9-1 テセアラ
その日。
ヒトではないモノ達が、一斉に空を見上げた。
「エミル! エミル、エミルッ!」
もう見えないエミルに向かって、マルタが必死に手を伸ばす。レアバードから落ちそうになるのを、しいなが渾身の力で引き戻す。
「マルタ落ち着きな!」
慌てて騒いで、ここで落下する方が危険なのだ。
既に時空は越えている。エミルも到達点こそズレたものの、無事に時空を越えている筈だった。
それぞれ別々に越えてしまった以上、エミルが何処に居るのかは誰にも分からない。ましてテセアラは広い。闇雲に探すのは、それこそ雲をつかむよりも難しいことだ。
そう諭しても、マルタは泣きそうになるばかり。
「だってしいな、エミルが! ロイド、早く助けに行かないと!」
「よし、すぐに追いかけ……ん?」
ロイドは、ふと風が弱くなったような気がした。ここは空の上。超高速で飛翔するレアバードの上。向かい風はそれだけ早く飛んでいる証。
そこで風が弱まる筈が、無い。
見れば、レアバードは作動音とともに………黒煙をあげており。
「―――! 皆、落ちるぞ! 気を付けろ!」
とっさにコレットを抱き抱え、皆に叫ぶ。
直後、レアバードは動きを止め、落下した。
そして、現在に至る。
「……これじゃもう使えないな」
山らしき場所に不時着した一行のレアバードは、動力源に当たる箇所が完全に大破していた。
薄暗いために煙は見えない。が、爆発こそしなかったものの動かせるような状態ではないだろう。
はぁ、とため息をついたとき、後ろから悲鳴にも似た声が上がった。
「―――ジーニアス! リフィルさん!」
マルタが膝をつく二人に駆け寄る。手をかざし治癒術を唱え出したので、ロイドは青ざめた。
「どうした? まさか怪我したのか?!」
「違い、ます。ロイド……貴方は、なんともないみたいね。しいな、ここがテセアラ、なの?」
リフィルの問いに、しいなは一瞬戸惑って、答えた。
「ああ………ああ、そうサ。ここがテセアラ―――あたしの世界だ」
辺りを見回して、それから悲しそうな顔をする。そしてしいなはため息をついた。
「やっぱり、あんたたちにはキツかったか」
「どういうこと? しいな」
その言い方だと、体調を崩すことを知っていたみたいだ。マルタに問われてしいなは肩をすくめた。
「簡単にいうと、マナに当てられちまったのサ。あんた達は人間だから分からないだろうけど、こっちのマナはシルヴァラントよりもずっと濃いんだ」
シルヴァラントは八百年衰退している。言い換えれば、テセアラは八百年繁栄し続けている。
シルヴァラントとテセアラが本当にマナを搾取し合っているのなら、シルヴァラント八百年分のマナがテセアラに存在することになる。
二人はエルフの血族だ。人間と違ってマナを感じとれる、古い民の血を引いている。
「うん。ちょっと、びっくりしただけ、もう、大丈………っ!」
立ち上がろうとして、ジーニアスがふらついた。すかさずマルタがそれを支える。
「ジーニアス、無理しないで」
「うん、ごめん……マルタ……」
「ロイド。クローナシンボルかアミュレットがあったら出してやりな。それで少しはましになるから。……ったく、ここまで酷くなってるとは思わなかったよ」
ぼやきつつもしいなは手早い。ジーニアス達の胸元を寛がせ、精神を落ち着かせるボトルを含ませてやる。
ロイドとマルタはその間にアミュレットを二つ探しだして二人の腕につけてやった。一つはロイドが作ったもの、一つは宝箱から見付けたものだ。
アミュレットをつけると二人の顔色が目に見えて良くなった。ほっと一息ついて、リフィルが改めて辺りを見回す。
