精霊の世界再生   作:柚奈

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「お待ちください」

 

 鋭い声が、謁見の間に響き渡った。

「お待ちください。その少女を、シルヴァラントの神子を殺してはなりません」

 言いながら、歩いてくるのは。

 白いコートに、黒のブーツ。金色の髪。

 そして優しげで涼やかな―――翡翠の瞳。

「え、エミル……?! 良かった、無事だったんだな!」

 ロイドは顔を輝かせて立ち上がった。ジーニアスも腰を浮かせる。

 しかし。

「違う……」

 真っ先に飛び出しそうなマルタが、泣きそうに顔を歪めた。

「違う。エミルじゃ、ない」

「おお、戻ったかアステル!」

 代わりに腕を広げたのは国王。アステルと呼ばれた彼はロイドの隣辺りまで進み出ると、立ったまま、深くお辞儀した。

「はい、陛下、神子様。アステル・レイカー、ただいま戻りました。………教皇様、神子には手出ししない方が宜しいかと」

 ごてごてした司祭―――教皇がきっとアステルを睨み付ける。

「何故だ。テセアラは衰退してしまったのだぞ。テセアラはもうお仕舞いだ!」

「猊下、落ち着いてください。テセアラはまだ完全には衰退しておりません」

 テセアラ側の人間たちばかりでなく、ロイド達も驚いた。それは即ち、シルヴァラントが救われていないという事なのだから。

「なに! アステル、それは真か」

「はい。私は帰ってくる途中に救いの塔を見ました。伝承によれば、救いの塔は繁栄世界に現れるもの。未だ消えぬ塔こそが、テセアラが衰退していない証で御座います」

 それが本当だとすると、シルヴァラントに救いの塔があるのはどういうことだろう。シルヴァラントは衰退世界なのに。もしも今のシルヴァラントにも塔があるのなら―――シルヴァラントも衰退していないのかもしれない。

 完全に、と言ったのもそれで説明がつく。

 赤毛の青年が腕を組む。

「なるほど。何らかの事情があって世界再生は行われず、しいながこいつらを連れ帰った、ってわけか。なら、こいつらの言い分も間違ってないな。―――神子が天使になることで世界は再生される。逆に言えば、天使にならなければ世界はこのままだ」

「その通りです。……それからもう一つ。彼女が本当にシルヴァラントの神子であり、天使であるならば、下手に手を出せばメルトキオごと消滅する可能性があります。今の彼女を殺すのは不可能です」

 確かに。

 今のコレットはロイド達の誰よりも強い。天使術の威力なら、都市一つ滅ぼすのは雑作もないこと。敵と認定したもの全てを殲滅するのが、今のコレットだ。

 コレットは元々はそんな事をしない、優しい子なのに。

「つまり、我々が神子を救えばテセアラも救われる。そういうことだな。………しかしその話が真であれば、お前たちはシルヴァラントを見捨てることになるのだぞ」

「構いません」

「ま、マル――――」

 何か口走りそうになったロイドは、リフィルが何処からともなく取りだし投げつけたチョークによって黙らされた。

「今は彼女を救うことが先決です。その為に……私達はテセアラまで来たのですから」

 ………覚悟が出来ているのは、マルタの方だったらしい。マルタの方がよほど、ロイド達よりも事態を理解していた。

 テセアラまで来た理由、それがどういうことなのか。

「―――よかろう」

 それまで黙って事を見守っていた国王が、顔を上げた。

「陛下! 宜しいのですか! 彼等は衰退世界の」

「しかし神子は殺せないのだろう? ならば、一度神子を救わねば始まらぬ。……アステル。サイバックに正式に依頼しよう。シルヴァラントの神子を救う方法を見つけ出せ」

「御意」

「し、しかし陛下! シルヴァラントの神子が救われた後で、こやつらが世界再生の儀式を行う可能性も……!」

 いや、それはあり得ない。

 と言い切れるのはロイド達だけ。世界再生の真実を知るのはロイド達だけだから。

 テセアラからしてみればロイド達が危険人物なのにかわりはない。

「なら俺様が監視役につきますよ。どっちにしろこいつらがシルヴァラントに戻らなければ世界は再生されないんだし。それなら良いだろう、教皇?」

「神子様が……そこまで仰るのでしたら」

 神子。神子――――

「み、神子ぉ?!」

 あんな赤毛でちゃらちゃらしていてこんなときなのにマルタや姉さんに色目を使うようなかっるい奴が、よりにもよって神子?!

