「クラトス・アウリオン―――っっ!!」
エミルがクラトスに突進する。しかしクラトスは剣の一振りでエミルを吹き飛ばし、すかさず走ってきたロイドに一太刀。
「させるかっ!」
が、柱を足場に再びエミルがクラトスに突っ込んだことで、ロイドへの追撃は叶わない。その間にリフィルがロイドに治癒術を唱え始めた。
勿論黙ってやらせてくれるほどクラトスは甘くない。
「魔神――」
「させないよ! 破魔濤符!」
リフィルの詠唱を止めるべく腰を落としたのを見て、しいなが符を放った。符はクラトスの目の前で光を帯びて――爆発する直前で、符ごと両断される。
「クラトス……最初から、こうなるって分かってたな?!」
「だからどうだというのだ。私は金で雇われた傭兵だ。神子を無事に救いの塔に送り届けるために」
「それでコレットを見殺しにするってのかい! 天使になれば……コレットは死んじまうんだよ!?」
エミルについで叫ぶしいなに、クラトスは冷静に言い返す。
「死ぬのではない。マーテルと同化するだけだ。それに、その方がお前にとっては都合がいいのではないか?」
「それは……! あたしは、あたしはそんなことっ!」
動揺したしいなは、急に距離を詰めたクラトスの攻撃に対処しきれない。剣の柄を押し込まれそこを蹴り飛ばされては、まだ牧場での怪我が癒えていないしいなは起き上がれない。
「し、しいな! ……癒しの力よ――」
倒れ込むしいなをみて、呆然としていたマルタは術を紡ぐ。治癒術。最近リフィルに鍛えられ、ファーストエイドくらいなら十分に使いこなせるようになったのだ。
術を使うのは、リフィルやマルタだけではない。
「ファイアボール!」
クラトスの術が、しいなと、しいなの側にいるマルタに迫る――!
「スプラッシュ!」
「獅子戦孔!」
水柱が上がって術をかき消した。その隙に傷が癒えたロイドが、術で生まれた死角からクラトスに闘気をぶつけて吹っ飛ばす。
合図もなにもなしに見事な連携を見せたジーニアスがマルタの側に走ってきた。
「ありがと……ジーニアス」
「マルタは下がって」
「そ、んな――私も戦うよ!」
ジーニアスは微笑んだ。
「そんな青い顔して大丈夫なんて言っても聞かないからね。……ごめんね、巻き込んじゃって。きっと混乱してるだろうから――自分の身を守ることに集中してて」
言うなり、またジーニアスは場所を移すべく走っていった。術は遠くからでも使えるが、相手がはっきり見えた方が精度が増すからだ。前に出過ぎはしないが、クラトスの攻撃が緩い中衛まで出る。
「そうだ……アンタはここにいな」
目覚めたしいなも立ち上がりながらジーニアスとおなじように笑う。
「あたしたちと違って、アンタは一般人だ。それも普通にマーテル教を信じていたんだろう? いきなり目の前で天使だ何だって、混乱しても仕方ないよ。大丈夫、アンタのことはあたしたちが守るから。怪我治してくれて、ありがとう」
そうして、またしいなも前線に戻ってゆく。
マルタはそれを見送るしかできなかった。
パルマコスタは敬虔なマーテル教信者が多い。天使を神聖なものとし、神子を希望の象徴とする教えは、骨の髄まで染み込んでいるのだ。
けれど。
どこかでこんな雰囲気が懐かしいと感じる。
確かにクルシスの天使様がこんなだとは思っていなかったから戸惑いはある。しかし何処かで納得してもいる。やっぱり、と思うこともある。
何よりも、戦いそのものは戸惑うことがない。
「戦いなんて、知らない筈なのに……」
考えるよりも先に体が動いている事がある。反射的になにかをしようとして、力が足りないと思ったことがある。
何故か分からないけれど、マルタは戦いを知っている。
思い出せそうで思い出せないもどかしさを、マルタは感じていた。
前線の戦いは激しさを増していた。
エミルとクラトスが激しい剣撃で渡り合う。二人は旅の途中何度も模擬戦をしていたのだが、双方体の動かし方が違う。
ロイド達はその隙を縫って攻撃を仕掛けるのだが、そのどれもが一太刀でかき消され、反撃される。するとリフィルが治癒術を唱え、クラトスはそれを阻止するべく一歩踏み込む。そこに体勢を立て直したエミルが剣を振るい、またエミルとクラトスが剣を交える。
エミルが居なければ、ロイド達は正しく瞬殺されていた。
しかしその均衡も長くは続かない。
次第にロイド達が押され始めた。ロイド達の動きが鈍り、リフィルの術も途切れがちになる。
一気に決めないと、こちらが負ける!