「テセアラは、シルヴァラントと比べて随分とマナが偏っているのね」
「マナの絶対量の差だって聞いたよ。シルヴァラントも同じようにマナが偏ってる筈サ」
言いながら、薄暗い中を歩いて崖まで行く。
やはり暗い。夜明け程の明るさ。暗がりに慣れているロイドにはぼんやりとだが回りが見える。
切り立った崖。雲が下に見えるからかなりの高地。空には月にしては明るい何かが浮かんでいて、雲でもあるのか星が見えない。
「ここは……フウジ山岳か。ロイド。この山を降りて、北に向かうとメルトキオがある。テセアラの首都だ。大きくて明るいからすぐ分かるよ。あんたたちは、そこに行きな。これ地図」
手渡された地図はシルヴァラントのものより陸地が大きいような気がした。………違って当たり前だ。世界が違うんだから。
―――いや、待て。地図を渡されたと言うことはつまり。
「え、しいなは? エミルはどうするの?」
唯一テセアラ出身のしいなが、一緒に来ないと言うことだった。
「エミルのことはあたしに任せとくれ。なあに、土地勘がないあんたたちが探すより、あたしが一人で探した方が早い。それに、任務失敗の報告もしないとならないし、協力要請も含めて一旦ミズホの里に戻るよ」
ミズホ、というのはしいなの故郷で、“隠密”と呼ばれる者達の集落だそうだ。
そもそもシルヴァラントの神子―――コレットの暗殺は、ミズホに依頼された重要な仕事。しいながコレットを殺せなかった以上、任務は失敗だ。
「あなた一人で行くつもり? 報告に行けば、あなたもただではすまないのではなくて?」
隠密にとって、任務失敗とは信用を失う行為であり、絶対に許されないこと、であるらしい。
が、しいなはそれを笑い飛ばした。
「あたしを誰だと思ってるんだい? 探し物や隠密行動はミズホの民の専売特許だ。……必ずエミルを見付けるよ。信じて任せておくれ。陛下に宛てて手紙を書いておいたよ。これを見せてミズホのしいなからだと言えば、すぐに面会出来る筈だ」
「…………分かった。しいなも気を付けろよ」
「あんたたちこそ」
しいなの肩口でぼわん、と煙があがる。
「しいなは大丈夫。コリンがついてるから! コリンがしいなを守るから」
小さな体で胸を張る姿に、皆の顔が綻んだ。
「そういうこと。じゃあね。上手くやりなよ」
それを最後にしいなは険しい山道を駆け下りて行った。
「…………しいな」
疾走するしいなの肩で、コリンが心配そうにしいなを見上げた。
大丈夫さ、とロイド達の前では言ったけれど、やっぱり心配だし心細い。神子暗殺任務がしいなに下されたのには色々と事情があった。
しいなの存在。才能。血筋。テセアラ上層部の思惑。ミズホの里の風習。掟。シルヴァラントとテセアラの関係。
そんな事情を全てわかった上で、ミズホの里はしいなをシルヴァラントに送り込んだ。生きて帰れないかもしれない場所へ。
成功すればそれでよし。失敗しても、それはそれでよし。
しいなも、わかった上で引き受けた。覚悟して、シルヴァラントに行った。
だから。
「分かってる。大丈夫だよ、コリン。あたしは大丈夫」
「けど」
尚も言い募ろうとしたコリンを撫でると、コリンは口をつぐんだ。
「大丈夫。……大丈夫。昔とは、違うんだ」
そう。昔とは違う。何もかも。
今のしいなは、昔とは背負うものが違う。
しいなは笑った。昔とは違って無理矢理ではなく、自然な笑顔だ。
「ほら、それよりエミルを探さないと。何か気が付いたらすぐに言っとくれ」
頼りにしてるよ。その一言で、コリンはぱあっと顔を輝かせた。
「うん!」
「…………うぅ……」
彼は“目”を開いた。
とたん強烈な吐き気を催して、即座に閉じる。そして今度こそ目を開くと、青空が見えた。
