精霊の世界再生   作:柚奈

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 エミルが降りてこないことに気がついたしいなは、一人で山を上っていた。足音を消してしまうのは、忍の性だろうか。

 けれどエミルは、しいながどれ程気配を殺して近付いても気付いてしまう。

 今回もあと十数歩と迫ったところでエミルが振り向いてしまった。

「あ、しいな。もう怪我は良いの?」

「ああ。マルタの治癒術の練習台にされてね」

 悔しさはおくびにも出さず、しいなは笑う。

 マルタが治癒術を使えることを知ったリフィルは、道中徹底的にマルタを鍛えている。……気に食わないのは、その練習台にしいなを選んだことだ。確かに怪我は治ったけれど、なんというかこう、気に食わない。

 エミルは魔物を撫でながら苦笑した。

「……不思議だねえ、あんたの前だと魔物も何処と無く嬉しそうに見えるよ。やっぱり機械じゃないからかねぇ」

「機械?」

「ん、ああ。テセアラじゃ、機械で魔物を操るのさ。と言っても使ってるのは闘技場くらいだけどね」

 シルヴァラントでは、エクスフィアは人間が戦うために体につけて使うもの。しかししいなの故郷テセアラでは、機械につけて使うのが一般的だった。

 リフィルならばそれはどんな機械だと始まるだろうが、エミルの関心は違うところにあるらしい。

「テセアラにも魔物使いがいるんだ」

「いないよ。少なくとも、あたしは知らない。機械で操るのも、大人しくさせるくらいしか出来ないんだ。言うことを聞かせるなんてのは無理さ。……だから、あんたはどっちの世界でも珍しいよ、エミル」

 そう。しいなは、魔物とはただの害悪でしかないと思っていた。人間を殺し、本能しか持たず、ただ暴れるしかないものだと。

 理性があるように見えなかった。文化も知性も無かった。一緒に戦っていた仲間すらも簡単に見捨てていた。仲間を助けるような真似は見たこともなかった。

 けれど―――エミルを見ていると、その考えが揺らいでくる。

 もしかしたら魔物も人間を恐ろしいと思っているのだろうか? だから子供が恐怖で暴れるように、我武者羅になっているのではないか? もしかしたら分からないだけで、魔物にも知性があるのだろうか?

 エミルの前では、魔物は決して牙を剥かない。他種族であろうと助け合う。そして……エミルを守る。

 それはまるで、エミルが魔物の―――

「テセアラは、どんな国?」

 エミルに問われて、我に帰った。

「そうだねぇ……」

 テセアラは国と言うよりも世界の名だ。あそこには人と、ハーフエルフと、エルフとが暮らしていて、不可侵のところもあるが基本的にはテセアラ王家の下にある。

「人はこっちよりずっと多いよ。技術も発展してるし、街も大きいし。……でも……」

 シルヴァラントよりも良いかと問われたら、即答できない。

 シルヴァラントにはテセアラのような富と繁栄がない。けれど人はシルヴァラントのほうが暖かい。

 シルヴァラントにはテセアラのような安全な場所というものが存在しない。けれど人はシルヴァラントのほうがたくましい。

 肩口でコリンが姿を現した。

「コリン、こっちの人の方が良いな。ぐちゃぐちゃしてない。真っ直ぐだもん」

「ぐちゃぐちゃ、か……そうだね、そうかもしれない。あたしだって――」

「しいな?」

 甦りかけた嫌な記憶に蓋をして、しいなはやるべきことを思い出す。神子の暗殺――本来ならば今この時に、世界再生が目前に迫ったこの時に殺さねばならなかった。祖国テセアラのために。

 けれどしいなは、忍でありながら情に絆された。

「なあ、本当になんとかならないのか? コレットも世界も――シルヴァラントもテセアラも救われるような、そんな道は」

 そうしたら、しいなは神子を、コレットを殺さずにすむ。テセアラも救われるように天使にお願いしてみると言ってくれた優しい少女を。

 そうしたら、テセアラを裏切らずにすむ。テセアラを衰退させないためにここにいるのだから。

 そんな優しい道が、あってもいいとしいなは思う。誰よりも優しい少女のため。向こうにいる腐れ縁や、恩人のため。

 それを見つける時間は、残念ながらシルヴァラントには残されていないけど。

「――昔ね、僕の友達がそんなことを言ってたよ。全部まるごと救えるような方法はないのかなって」

 瞬間、エミルが誰かにダブった。

 それはテセアラにいる誰か。昔からよく会っていた、誰かの目。

 今は会うことが叶わぬ何かを、見ることのできない何かを思う人の目。

「結局、最高の方法は見付からなかったけど………ロイドなら、その方法を見つけるんじゃないかって思うんだ。あれかこれかの選択じゃなくて、どれでもない道を、見つけ出せるんじゃないか、って」

