精霊の世界再生   作:柚奈

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 分割したので、前編です。


7-5

 

 

 神子様。

 神子様、どうか世界をお救いください。神子様、どうか世界再生を。神子様、どうか我々をお助けください。

 誰も彼も、口を開けば神子様、神子様。

 それがとても誇らしくて、それがとても悔しくて、それがとても馬鹿らしい。

 でも世界を救えるのは神子しかいないから。

 

 だから誰も、その神子本人のことなんか、考えちゃいないのだ。

 神子は生きてさえいれば、世界再生を成し遂げさえすれば、どんな状態だろうとも。

 

 

 

 

 

 

 ロイドは複雑だった。

 ――結論から言えば、牧場は壊滅した。避難させる人たちが居たので大規模に爆発させるわけにはいかなかったが、それでも十分だろう。

 マグニスでさえもロイドの敵ではなかった。大振りで隙が大きいパワータイプの相手ならハイマの方でいやと言うほどしてきたから。

 けれど。

 

『おばあちゃんの仇になんて頼らない! それくらいなら、ここで死んだ方がましよ!』

 

 耳の奥で、ショコラの声が響いて離れない。

 ――ロイドがイセリアを追放された日。ロイドは、一体のエクスフィギュアを手にかけた。その時は当然それが人間だなんて知らなかった。が、最後の最後で意識を取り戻し、そのエクスフィギュアは……マーブルは、ロイド達を助けてくれたのだ。

 ショコラは、そのマーブルの孫だった。

 マーブルが死んだのはロイドのせいだ。ロイドが人間牧場に近付き、ディザイアンに顔を見られたから。ロイドが何も知らず、疑わずにエクスフィギュアを斬ったから。ロイドが未熟で、ディザイアンに殺されそうになったから。

 そのどれもがロイドのせいではない。顔を見られたと言ってもそれはディザイアンの機械のせいだ。エクスフィギュアを斬らなければこっちが死んでいた。村から出たことのないロイドでは未熟なのも当然だ。

 何一つロイドのせいではなくて、全てがロイドのせいだった。

 だから。

 

「辛気くさい顔だねぇ」

 

 ロイドが顔をあげたとき、クラトスはもう剣を抜いていた。リフィルはコレットを後ろに庇い、ジーニアスの方からは魔術だろう冷気が漂ってくる。

 クラトスに剣を喉元に突きつけられ、焦ったのは声をかけた方――しいなだった。しいなは両手をあげる。

「ちょ、ちょっと待った! 今は神子を殺しに来たんじゃないんだよ!」

 そうか、ならいいんじゃないのかと口を開けたとたん、リフィルが言う。

「ダメよ。今は、ということは、まだ神子を殺すのを諦めたわけでは無いのでしょう?」

 ロイドははっとする。しいなは否定も肯定もせずに、ただ笑った。それが、答えだ。

「ほんと、いけすかない女だねぇ」

「何とでも」

「けど、本当に今は何もしないよ。エミルの居場所を聞きたいだけだから」

「エミル? 何で……まさかエミルを!」

 ロイドまで殺気だったのでしいながまた慌てて首をブンブンふった。

「違うってば! エミルから頼まれてるんだよ、ルインの復興がある程度進んだら教えてくれって。それと、ルインの奴らから伝言も預かってるのサ」

 ぽん、としいなの肩口で煙が上がり、コリンが現れた。コリンはしいなの体を滑り降りて、皆の前で立った。

「そうだよ! しいなはまだちゃんと治ってないのに、ルインの皆に大丈夫だってウソついて。まだ魔物と戦うのも辛いのに――」

「ああっ、余計なこと言うんじゃないよ」

 しいなはコリンの口を塞いだ。しいなの腕の中でコリンが暴れる。

「ま、そんなわけで今は殺したくても神子を殺せない。それに、エミルに手出すつもりはないよ」

 しいなはその時変な顔をした。何かを思い出すような、苦々しいような、変な顔を。

「で、エミルは?」

 

 

 

 

 しいなと共にパルマコスタに戻ると、入り口の側ではニールが義勇兵に指示を出していた。怪我人や牧場に収容されていた人々を捌き、不安がる市民を勇気づけ、的確な指示を下していく。