辺りは森。シルヴァラントよりも格段に大きく育った木々の、一振りの枝に彼は引っ掛かっていたのだった。
「テセアラ……」
昔と同じ空なんだなあと、そんなことを呆然と考える。シルヴァラントではシルヴァラントの。テセアラではテセアラの空。歪んだ世界の一端。
「本当に、テセアラに来たのか……」
シルヴァラントを旅して、レアバードで時空を越えて。
「―――そうだノイシュ!」
共にテセアラに来た存在を思い出して、彼は枝の上で身を起こした。
慎重に体勢を変えて下を見下ろせば、かなりの距離の土が抉れている。それを辿った先には、大破したレアバード。斜めに突っ込んだせいか、半分地面にめり込んでいた。彼のいる場所も鑑みるに、どうやら落ちた反動で吹っ飛んだらしい。
とすればノイシュは。
「………ああ、畜生、面倒くさい」
反射的に“目”を使おうとして止める。目視で探す他ない。
決めれば行動は早かった。荷物があるのを確かめ、一思いに枝から飛び降りる。そして。
「空牙衝!」
水のマナを地面に叩きつけて衝撃を殺す。立ち上ったマナの水流に支えられて、彼は無傷で地面に降り立った。
「っと。……ノイシュ! ノイシュー! 何処に居る!」
大声で名を呼びながら彼は歩く。
ほんの少しでも応えがあれば、それだけで場所が分かる。ノイシュのマナは独特だ。世界のマナがこうも乱れていなければ“目”を使わずとも見つけられるほどに。
「ノイシュ! 聞こえたら応えろ! ノイシュ!」
―――クゥーン
応えた。
彼はほんの少し足を早めた。走るには場所が悪いし、怪我も辛い。せめて治癒術のひとつでもかけてもらうんだったと後悔する。
木々の隙間を抜けると、ノイシュがぐったりと地面に倒れていた。
「ノイシュ!」
近寄って、血が出ていないことにほっとする。が、背中を強く打ち付けた他、右の前足が妙に腫れている。……折れたか。
「ノイシュ、ノイシュ。聞こえるか? 分かるか?」
顔を覗き込めば、ノイシュがうっすらと目を開けた。意識はあるらしい。
「痛いかも知れないが、少しだけ我慢しろよ」
近くの枝と蔦を拾ってそっとノイシュの足を持ち上げる。呻くノイシュを撫で、手早く枝で固定した。
「さて、どうしたものか………」
本来なら応急措置に治癒術でもかけておけば良いのだが、生憎と彼は治癒術が使えなかった。
マナが乱れていなければ、彼に扱えない術はない。術は全てマナを紡ぐものであり、マナを紡ぐことは彼の仕事でもあるからだ。
だが、今は。
「下手に術を使えば暴走するかもしれないからな……治癒術が暴走したら事だ」
治癒術はかなり精密な扱いを必要とする。体内マナを使うのでもない限り、この乱れたマナの中で治癒術を使うのには、彼には経験が足らなかった。
しかも今の彼は管理者ではなくただの人間。頼りにすべきモノ達はシルヴァラントで、ここにはいない。
「取り合えず、近くを見て来る。ノイシュはここで――――」
言い差して、振り返る。………茂みの中で動くのは、巨大な蟷螂。緑色の体が草むらに紛れてここまで近付かれるまで分からなかったのだ。
蟷螂は彼とノイシュに向かって、その鎌を振り上げる。
「はっ、面白れぇ」
鼻で笑って腰の剣に手を掛ける。
と、蟷螂が突っ込んできたので難なく避けて、生い茂る木々と蔦に捕まり後ろに回り込んだ。反応しきれない蟷螂の、無防備な背中目掛けて全体重を乗せた蹴りを叩き込む。蟷螂は吹っ飛んでごろごろ転がった。
彼は首をかしげる。
「………?」
この蟷螂はこの系統の中でも、割と進化した方に入る種だ。
なのに、やけに弱い、ような気がするのは、気のせいか?
