精霊の世界再生   作:柚奈

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 前の話から分割。


10-3

 

 

 

 ロイドは心配で心配で仕方なく、うろうろと狭い部屋の中を歩き回っていた。

 いつもなら落ち着きなさい、と諭すリフィルとジーニアスはいない。マルタも二人のことに動揺し、コレットとプレセアは声をかけるようなことはしない。

 そして大丈夫だよ、と笑うエミルも、ここにはいない。

 別室に連れていかれたのだと、この地下室に連れてこられる途中に小耳に挟んだ。それがますますロイドを不安にさせる。

『大丈夫だよ、ロイド』

 別れる前のエミルの笑顔が甦る。穏やかで、綺麗な笑み。けれど、ロイドはその笑みが恐ろしかったのだ。きっとコレットと似ていたから。……それだけでは、無い気もするが。

「エミル……」

「そんな顔するなって、ロイド君。あのエミル君は人間なんだろう? ハーフエルフならともかく、人間ならそこまでの扱いは受けないはずだ」

 それだ。さっきの騎士たちも、ジーニアスとリフィルがハーフエルフと知るや態度が一変した。

 それが、ロイドには納得いかない。

「何でハーフエルフだけなんだよ。ハーフエルフも人間も同じだろう?!」

 確かにシルヴァラントでもハーフエルフは虐げられていたけれど、それはハーフエルフがディザイアンだからだ。テセアラにはディザイアンはいない、筈なのに。

 が、ゼロスはふと暗い顔になった。

「シルヴァラントじゃどうか知らないが、テセアラじゃハーフエルフは身分の最下層なんだよ。罪人は例外なく死刑だ。……リヒターが連れていかれなかったのは、アステルが守ったからさ」

「そんな――――貴方は神子なんでしょう! どうして二人を……助けて、くれなかったの……!」

 マルタが泣きそうな顔でゼロスを叩いた。ロイド相手とは打って変わった優しげな声で、ゼロスはマルタを慰めにかかる。

「ごめんよ、マルタちゃん。俺様も罪人扱いされた以上、何も出来ないんだ。アステルは国王の命令で協力しただけだったから、見過ごしてもらえたんだよ。そうじゃなければ、今頃は二人と一緒にメルトキオに連行されてる筈だ」

 連行。ハーフエルフは死罪。

 一気に色々な情報が頭の中を駆け巡り、ロイドは蒼白になった。マルタがはっとゼロスの腕を抜け出して、ドアに駆け寄った。

「―――出して! ここを開けて、ここから出して! ねえ、誰か! 誰かいないの?!」

 

「ムダよ。その扉は、中からは絶対に開かない」

 

 後ろから、部屋の奥から、その声は聞こえた。ロイド達が連れてこられても黙って作業をしていた研究者の女性が、こちらに近寄ってきていた。

 緑色の髪を一つに束ね、眼鏡をかけた、アステルと同じ研究者の衣服を纏うその女性の耳は、短く、そして明らかに尖っていた。

 ハーフエルフ。

「貴方たちも馬鹿なことをしたものね。せっかく人間に産まれたのなら、大人しくしていればいいのに」

 呆れたような―――いや、実際呆れているのであろうため息と共に、女性はロイド達を見ていた。

 何故か居たたまれなくなって、ロイドは叫んだ。

「お、俺たちはなにもしていない!」

「シルヴァラントに帰ろうとはしてたけどな」

「う、うるせーな。お前だって見逃そうとしたくせに」

「そりゃかわいらしーコレットちゃんの為だもの」

 軽口を叩く二人の後ろで、それまで無表情だったプレセアが、震えていた。マルタが心配そうにプレセアの顔を覗き込む。

「い、いや……こないで……」

「プレセア、どうしたの?」

「プレセアですって?! どうして貴方まで……」

「プレセアを知ってるのか?」

「そ、それは……」

 ロイドの問いに、女性は明らかに動揺した。ゼロスの目が細められる。

「王立研究院のハーフエルフが人間の子供と知り合いねえ? おかしいじゃねえか」

「どうしてだ?」

「言ったでしょーよ。この世界じゃハーフエルフはゴミ同然だ。王立研究院で働くハーフエルフは、一生研究室から出してもらえない。………一生な」

 一生。

 ロイドはイセリアから出たくて堪らなかった。コレットを連れ出してやりたかった。イセリアとダイクの家を往復する日々。村の門から一歩も外に出られないコレット。

 一度コレットをこっそり連れ出したときには三日間一切の外出を禁じられ、部屋に籠って細工物をするしかなかった。

 それだけでも、苦痛で堪らなかったのに。

 ここには窓もない。空も見えない。

 そんな場所で…………一生?

