「ここ、が………王都メルトキオ、だよね……?」
ジーニアスが自信なさげに言うのも仕方ない。
高い塀に囲まれて、大きな家が立ち並ぶ見事に舗装された路を歩いていても、ロイドには、そこが人の暮らす町だとはどうしても思えなかったのである。
何故だろう。ロイドは辺りを見回す。
暗いから、では無い。昼の筈なのに夕方過ぎの薄暗さでも、辺りには煌々と明かり取りの棒が立っている。それが辺りを照らしているから、視界には困らない。
並んでいる家々もパルマコスタのルアルディ家並みに立派で、それが一般的な庶民の家だというのだから、文明の差をまざまざと見せつけられた思いだ。
違うのは、そうではなく。
シルヴァラントと、決定的に違うのは。
マルタが呟いた。
「皆私たちをじろじろ見てきて……やな感じ」
そうだ。それで気付いた。
町行く人々が、ロイドたちを見る度にひそひそと会話している。何なのあの格好は、なんてみすぼらしい、見て武器を持ってるよ、まあ危険ね野蛮だわ、近付いちゃいけません。
と、ロイドたちにも聞こえる声で、これ見よがしにこちらを横目で見ながらこれである。
そうか、それでか。
考え込んでいたロイドは―――前を行くコレットに気が付かなかったのだ。
その後で、コレットが犬を蹴飛ばしたり、紅い髪の青年にコレットがぶつかったりと色々あったのだが、何はともあれ城へと辿り着くことは出来た。
ただし、門の前まで。
「なんだ、お前たちは」
「ああ、王さまに手が……――っ!」
「国王陛下に謁見したいのですが」
余計なことを口走りかけたロイドは、マルタに背中を抓られて声にならない悲鳴をあげた。代わりにリフィルが申し出る。
「申請はしたか?」
「いいえ、ですが急を要するものですから」
「ならば許可証はもっているか?」
「残念ながら紛失してしまいまして……」
ジーニアスは何とか笑顔を保った。よくもまあこんな口八丁の出任せをこうもすらすらと……やはりこの姉、敵に回したくない。
「陛下はお忙しく、近頃は体調も崩されている。許可の無いものをそう簡単に通すわけにはいかないのだ」
「何とか通していただけませんか? 出来るだけ早く、直接お渡しせねばならないものを預かっているのです」
リフィルは食い下がったが、門番は頑なだった。
「すまないが、規則でな。そこのマーテル教会で謁見の申し込みをしているから、行ってみるといい」
「そうですか……すみませんでした。ありがとうございます」
後ろで交代の声を聞きながら、その場はそのまま大人しく引き下がる。
―――が、教会に入った所でマルタが頬を膨らませた。
「もう! 頭固いなぁ。良いじゃないの、通してくれても」
「仕方ないよ。あの人たちだって仕事なんだから」
「でもパルマコスタ総督府なら追い返したりしないよ。そもそも総督に会うのに申請なんかいらないし」
追い返すにしたってあの態度は無いでしょあの態度は! 愛想悪い!
