精霊の世界再生   作:柚奈

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『貴方が、大樹カーラーンの――、―――――ですね』


9-3

 少年たちが“それ”に気が付いたのは、元々マナの調査目的で来ていたためと、マナに敏感なエルフの血のお陰だった。

 友人はその血を酷く嫌っていたけれど、魔術が使えない純粋な人間からしてみればそれは羨ましい限りだ。

 そう言えば、やっぱりお前は変わった奴だと言われてしまった。

 変わっているつもりはない。あの町の学者達と同じように、自分の知的好奇心に正直なだけだ。ただ少し彼等とは研究テーマは違うけれど、国の下で保護され、最終的には国の為になるよう研究していることに変わりはないのだから。

 けれどそれを伝えれば、そういうことを言ってるんじゃない! と怒られてしまったので、そこで話を切り上げた。代わりに漸く取り付けてきた(半ば押しきった)外出許可証を見せると、友人は酷く驚いた顔をした後で本当に変わった奴だと、もう一度笑われた。

 しかし友人を連れてこなければこの発見はあり得なかったのだから、やはり友人には感謝せねばなるまい。

「………ん?」

 地の神殿を目指して歩いていると、突然友人が森の方向を睨んで立ち止まった。

「どうしたの?」

 少年自身は戦えず、気配を感じることも出来ないから、魔物との戦闘は全て友人に任せきりだった。その友人が立ち止まったのだから、少年が同じように足を止めるのは必然だった。

「いや………この森の先から、何か……妙なマナを感じた」

「妙なマナ?」

「ああ、何と言うか……彼処だけ整っているというか………あ、おい?!」

 整っている、と聞いたとたん、少年は最低限の検査機器を抱えて駆け出していた。

「急ごう! もしかしたら僕たちの仮説を裏付けられるかもしれない!」

「だからと言って魔物がいる所で―――ったく!」

 友人の小言は舌打ち一つで収められた。代わりに残った機械と――― 一応貴重な、という修飾語がつく類いのものである―――荷物を背負い、後を追い掛けてきた。何だかんだ言いながら付き合ってくれる友人に、少年は心から感謝した。

 しかし身軽な分、少年の方が早い。

 森のなかに駆け込んで簡易検査機器を作動させ、少年は驚嘆した。

「何、これ………こんなの、あり得ない……!」

 この世界では、あり得ないマナの反応だった。自然に出来得るものではなく、有りとあらゆる偶然が味方したとしても、こんなに安定したマナはあり得ない。

 数年前、局地的に見られた反応ではあった。しかしそれきり同じ反応はなく、観測ミスだと言われていた。

 それが、目の前で、今ここで起きているなんて!

「おい、先に行くな!」

「早く来て! 夢じゃないんだ………この目で見られるなんて! ほら、早く! 今なら、かなり珍しいマナの反応が………!」

 息を切らせて駆け込んで―――――

 

 そこに、ひとが横たわっていた。

 柔らかな金の髪、黒のマフラー。紺地に黄色い縁取りの動きやすそうな服。

 ――――自分と、同じ顔。

 