 沈むロイドと、逆にマルタはふっと顔をあげる。

「リヒターは……? リヒターもハーフエルフだったんだよね?」

 答えたのはゼロスではなく、女性だった。

「あれは例外中の例外よ。リヒターはアステルの物だもの。だからアステルの護衛として外出を許された。……でも、他のハーフエルフにはそんな幸運は巡ってこない。報奨にハーフエルフを貰いたがる人間なんて、アステル以外にいるわけがないもの」

 ハーフエルフは、単なる道具でしかないのだから。

 必要とされるのはその頭脳。人間を遥かに凌ぐと言われる知恵と、エルフの血がもたらすマナを感じとるその力。

「じゃあ、なんで貴方はプレセアを知ってるの? プレセアは王立研究院の人……って訳じゃなさそうだし」

 マルタの問いは至極当然のものだ。しかし女性は数秒躊躇い……ゼロスに睨まれ観念したのか口を開いた。

「その子が………プレセアが、うちのチームの研究用サンプルだからよ」

 研究。研究サンプル。決していい響きではないが。リヒターのメルトキオでの言葉が脳裏にちらつく。

『“下”でケイトがエクスフィア関連の研究をしていた筈だが』

「まさか、エクスフィアの―――あなたが、ケイトさん?」

「? ええ、そうよ。アステル達から聞いたのかしら。私がしているのは、エクスフィアをクルシスの輝石に変える研究」

「クルシスの輝石なんて作れるのか?」

 シルヴァラントではクルシスの輝石は神子が産まれながらにして持つという石のこと。テセアラに来るまでは、それがエクスフィアであることも知らなかった。

 ケイトは事も無げに答えた。

 

「エクスフィアもクルシスの輝石も理論的にはあまり変わらない。だからエクスフィアと同じように人間にゆっくりと寄生させて………」

「ふざけるな!!」

 

 マルタはあまりの大声と迫力に思わず体を震わせた。マルタは知らない。ここまで怒りを露にしたロイドを。

 マルタは直接見ていない。機械に並ばされ、死にに行く牧場の人々を――――ディザイアンの、エクスフィアの被害者の、最期を。

「そんなの………それじゃ、ディザイアンがやってたのと同じじゃねえか!」

「ディザイアン? 何を言っているの?」

「人の命をなんだと思ってるのかって言ってるんだよ!」

 ケイトはテセアラの生まれだから、ディザイアンを知らない。しかしロイドの最後の言葉は癇に障った。

「………その言葉、そっくりそのまま返すわ。あんたたち人間は、ハーフエルフの命をなんだと思っているの」

 恐らくは、他では吐き出すことの出来ない思いだったのだろう。口調は淡々としたものでありながら、籠められたのは静かな激情。

 ロイドは即答した。

「同じだよ。そんなの同じに決まってる。人間もハーフエルフも」

 ジーニアスもリフィルも、ハーフエルフだったから何だって言うんだ。ジーニアスはロイドよりずっと頭がいいし、努力家だ。リフィルは怒ると怖いけれど、怪我をしたときは手当してくれる優しいひとだ。

 ハーフエルフだから、何だ。それよりももっと汚い人間は、あちこちにごろごろしている。

 ハーフエルフだから悪だというのは間違ってる。確かにディザイアンみたいな奴等もいるけれど、ハーフエルフにも良い奴は―――ハーレイや、ジーニアス達のように―――いる。

