予感は、していた。
あってほしくない可能性のひとつとして。
「――――!!」
鳴き声で、エミルは目を覚ました。
聞き覚えのある魔物の鳴き声。独特ゆえに間違えることはない。
外はまだ薄暗い。早朝と夜の間くらいだろうか。宿のなかを見回せば、ロイド達はまだ寝ていた。……しかし、空の、やけにきれいに整えられたベッドが二つ。
クラトス―――そしてコレット。
「まさか――ロイド! ジーニアス! しいな!」
「ん、あぁ……もぅあさか……?」
「むー……ねぇ、さん……」
「んん………」
「寝惚けてないで起きて! コレットが居ない!」
未だに寝惚け眼の二人。しいなはなんとか目を覚ましたが、それでもまだ頭は働いていない。しかしコレットという単語に反応して、マルタとリフィルが目を覚ます。
「まさか……! 起きなさい!」
叩いても叫んでも起きないロイドたちにしびれを切らしたか、マルタが術を唱える。
「あーもうっ、邪悪なる力よ退け! ディスペル!」
状態異常回復の術。それで強制的に眠気を吹き飛ばす。
「ロイド! ジーニアスっ! しいなっ! コレットがいないの、起きてっ!」
急いで支度をし山頂にかけあがると、そこには飛竜が四頭。昨日は五頭いたはずだから。
「一匹いないっ……!」
先に救いの塔に行ったとしか考えられない。
その時、アリスとデクスが登ってきた。二人は宿ではなく、別の場所に泊まっていたのだ。
「アリス、コレットが………!」
「分かってる! 行って!」
アリスは呆然とするロイド達を竜の背中に押し上げた。ロイドとジーニアス。リフィルとしいな。そしてエミルとマルタ。
珍しくアリスは慌てていた。心なしか着衣も乱れ、髪も何時もの艶がない。デクスもかなり疲れていたようだが、それでも武装は完璧だった。
「行け! 急がないと間に合わなくなるんだ!」
アリスが鋭く指笛をふくと、飛竜がふわりと飛び立った。エミルがアリスに叫ぶ。
「アリスは?!」
「やることがあるわ。………行きなさい! 操作は出来るでしょ?」
「わかった―――お願い!」
みるみるハイマが遠くなる。アリスたちも点のように小さくなる。もうアリスの声も聞こえない。風は耳元で唸り、目も開けていられないほどの突風が吹き付ける。
しかし飛竜は真っ直ぐに進んでいる。先頭を行くエミルとマルタの飛竜を、迷わず追っているのである。
雲の中を突っ切る。そして、抜けた。
いきなり風が穏やかになる。ロイドはそっと目を開けた。
「………すげぇ……これが……救いの塔……」
日の光を受けて煌めく白き塔。雲の上を飛んで尚頂上が見えない、天まで達する塔。
その半ばに飛竜が一匹留まっていて、その横に彼等は降り立つ。ロイドは一匹だけいた竜を見た――間違いない、アリスが連れていた飛竜だ。尻尾にリボンがついた飛竜なんて他にいない。
数歩下がれば雲の中。前に進めば見慣れた転移盤。
「行こう」
そうして、救いの塔に足を踏み入れる。
箱。―――棺。
一番最初に目に飛び込んできたのは外から見たよりもずっと広いその空間や、宙に浮いている透明な足場、見たこともない作りの柱や床では、ない。
そこに浮いている数十、或いは数百もの、棺だった。
「なんで……どうしてこんなところに棺がこんなに……」
戸惑いの声を上げたのはマルタ。それもそうだろう、救いの塔はマーテル教会の聖地だ。そこに遺体があるなんて考える訳がない。まして、パルマコスタはマーテル教信者が多いのだ。
「今まで世界再生に失敗した神子……なのかも知れないわね」
「コレットも失敗したらここに並ぶってか……くそっ!」
「行こう、コレットが心配だよ」
そこは一本道で、突き当たりにはまた転移盤がある。
足を乗せると、慣れた感覚を覚える。体が引き伸ばされ、細かくなり、そして何かに乗って引っ張られる感覚。それが収まったとき、彼等は違うところにいる。
そこはさっきよりも広く、正面には剣が突き立てられている。そこからは段になっていて、段の上で―――コレットが祈るようにしゃがんでいた。
「コレット!!」
それで振り返った、コレットの目は。
紅く、染まっていた。
「こ、れ……と?」
「無駄だ。その娘に、もうお前たちに応えるような心は残っていない」
柔らかな、それでいて冷たいその声は、聞き覚えのある声だった。
見上げると、上にレミエルが浮かんでいる。……ただし、それまでとは比べ物にならないくらいの、嘲笑をその顔に浮かべて。
「え……」
だからジーニアスが呆然としたのは、言葉と、レミエルの様子との両方だった。
何故なら、レミエルは今までコレットを我が娘と呼ぶ優しげな父親だったから。
「お前たちがそう望んだのだろう? 神子に、世界の再生を」
「それとコレットが心を失うのと、何の関係があるんだよ?!」
ロイドは苛立っていた。分かりたくない。考えたくない。
なのに、現実は常に残酷だ。
「コレットは、ここで人としての死を向かえ、そして……天使として再生する。コレットが心と記憶を失ったのは、世界を再生するためよ」
「どういう事だよ、先生……!」
リフィルの淡々とした声が、ロイドの神経を逆撫でる。
そんな言葉が聞きたい訳じゃない。そんな理由を説明されたい訳じゃない。
ロイドが聞きたいのは、そんなことではない!