蟷螂は尚も怒りに目をギラつかせ、鎌を持ち上げようとした。
が。
「――――止まれ」
彼の言葉に、固まった。
大きな声ではない。よく通る声でもない。単に呟いた程度の、小さな声だ。
「こいつはお前が襲って良い奴じゃない。お前の獲物でもない。分かったら大人しくしろ。わかったか?」
震えながら、蟷螂は肯定の意を示した。これが人なら千切れんばかりに首を振っているだろう。本能で、従うべき存在を知覚したのだ。
「お前はこの辺りのモノか。ここはどの辺りだ?」
鎌を下ろした蟷螂は、身を低くして答えた。
ここはノームの大地の森です、と。
「ノームの――ああ、地の神殿か。近くにあるのか」
案内しましょうか?
「そうだな………いや、良い。それより、ノイシュを頼みたい。守ってやってくれ」
蟷螂は鎌を擦り合わせて答えた。お任せください、と。
「頼んだぞ。……行ってくる」
彼がそう言うと、ノイシュと蟷螂がそれぞれに応えた。
地の神殿。ノームを祀る祭壇。それはテセアラの山奥深く、大地の裂け目の中にある。
その壁や床は完全に土が剥き出しで―――そもそも、人が手を加えた様子が見られない。
「まあ本当は、危険で手を加えられないんだろうけど」
手を置いただけで崩れて行く壁を伝いながら、彼は神殿のなかを進んでいた。
道は道の体を成しておらず、落盤で塞がっている道も数多くある。何より、こうして進む間にも、地面が揺れる度に天井からハラハラと土が落ちてくる。これでは、作業中の事故で死人が出かねない。
中にいるのも動物ではなく、土に潜れる昆虫族や、固い装甲を持つ竜族、あとはそもそも形を持たない軟体族の魔物。
そんな魔物たちの間を縫って、彼は奥へ奥へと進んでいた。
いたのだが。
「やんのか、こらー」
小人に出会して、足止めを食らっていた。
さて突然だが、精霊にはそれぞれ眷族となる存在がいる。ノームの眷族は小人―――大地の恵みを受け大地に暮らす、クレイアイドル達である。
ヒトの膝ほどの背丈しかなく、丸い頭に三角帽子を被り、そのつぶらな瞳は可愛らしいの一言に尽きる。
なのに。
「どうしてこう口が悪いか……」
「なにごちゃごちゃやってんだー?」
「いや何でも」
彼等はこれが標準装備だ。何事も慣れである。
気を取り直して、彼はクレイアイドルの前にしゃがみこんだ。目線を合わせるにはそうするしかないのだ。
「ノームの所に行きたいんだが」
「お前変わったやつだなー。地震ばっかで人間も魔物もみーんな逃げちまったのに。………まー、いいや。こっちだ、案内してやるー」
クレイアイドルはぴょん、と少し高い崖の中腹辺りに跳び移った。……小さな、人間一人がやっと通れそうな穴が開いている。
「一応聞くが、人間が通れるのか?」
「さあー?」
「さあって、あのな……」
クレイアイドルは小さいから通り放題だろうが、彼は人間である。案内してもらっても通れなければ意味がない。
「普通の道は塞がったから。ノームのとこ、行くんだろー?」
クレイアイドルは地の眷族。神殿を住処にする小人。神殿のことなら誰よりも詳しいだろうし、まあ、何とかなるだろう。
「わかった、頼む」
「よーし、出発ー」
クレイアイドルは、崖をよじ登った彼の肩に飛び乗った。
クレイアイドルが教えてくれた道は、とんでもない道だった。
狭い、暗い、埃っぽい。しゃがんでいるのは当たり前、時々這って進まなければならない所まである始末。
だがその分頑丈で、崩れてはこない安全な道だった。
祭壇に近付くと道もちゃんとしたものになる。
「こっちだぞー!」
急に走り出したクレイアイドルを追いかける。と言っても、この辺りまで来ると彼の記憶にある道と殆ど変わらないから、案内の必要も無いのだが。
