というわけで、前編。
例によって例のごとく捏造だらけなので、御注意を。
「本当に行っちゃうの?」
「元々そういう約束でしょう」
アリスは振り返りもしない。
確かにアリス達の同行は術書が見付かるまで、という約束だった。しかしあれから約一ヶ月。それだけ長期間共にいれば、いない方が違和感を覚える。
実はロイドはバラクラフ王廟で、ついエミル達がいるつもりで動いて大怪我をした。リフィルの治癒術で僅かな痕しか残っていないが、危ないところだったのは事実である。
名残惜しげにするジーニアスとロイドと、デクス。しかしアリスがさっさと歩き出したので、デクスもまたその後を追う。
「じゃあな、少年!」
デクス達がいなくなると、途端に辺りが静かになった。
ピエトロが目覚めて意識を完全に取り戻したのは、翌朝のことだった。
ピエトロは起き上がれるようになってすぐに、ロイド達をよんで小さな宝玉を手渡した。
「これは?」
「この宝石、これはディザイアンが落としたものなのですが……どうやら牧場の外れにある大岩を動かせるようなんです」
コリンがピョコン、とベッドの上に跳び乗って、片手を挙げた。
「コリン、見たよ。確かに、端っこの方にでっかい岩があった。案内できる!」
「そこから牧場の地下に入れます」
「中の様子は?」
「……すみません、よく覚えていないのです。かなり入り組んでいて、扉がいくつもあったのは覚えているんですが……」
ではきっとトリエット砂漠にあるベースと似たような施設だろう。命からがら逃げ出してきた人にこれ以上聞くのは酷というもの。リフィルは顔色一つ変えずに頷いた。
「そう。ありがとう、助かったわ」
「いいえ、どうぞお気をつけて」
未だ後遺症か立てないピエトロは、ベッドの上で深々と頭を下げた。
「……ねえ、牧場を壊せないかな?」
ルインに戻る道すがら、エミルが突然足を止めてそう言った。
ジーニアスとロイドが即座に青ざめる。
「エミル、何言ってるか分かってるの?! そんなことしたらディザイアンが」
イセリアのように、今度こそルインを壊滅させてしまう。今度は跡形も残らない。それに牧場は大きくて、中にはそれだけ多くのディザイアン達がいる。
エミルはジーニアスの肩に手を置いた。
「そんなことしなくても、ルインの人を助けるんでしょ? ならいっそのこと、牧場を壊してディザイアンがいられないようにしてしまえば」
「そうか! ルインの人たちが襲われることもなくなる!」
ロイドの顔が一転、輝いた。
ルインはディザイアンの襲撃が多い地域だ。何度も何度も滅ぼされ、その度に残ったもの達が再建してきたルインは、『希望と絶望の街』と呼ばれている。
それにルインの人たちを助ければ、間違いなくディザイアンは追ってくる。今度は捜索範囲を広げてハイマや、アスカードまでも破壊するかもしれない。
ロイドは当然そこまで頭が回っていないが、ジーニアスにはエミルの提案は一石二鳥の名案に思えた。
しかしリフィルは慎重だ。
「あなた達………これから行くのはディザイアンの基地だってことを忘れてないかしら。ここをイセリアの二の舞にしたいの?」
「けどここはイセリアとは違うだろ、先生。不可侵条約も何もないんだ。それに、二度と同じ間違いは繰り返さない。叩き潰してやるさ」
「私も、困っている人を見過ごすなんて出来ません!」
ロイドと、コレットにまで言われてリフィルは折れた。クラトスは神子の意志を尊重すると以前明言していたから反対しないだろう。
「ああ……もう、バカな子達ね」
「ありがとう、先生!」
リフィルの許可を得て笑うロイドの顔が、憤怒に染まる。
「待ってろよ、クヴァル……!」
ロイドが忌々しげに吐き捨てたその名は、アスカード人間牧場の主の名だった。
ノイシュをルインで待たせておいて、彼らは出発した。
