「ごめんね、マルタ。道案内させちゃって」
「いいのいいの、私はエミルと二人で町を歩けて大満足! けど、ソダ島に何の用があるの?」
「ちょっとね。けど封鎖してるとは思わなかったんだ」
そう、最近の海のシケのせいで定期船も漁も全面運航停止状態なのだ。
しかもシケはソダ島に近ければ近いほど酷く、なんとかソダ島にいた人たちは救出できたものの、それから一本も船が出ていないらしい。
一刻も早くソダ島に行きたいエミルとしては大変に困った状況だ。ソダ島に行くにはシケが収まらなくてはならない。しかしシケの原因は――恐らくソダ島にある。
シケを収めるにはソダ島に行くしかなく、ソダ島に行くにはシケが収まるしかないのだ。八方塞がりである。
それでもなんとか出来ないものかとマルタに尋ねると、ドア総督に会わせると言ってくれたのだ。
「ごめん、力になりたいけどドア総督の許可がないとどうにもならないの」
広場に面した、大きな建物。その前に来るとマルタは軽快に階段を登り、くるりとこちらに向き直る。
「着いたよ。ここが総督府。さ、入ろ」
エミルはマルタに手を引かれて階段に足をのせ……一瞬硬直する。それに気が付いたマルタが階段を下りてきて心配そうな顔をする。
「どうしたの?」
「あ、ううん、なんでもない。ちょっと普通に入ってくから驚いただけ」
マルタは拍子抜けして吹き出した。
「だって私はここで働いてるんだもん。それにパルマコスタ総督府は市民に開かれた場所だから安心して」
改めて、階段を登る。マルタはやはり躊躇いもなく大きな両開きの扉に手をかける。
総督府の中はそのまま応接室兼執務室のようだ。真っ直ぐに赤い絨毯がしかれ、そこを囲むように細い机が台形に置かれている。突き当たりには男性が二人いて、一人は椅子に座って書類に目を通し、もう一人はそれを補佐している。
「では………おや?」
椅子の男性が、マルタに気が付き手を止める。
「ただいま戻りました、ドア総督」
「マルタ! 帰ってきたのか。ブルートが帰りが遅いと心配していたが」
「ご心配お掛けしました。彼のお陰で無事です」
そこでドアは初めてエミルをちゃんと見た。
「む? そちらの少年は?」
「彼はエミル、私の命の恩人です」
紹介に合わせ、エミルは軽く会釈する。命の恩人とは少し大袈裟だとも思ったが、あえて口を挟むことでもない。
「そうだったのか。初めまして、私はドア、ここパルマコスタの総督を勤めている。マルタを助けてくれて感謝するよ」
「いいえ、当然のことをしただけですから」
ますますドアは顔を綻ばせた。マルタはよほど大切にされているようだ。
「あの、総督。彼はソダ島に行きたいそうなんです。許可を出してあげられませんか?」
優しげだった顔が、すっと引き締まる。鋭い目で見詰められ、しかしエミルは動じなかった。クラトスの方が何倍も怖い。
「……あそこに何の用かね?」
エミルは答えなかった。マルタが横で狼狽えるのが見えたが、彼は口を開かない。目的はある。あるが、それは他人に教えられるものではなかった。
エミルが話さないと見ると、マルタが弁護しようとする。それを片手で遮って、ドアは机の上で手を組んだ。
「あそこは確かに間欠泉で有名だ。しかしこの荒れた海の中、命を懸けてまで行く理由は」
彼は内心で舌打ちした。全く、やはり面倒くさい。正規の手段で行こうなんて考えなければよかった。
けれど、胸の何処かがそれを否定する。
僕は『 』だ。
そう考えると、口が勝手に動く。嘘はつかないし、本当のことも言えないけれど、それでも。
「あそこが、僕にとってとても大切な―――」
言いかけて口を閉ざしたのは、後ろから覚えのある気配が近付いたからだ。
扉が開いて、彼らが入ってくる。
「ロイド!」
「エミル? 何でここに?」
「それはこっちが聞きたいよ。教会に行ったんじゃなかったの?」
するとロイドやジーニアスが遠い目をする。
「ああ、そうなんだけど―――」
「貴方がドア総督ですか?」
改まってコレットが尋ねた。礼儀正しい姿に、ドアは鷹揚に頷く。
「いかにも、私がドアだ。そちらは旅の方ですな? 旅するものにマーテル様の慈悲がありますよう」
エミルは頬がひきつった。どの口がいうんだ、どの口が。
しかしロイドは律儀にお辞儀を返す。
「あ、どうも。それより教会で聞いたんだけど、再生の本とかいうのここにあるんですよね?」
「ロイド、再生の書」
「そうそう、それ」
エミルは小声でジーニアスに話しかけた。
「教会にあるんじゃ……」
「それが今は総督がもってるって」
ドアは胡乱気に眉根を寄せた。
「再生の書? 確かに我等一族の宝だがそれがなにか?」
「それを貸してほしいんだ」
「不躾な……」
呟いたのはドアではなかった。ドアの後ろでドアの補佐をしている青年だ。かなりの小声ではあったが、静まり返った総督府の中では聞こえてしまっている。