 いや、それで納得がいった。神子はマーテル教会においてかなり高い位を持つ。テセアラの権力階層でも高位の人物なのだろう。だから、国王に対してあんな態度がとれるのだ。

 そしてその神子がこちらの味方をしてくれたということは。

 コレットを助けられると、いうことだ。

「そなたらには、テセアラを旅する許可を与えよう。ただし、神子の監視の下で」

「ありがとうございます!」

 監視されていようが構わない。これでコレットを助けられる!

 ロイドもこの時ばかりはそろって、深く頭を下げた。

 

 

 

 謁見の間を退室して、テセアラの神子がエミルによく似た人に話しかけた。

「全く、お前も無茶するなぁ」

「神子様に言われたくありませんよ。神子様だって、彼等を庇ったでしょう?」

「俺様とお前じゃ立場が違うっての。……まあいいや、俺様も準備がある。聖堂で落ち合おうぜ。じゃあな、アステルにゴージャスなお姉さまと可愛い神子ちゃんとちっちゃな美少女とキュートな子猫ちゃん、あとその下僕どもー」

「はい、ではまた後程」

 神子が行ってしまうと、今度はロイドが口を開く。

「ええと……」

「話は後で。まずはこちらに来てください」

 一方的に歩き出す。顔を見合わせ、ロイド達はその少年の後を追った。

 

 

 城を出て、さっきの教会まで戻る。さっきとは違って礼拝堂には人がいた。

 テセアラの神子よりも暗い赤毛の背の高い青年と、………フードをすっぽり被って、顔どころか体まで隠している小柄な誰か。

 アステルが近づいたことで、その人が顔を上げた。

「――――エミル!!」

「え? …………うわぁっ?!」

 一番に叫んだのはマルタで、駆け寄ったのはジーニアスだった。ジーニアスはそのままそのひとに飛び付き、その拍子にフードが外れた。

 現れたのはアステルと全く同じ、しかし彼らにとっては、見慣れた顔。

「エミル、良かった……! 心配したんだよ!」

「あ、うん、ごめん」

 困ったようなそれは、間違いなくエミルの笑顔。抱きつくマルタを離そうとしながら無理矢理には引き剥がさないのも、ジーニアスの頭をぽんぽんと叩くのも。

 リフィルが珍しく驚愕を顕にする横で、全然状況を理解していないロイドがぽかんと口を開けた。

「エミルが………二人?」

 アステルとエミルが、同時に吹き出した。二人の横の青年はため息をつく。

「ロイド……彼はエミルではないわよ。よくご覧なさい、エミルの方が少し背が高いでしょう?」

 リフィルに言われてよく見ると、確かにほんの少し、言われなければ気がつかない程度に、エミルの方が背が高い。

 しかしその他は声も顔も笑い方も、全く同じ。

「さっきは挨拶しなくてごめんね。説明するより会わせた方が早いと思ったから………学園都市サイバックの研究者、アステル・レイカーです」

「こっちの人はリヒターさん。二人とも、僕を助けてくれたんだ」

「助け………そうだエミル、あの後どうなったんだ? ノイシュは?」

 エミルは手短に、ロイドたちに地の神殿の近くに不時着した事、そこで二人に会い、メルトキオに連れてきて貰った事、ノイシュは怪我はしたものの命に別状はなく、今は休ませていることを話した。

