彼は駆ける。微かなマナを追って。
ああ、力が完全に戻っていたならば、この程度雑作もないのに!
「――――来い!」
叩きつけるように力を放ち、遥か彼方のモノたちを呼び寄せる。
「探し出せ。何としても、一刻も早く!」
叫べば、彼等は辺りに散る。
マナの反応が弱い。意識がないか、体力が著しく低下しているからだ。マナだけを辿るよりも探させた方が早い。
やがて彼のもとに、一羽の赤い鳥が舞い降りる。ルインで彼を運んだ、あの鳥だった。
「また、運んでくれるか」
鳥は答える。勿論です!
「なら頼む」
彼が即答すると、鳥は一声鳴いて彼のマフラーを掴み、空へ舞い上がった。
しばらくして、山々の隙間に暗い穴があるのが見えた。……洞窟、だろうか。いや、柱がたっているからなにかの建造物。
「ここが、カミシラ山地の王朝跡………随分雰囲気が変わったな」
かつて――遥かな昔、ここにあったのは豪華な城。パルマコスタのみならず、シルヴァラント全土を支配した広大な王朝。バラクラフなんて比較にならないくらいの大きな国、その都。
しかし八百年前に王朝が滅びた今となってはそれも虚しい。住むものはおろか知るものもなく、ただ水の侵食に飲み込まれる、滅びを待つだけの遺跡。
彼は鳥を振り返った。
「お前はここにいろ」
何故! 鳥はバサバサと翼を忙しなく動かした。何処までもお供します!
「ここから先はあいつの管轄じゃない。お前は眷族が違うから、来ても辛いだけだぞ」
それでも構いません。ここで退いたら、何も役目を果たせませんから。
しばし、睨み合う。やがて彼の方が折れた。
「分かった、好きにしろ」
彼等が王朝跡に踏み込むと、前に魔物たちが立ちはだかった。
「………ああ、そうか。寝てるんだから縁も切れてるんだったな」
ここの魔物程度、今の彼にとって敵ではないが、縁が切れているのは困る。そして今は時間がないのだ。
「仕方ない―――」
紅の目を、開く。
魔物たちが立ち尽くす。そしてガタガタ震え出した。
「退け」
海が割れるように彼の前に道ができた。
「よし。……ん?」
が、一匹の魔物が進み出る。伝説の人魚に良く似た、人間たちからはメローと呼ばれる魔物だった。
メローはお辞儀をして語り始める。しかし言葉は人間のそれではないから普通は理解できないが。
彼にはなんの支障もない。
「――それは本当か?」
メローが言ったのは、この先に人間がいる、というもの。特徴を訪ねれば根っこのような色の長い髪の毛だという。例えは悪いが、それは恐らく彼の探し人に相違ない。
「他に人は見ていないか?」
問うと他の魔物が答えた。オルカという大きな魚の魔物と、壺に足が生えたようなシーモンクという魔物だ。それぞれ仮面を被った男を見たという。
「他は見ていないんだな? 確かだな?」
それならば、まだ時間はある。彼は案内しろ、と命じた。魔物が先を競うように彼を奥に連れていく。
彼がこんなにも急いでいるのにも理由がある。マルタが誘拐されたことを受け、パルマコスタ総督府はディザイアンに要求されるままに身代金を払ってしまったようなのだ。
『しかし身代金を受けとればマルタ様を、殺すつもりだと聞きました。身代金が届く前に、マルタ様が殺される前に、マルタ様をお助けしなければ――!』
血を吐くような声で懇願されて、コレットが黙っているわけもなかった。
一行のなかで一番機動力に優れるのは彼だ。しかしそれでも、先につけるかどうかはほとんど賭けだった。
やがて水路だらけの細い道に入ったとき、通路の奥から話し声がした。片手をあげて魔物たちを制し、彼は声に耳を澄ませる。
話し声は二人の男のものだった。
「全く、こんな小娘のお守りとは……ついてねえぜ」
「そう言うな。これもマグニス様のためだ」
片方は剣を履いた男。もう一方は杖をもった、恐らくは術師の男。どちらも仮面を被り、赤い衣装を身に纏っている。
マグニス様、と聞こえたことからも、彼らがディザイアンで間違いない。
「そろそろ身代金が届くんだろう? 今のうちに片付けちまおう」