リフィルが進み出て礼をとった。
「確かに今のは失礼でしたわ。私たちはここにおられる神子の世界再生を手伝っています。世界の未来のために導師スピリチュアの足跡が知りたいのです」
導師スピリチュア――マーテル教の創始者の、再生の神子。
「ドア総督」
「うむ」
側の男に呼ばれて、ドアはひとつ頷くと音もなく片手をあげた。とたん、いつの間にか控えていた兵士たちが、コレットたちに向けて槍を構えたのだ。
エミルはマルタの後ろにいた為に無事だが、それでも共に旅をした人々が殺されかけて平静ではいられない。
「なっ、何するんですか!」
「神子様ならばつい先程我らのもとにお越しくださったわ! この恥知らずめ! 神子様の名を語るふとどきものめ、即刻捕らえ、教会に引き渡せ!」
突然エミルがはっとして叫ぶ。
「コレット、羽! 羽出して!」
「え? あ、うん」
首をかしげながらも言われた通りにコレットが羽を広げると、辺りを取り囲んでいた兵士たちに動揺が走る。
しかし道中戦闘でコレットの羽を見ていたマルタは驚かない。兵士の間をすり抜けてコレットの前に立つ。
「総督、見てください。この羽こそが神子の証。彼女は本物の再生の神子です! 全員武器を納めて!」
マルタの言葉では兵士たちは武器を下ろすまでには至らなかった。しかし迷いが生じて穂先が下がる。
「皆、武器を下ろせ! その方は本物の神子様だ!」
指示を飛ばしたのは補佐の青年。どうやらかなりの地位にいるようで、兵士たちは素直に従い槍を納める。どこかホッとしたように見えるのは、やはり神子に武器を向けたことでの不安か。
ドアが立ち上がり、深く頭を下げた。
「天使の翼は神子の証………どうか我らの無礼をお許しください」
「あの、どうかお顔を上げてください。ええっと……別にいいんです。わたしもよく本物の神子らしくないって言われるし」
気にしていない、と言われて兵士たちは改めてほっとすると、ドアと、神子に一礼して戻っていく。
やはりマーテル教の信者だった。
兵士たちが全員いなくなると、改めてリフィルは問い掛けた。
「では総督、本物の再生の書は、今どこに」
ドアは申し訳ないと繰り返す。
――再生の書は、もう神子を名乗る者に渡してしまった、と。
「もしかしてあの人たちじゃない? ほら、コレットがワイン割っちゃったあの人。家宝をくれるなんてちょろいですわーとかなんとか言ってた」
「ああ、あいつら!」
あいつらのせいでパルマコスタワインを求めて町を半周する羽目になったのだ。
始めに訪れた雑貨屋ではワインは品切れ。ワインの在庫があるというパルマコスタ学門所に向かうとコレットがウェイトレスに間違われ、コレット人生初のアルバイト。奇跡的にコレットは一度も転ぶことなく仕事を終え、そのときようやく本題を言い出しワインを譲ってもらったのだ。
ロイドは渡すことなんかないと主張したのだが、コレットはぶつかったのだからとワインを渡してしまった。そのあと直ぐに彼等は町を出たはずだから、今から追いかけても間に合わない。
エミルが聞くと、ドアは苦々しい顔をした。
「その再生の書の中身は覚えてないんですか? 覚えてなくても、写しとか」
「あれは天使言語で書かれているので教会の人間でなくては読めないのだ………マルタはどうだ?」
いきなり話を振られたマルタは少し考えて、ああ、と手を打った。
「えっと、再生の書ってあの古びた変な記号のやつですか?」
「何か知ってるのマルタ」
「知ってるも何も、あれ元々家にあったものだもん。それを教会に渡して、神子様が再生の旅に出たって聞いたから総督府で保管してたの」
だから小さいときはあれで悪戯してたんだーと暴露した時点で、リフィルと補佐の青年がくらりと傾いた。世界の遺産で何を、とか呟いている。
しかし遊べるところに置いてあったのなら、持ち主はそれを何度も見たことがあるはずだ。
「じゃあ内容は……!」
「ううん、パパでも読めなかったみたい。だから確か、文字の形だけ写したものがあったと思うんだけど……」
ロイドはパチン、と指をならした。
文字の形さえあれば大丈夫。こっちには再生の神子コレットがいるのだ。
「それだ! マルタ、何とかそれを見せてもらえないか」
「うん、いいよ。けど家から持ち出すのはちょっと……」
当然と言えば当然。マルタの父の持ち物だから、勝手に持ち出すわけにはいかないのだろう。
「じゃあ僕たちがマルタの家まで行くよ。迷惑でなければだけど」
「エミルが来てくれるなら大歓迎!」
喜び方の変わりようにエミルが苦笑する。マルタは一度ちゃんとドアに頭を下げる。
「では総督、失礼します」
「うむ。マルタ、頼んだぞ」
「はい!」
「おお、マルタ様。こんにちは」