 

 

 

 

 クラトスはノイシュを撫でていた。そのノイシュが突然吠えたので、クラトスは山を降りてくるエミルに気がついた。そう言えば、心なしかノイシュは嬉しそうだった。

 クラトスは足を揃え、礼をした。……昔、よくそうしていたように。

「……礼を、言わせてほしい。旅はもうすぐ終わる。これも」

「クラトスさん」

 下げかけた頭を、エミルの一言で止める。じっとみられている気配があった。顔を上げる。

 そこにあるのは、森のように深い翠色の瞳。

「本当に、これで良いんですか?」

「………」

 クラトスは答えなかった。答えられなかった。瞬きすら出来ず、エミルから目を反らせなかった。二人の間で、ノイシュが二人を見比べて困っていた。

「クラト―――」

 口を開きかけ、エミルは腰の剣を抜いた。

 咄嗟のことに動けないクラトス、ではなく。

 転移術で現れた、襲撃者に向かって。

 恐らくはマナの揺らぎを正確にとらえた為だろう。寸分違わず現れた襲撃者を斬りつけた。

「ぐ……っ!」

 呻き声と共に青い影が踞り、瞬時に消える。一撃離脱。連続で高位術である転移を使えるからこその作戦。

 クラトスは礼を言うべくエミルに向き直り、エミルの後ろから駆け寄ってくる赤を見た。とたん、エミルから鋭さが消え失せる。

「クラトスさん、大丈夫でしたか?」

 クラトスが答えるより早く、慌てたロイドが走ってきた。

「クラトス! 無事か?! 怪我してないか!?」

「あ、ああ、問題ない。……どうしたのだ、ロイド」

「だ、だっていきなりコレットがクラトスが襲われるなんて言うから、上から見たらクラトスが後ろから刺されそうになってるのが見えて……」

 本気で心配しているらしかった。そう言えばロイドはエクスフィアのお陰で目が良いのだ。よくもまあ山頂近くからここが見えたものだと軽く感心する。

 クラトスは混乱しきっているロイドの頭に手をのせた。

「大丈夫だ。エミルが助けてくれた。私は何ともない」

「ほ、ほんとだな?」

「ああ」

「本当に本当なんだな?」

「しつこいぞ」

「だって、あんたは自分に関することじゃ嘘つくから。砂漠でもノイシュが心配して飲ませようとしなかったら自分は大丈夫だとか言って一滴も水飲まないし、戦いでも自分の怪我よりもジーニアスや俺の怪我の方を優先するし。それに夜営の時もあんた殆ど寝てないだろ! 当番決めたのに起こさないし!」

 エミルが横で笑う気配があった。全くもってよく見ている。

「……本当だ。何ともない」

「なら、いいんだ……って子供扱いするなよっ。俺はもう十七なんだからなっ」

 頭のクラトスの手を払いのけて睨み付けるロイド。つい口許が緩みバカにするな! とさらに怒鳴る。

「十七にしては行動が子供じみているが?」

「ぐぅ……!」

 ついに堪えきれずエミルが吹き出した。

「あっ、エミルまで!」

「ふふふ、ごめん、ロイド。……ねえ、コレットは山頂にいるの?」

「あ、ああ、その筈だけど」

「じゃあ、僕はコレットの所に行ってるね」

 そう言ってエミルはロイドが通ってきた道を行く。

「ロイド、お前はもう良いのか。神子と話をしていたのだろう?」

「いや、良いんだ。もう話は終わってたから。――あいつ、ごめんとか、世界のためだからとか、そんな事しか言わないんだ。………情けねぇよな。俺、あいつを守るって言ったのに」

