「は? 生け贄?」
話を聞いて一番に、何故かエミルが仰天した。
あの後。
エミルを問い詰めるよりもあの二人を探した方が良いんじゃないのか、とロイドが言ったおかげでエミルは解放されたが、代わりにリフィルの頭は「遺跡破壊阻止」で埋まってしまった。
遺跡の危機の前にリフィルが止まる筈もない。
結局ぼやくアリスとデクスにまで手伝わせて、あの二人――ハーレイとライナーを見つけ出したのだった。
正確には、彼らがいるアイーシャという、女性の家を。そしてアイーシャは風の精霊の生け贄にされるというのだ。
アイーシャの兄だというライナーが頷く。
「はい。あの石舞台は元々風の精霊を祀るためのものなのです。毎年巫女の儀式を……石舞台で踊る儀式を行っていたのですが、その……」
「この馬鹿が石舞台を調べようとして封印を開いちまったんだ。おかげで風の精霊とやらが甦って、生け贄を要求してきたのさ」
「精霊さまが甦ってから、アスカードにはずっと強い風が吹くようになりました。岩が落ちてきたり、風でお婆さんが飛ばされそうになったり……私が行かなければ困るのはこの街の人たちなんです」
「外の瓦礫はそのせいなんだね」
古い町であるアスカードは遺跡や古代にまつわるものが多く、美しい観光地として有名だ。なのに外は崩れた瓦礫や土砂が散乱し、見る影もなかった。人も少ないし、言われてみれば確かに風が強かったように思う。
「なるほど。では生け贄というのが――」
「――そんなの、ウソだ」
言いかけていたリフィルが、思わず口を止めて振り返るほど。クラトスやアリスまでが、表情を変えるほど。
その声は、固くて、暗かった。
エミルは白くなるまできつく手を握りしめていた。顔は真っ青になっている。
「あり得ない。精霊が――シルフ達が、生け贄なんか求めるわけない。ましてこの石舞台でなんて……ここに封印なんか」
「封印……?」
コレットが反応した。精霊の封印なら、それは世界再生の封印だ。
リフィルが目を輝かせた。
「それはまさか……!!」
「はい! 貴方もバラクラフ遺跡を研究されているのなら、風の精霊を祀る祭壇のことをご存知でしょう。伝説通り、封印は存在したんです!」
「バラクラフピラーの象形文字は、伝説ではなかったのか!」
学者の間でだけ相通じる何かがあるのだろう。リフィルとライナーは何を言っているのかわからないくらい早口で、楽しそうに話している。
「……俺たちが探してる封印じゃないみたいだな」
「姉さん……旅の目的、忘れてない……?」
呆れつつ、ふと後ろを振り向くと。
「―――あれ? エミルは?」
エミルが、いなくなっていた。そしてアリスとデクスも、いなかった。
「いいから、そこを通してください!」
「ならん」
ああもう、さっきからその一点張り。なぜならんのか説明してくれるならまだしも、説明もなにもなしだ。
苛立ちを極力抑えて、出来るだけ静かに告げる。
「生け贄のことなら聞きました。町の皆さんには迷惑をかけないとお約束します。だから通してください! この先に用があるんです」
彼らを全員叩きのめして押し通るのは容易い。けれどそれをしたら、きっとロイド達が困る。だから、どんなに腹が立ってもちからは使わない。
でも。
「ダメだ! これ以上風の精霊さまの怒りを買うわけにはいかん。そんな約束が信用できるか。この舞台に上がれるのは精霊の躍り手だけだ」
どんなに我慢しても、我慢の限界というものがある。
口にこそしないが、彼の心中はとても穏やかではない。このわからず屋、頑固頭! 風の精霊はここにはいないと、何回言えば分かるんだ!
「だから! ここにいるのは精霊なんかじゃありません! 躍り手でも殺されるだけで、異変なんか収まらない!」
「だったらなんだ、お前はこの異変を収められると言うのか!」
「―――っ」
答えに、詰まる。
出来ないと言えば嘘になるが、答えるわけにもいかない。……嘘をついてはいけないから。
異変を収めるために行くんだと言えたら、どんなに良いだろう。
いっそのこと全員気絶させてやろうかと考え実行しかけたその時、後ろから声がする。
「だったら、私が躍り手になります。それなら舞台に上がっても良いですね」
振り返れば、そこにリフィルが。いや、リフィルばかりではなく、ロイドやコレット達、クラトスやアリス達までがそこにいた。
「先生………危険です。殺されるかも知れないんですよ?」
かもしれないというか、確実に死ぬ。風の精霊というのが彼の考え通りなら、殺される。
生け贄を求めるほどに切羽詰まっているとしたら。早く行かなければならない。そしてここは、入り口になるのだ。
だからそういう意味でも―――彼らを近付かせたくないというのが、彼の本音だった。
「けれどここが封印かも知れないわ。風の精霊が求めている生け贄は、マナの神子のことかもしれないじゃない」
その時、エミルには見向きもしなかった町長が、僅かに眉を動かしたのに彼は気がついた。
「マナの神子――?」
「それにもしも危険だったら……助けてくれるのでしょう?」
その顔に、何かが重なった。誰だ。分からない、きっと大切なことなのに――気が付けば、エミルは頷いていたのだ。
かんっと、音が響く。
石舞台の模様の上で、巫女装束のリフィルが杖を打ち付ける音だ。中央で祈り、東西南北に刻まれた模様に杖を打ち付ける。そして中央で、祈る。
それを繰り返している。
