だって途中でデータ吹っ飛んで………それにしても遅いですね。すみません。
今回も長いので分割します。
「はあっ!」
掛け声だけは、気合いの入ったそれ。
声に合わせて振るわれるのは、彼女の身の丈以上の大きな斧。重力も味方につけて降り下ろされたその斧は、魔物の頭だけでなく、大地すら割る。砕けた岩が強かに魔物を打ち据えた。
魔物はそれで最後だった。神子様――コレットが羽をたたみ、プレセアが臨戦態勢を解く。
見通しが悪い山道では二人の索敵が便りだ。コレットが反応しなければ大丈夫、というのが現在の判断基準となっていた。マルタもほっと息を吐いたその瞬間、気の抜けた拍手が響く。
「おお、やるねえ、プレセアちゃん。俺様びっくり」
しいなの額に青筋が浮かぶ。完全に他人事の口調にロイドもあのなぁ、と声を荒げた。
「お前も戦えよ、ゼロス!」
この男―――ゼロス・ワイルダーと来たら!
コレットやロイド、しいなにマルタは勿論、プレセアも、今は戦えないリフィルとジーニアスでさえも魔物が出れば身構えるというのに、ゼロスは腰の剣に手をかけることすらしないのだ。
魔物には気が付いている。コレットとプレセアが武器に手を伸ばす瞬間、まだ現れてもいない魔物の方をちらと見るのがその証拠だ。戦いの心得もある。体はそれとなく鍛えられているし、何より身のこなしや足運びは一般人のそれではない。
なのにいつも最後尾をふらふらと歩き、戦いになればさっさと引っ込み頑張れロイドくーんと気の抜けた声援を送るくらいだ。
リフィルとジーニアスが、更にエミルも抜けて実はかなり厳しい今、戦力は一人でも多く欲しいのに。
「リフィルせんせーかマルタちゃんがキスしてくれるなら」
「こんのアホ神子っ!」
「ってえ! 何しやがるしいな!」
「この大変な時に何冗談言ってるんだい! 殴るよ!」
「だから殴ってから言うなよ!」
このやり取り自体、既に四、五回目である。
はあ、とため息を付いた時、急に視界が開けた。山頂に到達したのだ。
「お、着いたみたいだな」
「ってあ、こら! 先いくと危ないぞ!」
ゼロスを追ってロイドが走る。赤い二つの後ろ姿を見て、ジーニアスが笑った。
「こうして見てるとロイドの方がお兄さんみたいだよね」
「あちゃー、こりゃ見事だ」
フウジ山岳山頂で大破したレアバードを見、ゼロスが茶化すようにそう言った。
確かに見事なものだ。動力部だけでなく、よくよく見れば翼や水平安定尾翼も壊れている。残骸が散らばり、煙こそ上がっていないものの、こんな大きながらくたを運ぶ余裕はとてもない。
が、そもそもレアバードの持ち運びは任せておけ、と請け負ったのはゼロスで。
「おいゼロス、どうやって運ぶんだよ」
「おう、とりあえずこっちこっち」
言われるままにゼロスに近づき――――
「?!」
―――突如として展開された術式に、ロイド達は閉じ込められた。最後尾を歩いていたコレットだけが、結界の外に立っている。
と、近くの岩の影から何かが飛び出した。
「ふははは! まんまと俺様の罠に引っ掛かったな、ロイドっ!」
「…………ふん、愚か者め」
影は二つ。一つは偉そうに腕を組んで胸を張り、もう一つはマントを翻してその隣に立つ。その二人と言うのは。
「で、デクス?! と、………えーと、誰?」
「何だったかな。イワンだかフアンだか………」
「ユアンだっ!」
「あ、それだ」
しいなとマルタの言葉に怒鳴り返し、こほん、と咳払いを一つ。全く取り繕えていない状況で、真面目くさった顔をして指示を出す。
「デクス、お前達はレアバードを運べ」
「了解、リーダー」
デクスと一緒に現れたレネゲード達が、レアバードを持って山を降りて行く。そこらに散らばる細かな残骸まで残さず拾っていく念の入れようである。
隣を横切ったデクスがちらとマルタに目を向けてきた。
「―――― 一人なんだね」
マルタの小さな、本当に小さな呟きを聞きつけ、デクスの足が止まる。
「ああ。テセアラだと、アリスちゃんが辛いからな。…………あんた達なら、分かるだろう?」
呼び掛けられたのはリフィルとジーニアスで、二人は瞬きした程度で表情に変化はない。デクスは軽く肩を竦めて、そのまま山を降りて行った。
「さて………今度こそ、貴様を貰い受けるぞ、ロイド!」
小さな舌打ちを漏らし、ロイドは身構えた。剣を抜くには結界の中は狭い。何故かは分からないが、この男の狙いは神子たるコレットではなくロイドなのだ。
ユアンの手にマナが収束し、目に見える光を放ち始めた。そして今にも、その手から解き放たれようと―――――
「おや、ユアン様ではありませぬか。何故このようなところに?」
瞬間ユアンはマナを散じ、ロイド達はそれぞれに力を込めた。
現れたのは、女だった。緑色の髪、露出の多い格好。マントのように広がった、幾つもの黄金色の細長い盾。その女は、宙に浮いている。
マルタは首を傾げた。こんなひと、見たことはない。でも―――この声、何処かで。
「それはこちらの台詞だ、プロネーマ! 貴様らディザイアンは、衰退世界を荒らすのが役目だろう!」
女に向けて、ユアンが怒鳴る。女はおお、とわざとらしく肩を竦めて、微笑する。
「私はユグドラシル様の勅命にて、コレットと………“塔”でユグドラシル様に斬りかかった少年を追っておりました。さ、ユアン様、コレットをこちらへ」
エミル。それは、エミルの事だ。マルタは不安で堪らなくなる。エミルが、クルシスに狙われている?