「―――皆、頼むぜ!」
「! 分かった、行くよ!」
全力でやろうというロイドの号令に反応して、それぞれが動き出す。
「虎乱蹴、鳳翼旋! 虎咬裂斬刺!」
エミルは時間稼ぎに回る。手数の多い技でクラトスを封じ、それでいて攻撃を食らわないように立ち回る。
その後ろから、ロイドが走る。
「閃空――」
「アンタの相手はこっちだ、風刃縛封!」
迎え撃とうとしたクラトスを、しいなの符が取り囲んで動きを止める。
「援護するわ、シャープネス!」
「サンキュー、先生! 虎牙破斬、裂斬風! 獅吼、翔破陣!」
リフィルの術が上乗せされた、ロイドの今出来うる最高の攻撃だ。斬り、吹き飛ばし、叩き付ける。
そして後ろに飛び退いた瞬間。
「ビリビリだよ、サンダーブレードッ!」
雷の剣が、クラトスを貫いた。
「やったか?!」
術が解けて晴れた視界の中、立ち上がる人影がある。……あの攻撃を、防ぎきったのだ!
のみならず、低い声で唱えるその術は。
「地を這う穢れた魂に……」
強力な天使術のなかでも高位とされる――
「安息に眠れ、罪深き者よ」
無慈悲にも降り注ぐ断罪の光。
「ジャッジメント」
視界が白く染まった。
光が収まって、立っているのはエミルとクラトスだけだった。他はジャッジメントの直撃で意識はなく、ロイドだけが意識はあれど立ち上がる体力は残っていなかった。
構えを解き、クラトスは口元に笑みを浮かべる。
「やはり、貴方には効かぬか」
「分かっててやった癖に。手加減したな? 殺すだけならいくらでも機会はあった。それといい、こいつといい……お前らしくないな、クラトス?」
クラトスは答えない。エミルはクラトスを睨み付けた。
「らしくないと言えば“あいつ”もそうだ。答えろよ、クラトス。あいつは何処にいる?!」
「………それは」
クラトスが顔を歪めた。
そして。
「やはり、いかなお前でも本気で対峙するには至らなかったか」
新手。表れた人物に、クラトスは膝をついた。
「ユグドラシル様」
エミルは目を見張った。
「ユグ、ドラシル……? まさか!」
金色の髪。青みがかった緑の目。そして胸元に光るクルシスの輝石と、背中の羽。
似ても似つかないが、それでも――面影はある。
エミルの驚きは他所に、そのユグドラシルと呼ばれた天使は羽を広げ高らかに宣言する。
「愚かなる者達に、死に行く手向けとして教えよう。我が名はユグドラシル。クルシスを――ディザイアンを統べるものだ」
「っっ……ユグ、ドラシル―――!!」
エミルが、その天使に斬りかかった。が、間にクラトスが滑り込んで受け止める。
「ちっ、退けっ! てめぇに用はねぇ!」
「そうもいかん。ユグドラシル様に手は出させん」
「お前がっ! お前がそれを言うのか! よりにもよって、お前が!」
強引に鍔迫り合いを押しきって、蹴り飛ばそうと足に力を込めた、その瞬間。
「退かれよ。貴方に勝機はない」
耳元で囁かれた言葉に、エミルは蹴りを鈍らせた。
足を捕まれ、逆に投げ飛ばされる。下へ、足場の外へ。
いくらエミルが空中戦に長けると言っても、足場もなしに戦えない。エミルは空が飛べるわけではないのだから。
ああ。ここまでか。
落ちる途中、エミルはウィン、という機械音を聞いた――転送装置の作動音。
「サブロー!」
何かに拾われたような感覚。四肢を投げ出して何とか乗っかっている状態で、彼はそっと、目を開ける。
すると白と、金色とぶつかった。
「全く、無茶するわね」
鞭をしならせ、足を組んで、彼の目の前に座るその少女は。
ここに、居る筈の無い――
「あ、りす……?」
ハイマで別れた筈のアリスがいた。
アリスは何故か上を見上げてとても苛立った顔をしている。
「………」
上に、何があるというのだろう。上にはロイド達とあの天使と、クラトスくらいしか居ない筈なのに―――いや。
「アリスちゃぁぁーん!!」
……あの喧しい声は。
耳を澄ませれば、他にも複数人の声がする。その中で、誰かが大声で叫んだ。
「神子を確保しました!」
「よし、引き上げだ!」
良かった。彼はほっと息を吐いた。コレットをあの天使達に渡せば、きっと殺されてしまうから。
しかし引き上げだと言われたのに、アリスは動こうとしない。
「アリス! 急げ!」
「……サブロー!」
また浮遊感を覚える。アリスと彼を乗せた魔物が上昇したのだ。
「くっ、薄汚いレネゲード共め……」
ロイド達が担がれていたのが視界の端に見えた。天使が呟いたその一言と、転移装置の機械音を最後に。
そこで彼の意識は途切れた。