 守る、か。

 クラトスは、それがとても難しいことを知っている。例えクラトスほどに強くなっても、完璧に守るなんてことはほぼ不可能に近いことも。

 体を守るだけならば腕をあげればいい。けれど守るというのは、究極的には相手の心のすべてまでもを守る事だ。

 けれど。

「守りたければ強くなれ。もっとも、それで全てを守りきれるとは限らんが」

「そーだよなぁ……俺、まだまだ弱いもんなぁ。クラトスにも、エミルにも結局一度だって勝てなかった」

 旅の途中、何度となく模擬戦をした。クラトスとエミルの戦績はほぼ均衡しているが、ロイドはいつも負けていた。

「クラトス、俺強くなったかな?」

「ああ」

 旅の始めから見れば、見違えるように強くなった。模擬戦で、つい手加減を誤ることがあるほどに。

「だが――」

「『油断と慢心が隙を生む』、だろう?」

「……その通りだ」

「へへっ、いつも言われてたからな」

 戦闘が終わる度、何度もそうロイドに言った。いつも聞き流していたように見えたが……ちゃんと、覚えていたらしい。

 嬉しそうに笑ったロイドは、不意に顔を曇らせる。

「なぁ、本当にこれで良かったのか?」

 コレットの犠牲でしか救われない世界。

 人の命を吸って作られるエクスフィア。

 助けられなかった命。

 旅の途中、彼等は選択してここまできた。何かを選び、他の何かを切り捨てて。

 クラトスの脳裏に、とある光景が浮かび上がった。遥かな昔、木漏れ日の下で休息を取っているときのこと。

「過ぎたことを悔やんでも仕方あるまい。人は時を遡ることはできん。それに……人生の正否は、誰も知ることができない。たとえ、精霊でも。だから精一杯生きるしかない………古い、友人の口癖だ」

 友人。……友人。まだ、友人と思っていてくれるのかは知らないが。

 クラトスは宿に足を向け、ロイドに言った。

「お前は……間違えるな」

 頼むから、どうか同じところには来ないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 山頂で、コレットは全てを聞いていた。

 ジーニアスが悩んでいるのも、リフィルが何度も謝るのも、ロイドがクラトスと話しているのも、全て。

 世界の音。彼女にとって一番大切な音。ほんの少しだけ、天使になれたことを感謝する。

 イセリアにいたときから、コレットの世界は限定されていた。司祭と、家族。それ以外の人はコレットに、神子に関わろうとしなかった。してはいけないと思っていた。

 けれどそこに、ロイドが現れた。

 コレットを“神子さま”ではなく“コレット”にしてくれた。そこから子供たちもコレットと遊ぶようになり、ようやくコレットは普通の子供のように遊ぶことができた。ジーニアスも、リフィルも、コレットをコレットとして扱ってくれた、数少ない人物だった。

 コレットの世界は、ロイドのお陰で広がった。そして広がった全ての場所に、ロイドがいる。

 コレットの世界は彼らでできている。世界再生は世界のため。―――彼らの、ため。彼らの生きる世界のため。

 彼らのために捧げよと、そう教えられて育ったことを、ロイドたちは知らない。

 最近は、コレットの世界にはいろんな人が加わった。アリス。デクス。しいな。コリン。マルタ。そして―――

 足音が近くなる。コレットが振り向くと、エミルが少し遠くから手をふって来た。

「コレット、少しいい?」

 もちろんだよ、とコレットは頷いた。

 とっさに言葉を返しそうになってしまうのは、それが体に染み付いた性だから。

 神子は希望。神子は救い。つらくても苦しくても、神子は笑っていなくてはならなかった。だいじょぶ、と言い続けるのは、そうするしかないからだ。

 コレットは、神子だから。

 コレットはエミルの手を取り指を滑らせる。

『ごめんね』

「どうして謝るの?」

『最後なのに、喋ることが出来なくて、ごめんね』

「そんなの、気にしなくていいんだよ。コレットがコレットなのには変わりないんだから。………コレット、どうして笑うの?」

 ロイドと全く同じことを言ったから。さっき、ロイドも言ったのだ。どんなになってもお前はお前だ、と。

 何でもないよ、と首を降りながら、コレットは笑っていた。エミルも仕方無いと苦笑する。

 やがて、エミルが笑うのを止めた。

「ねえコレット、聞きたいことがあるんだけど」

 小首をかしげ、先を促す。

「あの天使………レミエルがコレットのお父さんだって、本当?」

 手が、震えてしまったのに、エミルは気付いただろうか。エミルに聞かれるとは思わなかったのだ。

 エミルが封印解放に立ち会ったのは二度。旧トリエットの火の封印。そしてソダ島の水の封印。最初と、最後の二回だけ。

 コレットが答えられずにいると、エミルはじゃあ、と重ねて問うた。

「コレットは、それを信じてる?」

 

 

 

 

 

