――胸の奥で、燻り続けるものがある。
決して消えることのないそれは長い時を経て弱くなり、もう昔のように体を引き裂くほど強い衝動をもたらすものではなくなっていた。
けれど。
最近、何故かそれが再び疼く。
気が付かなければ何ともないが、一度気になってしまえば忘れられない。ふとしたときの表情が、仕草が。胸の奥の、しまっておいた筈の心を逆撫でる。
しかしそれを閉じ込める。
旅はあと少しで、終わるのだからと。
ルインに戻ると、そこは逃げ出してきた人で一杯だった。
壊滅したとはいえ、ルインは立派な町だった。湖の上の立派な基盤があり、そこに石組みで作られた町は、ちょっとやそっとの地震なんかではびくともしない。何よりも湖の中にあるから、魔物の害を受けにくい。
だから人が沢山居たのには、あまり驚かなかった。だだ。
「――ピエトロ!?」
ルインで寝ているはずのピエトロが瓦礫を持ち上げているのを見て、流石に仰天した。
「何でここに? もう動いて平気なのか?」
「ええ、一日も早くルインを復興しなくては」
そう言って崩れた木材を担いで運ぼうとして、ピエトロは足をもつれさせた。すかさずエミルとデクス、ロイドが動いて木材とピエトロを支え、大惨事は避けられる。
「無理しない方が良いよ。まだ病み上がりなんだから」
「ええ、――ですが急がなくては。折角解放された皆さんを何時までも野ざらしには出来ません。それに幸い私は怪我らしい怪我もありませんし、皆さんよりは健康体ですから」
確かに牧場にいた人たちよりは健康だが、ロイドたちに比べれば体が弱っている。当然だ。彼もまた、牧場から逃げてきたのだから。
「エクスフィアがあればと思うこともありますが……」
そう言ってピエトロは左手をさする。
ピエトロのエクスフィアは、リフィルとアリスが治癒術を使ったときに消えてしまった。理由はわからない。リフィルも首をかしげていたが、あれは日常生活には必要ないものだ。《要の紋》があるならば尚更に。
ルインの復興は力仕事だ。エクスフィアは身体能力を向上させるから、瓦礫をどけたりするのには役立つに違いない。が、エクスフィアをつけた牧場の人たちを働かせるわけにも――
「あぁあ! しまったロイド、忘れてた!」
「? どしたの、ジーニアス。急に大声出して」
コレットは相変わらずだ。ロイドまで小首をかしげている。
「エクスフィアだよ! 牧場に居た人たちには、《要の紋》が付いてない」
とたんに顔色を変えたのはロイドだ。マーブルと母アンナのことを思い出したのだろう。
「どうしよう……ここの人たちもマーブルさんみたいに……」
「いや、エクスフィアを引き剥がしたりしなければ、まだ暫くは平気だよ。その間に抑制鉱石で《要の紋》を作って、アクセサリーみたいにつけてればいい。……って、親父が言ってた」
ロイドは落ち着いた顔でそう言った。……いや、落ち着いてなんかいない。その証拠に強く手を握りしめているし、顔もどこか青白い。
ただ、そうしていないと倒れてしまいそうな、そんな感じがした。
「親父に手紙を書くよ。親父なら抑制鉱石も持ってるだろうし、《要の紋》の加工も出来るから」
エミルが目を瞬かせる。
「あれ、ロイド加工出来るんじゃないの?」
「俺に出来るのは紋を直すことで、一からの加工はまだ出来ないんだ。先生のも、元々加工されてて擦りきれてた紋を刻み直したくらいだろ?」
なるほど、とジーニアスは納得した。
《要の紋》はドワーフの技術だ。ロイドの養父ダイクはドワーフで、ジーニアスのつけている《要の紋》もダイクの手によるものだ。しかしリフィルの物はトリエットでロイドが手直ししたもので、ロイドが作ったものではない。
手先が器用で紋が刻めても、それだけでは《要の紋》にはならないらしい。
「しかしいかにダイク殿と言えども、これだけの数の抑制鉱石があるのか?」
「そうだなあ……抑制鉱石なんか、普通の細工じゃ使わないもんなぁ……」
クラトスの問いにロイドは腕を組んだ。牧場から助け出した人は軽く百人を超える。その一人一人にエクスフィアがつけられているのだから、その分だけ抑制鉱石も必要となる。
