精霊の世界再生   作:柚奈

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 長いので、分割。というわけでまた二話同時にあげます。


7-1 パルマコスタ

 ハコネシア峠の検問兵は、今日も今日とて暇だった。

 一人一億ガルドという法外な通行料を吹っ掛けたせいで、人の往来が途絶えてしまっているのだ。

 昔は、こうではなかった。

 ここは通行の要所。人々は活気に満ち溢れ、通る人皆が笑顔で通っていく。中には声をかけ差し入れをしてくれた人もいて、再び無事にその姿を見られただけでほっとしたものだ。

 今は違う。人々の視線が突き刺さる。恨みがましげな目を向けられても、こちらもどうしようもないのだ。下手に人を通したら首が飛ぶのはこちらなのだから。

 しかし一億ガルドをぽんと支払えるような猛者は存在せず、ここを通るのはマーテル教会縁の司教と教会兵だけ。そして彼らは何故か総じて愛想が悪い。

 だからハコネシア峠の検問兵は、暇で立ってるだけで給料がもらえる(立ちっぱなしの足の痛みを我慢できるなら)という仕事になってしまったのである。

「ふぁあ………」

 欠伸を噛み殺す。大口開けて大欠伸をしているところを誰かに見られでもしたら減俸されかねない。

 が、暇なものは暇。このまま微睡んで……

「ねえ、ちょっと」

「!」

 心臓が破裂するかと思った。通行料が上がってからこっち、話しかけられることすら無くなっていたのだ。

 慌てて目を擦ると、白い少女が満面の笑みでこちらを見ていた。……何でだろう、背筋が寒い。

「は、はい! なにかご用ですか?」

 すると少女はまたにっこりととても良い笑顔で、何か紙をこちらに差し出した。――実はさっきからずっと差し出されていたが、検問兵の目に入っていなかっただけである。

 恐る恐る受け取って中を確かめる。

「―――えええ?!」

 びっくりして思わず大声を出してしまった。少女の後ろの方にいた銀髪の少年が、姉らしき銀髪の女性の後ろで震えた。

 辺りの人からも変な目で見られそうだったので、一度深呼吸。吸って、吐いて、吸って、吐いて。

 よし、もう大丈夫。それからもう一度、ゆっくりと紙を開いて―――

「………あぁ……」

 やっぱり間違ってなかった。

 中身は、通行証だ。一人一億ガルドもするはずの通行証が、八人分。動物は無料なので構わないのだが。

 八人分、つまり八億ガルド!

 どんだけ金持ちなんだこいつらは! とてもそうは見えないのだが……はっ! そうか、偽造通行証かもしれない。

 こういうときのために、検問兵には通行証の見本が渡されているのだ。見比べる。

「ほ、ほほ本物――――っ!?」

「当たり前だろう。偽物を使って何になる」

 暗い赤茶色の髪の男がそう言う。

 見比べる。何度も、何度も。けれどそれが本物だと言うことは変わらない。

 ということは、本当に八億ガルド払って通行証を手に入れたのか?!

「すみませんでしたっ! どうぞお通り下さい!!」

 通行証を差し出したまま、深々と頭を下げて道を開ける。しばらくして通行証が手から離れて、誰かが通っていくような感覚があった。けれど怖くて頭を上げられない。

 彼が顔を上げたのは彼らが全員通っていって、足音も何も聞こえなくなってからだった。彼は後ろ姿を見ながら、しみじみと呟く。

「はぁ……いるんだなぁ、本当の金持ちってのは……」

 

 

 

 ハコネシア峠を越えて暫くして、ジーニアスがぽつりと呟く。

「ホントに良かったの?」

 ロイドも頷く。あの許可証は全て、アリス達の物だったのだから。

 牧場脱出から七日たっていた。

 封印解放により天使疾患を起こしたコレットは、二、三日寝込んでいた。その間にルインの復興は進んで瓦礫を片付け終わったり、何故か牧場が跡形もなく消えていたりとか色々あったのだが、まあそれは置いておくとして。

 彼らは困っていたのだ。

 唯一の道であるハコネシア峠を越えるために一人一億ガルドなんて――アリス達が知らないうちに値上がりしていた――払えるわけもなく、海は相変わらずの大シケとなれば、もはや彼らに為す術はなかった。こうなれば多少危険でもイズールドから海を越えて、と心を決めたとき、デクスに良ければ一緒に来ないかと言われたのだ。

 許可証はあるから、と。

 アリスは事も無げに言う。

「別に良いわ。許可証ならあと三枚持ってるから」

 ロイドは絶句した。デクスが苦笑する。

「オレたちはパルマコスタに雇われてるんだ。ハイマやルイン、アスカードを回って物資や手紙を届けてるのさ。その関係で許可証は多めに渡されてるからな、気にするな」

「そうそう、気にしてたら旅なんか出来ないよロイド」

 呆気に取られるロイド達をそう言って宥めたのはエミルだった。珍しい。エミルは基本相手に気を使わせることを嫌う。相手の親切には最大限自分も親切で返すような優しいひとだ。