ジーニアス達はリフィルを見守っているが、アリスとデクスはかなり暇そうにしていた。
―――良かった。彼はほんの少し、ホッとする。あれは、違う。あれなら扉は完全には開かない。
永い時を経て、儀式が変わってしまったのだろうか。あれでは精霊をこの地に繋ぎ止めることはできても喚ぶことは出来ない。あれに精霊は応えない。応えてしまったら囚われる。
そしてあれになら、彼が応えることもない。
あれに応えるとしたら―――
石舞台が、光を放つ。マナの光。一瞬だけ開いた扉の隙間から、漏れ出してきたマナ。
マナの奔流は数秒で収まる。けれど、そのなかに。リフィルが祈る、その前に。
風を纏った何かが、いる。
『娘を貰い受けに来た』
「――っ、違います、先生! それは精霊でも、封印の守護者でもない!」
コレットが叫ぶ。天使になりかけだからこそ、人間なのに気が付ける。その通り、これは―――魔物ですら、ない。
「崩蹴脚!」
「狂乱せし地霊の宴よ」
彼が飛び出し飛び上がるのと、アリスが魔術を紡ぎだすのは、ほぼ同時。
マナを込めた焔の蹴りがそれを捉える。風で実体が無くても、彼はマナを捉えることが出来るから。
地のマナが、揺らぐ。
はっとして、リフィルを抱えて後ろに飛ぶ。直後。
「ロックブレイク!」
アリスの魔術が発動し、風の精霊モドキを貫いた。それで力尽きたのか、風の精霊モドキはマナに溶けて消え、後には小さな石板が残る。
「えー、もう終わり? つまんない」
「さっすがアリスちゃん!」
あの二人は、相変わらずだから放っておくとして。
「い、今のは、一体……?」
「見たか、あの儀式は擬似的ながらフィラメント効果をもたらしたぞ!」
「ああもう、姉さん!」
彼等もまあいつも通りなので放っておくとして。
彼は石板を拾い上げて、それを見詰めた。文字が刻んであるが、擦りきれていたりして文字が読めない箇所が多い。それに、文字そのものも彼の知るそれとは微妙に異なっている。
「トゥ……トゥグー、ツァグ? 違う、えーと」
エミルの知る文字とは少し違う。だからエミルにはそれが読めなかった。あれの名前だろうか。
その時、リフィルが走ってきてエミルの持つ石板を覗き込んだ。
「む! エミル、それをよく見せろ!」
「は、はい」
リフィルはしばらくそれを見ていたが、石舞台の下、待っているロイド達の所に戻っていく。
古代バラクラフ文字が刻まれているとかで、リフィルとライナーは嬉々として家に帰っていく。
彼は空を見上げてため息をつく。
今も昔も、学者の考えることは分からない。
リフィルとライナーが石板の解読に夢中になってしまったので、一行は宿に止まることにした。
それも清風館――アスカードで一番の高い宿屋に。
「エミル、ほんとーに、良いのか?」
「良いって。みんな疲れてるでしょ。結局一日歩きっぱなしだったし、十日ぶりの宿屋なんだから。それにほら、お金なら僕沢山あるから」
結局それで押しきられてしまったのだ。けれどジーニアス達は折角エミルが用意してくれたんだから、と思いっきり寛ぐつもりらしい。
そしてロイドは剣を持って出ていくクラトスに、俺もいくよと声をかけたのだ。ハイマのように。
「前よりはマシになっただろ」
一通り剣を合わせて、クラトスが笑ったのを見たロイドは、嬉しくなった。けれどはしゃがないように気を付けながら息を吐く。
「そうだな。しかしまだまだ未熟だ」
「ちぇっ、なかなか上達しねえな」
アスカード地方に来て、ロイドは大分戦えるようになってきた。魔物が少し弱くなった代わりに、数が増えたのだ。
でもまだ弱い。クラトスやエミルのように皆を守れない。もっと強く、強く。
「いや、私の教え方にも問題があるのだろう。私は二刀流ではないからな」
クラトスが珍しく少し暗い表情をした。
そういえば、前にエミルも言っていた。剣が違えば戦い方も違う。だからその双剣はロイドが使って、と――この剣を貰ったときに言ったのだ。
「でも、クラトスのお陰で基本の大事さとか色々勉強になったぜ。――――なあ、クラトス」
「何だ?」
「クラトスと、エミルは何が違うんだろうな。同じ剣士でも違うんだ。けど何が違うのかなって」
剣の構えかたや足運び、そんなものは全然違う。ロイドが言っているのはそんな事ではない。
戦い方が似ている。でも同じではないのだ。違うことは分かるのに、どこが違うのか分からない。
「彼は―――彼は、私とは違う。同じではない。ただ……」
急にクラトスの声が途切れた。
「ただ、どうしたんだ?」
重ねて問うと、首を振って答えが帰ってきた。
「……ただ、戦い慣れているだけだ。魔物相手ならば自ずと戦い方も似てくるのだろう。……ロイド、お前は強くなれる。精進することだ」
今日はここまでだ、とクラトスは剣を納めてしまった。
「戦い慣れているだけ、か……」
それだけなのだろうか。―――本当に?
ロイドも剣を納めて、空を見上げる。
「本当に、エミルって、何なんだろうなぁ……」
謎は、尽きない。
そして答えの糸口すらも、見えてこないのだ。
何でか剣術指南は一番高い宿屋でしか発生してくれません。くっ、ガルドが飛んでいく……!
ラタトスクとシンフォニアでは微妙に儀式が違います。別物なのか、正しく伝わっていなかったのか……
拙作では正しく伝わっていなかったと考えています。きっと旅が終わったあとに、リフィルかライナーが正しい儀式を復活させたのに違いない!(まて