後の世に伝わるものが、正しいとは限らない。
間違ってはいないけれど、真実ではないもの。真実だけれど、誰も信じないもの。真実が隠された、嘘であるもの。
後の世の人々からしてみればそれはロマンであったり、ややこしい話だったりするけれど。
本当に、大切なことは。
リフィルの解読によれば、あの魔物――ツァトグは、古代バラクラフを襲っていた厄災らしい。それを当時の召喚士が封印し、石舞台を作ったのだそうだ。
そして本当の風の精霊がいる場所が、アスカードから更に北東、バラクラフ王廟だと分かったのだ。
マナの守護塔の鍵を持つルインの司祭も、どうやらそこに向かったらしい。
そんなわけで現在ロイド達一行は王廟に向かって、てくてくと歩いていた。
「今回ばっかりは先生に感謝しないとな。お陰で封印の場所がわかったんだから」
ロイドの言葉に、ジーニアスは同意する。リフィルが石舞台に興味を持ち、あそこでハーレイを見付けなかったら。彼等は未だに真の封印が分からず立ち往生していたかもしれない。
だって誰一人、精霊がいる正確な場所を知らな――――あれ?
「そう言えば……ねえエミル。どうしてあそこに精霊は居ないって知っていたの?」
「え?」
「町長さんに言ってたよね。『ここにいるのは精霊なんかじゃない』って」
とたん、エミルがしまったとでもいうような顔をした。ジーニアスも振るんじゃなかったかもと思ったがもう遅い。
「――む。そう言えば」
「げ、遺跡モード」
即座にロイドはリフィルに叩かれた。…口は災いの元である。
それで笑いかけてリフィルに睨まれたエミルは、慌てて説明を始めた。
「あ、えーと、その……昔、聞いたことがあって。石舞台はここを守るために作られたもので、精霊の力が宿っている。だから年に一度儀式を行って、精霊を喚ぶんだって。―――喚ぶ、ってことは、あそこに精霊はいないはずでしょう?」
なるほど、それなら納得。儀式は、きっとその為のものだったのだ。ならばツァトグが出てくる少し前に石舞台が光ったのも、精霊と間違えてツァトグを喚んだのだろうか。
しかしリフィルの興味は別のところにあるらしい。
「ほう。エミル、お前はどの地方に住んでいたのだ? そんな伝承など聞いたこともない」
エミルの顔はぴくりとも動かなかった。
「孤島でした」
「孤島? というと、ソダ島?」
「いいえ、違います。もっと人は来なかったし、多分誰も知らないと思います。だからどこ、と聞かれても答えられません。名前がないから。……けどあそこの住人たちは皆、昔の事は詳しかった」
そのときのエミルの顔は、どこか遺跡を見るリフィルの顔に、どことなく似ていたような、気がした。
「へぇ! ここがバラクラフ王廟……」
「可笑しいわね。ルインの司祭長が来ているはずなのだけれど……」
はしゃいでいるのはリフィルではなく、ジーニアスとデクスのほうだった。デクスもここに来るのは初めてらしい。向こうでアリスが呆れつつもそれを見守っていた。
遺跡の横、少し広くなった場所にいた商人が顔をあげた。
「ん? あんたたち、司祭様を探してるのかい」
「ええ、そうなんです。どこにいらっしゃるか、ご存知ですか?」
ルインの司祭長、ピッカリングはかつてイセリア聖堂で修行していたとき、神子コレットと面識がある。
商人はそりゃ間の悪い、と苦笑する。
「司祭様は確かに昨日までいらしたよ。けど今日になってアスカードに戻られたんだ。今朝出発したから、今からアスカードに向かえば追い付けるかもしれないね」
「そう、ですか……じゃあ行き違いになったのね」
「ん、あんたたちアスカードから来たのかい」
「ええ……」
「うーん、まだアスカードにはいるはずだけどなぁ」
それ以上の事は知らないらしい。丁寧に礼を言って。
さて困った。渋面を作るみんなを見て、アリスがふとため息をついた。なにをやっているのよ、とでも言いたげなため息を。
「ならアリスちゃんが行ってくるわ。カギはその司祭さんが持ってるんでしょ?」
ジーニアスが明らかに動揺した。
「え、でも……」
「大丈夫! オレもいる!」
「この程度の魔物に、アリスちゃんがどうにかなるはずが無いじゃない」
