精霊の世界再生   作:柚奈

3 / 66
1-3

 ロイドの朝は早い。

 早朝、まだ日も昇らぬうちからロイドの一日は始まる。母に挨拶をして手を合わせ、明るくなるまで剣を降るのが日課だった。

 魔物が出る森を毎日通らねばならなかったから、剣を覚えるのは身を守るためには必要なこと。それが分かっていたから、飽きっぽいロイドもこれだけは一日たりとも欠かしたことはない。

 そして、旅に出たとしても――旅に出たからこそ、それを変えるつもりはなかった。

 今日も横でジーニアスがぐっすりと眠る中、剣を片手に竜車をそっと抜け出した。

 あまり竜車を離れても危ない。すぐそばに開けていた所があったのを思いだし、そちらに足を向ける。そして――思わず息を止めた。

「はあっ!」

 刃が空を裂く。剣を振るう度に風が音をたて、空気がうねる。僅かな日の出の光が反射して煌めき、それが踊るように宙を舞う。

 一連の動作は流れるように隙がなく、水のように澱みがない。

「すげぇ……」

 型にはまった動きではない。感覚のままに剣を振るうのでもない。今までに見たどれとも違うその剣は、決まったものがあるようでいて同じ動きは二度と現れず、しかし常に変化するのと言えばそれも違う。

 戦いの中の動き。その場に応じて形を変える、戦うための技。

「たぁ!」

 彼はその流れのまま、剣を横に振り抜いた。剣は衝撃波を産み出し、遠くの木に当たってかき消える。しかし当たった証拠に、木の葉が数枚はらはらと落ちた。

 彼はようやく力を抜き、剣を鞘に納めた。

 気が付けば、ロイドは少年に拍手を送っていた。少年は鞭で打たれたかのように振り返り、ロイドを認めて剣から手を離した。

「ロイド? ……ビックリしたぁ……」

 肺の中の空気を全て吐き出して、少年は些かひきつった笑みを浮かべた。

「ロイド、もしかして、ずっと見てた?」

「ああ、途中からな。俺もほら、稽古しようと思って来たんだけど……もう、戻らないと」

 空を仰げば、太陽も顔を出し、ジーニアスたちも起き始める時間だ。当然魔物も活動を始める。そんな時間に長く竜車を離れるのは危険だ。

 と、少年が目を伏せた。

「ご、ごめん」

「お前は悪くねぇよ。な? ほら、いいから戻ろうぜ。ジーニアスが心配する」

「あ、うん」

 少年とロイドは二人そろって竜車に引き返した。

 

 ――このとき、ロイドは気が付かなかった。

 少年と、少年の剣技に、なんの疑問も抱いてはいなかった。だから少年が影で安堵の息を吐いたのにも、少年がいくら強いといっても朝早くから――夜行性の魔物もいるなか、たった一人で稽古していられたことにも、考えすら及ばなかった。

 ロイドはまだなにも知らない、子供だったのだ。

 

 

 

「二人とも、どこ行ってたのさ?」

 戻るとジーニアスはもう起きていて、二人を見つけるや否や声を張り上げた。

 何でも起きたのはロイドが竜車を出ていってすぐらしく、何かあったのかと心配したジーニアスは、ノイシュと一緒に辺りを探していたらしいのだ。

「でもノイシュは魔物がいると怯えるし、ボクは一人じゃ戦えないし……」

 サラを起こすのも気が引けて、できる限り耳を澄ませて目を凝らし、広いところから探すしか出来なかった。ロイド達がいたのは近くとはいえ森のなか、木々に遮られて広場からは見えるはずもない。

 魔物がいつ出てくるかもわからない。何かあったらと気にしだすと気ばかり焦って、知らぬ間に心臓が早鐘を打つ。

 しかし二人は何事もなく現れた。寝不足と合間ってジーニアスを不機嫌にするには十分すぎる。

 結果、二人はすこぶる機嫌の悪いジーニアスに、こってりと絞られることとなった。

「うぅ、足が……」

 正座でいたので、経験がないのか少年は立てなくなったらしい。木に腰かけて足をさするそれを見ていると、とてもあんな剣技を見せた少年とは思えない。

「なんでロイドは平気なの? 二人して同じように座ってたのに」

「ああ、俺はいっつもリフィル先生――ジーニアスの姉さんだな――に怒られてるから」

 だから慣れてるんだ。ついでに先生のはジーニアスより長いしな。

 そう言うと少年は少しぎょっとして、そうかとだけ返した。

 実際、ロイドが立たされたり正座で説教を食らうのは日常茶飯事だった。その足で魔物のでる森を抜けて帰らなくてはならなかったから、耐性もつくというものだ。……怒られる原因は、大抵忘れた宿題や居眠りなのだけれど。

 そんなときにロイドが頼るのは、決まってイセリア一の天才少年、ジーニアスだ。ジーニアスにはいつもそういう辺りで迷惑をかけている。普段はあまり怒ったりすることはないから――あっても、友達の付き合い以上のものではなかったから――ああして感情をむき出しにして怒ったりしてくれることは、ロイドにとっては少し嬉しいものだったりする。

 そのジーニアスはと言えば、現在出発の荷造りに忙しい。ロイドが必要最低限のものしか持ってきていないのに対して、ジーニアスは自分の体と同じくらいおおきな鞄に色々詰め込んできたのだ。