「え?」

 少年が驚いたのは不思議と『どうして倒れているのか』であって、『何故同じ顔なのか』や『どうしてこんな所にいるのか』ではなかった。

 そして敵意のこもった視線を向けられて、初めてそのひとの回りには魔物が沢山居ることに気が付いた。

 真っ直ぐそちらを見れば、どうしてか魔物たちはどよめいた。

「ある、じ………?」

 言葉。理解できる言語。ここにいるのは魔物だ。魔物が人の言葉を話すなんて。

 いや―――人の言葉を話す魔物がいるとしたら、それはもしかすると。

「っこら! 先に行くなとあれほど………!」

 少し遅れてやって来た友人は、その光景を見た瞬間担いできた機器を落とした。そのまま腰の剣と斧を構えて――――

 少年は慌てて友人と魔物たちの間に滑り込んだ。

「あ、待って待って! なにもしないから! ほら剣と斧しまって!」

「バカを言うな! こんな街から離れた森の中で魔物に囲まれてる奴を見て、警戒しない方がおかしいだろう!」

「これだけの魔物を倒せるつもりなの? 刺激しない方が良いに決まってるでしょ!」

「魔物の縄張りに踏み込んでおいて刺激も何もあるか! 相手は魔物だぞ!?」

「でも言葉が通じるんだよ。魔物だからって知性がない訳じゃない」

「それはお前の仮説であって―――」

「その仮説を証明するために来てるんじゃないか。一度は納得してくれたでしょ」

「それは魔物を統率する存在がいるのが前提だろう。マナが荒れている今の状況を考えれば統率されているとは言い難いぞ」

「そうだけど、さっきのマナの反応は『虚偽反応』のものに良く似てたよ。あのときは一時的とはいえマナの偏りが正されたんだから、今回も同じように………」

「いやしかし――――」

「うん、だからね――――」

 

 二人は、半ば魔物の大群の真っ只中にいることを忘れていた。

 そして、魔物たちも口論を始めた二人を呆然と眺めているだけで手だしはして来なかった。……呆れていただけかもしれないが。

 こうなってしまえば二人は学者だ。とことんまで意見を言い合わねば収まらない。ここが人目を憚ることのない森の中であることも災いして、二人の口論は加熱すると同時に主張にも熱が入る。

 

「いや、それはいくらなんでも飛躍しすぎだ。自然現象でも説明はつく」

「ううん、それでも辻褄は合わないよ。じゃあフラノールの雪が溶けたのはどう説明するの?」

「溶けたとしても一日だろう? あの日は天気もよかった。それに丁度『向こう側』の日とも重なるなら、それが原因じゃないのか」

「確かに天気は良かったけど、たった一日で地面が見えるほど溶けて、次の日からは例年以上の冷え込みっておかしくない? それに向こうのせいなら一日で終わるのはおかしいよ」

「だが――――」

 

 ここがどこか完全に忘れている。

 まあ、ここがいつもの研究室なら問題はなかった。もう一人の友人がいつの間にかコーヒーをいれてくれて、口論では決着がつかないからと徹底討論に入るのが常だった。

 しかしここは研究室ではなく魔物の大群の真っ只中で、二人を見ているのは二人をよく知る友人ではなかった。

「っ、ちょっとあんたたち――――」

 少女の声が、二人を止めようとした。その程度では二人の集中力は途切れない。

 が、魔物の集中力は持たなかった。

 咄嗟に気がついて剣と斧を手に取るも、やはり反応は遅い。そのまま鋭い爪は彼等を――――

 

「そこまでだ」

 

 引き裂く寸前で止まった。

 二人はその声が誰のものか分からなかった。目の前のひとが魔物の一匹に背中を預けて体を起こし、そのひとに向かって、魔物たちが一斉に頭を下げるまで。

「そいつらに手を出すことは俺が許さん。下がれ」

「でも主、」

「聞こえなかったか?」

 そのひとの声を聞いた瞬間、魔物たちは冗談みたいにぴたりと止まった。浮いている角のある獣が少女のような声で食い下がったが、それすらすぐに黙らされ、そのひとの隣に降り立った。

 魔物たちも自然と二人に道を譲る。襲ってくる気配はない。唸り声をあげる魔物もいたけれど、そのひとが紅い目で睨むととたんに大人しくなる。二人はそろそろとそのひとに近づいた。二人が通った後で、魔物たちは道を塞いでしまう。

