森に戻れば、そこは魔物で溢れていた。
「あー……」
ノイシュとさっきの蟷螂を中心に、数えるのも大変な数の魔物たちが輪を作っている。その何れもが彼を見ると道を譲り頭を垂れた。
その時ようやく魔物たちの隙間からクレイアイドルが見えた。ノイシュの体の回りをぐるぐる回って、手当てをしてくれていたらしい。彼が来たのに気が付くとぴょんと跳び跳ねて帰っていった。……どういうことだろう?
彼を出迎えたのはさっきの蟷螂だった。
終わったのですか?
「ああ。もう終わったよ」
ノイシュの側に腰を下ろしてやれば、ノイシュは嬉しそうに体を起こす。
「こら、まだ寝てなくちゃダメだろう」
たしなめても聞くようなノイシュじゃなかった。それはそれは元気に彼の顔を舐め、耳をぱたぱたと動かす。そこで、ノイシュの怪我が綺麗に治っていることに気がついた。クレイアイドルが帰ったのはこのせいか。だが、あれだけで傷が薄くなるほど治るわけはなく。
「……そうか、お前たちも治してくれたのか」
彼を取り囲む魔物の中には治癒術の使い手もいた。きっとその魔物たちのお陰だろう。
安心したら急に気が抜けた。
それと同時に、何かに力が吸い上げられて―――彼が倒れる寸前で、彼の前で具現した。
黄と茶色の艶やかな毛並みをした、中くらいの獣。ぱっと見るとキツネかネコにも見えるが、その頭には小さなツノが生えている。なによりその体はふわふわと宙に浮いているのだ。
それはネコがやるようにぐっと体を伸ばした。
「ぷはぁ! おはよーございます、主! ……って主ー?!」
彼が倒れたのを見て、それが悲鳴をあげる。が、あまりに疲れた。そもそもハイマを出てからまともに休んでいない。
ああ、相変わらず騒がしいな。
小さな子供のようなそれの声を最後に、彼の意識はぷっつりと途絶えた。
メルトキオへの道中は困難を極めた。
まずもって、方向が分からないのである。地図はある。現在地も目的地も分かる。道筋も、なんとか分かる。けれど―――方角が分からない。
始めこそ山との位置関係で進むべき方角も分かったが、魔物との連戦で気がつけば方角を見失っていた。改めて探そうにも道標など存在しない獣道で、薄暗く見通しが悪い。星か太陽でもあれば良いのだが、生憎と常に曇りで空が満足に見えない。
………いや、見えても意味はなかったかもしれない。ここは異世界、テセアラなのだから。
それから、行程が遅々として進まなかった最大の理由は。
「―――!」
いきなり真ん中辺りを歩いていたコレットが立ち止まり、羽を出した。チャクラムを取りだし、両手に構える。一拍遅れてリフィル達が荷を下ろし、ロイドとマルタが武器を構える。
コレットがチャクラムを投げる。続けて二つ。どちらもが真っ正面にいた魔物の両足を切り裂いて、そこをロイドの剣が確実に仕止めた。
コレットは自由になった両手を組む。祈るような仕草に合わせて、コレットの羽が光を放った。声が出なくても、心を失っても、そんな仕草は変わらない。そしてコレットは少しだけ体を折り曲げて――
「―――――!」
光が、コレットが示した空から降り注ぐ。
ジャッジメント。塔でクラトスが使ったそれと、全く同じ天使術。
光の束に照らされて、敵の姿がはっきり見える。一瞬でロイドはその種類と数を頭に叩き込んだ。エッグベアが二匹と、ナイトレイドが数匹。
術が終われば元の薄暗さが戻ってくる。
すぐにコレットが動き出し、一拍遅れてロイドも動いた。
ロイドが狙うのはジャッジメントを食らってまだ生き残っている魔物。確実に一体ずつ仕留め、数を減らすことがなにより重要だ。まともに戦えるのは、ロイドとコレットしかいないから。決して深追いはせず、攻撃よりは回避優先。後ろに行こうとする魔物が最優先。
コレットが狙うのは脅威となる魔物。今回はベアの亜種だった。
「――――――!」
声は出なくとも口は動く。レイシレーゼ。両手のチャクラムを続けて力強く投げ付ける。そのチャクラムは硬い毛皮や筋肉をものともせずに、エッグベアの片腕を切り飛ばした。
エッグベアが咆哮する。残った片腕をコレットに向かって伸ばす―――
「コレット危ないっ! ………うっ」
後ろでジーニアスが叫んだ。恐らくは術を紡ごうとしたのだろう。が苦しげな呻き声をあげただけで術は発動しなかった。
その間にコレットはその攻撃を難なく躱し、どこからともなく取り出した玩具のハンマーを放り投げる。見事脳天に直撃、一瞬目を回したその隙にコレットがエッグベアを仕留める。
ここ数時間ではよくある光景だったが、ロイドは初めてそれを見たときのように、やっぱり目を丸くした。
あのコレットが、ああも躊躇なく戦う姿を見ることになるとは。
ロイドがコレットに意識をとられていると、ロイドの横を何かがすり抜けていった。ナイトレイド、という狼の魔物だった。
「っ、しまった……! マルタ!」
「任せて!」
ぐっとマルタが一歩踏み込んだ。
「烈風燕波!」
右手のスピナーを振り回し、最後に左手にためた闘気をぶつける。それは見事ナイトレイドに命中して、ぎゃん! と鳴いて動かなくなる。
「どうだ!」
「うまいぞ!」
「ふふっ、でしょ!」
誇らしげに胸を張るマルタ―――の、その後ろに。
ぬっと現れたのは、残っていたもう一匹のエッグベア。
「マルタ! 後ろだ!」
「え? ………きゃぁあっ!」
「マルタ!」
駆け付けようにもナイトレイドが飛び掛かってきて手が放せない。ロイドは歯噛みする。まただ。守れない。ここにクラトスやエミルは居ないのだ。守れるのは、自分だけなのに………!