「ごめんなさい。コレットに口止めされていたの」
ああ、そう言われてよくよく思い出してみれば、コレットとリフィルの顔が、顔が。あの微笑みは。あの悔しげな表情は。
隣で青ざめるジーニアスにも知らされていなかった。知っていたのはリフィルとコレットと――恐らくはクラトスと。
レミエルが両手を広げて高らかに叫んだ。
「今、神子コレットは天使となった。よくぞ世界再生を成し遂げた、神子よ! ここに天使コレットは我らクルシスの一員となり、その体はマーテル様に捧げられる。これこそが世界再生! マーテル様の復活が世界の再生そのもの」
「そ、そんな……?!」
こんな事のために?
こんな事のために、これまで旅をして来たのか? 辛い天使疾患に耐え、人々に希望を託されて、ディザイアンと戦い。ロイドがあちこちを見て笑って、泣いたこの旅は。
コレットにとっては、死への道のりだったというのか?
「待ちなよ、レミエル! 本当に他の方法は無いのかい? コレットの犠牲の上の再生なんて悲しすぎるよ! アンタだって、コレットの親なんだろう!」
しいなの声がロイドに突き刺さる。
それでも何とか抑えていた感情は、次の一言で爆発する。
「親だと? 笑わせる。お前たち劣悪種が、守護天使として降臨した私を勝手に父親呼ばわりしたのだろう」
「ああ、そうだろうとも」
レミエルの体から、剣が生えた。
ロイドは怒りでどうにかなりそうだった。けれどその光景に呆気に取られて、動けなかった。
レミエルを後ろから刺し貫いていたのは、エミルだったから。
「コレットは気付いてたさ。お前が父親じゃないって。それでも、シルヴァラントのために、黙ってることを決めたんだ。テセアラも、シルヴァラントも救いたいってな」
「ぐぅ……な、にを……!」
流れる紅が、レミエルの緑の法衣を染めてゆく。天使の血も紅いのかと、ロイドはそんなことも考えた。
何故エミルは彼処にいる? 何故エミルはそんなことを知っている?
何故エミルの瞳が、コレットのような真っ赤に染まっている――?
「てめぇのような下衆が、コレットの親な訳ねぇだろうが!」
怒号とともにエミルはレミエルから剣を引き抜き、近くの柱へと蹴り飛ばした。
どさりとレミエルが目の前に倒れて……ようやく、ロイド達の時間が動き出す。
「出てこい! 何処かで見てるんだろう!」
エミルは空に、上に向かって大声で怒鳴る。
やがて、レミエルが上段に向かって手を伸ばした。
「く、らとす、さま………」
倒れたレミエルの口から出た名前に、ロイドは思わず肩を震わせる。
「クラトス様……お慈悲を……私、に、救いの手を……」
「忘れたか。私も元は劣悪種……人間だ。お前の言う最強の戦士は見下した相手に救いを求めるのか?」
レミエルの顔が絶望に染まり、そのまま力が抜けて動かなくなる。
段上のコレットの隣に―――レミエルがいたその場所に立つ、クラトスを見て。
「クラトス……お前、何でそこにいるんだよ……? お前は、誰なんだ?!」
「私は、クルシスに属するもの。神子を監視するため、差し向けられた四大天使の一人」
言いながら、クラトスは左手の要の紋を外した。その背に、コレットと同じような透き通った蒼色の羽が広がる。
「――神子は、貰い受けるぞ」
「俺たちを騙してたんだな……っ」
「騙すとは? 神子がマーテルと同化すればマーテルは目覚め、世界は救われる。それに不満があるのか? お前達が望んだことだろう」
ロイドは剣を抜いた。覚悟を決めた。
例え相手がクラトスでも、退けない。
「コレットは俺たちの仲間だ! 何が天使だ、何がクルシスだ! コレットを返せ!」