「こんにちは、腰の具合は良くなった?」
「おやマルタ。今朝釣れた魚だ、持ってきな!」
「わ、良いの? ありがとう!」
「マルタ姉ちゃーん! お母さん元気になったよーっ、ありがとうーっ!」
「うん、キミも気を付けるんだよ! お大事に!」
三歩歩けば声をかけられ、五歩歩けばお辞儀され、十歩歩けば物を貰う。
様付けで呼ばれている辺り、慕われているのだろうなと分かる。
「うーん、コレットを見てるみたい」
「うん、確かに」
コレットもイセリアでは似たようなものだった。両手に荷物を抱えるとコレットの場合転ぶので何かを渡されることはなかったが、歩くごとに声をかけられるのは日常茶飯事である。
「マルタ、スゴいんだねぇ」
にこにこ笑って言うのはコレット。マルタは神子様に言われると恥ずかしいな、なんて言いながら先を歩く。
「私じゃなくて、私の家だけどね。昔から続く名家らしいんだ。パパも色んなこと知ってるし、ドア総督とも仲良くしてるし。昔からパルマコスタの為に尽くしてきた家だから人々からも慕われる………らしいよ」
「らしい?」
「だってよく分かんないんだもん。パパはそういう話してくれないし、ママも大きくなったらとしか言わないし。あと私そういうの苦手だから覚えてないの」
と、マルタが急に駆け出し、少し先の大きな家の前で立ち止まる。
「着いたよ。ここが私の家」
「で、でけぇ……」
それは総督府並みに大きな家だった。入り口には装飾が施された柱が立ち、扉の取っ手もよく見れば細かな模様がある。しかし辺りから浮いてしまうほど華美ではなく、どこか品があった。
「さ、入って」
招かれて中に入ると、家のなかも綺麗だった。特別な調度品があるわけではない。掃除が行き届き、家具は大切に使われているのが人目で分かる。あちこちに生けてあるちょっとした花が彩りを添えている。
「ほら、パパの書斎はこっちだよ」
「勝手に入って良いのかよ」
「平気平気。パパは今別の仕事で居ないんだけど、ママはいるはずだから。ママー?」
何度も母親を呼びながらマルタは奥に入っていく。ロイドは辺りを見回して、床に小さな紙が落ちているのに気が付いた。拾い上げれば表面に文字が。
「マルタ、書き置きがあるぞ」
呼べばマルタは直ぐに戻ってきた。
「ありがとう! えーと、『夕飯の買い物に行ってきます』か。じゃあいいや。あとで断っておくから皆入って」
「お、お邪魔しまーす」
家に上がり、マルタに座って待つように指示された。
「ちょっと待っててね。パパの資料とってくるから」
そしてさほど待たずに、マルタは数枚の紙を手に戻ってくる。
「これだけしか見つからなかったの。ごめんね」
リフィルはそれを受けとるとざっと眺めて頷く。
「いえ、これだけあれば十分よ。コレット」
「はい。封印のところ以外は飛ばしますね。
荒れ狂う炎。砂塵の奥の古の都にて町を見下ろし、闇を照らす。
清き水の流れ。孤島の大地にゆられ、あふれ、巨大な柱となりて空に降り注ぐ。
気高き風。古き都、世界の……、巨大な石の中心に祀られ邪を封じ聖となす。
煌めく……。神の峰を見上げ世界の柱を讃え、……古き神々の塔の上から二つの偉大なる……ええと、所々途切れてしまっています」
「……マルタ、資料はこれで全て?」
「えっと、多分。その記号……じゃない、文字が書かれてるのはそれしかなかったんです」
「そう……ありがとう、助かったわ」
リフィルは明らかにガッカリしたようだ。
しかし封印の場所はわかった。
「やっぱりソダ島に行くしかないな」
「あ、それなんだけどシケで行けないんだって。総督の許可がないとダメだって。それで許可を取ろうとしたんだけど……」
エミルがそう言っていた、そのとき。
けたたましく扉が開いた。
「大変だ、ブルートさん!」
駆け込んできたのは自警団の一人。
「どうしたの? そんなに血相変えて」
「ああ、マルタさん。ブルートさんは居ないのか?」
「仕事で出てるけど……?」
そのひとはこんなときに! と悪態をついて、やはり興奮したまま話し出す。
「とにかく大変なんだよ、広場で! 広場で!」
「落ち着いて、広場がどうしたの?」
「広場でマグニスが、公開処刑を始めるって言うんだ!」
ルアルディ家ってどういう立ち位置なんだろうか。と迷ったので、多少捏造が加えてあります。
再生の書は本来総督家の宝ですが、拙作ではルアルディ家のもの、と言うことになっています。『書』って良いながらあれ書じゃないよね。石だよね。
因みにしいなはルインで療養中です。
《設定の違い》
・アリスとデクスはパルマコスタ総督府(正確にはブルート)に雇われている。
・マルタがパルマコスタ総督府で働いている
・ルアルディ家はパルマコスタでは慈善家で有名な名門。
・再生の書はルアルディ家のもの。
・その流れでハコネシアはカット。