地震で崩れ落ちたのだろう橋を渡れば、その先にはシルヴァラントで見慣れた精霊の祭壇。シルヴァラントとの違いは――精霊が目覚めていると言うこと。
「案内ご苦労だったな。助かった」
クレイアイドルに礼を言い祭壇に彼が近付くと、祭壇の上でマナが集まり、何かを形作った。例えるなら大きな丸いモグラ。頭の後ろには赤いリボンらしきものも見える。
それ―――ノームは大きく伸びをして、彼を見た。
「ふぁぁあ………ん? んんんー? なんだお前」
祭壇の上から降りてきて、彼の回りをぐるぐる回る。
「お前変なやつだなー。人間にしては変わってるし、なんかアイツに似て………ん、んんんん?」
と、ノームが目を見開き、彼を指差して。
「お、お、お前何でここに! 寝てたんじゃないのか?!」
彼は舌打ちしそうになったのを堪えた。一目でバレるとは……人間から遠ざかったせいだろうか。
「…………よう、ノーム。相変わらずだな。取り合えずそこを通してくれるか? すぐに戻ってくるから」
耳元で叫ばれて正直うんざりしていた彼がそう言うと、ノームは一瞬きょとんとした。
「へ? あ、そっか。この先だったっけ」
あまり細かいことを考えないおおらかさと楽観的がノームの特徴である。ひとつ納得したように頷くと、素直に道を譲ってくれた。
「じゃあな。その先も崩れてるかも知れないから気を付けろよ」
「ああ」
精霊の祭壇に乗り、彼の力をほんの少し解き放てば、古い機能が動き始める。転送装置が起動して、彼の姿は掻き消えた。
戻ってくると、ノームがすぐ側で待っていた。
「お、終わったのか?」
「ああ」
探しものは見つかって、彼の用事も終わった。………予想外だったのは、未だに目覚めないこと。まあ、少し待てば起きるだろう。
彼が祭壇から下りると、祭壇の転送装置も停止した。それを見て、ようやくノームが祭壇の上に戻る。
「ノーム、聞きたいことがある」
「ミトスの事なら話せないぞ」
ここでもか。内心情報が得られないかと思っていた彼は、少しだけ落胆した。あのくそじじい。これで下らない理由ならぶん殴ってやる。
そんな心の内はおくびにも出さず、本来の用件を切り出す。
「分かってる。聞きたいのはこっちのマナのことだ。……荒れすぎていて“目”が使えない」
理由を聞いて、ノームはああ、と体を震わせた。
彼は今、宿るものがないし、力も完全ではない。荒れていることは分かっても、どう乱れているのかは分からないのである。一方で、精霊は世界と直接繋がっている。
「そうだなあ、お前のとこのに引きずられてるのが多いかなぁ。……セルシウスはお前のとこのを止めようとして逆に暴走しちまうし、シャドウは相変わらずで止めようともしない。ヴォルトは―――なんか自棄になってるみたいに感じるけど」
「そしてお前は地震、か。責めてるんじゃない。よく止めたと誉めたいくらいだ」
つまりテセアラの精霊は全員暴走状態にある、と。ノームはなんとか抑えようとしていたようだが、広い世界だ。ひとりでは何も出来ない。
彼ではないから。
「悪ぃ……」
「お前が謝ることじゃ無いだろう。元はと言えば、仕事をしてない俺が悪い」
と、ノームが伏せていた顔をがばっと上げた。
「ってそれだ! お前何なんだよその姿! お前寝てたはずなのに、何であのじいさんが言った通り起きてるんだ?!」
「――――言った通り?」
彼が反応したことに気が付かないまま、ノームは喋り続ける。
「そうだよ、あのじいさん、お前が起きるかも、て言ってたんだ。芽吹いてないから有り得ないと思ったのに―――何でここにいるんだ?」
「偶然だ。あいつらを起こして回って、シルヴァラントは終わったからテセアラに来たら、ここの近くだった」
真実、それだけなのである。古くからある道ならまだしも、ヒト達が作った道の先を彼が知るわけがない。