「おい、あまり体に傷を残すなよ。死んでるのがバレたら金は手に入らない」
「分かってるよ。ちゃんと体内で術は収めるさ。……にしても気の毒になぁ、親父のせいで娘が死ぬとは」
「まあ、これでブルートも大人しくなるだろう」
話が見えた。見せしめだ。
パルマコスタで反ディザイアンの中心は総督府とドア、そしてブルートだ。しかしその実ドアはディザイアンの内通者であり、そのドアに従う総督府もまた、脅威にはなり得ない。
ならば実質的脅威はブルート・ルアルディただ一人。
だからこれは見せしめだ。ディザイアンに逆らえば街の有力者といえども無事ではないと。
「――」
全く、何時もヒトというものは。
目を閉じた拍子に浮かんだ言葉を、彼は即座に振り払う。
「行け!」
彼の合図で、魔物が大群で二人のディザイアンに押し寄せる。爪で引き裂き、牙で武器をへし折って。
魔物が退いて彼がそこに立ったとき、ディザイアンは傷だらけで意識は失っていたが、まだ息はあった。殺すな、と彼が命じたのだ。
二人を見下ろし、彼は顔を歪めた――ハーフエルフ。
これなら、昔と何も変わっていないではないか!
「ん、んぅ……」
彼はうめき声をあげたマルタに近づいた。マナを探って異常が無いかを確かめる。……幸い、ただ気絶したところを縛られていただけだ。
エミルはほっとして、彼は魔物を下がらせる。エミルはマルタの両手や両足の縄をほどいてやった。
ほどき終わるのとほぼ同時に、マルタが目を開けた。
「やあ、おはよう。気分はどう?」
未だ状況をのみ込めていないマルタに、エミルは鮮やかに微笑んで見せた。
「おや、ニールさん。アリスさんにデクスさんも。お忘れものですか?」
「そんなところです。通していただけますか?」
総督府を守るために控える兵士は、呆気なく納得して総督府に入れてくれた。
ニールは総督府で働いているし、アリスとデクスもプルートに雇われているから何度も総督府には出入りしている。
だから、コレットは彼らに頼んだのだ。
「ドアの真意を確かめてほしいとはね」
拐われたマルタは機動力に優れるエミルが。
ショコラの救出と牧場の破壊はロイド達が。
そしてドアの真意を確かめるのは、ニールの希望もありアリス達が。
「面倒ねぇ……」
アリスからしてみれば面倒以外の何物でもない。ドアの真意が何処にあろうが、アリスには何の関係もないからだ。雇い主はブルートであり、そこにドア総督は含まれない。今もブルートから神子様を頼むと言われ、その神子から頼まれたから動いているだけだ。
本音が漏れて、ニールがアリスに目を合わせてきた。
「アリスさん、私からも改めてお願いします。昔はこんな方ではありませんでした。街のことを考えておられたのです。なにが総督を変えてしまったのか……私は知りたいのです」
本音を言うならば、だからどうした。
が、アリスは雇われて動く。目的のためでもあるし、ブルートには借りがある。
返事はせず、アリス達は総督府に足を踏み入れた。
誰も、いない。
働いている職員も、普段控えている兵士すらも。誰一人――ドア総督その人も。人がいる気配がしなかった。
「これは……一体何が。少なくとも総督はいらっしゃる筈なのに」
ニールはこの作戦のほぼ全てを知っている。大まかな人の配置も、作戦の時間も、少しなら裏の事情でさえ。
そのニールの記憶によれば、まだドア総督は総督府にいる筈だった。緊急時に備え、何かあれば必ず連絡が入る総督府に控えることになっていたのだ。
驚き、愕然とするニール。それに対してアリスの反応は驚くほど淡白だ。
何故ならば、アリスはハーフエルフだから。人には感じられない、マナの気配を辿るから。
だから地下に誰かがいるのにも直ぐに気が付く。
「―――」
マナを頼りに壁沿いに歩く。近いところ、或いは階段を探すために。ニールは何か言おうとしたがデクスに止められ押し黙る。
やがてアリスは地下への階段を見つけた。無言のまま、彼等はそれを降りていく。
そして一つの扉の前までやって来た。
アリスは手の鞭で扉を示して。