何故かマルタにしては珍しく、怒髪天を衝く勢いで怒り狂っている。まあまあ、とジーニアスが宥めるも収まる気配がない。マルタも政府機関で働く者として思うところがあるのだろうか。
「マルタ、少し落ち着きなさい。ここは教会よ」
リフィルにそう言われて、ようやくマルタは声を抑えた。
静まり返った教会の中、ロイド達の足音だけが響く。パルマコスタのそれとは比べ物にならないほど大きな教会。長椅子がいくつも並べられ、見事なステンドグラスが煌めく美しくも立派な教会には、しかし人がいなかった。
「……誰もいないな。シルヴァラントだったら皆お祈りしてるのに」
「そうだよね。司祭様もいらっしゃらないのかな? すみませーん、誰かいませんかー?」
マルタの声に答えはなかった。
シルヴァラントでのマーテル教会といえば信仰の対象であり、神聖な場所だ。それこそ世界の運命は真実マーテル教しだいである。
故に、日々の祈りを欠かす者など存在しない。ドワーフに育てられたロイドですら、日に一度は(コレットに付き合ってではあったが)教会で祈っていたのだ。コレットが無事に旅を終えられるように、イセリアの皆が元気であるように、と。
そんな人が集まる教会では、必ず昼夜交代で司祭が最低一人は詰めていた。シルヴァラントでは教会は簡単な病院も兼ねる。誰もいない、なんて状況はシルヴァラントならば有り得ない。
「困ったな、どこで申し込みしたら良いんだろう」
「待ちなさい、ジーニアス。そもそも申し込んだところでいつ会えるかは分からないのよ。何日も待たされるかもしれないわ」
「あ、そっか………今は一刻も早くコレットを救うのが先決だもんね」
その発想はなかった。確かにテセアラ全土を統べる国王なら仕事も忙しいだろうし、会えたとしてもきっと極々僅かな時間しか無いに違いない。
向こうからしてみれば些末事。しかし、こちらは世界とコレットを天秤にかけ、そしてコレットを選んだのだから、なんとしてもコレットを救うのが何よりも優先だ。
「じゃあやっぱり王様に手紙を渡すしかないな。……なあ先生、どうしてさっき止めたんだ? 門番に手紙を渡して貰えば良いだろ?」
それくらいならば明かしても構わないだろうと眉を潜めるロイドにリフィルはため息をついた。純粋なのは良いことだが、単なる考えなしならばそれは馬鹿と呼ぶ。
「門番ではちゃんと手紙が届くか不安だわ。いいことロイド、私たちははっきりいって身元不明の不審人物なのよ。そんな人たちがいくら緊急で手紙を届けてほしいと言ったところで、真面目に取り合ってくれる訳がないでしょう」
言われてみれば至極当然のことである。
「話を聞いてもらうためには、多少強引な手段でも構わない、直接、国王陛下にしいなの手紙を渡すことよ」
「多少、って言っても………城に入れないんじゃ謁見もなにもないよ」
と、その時教会の奥でぎぃ、と重い扉が開くような音がした。奥から司祭と、少女が一人、何かを引き摺りながら出てきた。
ピンク色の髪を耳の上辺りで二つに結い上げた、ジーニアスと同じくらいの、女の子。しかし引き摺るのはロイドではとても運べないような重そうな荷物。
「………いや、助かった。ではプレセア、これを陛下の元へお届けしてくれ」
「わかりました」
無表情で、淡々と。すれ違うとき、ロイドはその少女の胸元に光るものを見た。
「今の子……」
「可愛かったね……」
「エクスフィアを装備してた―――え? ジーニアスなにか言ったか?」
「な、何でもないよ!?」
慌てるジーニアス、それを見てにまにまするマルタ。
「ジーニアス、もしかして………」
「貴方もそういう年頃になったのね」
「ち、違うよ! 姉さんもマルタも何か勘違いしてない?!」
「? 顔赤いぞジーニアス。熱でもあるのか?」
「ロイドのバカっ!」
ジーニアスは顔を真っ赤にしてロイドを叩いた。まるで分かっていないロイドの横で、リフィルがため息をついた。
「丁度良いわ。あの子に協力して貰いましょう。あの子は国王陛下の下に行くと言っていたわ。上手くいけば陛下に会えるかもしれない」
「さ、賛成! 大賛成!」
「貴方は違う理由で賛成なのでしょう?」
またジーニアスが顔を赤らめる。またも首を捻るロイドを見て、苦笑するのがマルタだ。
「取り敢えず追いかけよう? 話すだけ話してみて、話はそれからだよ」
少女―――プレセアの協力を取り付け、なんとか口裏を合わせて貰い城へと入った。プレセアが運んでいたのは神事に使う神木で、謁見の間まで持っていくらしい。
謁見の間前でプレセアは神木を置き、衛兵に預けた。
「私の仕事はここまでです」
「ごめんなさいね、プレセア。もう少し一緒に来て頂戴」