「――――――!!」
後ろから飛んできた光の羽が、マルタに襲いかかろうとしていたエッグベアを吹き飛ばした。
「え? 今のは……?」
ロイドが手早く他の魔物にも止めをさすと、コレットが羽をしまって地面に降り立つ。辺りにもう魔物が居ないことを確かめてロイドはマルタに駆け寄った。
「マルタ、無事か?!」
「あ、うん。大丈夫………ねえ、今のは何?」
「今のは、………コレットだ。コレットの天使術、エンジェルフェザー」
見たことがあるのは数度だ。そもそもコレットを戦闘に参加させることが少なかった。しかし時々絶妙な間合いで援護してくれることはあり、その時に使っていたのがこの術だった。
「じゃあ神子様が、助けてくれた………ってこと?」
「そういう事に………なるのかなぁ」
ジーニアスが首を捻った。今のコレットは心を失っている。敵と見なしたものを殲滅する殺人人形―――とは、レネゲードのボスの言葉だが。
荷物を背負い直したリフィルはそれに首を振る。
「分からないわよ。ただ単に敵を倒しただけかもしれないわ。今のコレットが、私達を味方と認識しているか……」
「そんなことないぞ、先生! 俺たちが術の巻き添えを喰らわないのは単なる偶然じゃないだろ」
天使術は強力で、当たれば大抵の魔物に致命傷を与えられる。戦いになってからコレットは何度も天使術を使っていたが―――中にはかなり広範囲の術も―――ただの一度も、ロイド達に当たった事はなかった。偶然と言うには出来すぎている。
ならばつまり。
「きっとコレットも俺たちを仲間だと思ってくれてるんだよ。だから助けてくれたんだ」
「なら、絶対に神子様を助けないと。ね?」
「おうっ!」
腕を突き上げ、コレットの手を引いて意気揚々と、ロイド達は先へ進む。
………因みにその賑やかさで魔物を刺激し、戦闘を繰り返す羽目になっていることは、クラトスもエミルも居らず、ジーニアスとリフィルも調子が悪い一行は、気付く筈もないのだった。
「ちょ、え、うぇぇ?! 主? 主だよね? 何で人間? 何で倒れてるのー?!」
それ――――ソルムの頭は混乱していた。
何百年(或いは何千年)かぶりに起きてみれば、そこは見知らぬ土地。回りには見知らぬ魔物たち。そして唯一の知り合いである主は何故か人間の姿をしていて、これまた何故か倒れていた。
理由は分からない。分からないことだらけでも、優先順位は決まりきっている。
取り合えず辺りの乱れまくったマナを整えにかかる。主が倒れるなんて、マナ関係のせい以外あり得ない! どうやらここはノームの土地に近いらしく、地のマナが多かったのが救いである。
ソルムは辺りの魔物を見渡した。
「あんたたち………契約して貰うわよ」
魔物達に選択権はない。そもそもこれは名誉な事であるから、気が狂ってでもない限り魔物が拒否することなどあり得ないのだが。当然のことながら彼等も拒否するどころか喜んで受け入れた。
契約が済めば、本格的なマナ調停作業に移る。世界全体の調停には他の同胞にも手伝ってもらわねばならない。取りあえずは独断で許されるこの森の一部のみの調停に留める。
「よしっ、あとは…………」
主が過ごしやすいように寝床でも、と思った時だった。
ソルムの感覚は、何か妙な気配を捕らえた。二つ。一つは人間、もう一つは人間だが人間ではないもの。
その気配たちは、真っ直ぐに。
「こっちに……近付いてきてる………?」
マナを強め警告するも、その歩みは止まらない。寧ろ加速している。まさか警告が通じていない? いやそんな訳はない。一度は動きが止まったのだ。
「それでも近付いて来ると言うなら、迎え撃つまで」
ソルムが主を背後に臨戦態勢をとると、縁を結んだ魔物たちもそうした。主を守るために側に控えるもの、それを守るために構えるもの、ソルムのように迎撃体制をとるもの、様々いるが、主を守るという一点において彼等は強い連帯感があった。
さあ、来るなら来い。
いつでも術を放つべくマナを紡いで、茂みから現れるのを今か今かと待ち構える。
――――そして。
「ほら、早く! 今ならかなり珍しいマナの反応が…………え?」
人間が一人、現れた。
人間、そう人間である。ここに人間なんて星の数ほどいる。人間なんてそう珍しいものではないのだが、その人間だけは、彼らにとって特別だった。
何故なら。
「ある、じ………?」
その人間は主にそっくりだったからだ。