ピエトロがくれた宝玉のお陰で牧場に潜入し、班を分け。
システムを解除する方に回ったエミル、ジーニアス、リフィルは、牧場のなかを歩き回っていた。と言っても当てもなく歩いていた訳ではない。
コリンの案内で、牢を探していたのだ。
「しいな!」
牢がある一角に辿り着くと、それまでエミルの肩に乗っていたコリンが床に飛び降りて駆け出した。鉄格子の隙間を抜けて、真っ直ぐに牢の奥に進んでいく。
そこに、あの暗殺者―――しいなが横になっていた。他の人たちが質の悪そうな囚人服なのに対して、しいなだけは元の服のままだ。
「しいな!」
「コリン?! うぅ……」
「しいな、無理しないで」
しいなは体を起こそうとするも、途中で呻いてまた横になる。……ディザイアンにやられたのだろう、身体中傷だらけ、服もボロボロだった。
灰色の囚人服の女性が格子に近づいた。
「あなたたちは……しいなさんのお知り合いですか?」
「えーと……」
知り合いと言えば知り合いではある。が、刺客だったことを考えれば知り合いと言っても良いものか。
ジーニアスが言い淀むと、リフィルが咳払いを一つして皆を見回した。
「私たちはマナの神子を守るものよ。神子が貴方達を助けに来たの」
リフィルの言葉に、牢の中の人々がどよめいた。
「神子様が!」
「じゃあ、じゃあ私たち助かるのね!」
「落ち着いてちょうだい。今牢を開けるから」
リフィルが近くの機械を操作すると、鉄格子が床と天井に引っ込んだ。
中からわらわらと人が出てくる。思っていたよりも牢が広かったのか………いや、狭い牢に、無理矢理押し込んでいたのだ。
エミルが剣で鎖を断ち切る。手足に付けられた枷までは外せなかったが、それでも人々は喜んでいた。
「皆さん、僕が外まで案内しますから、付いてきてください。捕まったのは、ここにいる人で全員ですか?」
ここにルインの、アスカードの人たちを全て押し込んだのか。しかしそれにしては少し人数が少ない。
するとエミルが問いかけた男性は、俯いてそうだ、と答えた。
ジーニアスは唇を噛んだ。―――遅かった。そして、今来てよかった。もう少し遅ければ、もっと沢山の人が。
リフィルがジーニアスの背中を軽く叩いた。見上げると、姉が薄く微笑んでいた。
「白き天の御使よ……」
リフィルは目を閉じてマナを紡ぎ、広範囲治癒術を発動させた。各々の体力に応じてではあるが、大幅に回復させる術、ナース。
これほどの人数にかけるのはかなり大変だっただろうに、リフィルは疲れている素振りを見せない。
「エミルは一度彼らを脱出させて」
「はい」
「ジーニアスと私は、そのままシステムを解除するわ」
「二人で大丈夫?」
ジーニアスもリフィルも両方後衛。戦うよりも、術を中心として戦う者。
ジーニアスは胸を張った。
「大丈夫、姉さんは、ボクが守るからね!」
「あら、頼もしいわね、ジーニアス」
いざとなれば戦えないわけではない。それに詠唱時間がさほど掛からない術を使えばなんとなかなる、はず。
ジーニアスもエクスフィアを装備してから強くなった。……ジーニアスは決めている。この力は、守るために使うのだと。
エミルは少し迷うそぶりを見せて、やがて頷いた。
「リフィルさん、ジーニアス、気を付けて。ルインに送り届けたら、すぐに戻ってきますから」
「きゃああっ!!」
後ろで悲鳴。エミルは咄嗟に機動力を強化して、駆ける。
「っ、穿孔破! 雷神、烈光刹!」
駆け付けると同時に剣を振るい、相手の考慮もせずに切り捨てた。手加減などしていられない。
熱くなる感情を抑え込んで、エミルはぎこちない笑みを浮かべながら襲われていた女性に振り返る。
「大丈夫、ですか?」
「ありがとう……」
「走って! あそこを抜けたら出口です」
女性が走り出すのも見ず、エミルはまた駆ける。今度魔物に教われているのは子供。間に合わない!