「あ、てことはさっきの森に落っこちたのはお前だな。何と一緒だったんだ? 随分懐かしいと言うか、珍しいと言うか………」
ノームが唸る横で、彼はふと目を伏せた。
「そうか、こっちにはもういないのか……」
元々他に比べて数が少なく希少な存在ではあった。成長にとてつもない年月がかかる。生活環もエルフでさえ気の遠くなるものだった。
だからそれは、ヒトの営みとは少しだけ外れた場所で、ずっと命を紡いできた。
ある意味では彼に寄り添える存在であったかもしれない。
「………ノイシュで、最後か」
頭を振って考えを追い払い、彼は踵を返した。すかさずノームが呼び止めてくる。
「おいどこ行くんだよ!」
「森に戻る。待たせてる奴がいるんでな。マナの方は任せた」
「はぁっ?! ちょ、ここまで来たなら代わってくれよ! マナの調停ってとんでもなく面倒なの、知ってるだろ!?」
俺もう飽きた代われー。
喚きかたはまるで聞き分けのない子供。そう言えばノームは面倒くさがりで飽きっぽかった。
彼だって、代われるものなら代わりたい。その方が色々と楽だからだ。……が、そうする訳にもいかない理由があって。
「代わるも何も、お前契約切れてないだろう」
ため息混じりにそう言えば、ノームはむ、と唸った。
契約。精霊とっては何よりも重んじられるモノ。違えることは許されない。だから彼が代わるわけには、違える訳にはいかない。
ノームもそれは重々承知の上である。
「そりゃそうだけどよ……」
「まあ、もう少し頑張るんだな。資格を持つ奴が来ない限り、マナの調停はお前の仕事だ」
「わかったよ。………所で待たせてる奴って、怪我してる奴だろ。そいつら連れてけよ」
そいつら、とノームが顎をしゃくって見せたのは。
「クレイアイドルを? 良いのか?」
彼等はノームの眷族。地の神殿が住み処だ。その住み処から離れることは、あまりない。
「ああ。お前ら、よろしくー」
「「おうよ、任せろー!」」
ノームに呼ばれ、いつの間にか三人に増えていたクレイアイドル達が跳び跳ねた。そのまま彼を案内してくれた初めの一人を除いて、壁の穴に飛び込んでいった。……おそらくは抜け道を使って先に地上に戻ったのだろう。
「………悪いな、ノーム。助かった」
「良いってことよ。お互い様だ」
屈託なく笑うノームを見て、久しぶりに彼も心からの微笑を浮かべた。他の含みを持たない、作り笑顔でないそれ。
残ったクレイアイドルに促され、彼も出口に足を向けた。今度はまともな道だと良いが。
と、またもノームが声をかけてきた。
「そう言えば、何でそんなかっこしてるんだよ。なぁ、ラ―――」
「………さてな」
ノームの言葉を遮る。
答えようとしたが彼も分からなかった。人間なのは、ヒトに紛れるため。エルフでないのは、目立たないため。
けれど、この姿なのは?
別に他の姿でもよかった。何千年とヒトを見てきたから、象る対象がいなかったわけでもない。
けれど、この姿を選んだのは?
「単なる、気紛れだ」
それっきり、彼は何も言わなかった。
そのままノームに背を向けて歩き出す。その足元を、クレイアイドルがひょこひょこ歩いていた。
「じゃあな、また来いよ」
穴に戻る寸前に、そんなノームの声が聞こえた、気がした。
テセアラ編突入。もう少しだけ隔日更新です。
クレイアイドルはたとえ彼に気が付いていたとしても、敬語なんて使うところが想像できない……。
プロトゾーンはノイシュで最後。ノイシュが唯一の生き残り。……みたいですが、本当の所どうなんですかね? オライアスとかシムルグはカラーリング的にはノイシュにそっくりなんですが。
※追記
設定の違い
・メルトキオ、闇の神殿、地の神殿がある大陸は昼でも薄暗く、辺りがはっきり見えない。地の神殿の近くは他よりは暗くないが、やはり通常に比べれば暗い。