 考え込んでいたロイドの前で、少年があ、と声をあげた。

「どうした?」

「ううん、何でもないんだ。……危ない、忘れるところだったよ……」

 ぶつぶつ言いながら立ち上がり(若干よろけて)竜舎の横に立て掛けてある包みをとって戻ってきた。少年はその包みを―――まっすぐ、ロイドに差し出した。

「?」

「開けてみて」

 言われるままに、包みをとる。

 とってロイドは……あんぐりと口を開けた。

「ロイド、これから旅するんでしょう? だったら木刀じゃ限界があるもの」

 少年はにこにこと笑みを崩さない。

 ロイドの養父はドワーフだ。その仕事上、ロイドは何度か父が作った剣を見ていた。剣の良し悪しくらい分かる。―――そこらの剣より、一段上。

「前に、旅の人が使ってて、置いていったものなんだって。持ってても使わないからって、サラさんが」

「いいのか? これ、売ればそれなりだぞ」

 質素に暮らせば一月どうにかなる位には。魔物が凶暴化して武器の需要が上がっている今は、尚更だろう。放っておかれたものにしては手入れもされている。今すぐ使っても問題ないはずだ。

 しかし少年は首を降る。

「貰ったものだし、売れないよ。それにこれ双剣だし、僕のは形が違うし」

 ほら、と少年は剣を見せた。

 片刃剣。持ち手が変わった形をしていて、ロイドはそれに見覚えがあった。たしか、ターンドグリップ。

 ロイドの剣は片刃双剣。持ち方から剣の振り方、基本からしてまるで違う。

「使わないよりは使った方が剣も喜ぶっていうし、木刀じゃこれから大変だし。貰っておいたら?」

 無言で鞘から抜いてみる。見れば見るほど良い剣だ。

 躊躇い、答えかねたとき、そこにジーニアスが姿を見せた。背には自分の体ほどもある大きな荷物を背負っている。

「お待たせ、ロイド」

「あれ、もう行くの?」

 サラからは朝早く出るよりは昼くらいになって出た方がいいと言われている。その方が魔物が少ないから、と。長年旅をしていた彼女の知恵だった。

 少年が問うと、ジーニアスは胸を張って答えた。

「うん。早くコレットに追い付かなくちゃね。なんたって二日分も遅れてるし――」

 後半は、どこか言い聞かせているようにも聞こえた。

 ごめんな。心のなかでジーニアスに頭を下げる。本当なら、ジーニアスは来なくても良かったのだ。全てはロイドの行動のせいで、ジーニアスには何も責はなく、ロイドと共に追放されることもなかった。

 暗い雰囲気を感じ取ったか、気分を変えるようにジーニアスが明るく言った。

「そう言えばキミは何処に行くつもりなの?」

「ここから北の方。うーん、何て言ったら良いのかな。神殿、みたいなもの、なかった?」

 ロイドはジーニアスと顔を見合わせた。

「……マーテル教会の聖堂があるけど、多分今は入れないぞ」

 首をかしげた少年に、簡単にイセリアのことを説明する。聖堂に一般人は入れないこと、ディザイアンの襲撃で村は壊滅状態であること。

「だから、今村に行っても聖堂には――もしかしたら村にすら入れてもらえないかもしれない」

「えっ? そうだったの? ……じゃあ、仕方ないか」

「いいのか?」

 割りと本気で困っていたように見えたので思わず聞き返す。

「うん、どうしても今すぐって訳じゃないから。となると、ここから近いのは、トリエットの方かなあ」

 トリエット。

 ジーニアスの方を向き、目が合う。……同じことを考えたらしい。

「なあ、良かったら、俺たちと一緒に行かないか?」

 少年は呆然としてロイドを見返した。ぽかんとしている少年にジーニアスが説明してやる。

「コレットが向かったのが、トリエットらしいんだ」

「俺たちだけじゃちょっと心配だったし、どうせ行く場所が同じなら、一緒に行かないか?」

 ジーニアスもロイドも、少年が強いのは知っている。おそらく、旅慣れているだろうことも。

 イセリアからここまでの、ほんの少し。旅とも言えないような距離でさえ、二人は危なかった。ここからトリエットまでは、それこそ何倍もある。

 旅慣れた少年が一緒なら、少しでも早くコレットに追い付けるかもしれない。

 少年がため息をついた。

「普通、初めて会った人に言う言葉じゃないよ?」

「そ、それはそうだけど……」

 命を救われ、一晩共に過ごして、どうしても悪人とは思えなかったのだ。それどころか、もっとずっと前から知っているような。

「一緒に行ってくれる……?」

 ジーニアスが少年を見つめる。

 数秒、あるいは数十秒して、少年が耐えかねたように大きく息を吐いた。

「何処まで一緒かは分からないよ。少なくともトリエットまでは行くけど、それでもいいなら」

 ロイドほ答える代わりに笑顔で手を差し出した。

「なあ、お前名前は?」

 

 

「僕は…………エミル。エミル・キャスタニエ。よろしく、二人とも」




 原作でも竜車はありますが、止まっても剣は貰えません。
 エミルの剣の名称は攻略本の設定画から。……実はあっているのか不安です。は、はっきり読めない……


追記
 遅れましたが、拙作へのお気に入り登録ありがとうございます!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。