 ―――魔物を統率する存在。

「あなたが………大樹、カーラーンの………?」

 半信半疑で尋ねると、そのひとは僅かに目を見張り、傍らの角のある獣が殺気立った。しかしそのひとが片手をあげるとすっと収まる。

「…………そう、呼ぶ奴等もいたな」

 当たりだ。少年は身を乗り出して訴えた。

「貴方を探していたんです」

「俺を?」

「はい。魔物を操り世界を守るという、貴方を」

 古い伝承に出てくる存在だ。

 魔物の王、世界の守護者、魔を狩るもの。異なる名で呼ばれるその存在が一つだったのではないか、という仮説をたてたのは少年だった。

 そうして辿り着いたのが、大樹カーラーン。

 それに宿るという存在。

「ほぅ」

 そのひとは自嘲するように笑った。

「俺を知るやつがまだいたとは思わなかった。お前、《扉》の所にも来たな。変なところに来るやつだ………それで、俺に何の用だ?」

「お前、知って―――?!」

 友人と同じように少年は驚きを隠せなかった。 

 だが追求しようにも黙って見詰められ、先を促されれば本題に入る他無い。相手が話を聞いてくれそうな内に。

「………貴方に、世界を救ってほしいんです」

「ほぉ?」

 それはそれは面白そうな声で、とても不愉快そうな顔で。

「テセアラを、か?」

「いいえ、世界を、です」

 震えそうになる体を叱咤して、強張る口を動かす。

「テセアラには、裏と表のように寄り添う、もう一つの世界があります。今テセアラはその世界とマナを搾取しあっているのです」

「ああ、知っている。シルヴァラントはこの目で見た」

 ほんの少し、声に険が混じった。

「それがどうした。お前には関係のないことだろう。テセアラはマナも豊富な繁栄世界だ。シルヴァラントが滅びようと構わないんだろう?」

 神子を暗殺しようとしたくらいだからな。

 それを聞いて、ああそう言えばそんな話もあったな、と思い出した。

 過去形なのは、彼女が失敗したからだろう。送り込まれたのが彼女だったことは、彼女が旅立ってしまってから知った。向いてない、と思ったものだ。情に篤い彼女には、暗殺者は向いていない。

 しかし少年は、暗殺にはそもそも反対だったのだ。

「―――これは僕の仮説なんですが」

 言ってみろ、と無言で示され、唾を飲み込む。

 

「シルヴァラントが滅びれば、テセアラは滅びます。例え、マナが無限にあったとしても」

 

 そこで初めて、相手の目が大きく見開かれた。少し考え込むように目を伏せて、一つ息を吐いて。

「………座れ。長い話だろうからな。聞いてやるよ。話してみろ、お前の考えを」

 それにはい、と頷いて、少年は友人を促して魔物の真ん中に座り込んだ。

 

 

 

 

「―――――話は、分かった」

 長い長い話を聞き終えた頃には、もう昼を大分過ぎていた。殆ど四半日話していたことになる。相変わらず薄暗くて森のなかでは昼も夜も大して変わらないのだけれど。

「結論から言えば、それは無理だ。まだ、な」

「まだ? それはどういう意味だ?」

 友人の問いには答えがなかった。その代わり思っていたよりもずっと穏やかな顔で、真っ直ぐにこちらに目を会わせる。 

「今はできない。しかし時が来ればお前の言うようにも出来る。……約束は、悪いが出来ない」

「いえ、それで十分です。無理を言って、すみませんでした」

 少年は素直に頭を下げた。

 無茶を言ったのはこちらだ。偶然出会っただけの人間の話を最後まで聞いて、それを信じてくれた。それだけでも有り難い。本来なら此方から出向き、礼を尽くした上で頼むべき事だった。

「勝手に押し掛け申し訳ない。話を聞いていただき感謝する」

「構わない。お前たちの話は中々に面白かったからな」

 そう微笑む顔は少年と同じもの。が、笑顔はまるで似つかない。同じ顔でもこうも違うのか。

「所で、お前たちはこれからどうするんだ?」

「そうですね………取り合えずメルトキオに戻ります。報告も、しなければなりませんから」

 この調査は、内々にではあるが国王陛下直々の依頼だ。王立研究所サイバックの研究者である少年がここまで街を離れられたことや、その同行者として友人を連れ出せたのもそれが大きい。

 仮説をある程度裏付けられた今、一刻も早い帰還と報告の義務がある。

 と、そのひとが立ち上がった。

「なら、“俺も連れていけ”」

「――――――は?」

 無遠慮にも感想をそのまま口に出したのは友人だったが、少年は口に出さなかっただけで同じことを思った。

「あの、………人間だらけでマナも乱れまくってる所ですよ?」

「知っているさ――――ソルム」

 それまで大人しくそのひとの側に居た獣が、勢いよく跳び跳ねた。

「はい! 何ですか、主?」

 そのひとは子供のように笑って、言った。

「お前に、やってもらいたいことがある」

 