が、抑制鉱石は《要の紋》を作るためのもの。エクスフィアは全てディザイアンから奪うしかないから、必然《要の紋》も付いている。だから基本的に抑制鉱石は使われない。ダイクが細工師を生業にしていると言っても手持ちには限りがある。
「えーと、抑制鉱石って何処でとれたっけな……」
「それよりもロイド、私たちの旅の目的を忘れているのではなくて?」
「忘れてないって! マナの守護搭と、パルマコスタだろ?」
ピエトロや、アリス達が反応する。
「パルマコスタに行くんですか?」
「うん。イズールドから船に乗ろうとしたら海がシケてて、それで北に向かったんだ」
ジーニアスの説明にピエトロはきょとんとしたが、アリス達は納得したように手を打った。エミルと同じように旅をしていたのか、海のことを知っていたらしい。
「ああ……でも、通行証はあるの?」
ロイドやコレットだけでなく、旅慣れているエミルにクラトス、知識豊富なリフィルさえも首をかしげる。
「通行証?」
「ハコネシア峠には検問があって、通行証を持ってないと通れないぞ。因みに一人百万ガルド」
「高っ!? ぼったくりじゃないかそれ!」
検問でそんなにとられるなら旅なんか出来ない。百万ガルドなんて大人が一年働き通してようやくだ。そんなにぽんと出せる金額じゃない。
再生の旅は基本節約だ。旅の途中で襲われるかもしれないから現金はあまり持ち歩かない。貴重品も身に付けておけるものくらいで、荷物は少な目で身軽な旅だ(ジーニアスは準備してきたので例外と言える)。
町に入ればそれぞれの町のマーテル教会に協力してもらえるが、お金がもらえるわけではない。教会だって経営が苦しいのだ。その協力だって精々が一晩泊めてもらうとか、一食分けてもらうとかその位。
それ以外は大抵が野宿。食料は大半が現地調達だ。この旅でジーニアスは食料の遣り繰りを、ロイドは狩りのやり方を学んだ。
因みに彼らの収入源となるのは倒した魔物の皮や爪、それを加工したロイド作の雑貨と、エミルが引き受けてくるねこにんギルドからの依頼である。
――何が言いたいかというと、そんな貧乏生活を送っている彼らは通行証など持ってもいないし、手に入れられる訳もないと言うことだ。
「けど他に行くとしたらそれこそ船くらいよ。空でも飛べれば、話は別だけど」
ちらっと、アリスがエミルの方を見た気がした。
一行の最終決定権はコレットにあるが、基本方針を決めるのはリフィルである。
「………考えても仕方ないわ。私たちは私たちのやるべきことを果たしましょう」
「マナの守護搭、ですね」
コレットが了承したので、目的地は決まった。ここから北、ボルトマンの術書を見付けたマナの守護搭。
準備を始めた皆の中で、エミルだけが動かない。
「すみません、僕はルインに残ります」
「え、エミル来ないの?」
てっきり一緒に来てくれるものと思っていた。しかしよくよく考えてみれば、エミルは一緒に行動しているだけで、再生の旅には関係ないのだ。
あからさまに不満を露にしたジーニアス。それを宥めるようにエミルが笑う。
「うん。ルインの人たちが心配だし……力仕事なら手伝えるから。ピエトロさんたちは僕に任せて、みんなは守護搭に」
「分かった、気を付けてな」
アリス達はエミルを一瞥して町の外に行ってしまい、ロイドたちも持っていた毛布などで寝る支度をした。
エミルだけは夜もずっと守護搭の方を見つめていたが、それに気が付いたのはクラトスとコレットだけだった。
翌朝。
自爆した人間牧場跡にアリス達はいた。
爆発しても何となく形が残っているのは、それだけ牧場が丈夫に作られていた証拠か。しかしそれは二人にとっては有りがたいことだった。
なぜなら――どの牧場でも、エクスフィアを保管する場所は大抵決まっているからだ。
「アリスちゃん、あったよ! エクスフィアが三つ、要の紋っぽいのが五つ」
「ご苦労様。ううん、やっぱりあると思ったのよね」