 ロイド達が町に入るとニールとエミルはいち早く気がついて走ってきた。勿論エミルの方が早いが。

「おかえりなさい、無事で良かった」

「エミル! マルタは助けられたんだな」

 エミルは何故か遠い目をしながらうん、まあねと煮え切らない返事をした。ロイドから目をそらして、後ろのしいなに気が付く。

「あれ、しいな? なんでここに」

「なんでじゃない! あんたが知らせてくれって言ったんだろ!」

「あ、あああ、そうだった。ルインはどうなったの?」

「殆ど片付けたよ。橋もかけたし、あとは町を作り直すだけサ。みんな感謝してた」

「そっか。……そう、か。うん、分かった。ありがとう、しいな」

「神子様、ロイドさん! 無事のご帰還何よりです」

 ニールは目の前に来ると呼吸を整え、軽くお辞儀する。コレットが目を伏せる。

「あの……ショコラは」

「神子様」

 ニールは微笑んだ。よく見れば無理をしているのだろう、顔がひきつったぎこちない笑みだったが、そうと思ってみなければ恐らく誰も気が付くまい。

「立ち話も何ですから、座ってゆっくり話を致しましょう。……どうぞ、総督府へ」

「ええ、分かりました」

 ニールは近くの人に二、三言何かを言い付けて、先頭にたって歩き始めた。

 町を歩くとニールもコレットも有名人だから人が集まってくる。ニールはそれをやんわりと、あるいはぴしゃりとあしらい、総督府にたどり着く。

 中に入ればそこはしんと静まり返っていて、誰も、兵士の姿もない。

「皆出払っています。収容されていた人々の受け入れや、治療、仮設住宅の設置で猫の手も借りたい状況ですから。それに、ここは今、必要ない場所なんです」

 ニールは一人で椅子や飲み物なんかを用意して、椅子に―――総督の隣に座った。

「ここを守る必要はありませんし、そんな人手もありません。ここに兵や市民は来ません」

 だから、何を話しても構わないと。

 コレットが頷いた。

「分かりました。……牧場は、壊滅しました。でも、ショコラは助けられませんでした」

 ニールは大きく、目がこぼれ落ちるんじゃないかと思うくらい大きく目を見開いて、ふっと目を閉じた。

「そう、ですか。……神子様、改めて御礼申し上げます。パルマコスタを救っていただき、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、ショコラを助けられなくてすみません」

「神子様が謝られるようなことはありません! 元はと言えば、我等パルマコスタ総督府の失態です」

「ドア――さんは、どうなりましたか」

 何故かコレットは総督、と言わなかった。

 ニールはぽつぽつと語りだした。やはり総督はディザイアンの内通者であったこと。死んだと思われていたクララ夫人は異形の姿に変えられていたこと。娘キリアもディザイアンの一員で、もはや別人であったこと。

 そしてドア総督はそのキリアだったものに刺されて重症であり、現在ドア総督に変わりブルートがパルマコスタの指揮を執っていることを。

「総督は、今はマルタ様の家に」

 人の集まる総督府や、マーテル教会ではダメだった。ドア総督は現在侵入してきたディザイアンの一人に刺されたことになっている。キリアもその時殺されたということに。

 人が集まらず、しかし医療設備が揃っているとなるとマルタの家、ルアルディ家しかなかったのだ。

 その時扉が開いて、人が入ってきた。

「エミルただいま!」

「お、おかえりマルタ……」

「アリスさん、マルタ様! 総督の容態は?」

「何とか死んでないわよ。傷も一応塞いだし。……あーあ、疲れちゃった」

 ジーニアスとコレットが心底安心したようにへたりこんだ。

「良かった……」

「ま、あとは安静にしとけば治るわよ。勿論放っといたら衰弱死するけど」

 うふ、って笑い事じゃない、笑い事じゃ。

 例えディザイアンと通じていようとも、ドア総督は確かにパルマコスタの中心だった。真実を知ってもまだ、ニールが従っているように。

 マルタもまた真実を知る一人だった。

「あの……アリス。総督を助けてくれて、その、ありがとう」

「雇い主の命令だったからよ。貴方のためじゃないわ」

「それでも、ありがとう」

 アリスはそっぽを向いたが、マルタはそれで納得したように笑った。

「じゃああとは、クララさまだね」

「なあアリス、先生。またピエトロみたく治してやってくれよ」

「そうだよ! あの術――レイズデッドなら!」

 乱れたマナを正し、もとに戻せるはず。異形化はエクスフィアの暴走による体内のマナの乱れ。

 しかし。

 

「ダメよ」

 

「またあの結晶を使うつもりでしょう? アレはそう簡単にホイホイ使っていいものじゃないのよ」

「ええ。アレは元々大気を巡る筈だったマナ。使いすぎれば世界のマナが乱れるわ。今のシルヴァラントでは、それは避けるべきではなくて?」

 言われてしまうと、ロイド達は何も言えない。けれど今のリフィル達ではレイズデッドを使いこなせない――つまり、見捨てるしかないのだと。

 ―――その時、黙っていたエミルが口を開いた。

 