「デクス」
「任せろアリスちゃん!」
名を呼んだだけ。それでもデクスは正確にその意味を汲み取って、大剣を構えた。
そして。
一気に降り下ろした。扉がすっぱりと両断される―――赤い液体を撒き散らしながら。
扉の向こうで声にならない悲鳴と、耳を塞ぎたくなるような断末魔が響いた。ニールは思わずきつく目を閉じたが、アリスとデクスは眉一つ動かさなかった。
扉だった木片を踏みしめて、アリスはその部屋に入る。地下牢のようなその部屋にはドアと側には幼い子供の姿。そして扉ごとデクスが叩っ斬ったディザイアン。
デクスはディザイアンに一瞥くれたがアリスはドアを見据えたまま動かない。
「な、何故お前達がここに!」
デクスは口の端を吊り上げた。
「まるで幽霊でも見たような顔だなぁ?」
「ありがちよ、その台詞」
実際はいない筈の人間がいたからではなく、分厚い扉を一刀両断し、更には扉の前にいたディザイアンをも斬った事に対してである。
ドアははっと我にかえった。
「何故ここにいる! ここには誰も入れるなと命じていた筈だ!」
その通り。ここに来たのがロイド達であれば追い返されたに違いない。
しかしアリス達は昔から総督府に出入りしている。その上――
「総督……ディザイアンと手を組んでいたなんて……」
ドア総督の側近、ニールが同行している。
「くっ、裏切ったなニール!」
「何故です、総督! かつてのあなたは違った! 街の事、民のことを第一に考えていたのに! なにが貴方を変えたのですか! 奥様が亡くなられたときも……!」
ドアは鼻で自嘲ぎみに笑った。
「クララが、亡くなっただと……? クララならば、ここにいる!」
ドアの後ろ。壁にかかった大きな布。それを取り払うとそこには、人成らざる異形のものがいた。
緑色の、大きな体。肥大した足や大きく盛り上がった肩。腕は両手で抱えるほどに太く、爪は剣のように長く、鋭い。頭の中心で光る赤い玉は目だろうか。どうにか原型を留めている服だけがそれが人間だったことを示していた。
化け物。なんとかニールはその言葉を飲み込んだ。
「それが、奥様?」
「そうだ! 我が妻クララの変わり果てた姿だ!」
クララ夫人は数年前に死んだ。そういうことに、なっている。ドア総督は妻を殺され、妻の忘れ形見のキリアを男手一つで育て上げながら、妻の仇をとるためディザイアンとの徹底抗戦を誓った――そういうことに、なっている。
しかし、真実は違った。
「父がおろかだったのだ。ディザイアンとの対決姿勢を見せたために、先代の総督だった父は殺され、妻は見せしめとして悪魔の種子を植え付けられた。私はクララを助けるために」
「だから、ディザイアンと手を組んだと言うのですか? 貴方は……貴方はパルマコスタの民の信頼を何だと思っているのですか! 貴方を信じて戦い、死んだ者もいるというのに!」
「この街の者は私のやり方に満足しているではないか。ただ、私がディザイアンの一員と知らぬだけだ」
「それが、それが……っ!」
どれだけ大切なことか。
ニールが憤怒と悲しみに顔を歪めて叫ぼうとしたそのとき。
「どっちでもいい、そんなの」
それまで黙っていたデクスが冷ややかに二人を見た。
「生きていくには力がいるんだ。誰かを助けるのも、守るのも。力を求めて何が悪い」
武器を持ち戦うのも、学問を学び修めるのも、ディザイアンの協力者になるのも、全ては力を求めたから。
力がなければ強いたげられ、力がなければ疎まれ、力がなければ死んでいく。弱肉強食がこの世の摂理だ。デクスもアリスも、それを咎めたりはしない。弱者の立場が嫌なら強くなるしかないと、知っている。
だからディザイアンと共犯だろうが街の人の信頼を踏みにじろうが、そんなことはあまり関係ない。
「ですが、」
「でも!」
言い募ろうとするニールを遮って、デクスは語意を荒げ、大剣を突き付ける。
「それはアンタの力じゃない。アンタが持っている、アンタの手に入れた力じゃない。他人を助けるんなら、せめて自分の力で立ち向かえば良いだろう! 奥さんを助けたいなら、力があったとしても、無かったとしても、自分の手で助けてやれば良いじゃないか!」