満足そうに微笑むアリスを見て、デクスも頬が緩む。元々ピエトロを助けようとしたのも、牧場に潜入しようとしたのも、全てはエクスフィアを手に入れるためである。色々と紆余曲折経たものの、これで当初の目的は果たした。
が、腑に落ちないものがある。
「……アリスちゃん、良いのか?」
「何よデクス」
「本当は、“完全に破壊する”んじゃ」
「良いのよ」
珍しく、本当に珍しくアリスは微笑んでいた。何時ものような裏のある笑みではなく、心からのそれを。
「何もこのまま放っておく訳じゃないわ。見付けるものを見付けたら、ちゃんと破壊するわよ。……それに、まだ正式に命じられてないもの」
最後だけ、ほんの少し嫌そうな顔をして。
デクスはそうかと答えて、また瓦礫をどかす作業に戻った。
―――その日デクスが見付けたエクスフィアは十七。抑制鉱石は、壊れたものを含めると四十三個だった。
数日後、牧場は魔物の大群と何者かに襲われ跡形もなくなった。
後にそこは土が剥き出して、それだけがそこに牧場があったことを示す唯一の証拠になる。付近に瓦礫の残骸はなく、辺りを掘り返してもなにも見付からない。光と氷と火のマナが強く残っていて、それも理由は分からなかった。
人々はそれを神子の奇跡と呼んだが、真相は永遠に闇の中である。
ふうっと息を吐いて、コレットは地面に降り立ち羽をしまった。
くるりと振り替えると、コレットの胸に光る神子の輝石があかく光っている。封印を解放する度にそうなっているから、きっと天使の力はあそこを通して与えられるのだと、ロイドはそう考えていた。
「これで、コレットは天使に近づいたってことか……」
「うん。新しい力もいただいたし、旅ももうすぐだって」
ジーニアスはレミエルの言葉を思い出す。
「孤島に浮かぶ清き場所―――ソダ島、かな」
「ここから南東となればそこしかあるまい」
クラトスが同意したならそれは正しい可能性が高い。ソダ島はパルマコスタの東にある孤島だ。間欠泉で有名な観光地でもある。
が、まずは大きな街を目指すべきだろう。
「じゃあ後はパルマコスタを目指すのみ、だな。ルインに戻ろうぜ」
「何を言っているロイド! まだ行くところがあるだろう!」
「げ、リフィル先生、また遺跡モードなのかよ」
「妙な名前をつけるな」
「はっ、はい!」
思わずロイドが気をつけの姿勢で固まった。
リフィルはそんなことは気にせず、あの結晶がたくさんある遺跡の方に向かって高笑いする。
「さあ、行くぞ! ふふふ……あの遺跡、見たところ作りは旧トリエット跡に似ていた。となると恐らく二千年は昔……いや、風化具合を見るとそれ以上……!」
「先生……そんなこといいから戻ろうぜ。エミルだって待ってるし」
「そんなこととはなんだ! 仮にあれが四千年前の遺跡ならば、失われた古代大戦以前の記録が残っているかもしれんのだぞ! 教会の伝承にしかない記録が見つかれば、偉大な歴史の……!」
「姉さん! コレットが!」
行動は早かった。すぐさまコレットに駆け寄るや脈を取り、熱を確かめマナを探る。リフィルは教師であり、考古学者であり、治癒術士だった。
「これは……天使疾患ね。動かすのは危険だわ。今日はここで休みましょう」
「遺跡はいいのか?」
「バカなこと言うんじゃありません!」
ロイドが叩かれた。確かにリフィルは遺跡を優先するけれど、人の命には代えられないことを知っているのだ。
コレットが弱々しく微笑む。
「すみません、先生……」
「謝ることはないわ。貴方も辛いのだから」
リフィルに蹴飛ばされて、ロイドが夜営の準備を始める。
クラトスは、陰でこっそりと息を吐いた。あそこを調査されなかったこと、あるいは遺跡モードが終わったことに。
「エミルさん、こっちも頼みます!」
「はい!」
呼ばれたら走っていって、ピエトロと一緒に瓦礫を持ち上げる。そこから決めた場所に瓦礫を運んで、使えそうなものは磨いて汚れを落とし、そのまま町の基礎に使う。磨くのは牧場の人たちに任せ、エミルは瓦礫を運ぶのを手伝っていた。
「ここで良いですか?」
「ええ。……すみません、結局手伝っていただいて」
「気にしないでください。ここは僕も……」
僕も、なんだ?