「炸力符!」
瞬間、投げ付けられた符が爆発した。吹き飛ばすほどの威力はないが、魔物の四肢から力が抜けた。そこにエミルの剣がうなる。
符を投げたしいなが手を貸して子供を立ち上がらせた。
「ほら、行きな」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「礼はいいから走れ! 魔物は待っちゃくれないよ」
走っていく子供と、しいなを見てエミルは顔を歪める。
「しいなさん……」
「しいなでいいよ。はー、にしてもあたしも鈍ったもんだね。たったこれだけ動いただけで息が上がっちまう」
それは、まだ傷が治っていないからだろうに。リフィルの治癒術で多少は回復したにしても、治癒術は体力を回復させるものではない。
なのにしいなは動けるからと、エミルを手伝ってくれている。まだ傷が痛むだろうに、そんな素振りはちっとも見せず。
エミルには分かる。隠してもふとした素振りがおかしいのが、エミルには分かってしまう。口にこそ出さないが、しいなもそれに気がついていた。
なら、少しでも早く。
「あと少しなんだろ? 踏ん張りな」
「はい!」
「みんなーっ、あと少しだよ! あそこを抜けたら外だよっ」
コリンがみんなの回りを走り回り元気付けている。エミルは先頭に向かった。
目指している出口は入ってきた場所ではなく、正面入り口だ。これだけの人数が通れる場所となるとそこしか無かったのだ。
そして正面ならばどれほどの守りが敷いてあるか。
覚悟はしていたのに、その光景を見てエミルは、剣を取り落としそうになった。
蟻の這い出る隙間もない、とは正にこの事。ディザイアンがおよそ五十、機械が大小合わせて二百以上。魔物はさらに多い。
「そんな………多すぎる……っ!」
「あいつら、手勢を正面に固めてたのか! ったく、道理であっさり通れたと思ったよ!」
しいなが悪態をついて符を構える。上級兵らしきディザイアンが号令を出す。
「さあ、脱走者を取り押さえろ!」
「そうは行くか……っ!」
こうなれば、ちからを使ってでも。
視界が段々と紅く染まる。ちからを抑えても溢れ出る。察しの良い魔物は尻込みし始めた。さあ、あと少し。あと少しちからを解放すれば。
そのとき。
彼は、近付いてくる沢山の気配を捉えた。これは人ではない。ヒトも混じっているが多くは魔物。それも不自然に歪められた―――
「ヴィンブルヴェド!」
右手の壁が、凍りついた。
直後氷が砕け散り、そこから魔物がなだれ込んできた。その魔物は彼らの目の前に迫り―――素通りして、ディザイアン達を蹴散らし始めた。
「な、何? 何なんだこいつら!」
しいなを始め、牧場に捕まっていた人たちは目を白黒させるばかり。彼も練り上げていたちからが四散してしまう。
「おお、居た居た。しょうねーん、無事か?」
そこに場に合わない呑気な声が聞こえてきたとなれば、彼も思考が停止する。
エミルはいる筈の無い人物達を認めた。
「あ、アリス?! デクスまで。なんでここに?」
「こっちにも色々と事情があるのよ!」
浮いている鯨のような魔物に乗ったアリスが叫び返した。
………何か、やけっぱちになってないか?
デクスがまたディザイアンを一人倒した。アリスの魔術と魔物たちによって、ディザイアン勢力はほぼ全滅している。
「町の人たちはオレたちに任せろ。オレたちが責任もってルインまで送り届ける」
「え、けど」
瞬間。
「――――!!」
エミルとアリスが同時に同じ方向を向いた。
その表情は、あまりにも切迫していて。
「アリスちゃん? 少年?」
何も感じ取れないデクスとしいなだけが、理解できずに呆然としている。
エミルは黙ってその方向を睨み続けた。アリスが何時になく真面目な顔でデクスの名を呼んだ。
「あんたも行きなさい」
「でもオレはアリスちゃんを」
「行って。私は平気。私もすぐ行くから」
有無を言わせぬ口調。心なしか、アリスの声音が固い。デクスはたじろいだ。
「あ、アリス……ちゃん」
「行きなさい」
流石に何かあるのを理解したデクスは、アリスに向かって目礼する。
そしてエミルに向き直る。エミルは未だに牧場の方を向いたまま、微動だにしない。
「少年、待たせた」
エミルとデクスが歩き出す。それをしいなが引き留める。
「ちょっと待っとくれ、あんた達は一体……?」
「しいな。この人たちの、言う通りにした方がいい」
けれどそれをコリンが止める。
「コリン……?」
「しいなは疲れてる。戦えない。ルインに避難した方がいい」
コリンがしいなに意見することは、これまでにもあった。しかししいなの意見を聞かず、無視して自分の意見を言うのは、初めてだった。
した方がいい、と意見の形はとっていても、それは命令に等しい。
「気を、付けてね」
コリンがそう言うと、エミルは振り向くことなく元来た道を戻っていく。
「安心しなさい。ここの人たちはルインに連れてくわ。ちゃんと、ね」
アリスはそう、何時ものように笑った。
内心が、どれだけ荒れ狂っていようとも。
※タイトル修正しました