「うめー!」
そう言いながら口一杯に食事を頬張る青年に、彼は何処か懐かしさを感じていた。
会うのは初めてだ。それは間違えようがない。これほど個性的な人ならば、決して忘れるわけがない。
似たような人物に会ったかと記憶を手繰ってみても、覚えているなかではそんな人物はいなかった。
まあ、いいか。そう結論付けて少年は、空になった自分の皿になべの中身を足し入れた。
「ねえ二人とも、お代わりは……」
いるの、と問いかけようとして。
見れば、ジーニアスは『それ』を凝視していた。ロイドの方はそれを見守っている。
ジーニアスは戦っていた。
相手は赤い丸太――実際はかなり小さいが。大きさにあまり意味はない。どちらにしろ、ジーニアスにとっては天敵にも等しいものだった。
そう、食物というグループの、それは敵だった。
「…う……っ!」
意を決して相手に挑み、ジーニアスは最高奥義をもって相手に打ち勝った。……即ち、丸飲みである。
しかし、止めを差していないせいで後悔するのは当人な訳で。
「ぐ、……っ、水、水っ」
むせて咳き込むと待ってましたとばかりにロイドが水を差し出した。水を流し込んでようやく一息つく。
「噛みたくない気持ちはわかるけど、固いんだから喉つまらすぞ」
苦笑を漏らしつつロイドが言う。
「ロイドはいいなあ、柔らかいし」
「柔らかいから、うまく飲み込まないと口のなかに残るんだよ」
いかに自分のそれを食べるか、に始まり、噛まずに食べるか、食べるふりをして誤魔化すか、そしてだんだんいかに自分のそれが不味いかという話になっていく。
苦笑しながら口を開く。
「そんなに食べたくないの? ……トマトと人参」
「食べたいわけあるか!」
「食べたいわけないでしょ!」
両側からぴったり揃った怒号。もはや呆れることしかできない。
「あれは悪魔だ、赤い悪魔っ」
「キミは嫌いなものないの!?」
「うーん……」
さて、なんと答えたものか。
あると答えたらこの会話に引きずり込まれそうだが、それは困る。かといって無いと答えれば即座に「嘘だ」と帰ってきそうだし、何より二人の目がそれを許さない。
どう答えれば一番穏便にすませられるだろうなどと考えていた少年は、ふと、左右に目を滑らせた。目を止めたのは、ロイドの後ろの辺り。
なにか、いる。
人ではない。獣でもない。魔物か、いやそれも違う。何かが、それらとは決定的に違っている。
何か。そう、自分はそのなにかを知っていたはずなのに。
ロイド達がそれに気づいた。それぞれ視線で会話し合図を送ると、ロイドがおそるおそるそこに近づいた。
あと5メートル。3メートル。1……。
がさっ!
茂みが、動く。なにかいる。剣に手をかけ、ジーニアスも静かに魔術を紡ぐ。
茂みを手をかけた、その瞬間。
「わふっ!」
「………は?」
我ながら情けない声を出したものだが、ロイドもジーニアスも目を白黒させていたから、多分聞こえていないと思う。
数秒フリーズして、ロイドがはっとして笑いかけた。
「の、ノイシュ?! お前、無事だったのか!」
ノイシュ。
その不思議な生物は、ノイシュというらしい。
ジーニアスがノイシュに駆け寄っていって、頭や喉の辺りを撫でてやる。
「ノイシュ! いなくなっちゃって心配したんだよ?」
喉や耳の後ろを掻いてやる度、ノイシュは甘え声を出す。
でも。
「こ、このコは……一体……?」
何者ともつかないその生物を見つめて、少年がそう問いかける。
「ん、ああ、こいつはノイシュだ」
「そうじゃなくって、その……魔物じゃ、ないよね?」
魔物は総じて狂暴で、人を襲って食べるものすらいる。見たこともない獣は、たいてい魔物であることが多いのだ。
ロイドは少し呆けたあと、自信たっぷりに言いきった。
「いや、ノイシュは犬だぞ」
「……………………―――犬?」
長い耳に、四つ足。うん、確かに鳴き声も犬っぽい。毛並みはライトグリーンの縞模様。
だが。
それが人間二人乗せられる程に大きいのはどうしてだ。
通常、ここまで大きいと魔物に分類される。しかしこれは魔物ではない。獣でもない。
百歩譲っても一万歩譲っても、少なくとも、犬ではない。
「……あの、ええと……ノイシュは、犬じゃないと、思うんだけど……」
「そんなことないぞ! コレットだって『ワンちゃんだ』って言ってるし」
「もう、またそんなこと言って」
ノイシュを座らせ、水を飲ませてやりながら、ジーニアスは呆れたように息を吐いた。
「ノイシュを犬だって言ってるのはロイドとコレットだけでしょ!」
「コレット?」
首をかしげる少年に、ジーニアスがはち切れんばかりの笑みで応える。
「ボク達の友達だよ。ボク達、コレットを追いかけて旅をしてるんだ」
「え、じゃあそのコレットって子も旅をしてるの?」
心底驚いた。ジーニアスはおそらく12、ロイドは17、8。その友達なら、まだ子供のはずだ。
するとロイドがすねたように鼻を鳴らした。
「コレットなら平気だろ。先生がいるし、……クラトスもいるし」
成る程、護衛つきか。だとすると一体どういう子なのだろう。子供に護衛をつけるなんて普通は考えられない。
ちょっと待て。――――?