頭では、理解できる。しかし心配なものは心配なのだろう。ジーニアスはしばらく唸って、ようやく小さく頷いた。
アリス達が行ってしまうと、こんどはノイシュがそわそわし始めた。
「どうしたんだ、ノイシュ?」
「怯えているな。遺跡の中から魔物の気配がする」
イセリアの森でも、旧トリエット跡でもそうだった。魔物に怯えて入ろうとしないのだ。旧トリエットではエミルとクラトスが居るからか、なんとか入ってくれたのだが……今回は何故かテコでも動かない。
このまま置いていくわけにもいかないし、けれど中には入らないといけないし。
唸ったとき、エミルが手を打った。
「あ、じゃあ僕がここで待ってるよ。それなら皆も安心できるでしょう?」
ロイドは考える。ノイシュのこと、エミルのこと。アリス達が抜けたこと。戦いでコレットを、ジーニアスを守れるか。
考えて、ロイドは決断を下す。勿論、リフィルとコレットに視線で確認してから。
「頼むな、エミル」
「うん。いってらっしゃい」
ロイド達はこうして、遺跡のなかに入っていった。
ロイド達が見えなくなると、エミルは鋭い目で辺りを見回して、悲しそうに顔を歪めた。そして入り口の近く……瓦礫に塞がれた小屋の辺りに目を止める。
横のノイシュを軽く撫でる。
「さて、と。ノイシュ、ゴメンね。やっぱりちょっと行かなくちゃ」
ノイシュが魔物に怯えているのは本当だ。それを置いていくとなると心苦しくもあるが―――
歩き出して、ノイシュがエミルのマフラーを咥えていた。大きな耳をパタパタさせ、何かを訴えている。ロイドなら全然分かんねぇよ、と言うところだろうが、エミルはノイシュの言葉が理解できていた。
つまり、一緒に行く、と。
「危ないよ?」
しかしノイシュの決意は揺らがない。エミルは小さく笑った。
「うん、ありがとう。じゃあ早く行って、早く戻ってこないとね」
「わふっ!」
エミルは小屋の裏手に回り込むと、ノイシュも通れそうな隙間を探して小屋に入る。
小屋の中には―――旧トリエット跡などにあった、円盤があった。転送装置だ。
エミルが円盤に手をかざすと、止まっていたそれが動き出す。ノイシュとエミルがそれに足をのせると、彼らの姿は跡形もなく消え失せていた。
神殿の中を、彼は歩く。
封じられた神殿。人間達が入り口を見つけられなかった神殿。長いときの中で儀式が忘れられ、誰も入れなかった、神殿の中を。
「ノイシュ。それ以上、来るなよ」
彼は少し歩いたところで振り返り、ノイシュに警告する。ノイシュもそれが理解できるから、大人しく言うことを聞いてそこに立ち止まった。
祭壇の上に、雫のような形の石が、浮いていた。
「ツァトグ、か。何やってるんだお前は。いくら霊に刺激されたからって、お前は“汚れを祓う”のが仕事だろう」
“それ”に手を伸ばしながら、彼は昔を思い出す。
遥かな昔。ここ一帯に巨大な国があった。国は代々風の精霊を崇める風の民。
彼等は独自の信仰を持っていた。風は彼等にとって崇め感謝するものであり、仲間であり、家族だった。死ねば体から魂が抜けて風となり、永遠に精霊と共に生き続けると。
そのために風の精霊の祭壇のすぐ近くに、墓を建てた。死後、迷わず精霊のもとに行けるように。
やがて、人間たちの魂が汚れるようになった。
魂はマナだ。マナは風と世界を巡る。風が汚れては世界が汚れる。
だからここに―――アスカードに祭壇があり、精霊の力が宿っていて、アスカードに巫女の伝承が残った。
汚れを祓えるように。汚れたマナを浄化して、世界が滞りなく巡るように。精霊が力を失わないように。
しかし何時しか伝承は途絶え、精霊と、精霊の力の一部は混同された。信仰も変わった。儀式すらも歪んでいた。
ならば――――その中核を成す存在が歪んでしまうのも、仕方のないことかも知れなかった。
「でももう終わりだ。お前にも働いてもらう」
そっと、包み込むように。力を込めれば、ゆっくりと。
蕾が開く。
マナが押し寄せた。汚れていない風のマナ。彼の手のなかに集まって、開いた蕾が光を放つ。
降り立ったのは、小さな鳥に似た何かだった。小さいと言っても鷲くらいの大きさがある。白と緑の美しい羽で、尾羽が長い。
それは、本来の姿ではない。体を休めるときに取る、仮の姿だ。