 人間もエルフも、ハーフエルフもドワーフも。

「生きてるってことに変わりはないだろ」

 ロイドの言葉にテセアラの人々(無表情のプレセアは除く)が面食らった。

 大体、ハーフエルフだからと殺されるようなことがないシルヴァラントですら、ロイドのような思想は珍しい。

「あなた…………気は確か?」

 思わずケイトが呟いた、その瞬間。

「―――そいつはテセアラの人間じゃない。シルヴァラントでハーフエルフやドワーフと一緒に育った変わり種だよ」

 何処からともなく、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「ジーニアス! 先生!」

 目の前に立ちはだかる教皇騎士団を蹴散らして、ロイドは二人に駆け寄った。

 グランテセアラブリッジを渡りきり、もうすっかりと薄暗くなった(と言ってもまだ日は落ちていない時間である)フウジ大陸で、彼等は二人に追い付いたのだ。

 持ち前の手先の器用さで二人の手枷を外してやり、ロイドはようやくほっと息を吐いた。

「良かった………本当に、良かった……!」

「ロイド……皆も、助けに来てくれたのね」

「でも、良いの? ボク達、ハーフエルフ、なんだよ」

 下を向く親友の顔を上げさせて、ロイドは破顔した。

「だからどうした? お前が俺の親友な事に変わりはないだろ」

「そうだよ! アリスだってハーフエルフだけど、ちょっとだけ性格はアレだけど――――悪人って訳じゃないしね」

 マルタまでもがそう言うと、ようやくジーニアスはとても歪んだ、けれど嬉しそうな笑みを浮かべた。

「テセアラ組は? 私達が同行することに異論はないの?」

 いつになく、リフィルの目は弱気だった。聡いリフィルの事、テセアラでのハーフエルフの扱いに気が付いているのだ。

 差別が当たり前の環境ならば、それから外れた思想は異端となり、逆に差別される。その締め付けは、身分制度がはっきりして、違いをはっきりさせているほど強い。

 ―――が、ここにいるのは少なからず“普通”からは程遠い連中ばかりだ。

「あたしだってミズホの民っていう毛色の変わった一族サ。あんた達と変わらないよ」

「正直全く平気って訳じゃないが……俺様も天使の血を引くとか言われてるしな。お互い様だ」

 片や隠密として長年王家につかえ、遥か古代大戦の時代から存在する歴史の影に潜む一族。

 片や天に選ばれた者として、天使の血を引くとされる人であって人でない世界に縛られる存在。

「私は………帰りたいだけ」

 もう一人はそんな事情の関係ない―――或いは理解できない、一人の少女。

 思う所はあれどハーフエルフだからと見殺しにする非道な輩はここにはいない。むしろハーフエルフだからどうした、と世界に喧嘩を売ってしまえるおバカさんが数名。

「あなたたち………」

「そうそう、ここにはいないけど、アステルもそういうの気にしないから安心しな。多分エミルもね」

 それで反応したのはマルタだ。途端に肩を怒らせる。

「そういえば、アステルさんとリヒターさんとエミルはどこ? さっきは急いでたから話は後、って言ってたけど………まさかまだサイバックに?!」

 だとしたら急いで戻らないと、ああでも橋が! と慌てるマルタを、しいなは肩を掴んで止めた。

「落ち着きな! エミル達なら無事だよ。メルトキオに行く、って言ってたから」

「けど橋はもう封鎖されてるし……それにどうやってサイバックを出たんだ? 捕まってた筈だろ?」

「それは勿論――――ん? 言われてみれば………」

 今更考え込むしいなを見て、ロイドまでも呆気に取られた。

「おいおい、しいな、大丈夫か? 頭に行く栄養がみんな胸の方にいってるんじゃねぇの?」

「うっさいね、殴るよ! だ、だって仕方ないだろ。その時は何も違和感を感じなかったんだから! エミルが一緒なら大丈夫だ、て」

「あー、その感覚分かるなあ。ボク達もそう思うことよくあるもん。実際、ボク達がコレットに追い付けたのってエミルのお陰だし。ね、ロイド」

 ロイドは大きく頷く。

「ああ! オサ山道で穴に落ちた時も無事だったし、マルタを助けたのもエミルだし、一番先に魔物に気が付くのもエミルだったよな」

 他にもエミルのおかげで魔物を倒せた話等を幾つかする。ゼロスは口笛を吹いた。

「へえ、あいつそんなに凄い奴だったのか」

「うん! もうエミルってば強くて格好よくて優しくて、何でも知ってて料理も出来て……」

 いかにエミルが凄いか指折り数えて行くマルタを見て、僅かにゼロスの笑顔が固まった。………うん、これでマルタはゼロスに絡まれることもないだろう。

 ジーニアスはそれを見ながら、笑顔で。

 

「でも、エクスフィアを使ってないんだよね。それなのにクラトスさんよりも強かった」

 