かつて、デクスはそうした。
力がなかった。何の力も持たない子供だった。けれどデクスは命を懸けた。何と引き換えにしても守りたい少女のために。他人に頼らず、なにも持たないまま、その身一つで立ち向かった。
ドアが怯んだ。アリスが一歩進み出て、デクスの剣を下げさせる。
「アリスちゃん……」
「私は、デクスみたいに他人の生き方にとやかく言うつもりはないわ。けどね、力が欲しいなら全てを捨てて立ち向かうものよ。例えば――――そこの貴方みたいにね」
アリスが鞭と共に視線をくれるのと、ほぼ同時。
ドアの体から、鋭いものが生えた。
刺され、血を吐いて、ドアは横目で後ろを見た。痛みで頭部を動かせないから録に見えてもいないが、後ろに誰が居たのかは分かっている。
――見えなくて良かったかもしれない。
娘が、娘だったものが、紫色の異形に姿を変えたのを。
「き、りあ……?」
「見破られていたか……流石は同族だな」
ふっと笑って、キリアだったモノはドアの体から己れの爪を抜いた。ドアの腹部を貫いていた、槍のような爪を。
ドアが床に倒れ付し、ニールが青い顔で駆けつける。
「私はディザイアンを統べる五聖刃が長、プロネーマ様の僕。五聖刃の一人マグニスの新たな人間培養法を観察していただけ。優良種たるハーフエルフである私にこんな愚かな父親などいない」
ハーフエルフ。そう、このマナは確かにハーフエルフのもの。
けれどその形はどうだ。
ハーフエルフは決して化け物ではない。寧ろ見た目では人間や変わらない。違うのはエルフよりは耳が短く、人間には使えない魔術が使えるという一点のみ。
「キリア様……違う、キリア様はどうした!」
「こいつの娘ならばとうの昔に死んでいる! そして、一度発芽した悪魔の種子を取り除く術など存在しない」
悪魔の種子というのは暴走したエクスフィアのこと。無理に剥がせばそのまま死ぬ。剥がさなくても、このままならば一生人間には戻らない。
ニールの腕のなかでドアが震えた。閉じる瞳から一筋、涙が流れる。
「では……私は、何のために……」
「だから愚かだと言うのだ! あははははは!」
天を仰いで高笑いをしていたそのハーフエルフはピタリと笑うのを止めると、真っ直ぐにアリスに向かって手を差し出した。
「我が同族よ、共に来い。人間ごとき劣悪種にマーテル様が救いの手を差しのべてくださることなど有り得ないが、人間ごときとつるんでいたとしても、マーテル様は我らハーフエルフを救ってくださるだろう」
だから、とハーフエルフは尚も言葉を続けようとして。
体が凍りついていることに気がついた。
「な、に……」
よくよく見れば、ニールやデクスも気が付けたかもしれない。アリスの足元に、魔術を使うときに浮き出る陣がうっすらとあることに。
「私はね」
「あなたたちが死ぬほど嫌いなのよ」
術が完成する。
それは氷。絶対零度の名を関する、上級魔術。
足、太股、腰。胴、肩、腕、そして頭部。
段々と凍りついてゆき、やがては全てが氷のなかに閉じ込められる。
「助けてもらわなくても構わないわ――私は私の力でこの世界を生き抜いて見せる。じゃあね、さようなら。命まで削って、無駄な努力御苦労様」
アリスはそのハーフエルフに背を向けて、それきり振り返らない。やがて彼女は体がすうっと透けて行き、彼女を閉じ込める氷ごとマナに溶けて消えた。
アリスはふう、とため息をつく。倒れるドアと檻の中のクララを見比べて。
まったく、面倒なことになった。
キリアに化けていたハーフエルフは、どうしてあんな姿になったのだろうか。実験か何かの副作用か……?
シンフォニアとラタトスクでは微妙に地形が違うため、ラタトスクでは町から南にある王朝跡もシンフォニアでは何処にあるのか分かりません……だってパルマコスタの南に山はないし。
《設定の違い》
・自警団を束ねるのはブルート・ルアルディ
・ブルートはドアの裏切りに気がつく