 エミルが宿に戻ると、ジーニアスが飛び出してきた。

「あ、エミル! 良かった、帰ってきてくれた!」

「ジーニアス、どうしたの? ロイドたちは、まだ帰ってないの?」

「うん、まだだよ―――って、それどころじゃないんだ! 助けて! もうボク一人じゃ止められないんだ!」

 未だ状況をのみ込めていないエミルを、ジーニアスは宿に押し込んだ。とたん、鼻をつく臭い。

「姉さんとマルタを止めて! ボクは応援を呼んでくるから!」

 そう言い置くや否や、ジーニアスは宿屋を駆け出していく。

 その臭いが何の臭いかわかった瞬間、さあっと、エミルの顔から血の気が引いた。

 恐る恐る、奥に進む。途中、誰一人いない。

 ようやくマルタとリフィルを見つけると、マルタがエミルに気が付いた。

「あ、エミルお帰り!」

「うん、ただいまマルタ………リフィルさん、マルタ? あのー……何を、してるんでしょうか?」

 つい敬語になる。すると何気なくリフィルが言った。

「料理を作っているのよ」

 エミルは倒れそうになった。が、臭いで意識が引き戻される。

「私はその手伝いをしてるの。エミルー! これどうぞ!」

 マルタが鍋に入ったどす黒いナニカを差し出した。

「こ……これは?」

「シーフードシチューだよ。ちょっと失敗しちゃったけど」

(………これは少しじゃない。ちょっとって言わない)

 マルタのちょっとは随分と意味が広いらしい。

 初めリフィルが料理をしようとして、マルタが手伝いを申し出た。マルタが一緒ならばとジーニアスが目を離したところ………マルタの料理の腕もアレだった、というのがマルタとリフィルの話を総合した結果である。

 ――流石に、これはエミルとジーニアスでも食べられるものにするのはムリだ。

「あの、リフィルさん? 夕食なら僕が作りますから」

「いいえ、明日は大切な日なのよ。あなた達にはゆっくり休んでもらわなくては」

(料理を食べたらそれこそ一生休むことになりますって!)

 声に出せない辺り、エミルは気弱であった。

「で、でも普段なれないことをすると疲れませんか? 僕は毎日作ってますし、大丈夫ですよ」

「あら、私も料理くらいしていてよ。いつもはジーニアスが絶対自分がやると聞かないのだけれど、今日くらいは」

「私も、エミルに料理を食べてもらいたくて」

「あー…………因みにお二人とも料理の経験は?」

「たまにジーニアスと作るくらいね」

「ママの手伝いをしてたよ」

 エミルはジーニアスとマルタの母を心から尊敬した。とても大変だったに違いない。

 リフィルの料理は殺人料理と渾名される程凄まじい。マルタのほうも所謂名家のお嬢様だったので、料理をしたことはないらしい。味見はした? ときいて「なにそれ?」と返ってきた時点で、エミルは頭が痛かった。

 まずは、食べられるかどうかを知ってもらおう。

「お二人とも、味見をどうぞ」

 それぞれのつくった料理をスプーン一杯掬って渡す。

「料理は作ってる途中につまみ食いしちゃいけないんだって聞いたけど」

「つまみ食いと味見は違います。さあ、どうぞ」

 二人は顔を見合わせ、ぱくっとスプーンを口に含み。

『―――!』

 二人揃って、ぱたりと倒れた。それを見てエミルは半ば真剣に思案した。

「毒でも入れたのかな……」

 

 

 結局、毒は入っていなかったが何故かパナシーアボトルやらリキュールボトルやら謎の物体やらが含まれていたので、鍋の中身は厳重に密封した上で、後でアリスに頼んでリカバーをかけながら森に散布した。……森が枯れたような気がしたのは気のせいである。

 因みにそんな作業をしたエミルとリフィルたちに料理を教えようと奮闘したジーニアスに夕食を作る気力体力はなく、その日の夕食はクラトスとロイド作のビーフシチュー(トマト抜き)であった。

 




 遂に終わりは目前に。
 しかしシルヴァラントの救いの塔って険しい山の中にあるんですが……歴代の神子達はどうやって入っていたんだろう。はっ! もしかして、ハイマの飛竜使いって伝統ある職だったのか?!
 掛け合いの中では作中の台詞が出てくるものが一番好きです。二番目は「ドワーフの誓い第七番!」

 ××料理人の称号をもつリフィルとマルタの合作料理とか想像するだけで恐ろしいんですが。これを機に上手くなってくれ、マルタ。
 クラトスとロイドはトマトに関してだけは息ピッタリでしょうけど、肉ばかり入れようとするロイドと栄養バランスを考えようとロイドをたしなめるクラトス………わいわい楽しそうな、立派な親子ですよね!
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