 ここまであっけらかんとしているのは、本当に珍しい。

「……少年はもっと気にしようぜ」

「気にするな、何でも言ってくれって言ったのはデクスでしょ。別に無理なことは頼んでないよ」

 するとデクスはけどなぁ、と言葉を濁してため息をついた。

「手伝う代わりにパルマコスタまで連れていけって、かなり無茶だぞ」

 エミルが笑みを浮かべると、デクスが肩を落とす。エミルの笑顔がアリスに似ていたような気がしたのは気のせいだ。

 と、歩いていたエミルが前方を見て立ち止まった。遠くを見るように目を細めて、突然目を見開くと駆け出していく。

「っておいエミル!? 何処行くんだ!」

「ごめん先行く!」

 エミルはそのまま走っていき、あっという間に見えなくなる。

「何なんだ……? コレット?」

 ロイドが振り向いたとき、コレットが目を閉じていた。

 コレットは天使化に伴い―――超人的聴力がある。それはたとえ家一つ隔てていても人々の話し声を聞き取るほどの力。

「女の子の………声………?」

「魔物に襲われている!」

 クラトスの言葉で、一行は駆け出した。

 

 

 

 

「あーもうっ、あっち行ってよ!」

 よりにもよって武器を持ってきていないこの時に!

 こんなことなら少し外に出るだけでも、せめて武器は持ってくるべきだった。手持ちは僅かなグミと、使えもしない自警団の長槍。それも長らく街道に放置されていたらしい、サビだらけの代物だ。

 戦えないなら、何においてもまず逃げろ。逃げて、生き延びることだけ考えろ。

 叩き込まれた言葉が頭のなかでぐるぐる回る。こんな時、訓練は本当に訓練でしかないと思い知る。

 ―――けれどこんなときなのに、何処か頭は冴えていく。

 敵が踏み込む瞬間、同時に横に飛び、攻撃はすぐ横を掠めていく。心臓が飛び出そうなくらいなのに体が勝手に動いて、そのまま走って距離をとる。

 が。

「――邪魔だよ!」

 槍を振り回した。後ろから魔物が飛びかかってきて、その鼻っ柱を打ち据える。それで槍は柄が真っ二つに折れて、使い物にならなくなる。

「なら……飛燕流舞! どうだ!」

 使える技のなかで、唯一武器を介さず使える足技。そこから一歩離れて、一気に間をつめ蹴り飛ばす。

 一匹は倒せたが、魔物はまだまだ沢山いる。こんな数、武器があっても勝てるかどうか―――

「きゃあぁっ」

 いきなり背後から衝撃。転んで、そこで背中に乗られてしまった。これじゃ身動きがとれない!

 

「退けって言ってるのが………分からねぇのか!」

 

 低い声と共に、背中の重みがいきなり無くなった。

 顔をあげると、さっきまで背中に乗っていた魔物が吹っ飛んでいた。そしてすぐ目の前に、少年が一人立っていた。

 年は同じくらいか、自分よりも少し上。自分よりも背が高い。黒い服は動きやすそうで、首元にはマフラー。肩に届くくらいの髪は柔らかな淡い金色。

 少年が振り返った。綺麗な目。

「立てるか?」

「う、うん。大丈夫……」

 ぶっきらぼうだけど、然り気無く手を差し伸べてくれた。それに捕まって立ち上がれば、彼は腰の剣を――気が付かなかったが、彼は使い込まれた剣を腰に差していた――抜いて魔物の方に向ける。

「ふん、雑魚どもが。蹴散らしてやるよ」

 そう言って魔物たちに突っ込んでいく少年を見ながら、彼女――マルタ・ルアルディは思った。

 彼こそが、私の王子様だ!

 

 

 

 ロイド達が駆け付けたとき、戦いはもう終わっていた。

 エミルは一人の少女を背に剣を納めていた。辺りの血痕は少女のものではなく、魔物の血だ。少女は折れた棒を握りしめていて近くに槍の穂先が落ちているから、少女の仕業だろう。エミルはあまり魔物を傷付けないから。

 エミルが少女に振り返る。

「あ、大丈……」

「ああん、やっぱりカッコイイ! 流石私の王子様っ!」

「えええぇ?!」

 いきなり少女が棒を放り出してエミルに抱き付いた。エミルが目を丸くするが、少女の方はお構いなしだ。

 エミルがロイド達に気が付いて顔をあげる。ロイドは頭を掻く。

「あー、知り合いか?」

「えーと……?」

 反応したのは、意外なことにアリスとデクス。

「あら、マルタちゃんじゃない」

「げ、アリス……」

 少女はあからさまに嫌そうな顔をした。が、すぐに笑顔になるとエミルから離れ、膝を払って立ち上がる。

「あ、ごめんなさい。私はマルタ、マルタ・ルアルディ。よろしくね!」

「俺はロイド。マルタ、エミルと知り合いなのか?」

「エミルっていうんだね。エミルと会ったのは今日が初めて」

「は?」

 普通、初めて会った人に――たとえそれが命の恩人だとしても――抱き付くだろうか?