 ――――今、何か引っ掛かったような。

 ロイドが何か気になったのと同時に、マルタとしいなが暴走する。

「ってことはエミル、もしかしたらまだ………」

「そ、そうだよ! あああ、あたしは何やってるんだ!」

「お前が落ち着け、しいな」

 ゼロスに脳天をチョップされて、しいなは我に帰った。

「エミルくんがどうかは知らないが、アステルが居るなら多分大丈夫だ。お前も知ってるだろ? アステルは滅多な事が起きない限りは手出しはされないし、出来ないことは言わない。メルトキオに行くってんならメルトキオにいる筈だ」

「そう………だね。そうだった。それじゃ、急いでメルトキオに行こう」

「よーし!」

「ちょーっと待った」

 すっかりその気になっていた一行は(特にロイド、マルタ、ジーニアスの三人は)ゼロスに止められてガクッと肩を落とした。

「何だよゼロス。まだ何かあるのか?」

 不満気にロイドが口を尖らせると、ゼロスはまあまあ、とロイドを嗜めて、グランテセアラブリッジを見やった。

 跳ね橋はあげられ、向こう側は見えやしない。来る途中も、ウンディーネの力がなければ海に真っ逆さまだったのだ。

「グランテセアラブリッジが封鎖されただろ? それならメルトキオも封鎖される筈だ。今は警備が厳しくて近付けもしねえぞ」

 そもそもグランテセアラブリッジから一番近いのがテセアラの王都メルトキオ。検問が厳しくなるのは当然とも言えた。

「ええ? どうにかならないの?」

「マルタちゃんの頼みでもこればっかりはなあ」

 神子にも出来ないことはあるのだ。しかも犯罪者として追われる立場ならば尚更だ。

「あ、それなら先にレアバードの回収に行かないか? フウジ山岳にあるだろ」

「レアバード? 何で? 壊れちゃってるよ?」

 しいなの言葉に首をかしげるのはマルタだ。レアバードを放置することを提案したのはしいなだった。壊れていて動かせないし、大きいし重いし嵩張るしで仕方ないから置いていこう、と。

 それを何故、今更?

「アステルに頼まれてるのさ。ロイド達の乗ってきたレアバードを回収してきてほしいって」

 理由は、と尋ねるとよく分からないらしい。が、アステルが―――あの少しだけ一緒にいた少年が、意味の無いことを言うようには、ロイドは思えなかった。

 リフィルやしいなが顔をしかめる一方で、ゼロスは頭の後ろで手を組んだ。

「このままここで突っ立っててもしょうがないしな。先にアステルの頼みを終わらせるか。帰って来る頃にはメルトキオも少しは警戒緩んでるだろ」

 すかさず、しいながゼロスを横目で睨んだ。

「まさか例の抜け道じゃないだろうね?」

「他に無いだろ? ―――でえっ! 何しやがるしいなっ!」

「こんのアホ神子ぉっ!」

 拳を固めてゼロスを殴ろうとするしいなと、それを腕をつかむことで軽くあしらうゼロス。

 しばらくして、その攻防はしいなの息が切れたことで終わりを告げた。ロイドはジト目でゼロスを見た。

「なあゼロス、ほんとーに、大丈夫なんだろうな?」

「だいじょーぶだいじょーぶ、俺様に任せとけって」

「本当かなあ………?」

 

 僅かな不安を覚えつつ、一行はフウジ山岳目指して歩き始める。




 シルヴァラントでハーフエルフが怖れられるのは、ディザイアンだから。
 ディザイアンが怖れられるのは、ヒトを襲うから。

 けれどシルヴァラントでハーフエルフが堂々と生きていられるのは、人間牧場の中―――つまり、ディザイアンでいるだけなのです。
 人間牧場は確かに許せない。でももしも人間牧場が壊滅したら、ゲーム本編のように壊すだけだったら。
 シルヴァラントのハーフエルフたちは、何処に行くのでしょうか。

 テセアラとシルヴァラントのハーフエルフは、どちらが幸せなのでしょうか?


※追記
設定の違い
・リヒターはアステルの所有物。アステルが昔とある褒美で所有権を貰った。そのため、リヒターだけはハーフエルフでありながら「アステルの護衛」という名目でアステルと一緒ならあちこち出歩ける。
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