 ノイシュもエミルも元気なのを聞いて、ようやく一行の顔には安堵の表情が浮かんだ。

「そうだったんだ。ボクはジーニアス、ジーニアス・セイジ」

「姉のリフィル・セイジよ」

「私はマルタ・ルアルディ。よろしくね、アステルさん、リヒターさん」

「僕もリヒターもさんはいらないよ。君たちがエミルの仲間だった人?」

「ああ、俺はロイド・アーヴィング、こっちの娘がコレット・ブルーネルだ」

「コレット………彼女が神子、なんだね」

 アステルが近付いてもコレットはチャクラムに手を伸ばそうとはしなかった。……敵と思われていないのだろうか。

 リヒターというらしい青年がアステルの顔を覗き込む。

「どうだ、アステル」

「うーん…………多分このクルシスの輝石のせいで体が無機生命化してるんだと思うけど……専門外だからなあ。リヒター、こういうのに詳しいの、誰だっけ?」

「………“下”でケイトがエクスフィア関連の研究をしていた筈だが……これはクルシスの輝石というよりも要の紋の方じゃないのか? それならたしか……」

 ロイド達をそっちのけで議論を始める二人。

「なんか……何処と無くリフィルさんに似てるような」

「学者って、皆こうなのかな……?」

 アスカードのライナーもこんな風にロイド達を放置してリフィルと語っていたし。こうなったら議論が一区切りしなければ終わらないのを、ジーニアスは知っている。

 もう仕方ないから気がすむまでやらせておこうとしたとき、ふと途切れた会話の隙間で―――誰かがアステルの肩に手を置いた。

「まーまー、堅苦しい話は後にして、取り敢えずはサイバックを目指そーぜ、お二人さん」

 長い赤毛を白のバンダナで止め、腰に短剣を差したその青年は。ジーニアスは思わず指を突きつけた。

「あ、テセアラの神子!」

「おうよ。テセアラの神子、ゼロス・ワイルダー様だ。気軽に『ゼロスくん』って呼んでね」

「軽いやつだな………ほんとにこいつが神子なのか?」

「おいおい俺様を疑うわけ? せっかくこんなものも用意してきたのに」

 ゼロスが取りだした紙を広げ、ロイドが読み上げる。

「えーと、なになに? 『神子ゼロスの下、シルヴァラントの神子一行がテセアラを旅すること、及びサイバックへの立ち入りを許可する。サイバックはこれに全面協力を命ずる。テセアラ十六世』」

「あっ、忘れてた!」

「どうしたの、アステルさん?」

 エミルの問いに答えたのはゼロスだった。

「サイバックは王立だから、立ち入りには王家の許可がいるんだよ。アステルの事だから王立研究院の立ち入り許可なんてさっぱり忘れてるだろうと思って、先に繋ぎつけといたぜ」

「ほー、気が利くな」

「だろ? これからしばらくは一緒に旅しなきゃならないんだ。仲良くしようぜ。えっと、野郎二人とアステル達はいいとして。ゴージャスな美人がリフィルさまだろ、クールなかわいこちゃんがコレットちゃん。そちらのキュートな子猫ちゃんがマルタちゃん。んで、そのおチビちゃんは?」

「プレセアだよ。城に入るとき協力してくれたんだ」

「プレセア? ああ、神木の。ってことはあのいな………オゼットの子か! 丁度いい、サイバックに行くついでに送ってってやろうぜ」

 サイバックもオゼットも橋の向こうだしな、と笑うゼロスの袖を、アステルが引いた。

「神子様、オゼットはガオラキアの向こうですよ。最近のガオラキアの噂を聞いてないんですか?」

「あそこは魔の森になった、ってあれか? ま、なんとかなるでしょーよ。元々魔の森、って呼ばれてたんだし………んで、そこのアステルのそっくりさんは?」

「エミルと言います。エミル・キャスタニエです」

 キャスタニエ、と聞いてゼロスが怪訝そうな顔をした。エミルを見る目も、探るようなそれに変わる。

「兄弟とか親戚じゃありませんよ。彼はシルヴァラントから来たんです」

「へぇ! 不思議なこともあるもんだが……ま、いっか」

 鋭い目付きから一転、さっきまでの軽いへらへらとした笑みになった。ロイドが呆気に取られる。

「い、良いのか?」

「だってほら、世界には同じ顔のやつが三人は居るって言うしな。マルタちゃんたちみたいな美少女がたっくさんいるなら俺様大歓迎! っていうかコレットちゃんの笑顔のためなら!」

「…………なあアステル、ほんっとーに、こいつが神子なのか……?」

「ええ……」

 ロイド達は不安になった。本当にこいつ、大丈夫なんだろうか。

 ロイド達ばかりかアステルとリヒターまで苦笑する中、エミルだけがにこにこと笑っていて。

 ゼロスが高らかに腕を突き上げた。

 

「んじゃサイバック目指して出発~!」

 

 

 

 そんな、ある日の午後の事。

 人ならざるモノ達は、世界が変わった音を聞いていた。

 

 氷の中で、闇の中で、地の底で、空の上で―――あるいはとある、森の中で。

 

 何時もと何も変わらない、薄暗く、地震があった、そんな普通のある日の午後の事。

 けれどそれは、確かに世界が変わった、そんなある日の午後の事。




 次の話を投稿したら更新速度がガタ落ちします。月一くらいに。
 よろしければ気長にお付き合い下さい。


《設定の違い》
・テセアラ国王は床に伏すほど体調は悪くない
・アステルとテセアラ上層部は顔見知り
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