 唖然とする一行。少女、マルタは目を輝かせて両手を胸の前で組んだ。

「だけど感じたの! 颯爽と現れて魔物から私を助けてくれた、彼こそ私の夢に見た王子様だって!」

「うぅっ……」

 エミルが半歩後ずさる。マルタはそのまま距離をつめるとエミルの右腕にしがみついた。

「エミルが来てくれなかったらどうなってたか……ホントにありがとう、エミル!」

「あー、マルタは怪我してない?」

 そろそろ話題を変えようとしただけだが、返って逆効果だったらしい。マルタはますます頬を緩ませる。

「真っ先に他人のことを心配するなんてエミル優しい! エミルのお陰で無事だよ。あ! そうだ、私パルマコスタに帰らないと」

 それでようやくエミルはマルタから解放された。クラトスが少し驚いたように目を見張った。

「パルマコスタの人間か」

「うん。そう。私、パルマコスタの総督府で働いてるの。だからそこの二人とは顔見知り」

「ま、オレ達の雇い主の一人だからな」

「雇ってるのは私のパパだけどね」

 ちょっとだけいたずらっ子のように笑って、マルタは肩をすくめる。

「えーと、アリス達が一緒ってことは、パルマコスタに行くの?」

「ああ、そうだ」

 するとマルタは良いこと思い付いた、と言わんばかりの顔で手を打った。

「あ、じゃあ、一緒に行かない?」

 

 

 

 

「すげぇ……ここが港町パルマコスタか!」

 ロイドは歓声をあげずにいられなかった。

 これまで通ってきたどの街よりも大きく、どの街よりも人がいて、どの街よりも活気があった。ディザイアンがいるこの時代、これだけ人々の笑顔に溢れた街も珍しい。

 到着までもマルタが誇らしげにシルヴァラント最大の街、と言っていたが、確かにその通りだとロイドは思った。

 ロイドと同じようにきょろきょろと辺りを見回すコレットとジーニアスを見てクラトスが無言で頭を振った。

「さて、まずはマーテル教会を……あら?」

「エミルは?」

 ジーニアスの問いに答えたのはクラトスだった。

「エミルなら街に着くなりマルタに引っ張られて行ったが」

「え、それホントかクラトス!?」

 全く気がつかなかった。クラトスが気づいていて自分は気が付けなかったとか、ちょっと悔しい。

 クラトスによれば、有無を言わせずに引っ張っていったらしい。右手の住宅街に向かったようだが、その先は入り組んでいるらしく分からないようだ。

 エミルを追いかける訳にもいかない。

「仕方ないわね。私たちは私たちのやることを済ませましょう。まずはマーテル教会よ」

 そう、ここパルマコスタのマーテル教会に、かつての世界再生の記録が残っているらしいのだ。再生の書――八百年前の再生の神子スピリチュアが書いたとされるものだ。

 元々彼らがパルマコスタを目指していたのはその書を見るためであった。

 いざ街に入ろうとなったとき、アリスとデクスが脇道にそれていくのをジーニアスが捕まえた。

「あ、アリス、待って」

「何? アリスちゃんはこれから用事があるんだけど」

 一応振り返ってくれたので、ジーニアスは姿勢を正した。

「あの、通行証とかのお礼が言いたくて。牧場で助けてくれたり、ここまで連れてきてくれてありがとう」

 アリスはしはらく頭を下げたジーニアスを見ていたが、やがて何も言わずに踵を返した。

「あ、アリスちゃん! ……ごめんな、アリスちゃんはシャイだから。こっちも色々助かった。ありがとな」

「デクス、何やってるのよ。行くわよ」

 路地に入る少し手前で、アリスが鞭を叩きながら待っている。

「うん、すぐ行くよ! ――ま、そういうわけだ。じゃあな! 縁があればまた」

「ああ、またなーっ!」

 ロイドやジーニアスは笑顔で手を振った。二度あることは三度ある。きっとまた会えるだろう。

「我々も行くぞ」

 クラトスが先に歩いてしまったので、ロイドたちも急ぎ足で後を追う。

 そのとき。

「あ、はい………きゃっ」

 コレットが転んで、誰かにぶつかる。その拍子に相手が持っていた瓶が落ち、ワインが道に撒き散らされたのだった。

 

 

 

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