 

 

 

 

「―――――ほんっっっとーに、大丈夫? 無茶しないよね?」

「分かってる。無理無茶は慎む」

「約束ですよ! 嘘ついたら針千本だよ!? 用意して待ってるからね?!」

「わかったわかった、ほらさっさと行け。待たせるだろうが」

「ううぅ~~~約束したからね!」

 

 そんな長い長い別れの挨拶を経て、彼等は今、空の上にいる。

「へぇ、レアバードって便利なんだね」

 因みにこれは彼等のレアバードで、あの森で大破していたレアバードはウィングバックというレアバードを収納するものの中に収容済みである。

 もう一つ因みに、ノイシュはアステルのもう一つのウィングバックに収納されている。怪我が治りかけだから無茶をさせたくないと言われたのだ。

「別れてから口調が変わったな」

 友人の半ば呆れたような声。それに笑って返答される。

「それは、人間のなかに行きますから。郷に入っては郷に従え、って言うでしょう?」

「――――」

「あ、今何か失礼なこと思いませんでしたか。お前がいうなとかなんとか」

「思ってない!」

 ムキになる辺り、多分図星だな、とレアバードを操作しながら少年は思った。

「あのー、所で、自己紹介ちゃんとしてませんでした。僕はアステル・レイカー、彼はリヒター・アーベントと言います。貴方の事は、何とお呼びしたらいいですか?」

 まさか真の名前を街中で呼びまくるわけにはいかないだろう。一応。

 すると前々から考えてあったのかすぐに答えがあった。

「敬語は要りませんよ、アステルさん。僕のことは……エミルと呼んでください。エミル・キャスタニエです」

「――――」

「リヒター、今名字があるのかとか思わなかった?」

「いや、よくすらすら出てくるなとは、思った」

「伊達に長生きはしてませんよ」

 エミルはニコニコと笑っている。……あ、これは同じ顔だ、とアステルは思った。

「じゃあエミル、僕たちにも敬語は要らない。アステルでいいよ」

「分かった。宜しくね、アステルさん」

「さんも要らないよ?」

 しかしそれで少し困ったような顔をしたので、じゃあ追々で、と話を切り上げる。どうせ暫く一緒にいるのだ。後から慣れてもらえばいい。

「あ、見えてきた。あそこがメルトキオだよ」

「へぇ……大きな街だね」

「テセアラの首都だからね。降りるよ、捕まってて」

 レアバードには本来無事に着地できる機能があるのだが、マナの乱れのせいか上手く働かない事が多い。よって着地時衝撃が来る。

 素直にアステルの背中にしがみついたエミルを確かめて、アステルは出来るだけ静かにレアバードを着陸させた。場所はメルトキオの正門から少し離れた場所。直接の乗り入れは禁じられているのだ。

 乗ってきたレアバードをウィングバックにしまって、正門を潜る。

 

「ようこそ、テセアラ・メルトキオへ」

 

 アステルが手を差し伸べれば、エミルはとても嬉しそうにその手をとった。




 作者は限定小説も外伝小説も持っていませんでした。ようやく、最近古本屋で外伝の下巻だけ見つけたので買えました。
 そんなわけで、書いた当時は資料がほとんど有りませんでしたから、あの人とかあの人は完全な捏造です。

 あとはソルムも。グーナに似てるような、猫に似てるような。それくらいの体格に、頭に生えた小さな角。某陰険ブラエのように宙に浮かべます。

 因みに、作中の戦闘シーンの大半は、プレイ中実際にあった展開だったりします。奇跡のタイミングでコレットのエンジェルフェザーが飛んできた時はもうテンション上がりすぎて止まらなくなっておりました。

 リヒターさんは魔物が凶暴化しているため旅は止めたのですが、………例の言葉で押しきられた模様です。


※三人称を大幅に訂正。ちょっとした拘りですが、この話だけ例外になってたので。
 アステルの三人称を彼→少年
 アステルとリヒターの二人の三人称を彼等→二人
 アステルにそっくりのひとの三人称を少年→そのひと

 あと、気付いた誤字もちょっぴり訂正。
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