「なら、ウンディーネの力を借りたら?」

 

 

 

 

「ほ、ホントに渡れた……?!」

「……やっと着いた……のね……」

 ジーニアスは目を輝かせたが、水が苦手なのが判明したリフィルはぐったりしていた。

「たらいで海って渡れるんだねぇ……」

 しいなは何処か感心したように言った。

 そう、ソダ島には船ではなく、たらいで来たのである。マルタも一緒に。

『総督府の誰がが行かないと船は出ないよ』

 ドアとブルートは動けず、アリス達もパルマコスタでの応対に追われていた。比較的自由なのは、マルタしかいなかったのだ。

 それなら頼む、となったのだが……絶対エミルと一緒に居たいからだと誰もが分かった。くっつかれてエミルは迷惑そうだったけれど。

「嘘みたい、あんなに海が荒れてるのに……」

 今も波が高いのに、不思議なくらい何ともなかった。まるで海のなかに海流があって、それがたらいを運んでくれたように。

(そんなわけ、無いよね)

「――あれ、何?」

「えっ?」

 エミルが島の中央部、窪地になっていて柵がたっている方を指差した。

「ほらあそこ。水の向こう。何か落ちてる」

「水……?」

 覗き込んだ、その時。

 目の前を水柱が吹き上げた。

「うわぁぁっ?!」

 間一髪で身を引いたら無事だったものの、もう少し遅ければ当たっていた。

「これは、間欠泉ね」

「かんけつせん?」

 ロイドとマルタが同時に首をこてん、と傾げた。……ロイドは、習ったはずなのだけど。その証拠に、ほら、リフィルが肩を震わせる。

 答えたのはエミル。

「熱湯が噴き出してるんだよ」

 よっと声に合わせて柵に乗り、エミルはその上を走り出す。曲芸を見ている気分だ。観客がいれば拍手喝采ものである。

 が、ここは危険な間欠泉なわけで。

「エエエエエミルッ?! 危ないよ! 早くこっちに……ああっ!」

 ジーニアスはとても感動なんてしている場合ではなかった。エミルが落ちやしないか、間欠泉が吹き上げてエミルに当たらないか、そればかりを心配している。

 なのにその心配を余所に、エミルは窪地に降りていく。ひょいひょいと噴き出す熱湯を避けてあっという間に向こう側に辿り着くと、さっき示した何かを拾い上げ、こっちに戻ってくる。

 ――しかし、それが重いのか、足を滑らせたのか、エミルは途中で体制を崩す。間欠泉は周期的に噴き出す熱湯で、ジーニアスはその周期を計っていた。……あのままだと、当たる!

 ジーニアスは殆ど無意識で術を紡いだ。

「凍っちゃえ! アイシクル!」

 魔術により急激に冷やされて、間欠泉の噴出孔が塞がった。……一時的だ。こうしている今も、気を抜くと氷が溶けて噴き出してしまう。術は集中力で持続時間が決まる。もう一つ凍らせるのは無理だ。

 幸いにしてエミルはそのあと転ぶことも足を踏み外すこともなく、無事に戻って来た。

 エミルが柵を越えて地面に足をつけてから、ジーニアスは術を解いた。

「ふぅ、ありがとう、ジーニアス」

「ありがとうじゃないよ! 何考えてるのさ、直撃したら全身大火傷じゃすまないよ」

「ご、ごめん。……あ、これ落ちてたよ」

 エミルが差し出したのは、腕ほどの大きさの像。法衣をまとい、羽の生えた女性の姿の、精巧な造りの像だった。

 ……はて、何処かで見たような。

「ねえ、これスピリチュア様の像じゃないかな。救いの小屋に置いてある」

 確かに、シルヴァラント各地の救いの小屋にはマーテル教の正像が祀られているけれど。

「……コレットが言うならそうなんだろうけど、何でこんなところに? 近くに救いの小屋なんて無いでしょ」

 正像は基本的に小屋から動かさない。数年に一度、旅業の時にだけは持ち運ぶこともあるが、何かあれば地方をまとめる町の協会に連絡がいくはずだった。

 そしてパルマコスタではそんな話は聞いていない。

「そういや、パルマコスタ地方の司祭が像を探してるって聞いたよ。何の像かは知らないけど」 

「まあ、取り合えず持っておくか。持ち主が見つかったら返せばいいだろ」

 封印の石板が見つかったのは、その少しあとだった。

 

 

 

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