分かっていない!!」」
? ……今、リフィルの声に交じってなにか聞こえたような?
リフィルも遺跡モードではなく、あら、と首をかしげていた。ロイドの聞き間違いじゃ、ないらしい。……が、なかなかに信じられないのも事実だ。
何故なら――――怒鳴っているのは、駆け付けて来たエミルなのだから。
「いいか、ここは遥か昔から風の民が住む場所だ! 風の精霊を祀る風の民が、神殿を破壊するとは何事だっ!」
だんっ! と、一歩踏み出したその衝撃で。
『あ』
爆弾らしき塊の、レバーが下がった。
―――空気が重い。しかしここで教えなければ、あとでどうなることか!
ロイドは勇気を振り絞って、ひきつった喉を動かした。
「エミル、先生」
「…………」
「なんだ」
「………爆弾の、スイッチが入った」
「――………――――なんだとっ?!」
反応まで少し間があったのは恐らくエミルに驚いていたからと、遺跡が破壊される事に頭が真っ白になってしまったからだろう。
リフィルは遺跡モードで慌てて振り返り、爆弾に目を向けた。それを見てようやく我に帰った二人のうちの一人が、リフィルとエミルを示して叫ぶ。
「お前たちのせいで爆弾が作動してしまったのだ!」
「ひとのせいにするな! それでも貴様人間か!」
リフィルの蹴りが叩き込まれた。……ロイドは、身をもってその威力を知っているから、見ただけでも顔をしかめてしまった。
男性はすぐに飛び起きて、
「おれはハーフエルフだ!」
「そんなことより、解除スイッチはないのか!」
叫んだリフィルの前で、男性はぐっと胸を張り。
「そんなものはない!」
「「いばるな!!」」
今度はリフィルだけでなく、エミルまでもが手を……じゃない、足を出した。
戦いに足技も使うエミルの蹴りをくらって石舞台に強か叩き付けられた男性は、それでも意識があった。……よほど体が丈夫らしい。
さて困った。
爆弾を爆発させるわけにはいかない。けれど止めるスイッチはない。爆弾は機械仕掛けで、秒読みがゼロになると爆発する仕掛けらしい。爆発までは、まだしばらく残されている。
どうしようかと唸る、ロイドの横で。
エミルがすらりと、腰の剣を抜いた。
「―――って待てエミル! 何をする気だ!?」
「壊す」
ああそうなのか。
………待て、エミルは今何と言った?
爆弾を、壊すと言わなかったか?!
「待て待て待て! そんなことしたら衝撃で爆発――!」
爆弾ならばほんの少しの火花でも引火して、爆発するはずだ。部品同士がぶつかるとき、或いは剣と当たるとき。僅かでも火花が散らないなんて、そんなことがあり得ないのはロイドが一番知っていた。まして魔物を何度も切った剣なのだ。
エミルは剣先を爆弾に向けて構える。
「大丈夫だ。舞台に傷ひとつつけない。一瞬で消滅させる」
エミルの声に、欠片の躊躇いも無かった。それが当たり前かのように。
そして――とても恐ろしい、怒りの声。
いつも穏やかなエミルがこんな声を出すなんて。ロイドは固まって、動けなくなった。動いたら、ダメだ。動いたらきっと、自分が消える。
「ダメだ! そんなことをして万が一の事があれば……!」
リフィルはこの圧力を感じていないのか、エミルに叫ぶ。
エミルは動かない。爆弾を見据えて、剣を抜いたまま。リフィルも退かない。エミルを見つめて、腕を組んだまま。
ロイドは動けなかった。エミルが、怖い。
しばらくずっと、そのままで。
爆弾の秒読みが進む度にリフィルがそわそわしだした。
このままではいけない。
俺が解体するよ、とロイドが宣言したのは、秒読みが一分をきった頃だった。
あの後騒ぎを聞き付けた村長がやって来て、ロイドたちは石舞台から追い出されてしまった。というのも、あそこは現在立ち入り禁止だったらしい。
……だったらちゃんと戸締まりくらいしとけよ。
彼ら二人もどこかに逃げ出してしまったが、石舞台には今度こそ誰も入れないように見張りがたてられた。
あれで石舞台が破壊されることもないだろう。
「ああ……良かったぁ……!」
心底ホッとしたのか、エミルの体から力が抜けた。
「もう、ビックリしたんだよ。エミル急に走っていっちゃうんだもん」
「う……ごめんなさい……石舞台が壊れると聞いて、つい」
エミルはジーニアスの追及に、素直に謝罪した。が、リフィルがエミルに詰め寄る。
「そうだ、エミル! さっきの話を聞かせろ! バラクラフの民が風の民とはどういう意味なのだ! 神殿とは何のことだ!? 詳しく話せ!」
遺跡モード、再発。
エミルのマフラーを掴んで揺するリフィルには、エミルの声はきっと聞こえていない。
「た、たすけ、助けてジーニアスっ」
「ごめん、ムリ」
こうなったリフィルは止まらないのだ。
それをじっと見ていたデクスがぽん、と手を打った。
「そうか、分かった!」
「どうしたのよ、デクス」
アリスの問いにデクスは一つ頷いて、満面の笑みをたたえながら。
「少年は、遺跡マニアの弟子だったんだな!」
………。
ああ、なるほど。さっきの石舞台の説明を聞いていた事といい、遺跡の事で顔色を変えた事といい、弟子に見えなくもない、かもしれない。
リフィルがふと手を止めた。
「ふむ……確かにさっきの遺跡を守ろうとした行動。そして遺跡に対する考察……エミル! お前には考古学者の才能があるかもしれん」
エミルはじりじりと後退るが、そこをリフィルががっしりと腕をつかんだ。
「さあっ、私と共に学問の高みへ登るのだ!」
随分嬉しそうなリフィルと、顔をひきつらせるエミル。ああ、こっちの声なんて聞こえちゃいない。完全に自分の世界だ。
そこにデクスが良かったな、とばかりに指を立て。
「そんなの嫌だあぁぁ―――!!」
リフィルにぐいぐい引っ張られ、デクスに背中を叩かれながら。
エミルの悲痛な叫び声は、風薫るアスカードの青い空に、高らかに響き渡ったのだった。
エミル は 称号『遺跡マニアの弟子』 を 手に入れた!
デクス は 称号『アリスちゃんマニア』 を 手に入れた!