プレセアは無言で頷いたが、それきり喋らない。こうしてみるとコレットとそっくりだな、とロイドは思った。
「すみません、大至急陛下にお目通りしたいのですが………お渡しするものがあります」
「………少し待っていろ」
リフィルが衛兵にそう告げると、衛兵は扉の奥に行ってしまった。恐らく取り次ぎに行ったのだろう。城の中へ入るのはあんなに大変だったのに、中に入ってしまえばこのザル警備。ジーニアスは頭を抱えたくなった。
と、リフィルが振り返り。
「ではマルタ、交渉はお願いするわね」
「―――はい?」
「でも、そういうのはリフィルさんがやった方が良いんじゃ……?」
「あら。この中では一番適任だと思うのだけれど。私は一介の教師。ロイドとジーニアスはただの子供。コレットは神子だけれど、今は話せる状態ではないわ。その点貴女は正式な、シルヴァラント唯一の政府機関を持つパルマコスタ総督府の一員。シルヴァラント代表を名乗れるのは貴女だけだわ」
そう言われてみれば、確かにマルタならば―――というか、マルタ以外は無理だ。
しかしマルタはリフィルに詰め寄った。
「そんなの無理です! 確かにパルマコスタ総督府の一人ですけど、そんな王様なんて偉い人に会ったことなんかありませんよ!」
それは皆も同じことよ。
リフィルが声には出さず口だけ動かしてそう言った。というのは、中から兵士が顔を出し、入れ、と言ったからだ。
マルタを先頭に一行はその中へと足を踏み入れた。
玉座の間。入り口の扉から真正面の玉座までは真っ赤なふかふかの絨毯で覆われ、歩いても足音ひとつしない。玉座は二つあり、一つは空っぽで、もう一つに男性が座っていた。立派な身形からして、おそらくはこの人がテセアラ国王。
その横にはごてごてした司祭のような人がいて、こちらを睨み付けている。玉座を挟んで反対側には――――さっき会った赤毛の青年が控えている。彼の方は始めに目を少し見開いた以外は、驚いた風な態度は見せなかった。
あまりじろじろ見るのは失礼に当たる。ジーニアスは先頭のマルタとリフィルが跪いたのを見て、同じように膝をついた。横でロイドがそれに倣い、コレットを座らせる。
「そなたらは………?」
「御前失礼致します、テセアラ王陛下。私はシルヴァラント政府の一員、マルタ・ルアルディと申します。こちらは私の仲間で、共にシルヴァラントより参りました。どうか、私達をお助けください」
王が口を開くのを待ってから、マルタは口上を述べた。………あんなに無理だと言っていたのに、とても滑らかに言葉が出る。
反応したのは国王ではなく、ごてごてした司祭の方だった。
「シルヴァラントだと?!」
ひぃ! と悲鳴をあげて仰け反り、まるで溝鼠でも見たかのように顔を歪めた。
マルタはちっとも動じなかった。王も顔色ひとつ変えず、真っ直ぐマルタを見下ろした。
「助ける、とはどういう意味だ」
「そのことについて、ミズホの民のしいなから陛下に当てた手紙を預かっております」
マルタが懐に手を差し込むと、赤毛の青年はほんの少し身構えた。マルタはとてもゆっくりと手紙を取りだし、赤毛の青年に渡す。青年はそれにざっと目を通すと、そのまま国王に手渡した。
それを見て、ジーニアスは驚いた。余程信頼されているのか、或いは余程位が高いのか。
「………なるほど。そなたらが、シルヴァラントの神子と、その護衛か」
テセアラ王は手紙を読んで青年に渡した。今度は青年もちゃんと読み進める。
「へぇ? シルヴァラントの、ねぇ」
しいなが残してくれた手紙の中身を、彼等は知らない。だがしいなはコレットを助けるために、テセアラの技術が借りられる様口添えしてくれた筈だった。
「シルヴァラントの神子とは、その娘のことか?」
国王はコレットを見ながら訊ねた。隣の偉そうな司祭と違って、恐怖や忌避の感情は感じられない。
なるほど―――王とは、こういうものかもしれない。
「はい、彼女がシルヴァラントの神子です」
マルタが答えた瞬間、ごてごてした司祭が狂ったように叫び出した。
「衛兵! 殺せ! シルヴァラントの神子を殺せ!」
衛兵達の混乱はそれで最高潮に達した。衰退世界の人間、というだけで随分怯えていた人も多く、その言葉を引き金に感情が爆発したのだ。
王の御前だというのに武器を構える衛兵達と、その殺気に反応して動こうとするコレット、それをロイドが全力で抑えている。そうしなければコレットはなんの躊躇もなく彼らを殺してしまうだろう。
―――コレットが、羽を広げた。
「ひいいいぃっ! は、早くしろ! 殺せ!」
衛兵の一人が、言われるままに槍をコレットに向けて振りかぶった、その時。
「お待ちください」
鋭い声が、謁見の間に響き渡った。