「――申し訳、ありません……」
鳥が頭を垂れてそう言った。
まだ力が戻っていないのだ。けれど他のモノたちに比べればまだいい。即座に実体化できるだけ、力がある。
彼は一つ考えて、指示を出す。
「急ぎ、縁を結び直せ。取りあえずはこの辺り一帯でいい」
「は」
「それが終わったら―――いや、その頃にはあいつらも目覚めるか。あいつらが起きたら連携して縁の強化とマナの調停にあたれ」
「は。……あの、主」
「なんだ」
良いから言え、と言外に促せば、鳥は少しためらった後で彼をまっすぐに見る。
「未だ大樹の気配がしないのは、何故でしょうか? 世界も別れたままで、同朋の気配が、とても弱い」
彼はしばらく答えなかった。
「―――今、それを調べている」
鳥が顔色を変えた。翼を広げて彼の目の高さに飛び上がりながら叫ぶ。
「その気配、ヒトに混じっているのですか?! 危険です主!」
「分かっている。大丈夫だ」
ヒトに混じるのは、これが初めてではないから。
それを、彼らも知っている。
「しかし……」
「大丈夫だ。ほら、さっさと行け。魔物との縁は尽く切れている」
事は一刻を争うのだ。しかし行けと言いながら、彼はそれを呼び止める。
「――― 一つ、聞くが」
「はい、何でしょう?」
「お前、最近―――いや、今、魔族の波動を感じるか」
すると鳥はしばし目を閉じた。けれどやがて目を開くと力なく首を振る。
「………、いえ。感じません。もしや、痕跡など」
「瘴気で汚された奴がいる。それもごく最近だ」
ハイマに居た、ピエトロ。あの汚れたマナ――間違うはずがない。
あれは、魔族の瘴気だった。
彼等が気付いていないということは、契約を交わした恐れがある。そうなれば厄介だ。……魔物も、引きずられて暴走するかもしれない。
「急ぎ、縁を。何か分かればすぐに連絡しろ」
「――は」
鳥は一礼すると、大気に溶けた。
「アリスちゃん」
「なによデクス」
前を、向いたまま。足も止めず、緩めず、前を歩き続けるその背中を見て、デクスは嬉しくなる。
自分の呼び掛けに、必ず応えがある。それがどれほど喜ばしいか。顔を向けてくれなくてもいい。聞いてくれるだけで、応えてくれるだけで、いい。
しかしここではしゃぐと叱られるので、声に出ないように気を付けて。
「あれ、少年だったな」
出てくる魔物――ロイド達と居たときに比べればかなり多い――を蹴散らして、デクスは言う。アリスも同じように魔物を氷漬けにしながら応えた。
「さてどうかしら。あのコが本当にそうかは分からないわ。たとえ似ていて、そっくりで、同じでも。……デクス、あんただから分かるでしょ?」
ああ、分かっている。分かっているとも。
「だからこそさ。……オレたちが今、こうしているように、少年もかも知れないじゃないか」
可能性でしか、ない。けれどその可能性は、確かにある。もしもそうだったら。そうだとしたら。
「だったら―――」
「デクス」
アリスが、振り返った。そして前とは違って真っ直ぐに、アリスはデクスを見てくれた。
「私たちは、私たち。もしそうだったとしても、それで何が変わるの?」
「――ごめん、アリスちゃん。その通りだ」
デクスが素直に謝ると、アリスはまた前を向いて歩き出す。
「分かったら行くわよ。早くエクスフィアを手に入れないと」
アリスの後ろ姿をみて、デクスは思う。
アリスちゃんは、なにも変わらないと言うけれど。
オレたちがこうしているその事こそが、変わった何よりの証拠なんじゃないだろうか。
口には出さない。顔にも出さない。けれどデクスは思うのだ。
確かにアリスがアリスであることも、ハイマで生まれ育ったことも、何一つ変わらなかったけれど。
アリスはデクスを受け入れているし、何よりも少し、優しくなった。
それだけでいい。
大事なのは今を生きること。今このとき、生きていること。
ならどこだろうと、アリスがいるならデクスにとっては、結局なにも変わらないのだ。
転送装置はラタトスクで使ったあれですが、シンフォニア時代は近くの小屋にあったということで。
途中出てきた鳥は、イメージ的にはシムルグの小さいバージョン。
役割云々も完全に捏造です。