今自分は―――何を言おうとした?
「何か言いました?」
「いえ。……ルインは、早く復興させるべきだと思います」
「しかし資金も資材も足りません。舗装に使われていた石畳はそのまま使えそうですが」
溜め息をついて、ピエトロとエミルは木の橋を見る。ボロボロになり穴だらけで、一部腐りかけの所がある、その橋を。
「こっちの橋は作り直さないとダメですね」
今は橋を使わなくてもすむ道を使って行き来しているが、それでは余りに不便だ。ルインは湖に浮かぶ町。橋がなければ孤立してしまう。
「はい。こうなると、湖の水が減っているのは有り難いことです。最近は湖底も見えるようになりましたし」
エミルは答えられなかった。
ルインを復興させるなら水がないのは有り難い。橋の土台は普段水のなかに沈んでいるからだ。
が、彼にしてみればそれは大問題である。こんなところまで影響を及ぼすとは、他の同胞が目覚めたせいで活性化したか、それとも目覚めつつあるせいで無理をしているかのどちらかだ。
前者ならば目覚めさせればすぐに収まる。後者ならば、後々歪みが出る。どちらにしても、急がなければ世界が歪む。
しかしエミルは迷っていた。せめて橋ができるまで待つべきだろうか?
考えても結論は出ず、従って少しでも早く復興させるため手伝っている、というのが現状である。
それに元はと言えば、ルインが襲われたのはもしかしたら、彼のせいかもしれないのだ。……多分、十中八九、半分は彼のせいである。残り半分はアリス達のせい。それも使命を優先した結果だった。
さて使命と心。どちらを優先したものか。
その時、瓦礫の上を伝ってコリンが駆け寄ってきていた。
「エミル!」
「コリン、どうしたの?」
「あのねあのね、しいなが起きたよ!」
しいなは、あのあと倒れてしまった。無理もない。たった一人で牧場の中を探り、人々を元気付け、ディザイアンと渡り合っていたのだから。
コリンにはしいなが起きたら知らせるよう、頼んでいたのだった。
「そっか。知らせてくれてありがとう」
「うん!」
頭を撫でてやり、ピエトロに軽く会釈して歩き出す。コリンはエミルの肩にのった。
暫く歩いたところで、コリンが肩から滑り降りてエミルの前に立った。
「……ねえエミル、どこか痛いの?」
「え?」
どこも痛くない。怪我もしていない。なのにどうしてそんなことを言うのだろう?
「しいながね、痛いときそんな顔するの。痛いのに、痛くないって自分に言い聞かせてる顔するの。エミルもその顔してる。ねえ、どこか痛いの?」
エミルは舌を巻いた。流石は心の精霊。
力は弱くとも精霊は精霊。しかもそれがずっと人と共に過ごしてきたとなれば、それ以上に人の感情には敏感になっているのだろう。
が、エミルの方も長いことヒトを相手にしてきた。そうそう簡単には見抜かれない自信があった。
コリンは見抜いた訳ではない。何となく、そんな感じがするだけだ。が、何となくが正しいことを、コリンは本能で悟っている。
「うん、……ちょっと、ね。責任感じるというか、罪悪感というか」
「エミル、何か悪いことしたの?」
「悪い――うん。悪いこと。した、ね」
「そしたらね、いっぱいごめんなさいするんだよ」
肩が、跳ねた。喋るのに夢中のコリンは気が付いていない。
「ごめんなさいして、良いことたくさんするの。しいなが言ってた。悪いことするのも悪いけど、悪いことをしたって自覚してないのが一番悪いって。悪いことしたら、反省して許して貰うしかないんだって」
エミルはコリンを抱き上げて、そっと肩にのせてやった。
「ありがとう、コリン」
きっと、その時間は無いけれど。
エミルは、彼は感じていた。旅の終わりを、全ては分からないままに終わりが来るのを―――そしてそれが、彼の求めているモノへの、唯一の道なのだ。
普通に考えて、魔物がお金を落とすわけがない。だから夜な夜なロイドは細工をしてお金を稼いでいるのです。………きっと。
※タイトル修正しました