思い出せない。なにか、忘れてはならないことがあった気がしたのだが。
「そう言えばクラトスさん強かったもんね。……ロイド、まさかまだ納得出来ないの?」
むっとした表情のまま、ロイドは答えなかった。しかし眉間によったシワがそれを物語っている。
ジーニアスはため息をついて続けた。
「仕方ないでしょ、コレットを守るためには強くないとダメなんだから。ロイドもクラトスさんが強いのはわかってるでしょう?」
「っ、それは……!」
食って掛かろうとしたロイドは、ジーニアスを見つめて口をつぐんだ。
言いたくても言い返せない。理屈とは違うところでロイドにはロイドなりの言い分があったのだろうが、それすらも己で間違いを認めていて、しかし感情が追い付かない――そんな顔だった。
ジーニアスにはわからないだろう。“同類”でないジーニアスにわかれと言うのも無理な話だ。
「じゃあさ、そのコと合流するの?」
「まあ、な」
少年の問いにロイドは星空を仰いだ。
「他に行くところはないし、ついてから考えるさ。でも……絶対、コレットは守って見せる。クラトスよりも強くなって、俺があいつを守ってやるんだ」
真摯な面持ちで言いきって、ロイドはぐっと拳を握りしめた。
……大丈夫、ロイドなら。
「なるよ。凄い、本当に凄い剣士になる」
少年の口から言葉が漏れた。
ロイドが目を瞬かせる。そんなことを言う人もいなかったのだろう。いくら強くなろうとしても、大人たちには子供の戯言にしか写らないのだから。
腰に差すのは木刀。よく手入れされているが、魔物と戦うには頼りない。真剣を持っていてもこのご時世、笑われて終わりだろうが。
ロイドには剣の素質がある。
やや荒削りな面があるが、我流であれば仕方ない。鍛えれば十分に戦えるし、剣士として名もあげるだろう。
「ロイド凄いよ!」
ジーニアスは我が事かのように喜んでいる。少年は再度口を開いた。
「君だって、歴史に残るくらいの魔術師になるよ」
「え?」
「君はエルフの血族でしょう?」
ジーニアスも虚をつかれて目を丸くした。
魔術はマナを紡いで形と成すもの。エルフの血を引かなければ使うことのできないもの。今やエルフはお伽話の中の存在である。
ジーニアスはその数少ないエルフの血族だった――しかも、かなり優秀な。
ジーニアスはまだ子供。このまま成長したならば、きっと歴史に名を残す大魔術師になることだろう。彼の記憶のなかでも、この年でここまでできる者はいなかった。
いや、敢えて名をあげるとするならば……
「本当に、そう思うか?」
「うん」
即答。心の底からそう思っている。そうなるだろう。なにしろ、彼等は。
「なるよ、絶対」
少年は鮮やかに、笑って見せた。
闇――――真の、闇。
サラに考えていることを伝えると、彼女は嫌な顔ひとつせずにそれを聞いてくれた。
本当に優しいひとだと思う。それでも申し訳なさそうに、少年は告げた。
「もし、あったらでいいんですが……」
サラは快く承諾してくれた。さっきそれを終えて休んだばかりだ。
ジーニアスとロイドはとうに寝入っており、焚き火の火も消えている。
休まないのかと問われて、彼は是と答えた。夜には昼よりも手強い魔物が出ることが多い。一晩止めてもらう代わりに、寝ずの番を申し出たのだった。
闇は、嫌いではない。確かに少しイラつくけれど、それすらも楽しかった。
今はいない。常に共にあったのに。
「―――――」
名を呟くと闇のなかに溶けていく。
小うるさいあの声が、なぜだかとても懐かしく感じた。