しかしユアンはエミルを知らないのか、眉根をよせた。
「少年だと………? いや、わかった。よかろう。だが神子を渡す代わりにロイドはこちらで預かる。それでよいな?」
「そやつに関しての命令は受けておりませぬ故、ユアン様のお好きになされませ」
コレットとプロネーマの丁度間に立っていたユアンが身を引けば、プロネーマは浮いたまま、コレットの下に近付いた。
プロネーマが近付いても、コレットは身動ぎもしない。
「コレット、行くな!」
叫んだロイドの声にも、やはりコレットは動かない。………当然だ、今のコレットには、心と言うものがないのだから。
「ほほほ、無駄なことよの。心を失った神子に、お主らの言葉など届かぬぞえ」
プロネーマはロイドを嘲笑い、コレットに手を伸ばして、ふと顔をしかめた。
「なんと。クルシスの輝石にかような粗雑な要の紋とは?」
粗雑な、と言われてロイドが思わず手に力を込めたのが、視界の端に見えた。あれは、ロイドがコレットのために、何とかして作り上げたものだから。
「愚かじゃのう。このような醜きもの、取り除いてくれようほどに」
コレットが纏う神子の衣装。その開いた胸元にはクルシスの輝石、すなわちエクスフィア。首に下げたペンダントの台が、ロイドが作った要の紋。
プロネーマがつと、コレットの胸元に指を伸ばす―――
「………て」
「なに?」
人形のように無表情だったコレットの、口が動く。そのまま、コレットの全身に血が通う。
紅から青に。硝子の瞳に光が戻る。
「―――………めて、やめてっ! これはロイドが―――ロイドが私にくれた、誕生日のプレゼントなんだからっ!」
「コレット……声が!」
叫ぶと同時、コレットは腕を振り払った。
今のコレットは天使―――即ち、ヒトにあるまじき身体能力を持つ、戦闘種族。無意識のうちに振るった腕は、並の人間を遥かに越える怪力を誇る。
「きゃっ!」
結果、プロネーマは振り払われて吹き飛び、しかし空中で受け身をとって着地する。
コレットはといえば体勢を崩して尻餅をつき、丁度そこにあった結界の制御装置を破壊。
「あ、あああ! またやっちゃった~!」
どうしよう、直るかな? 壊しちゃってごめんなさい、と狼狽えるコレットを見て、ジーニアスとロイドとゼロスが思わず吹き出した。
「っ、ぷぷ、あっははは! やるじゃねえの、コレットちゃん。俺様惚れちゃいそ~」
「あはははは! それでこそコレットだよね!」
「相変わらずねぇ」
「え、ええ? 神子様!? 大丈夫なの?!」
「悪夢が甦るよ……」
十人十色の反応を返す一行の顔に、もはや先程までの切迫感は無い。
しかしユアンとプロネーマは驚きを顕にする。
「バカな、あんな子供騙しの要の紋で、クルシスの輝石を抑え込める訳が……!」
「―――しかし所詮は粗悪品。長くは持つまい。さあ、来やれ!」
プロネーマがコレットの腕を掴もうとする寸前、ロイドが間に割り込んだ。
「そうは行くかよ! コレットは連れていかせないぜ!」
「おのれ、邪魔立てするか! 小癪な………! 覚悟をし! 妾を愚弄せし罪、購って貰おうぞ!」
互いに武器を構える。プロネーマは杖を、ロイドは双剣を抜き、コレットがチャクラムを両手に掴んだ。マルタがスピナーの刃を出して、その横でしいなが符を手に身構える。戦えないリフィルとジーニアス、そして参加するつもりのないらしいユアンが少し離れる。相変わらず、ゼロスだけがなにもしようとしない。
両者の闘気が膨れ上がり、互いに機会を窺いながら、少しずつ、少しずつ近づいて。
「そこまでだ」
反応が一番早いのは、ロイド。その次にユアンとプロネーマが同時に気付き、追ってコレット達も気付く。
そこにいたのは、騎士だった。
見たことのない制服に身を包みながらも、腰に下げる剣は見慣れた実用剣。鋭い目も、低い声も、何一つ変わらないのに、彼らの関係は変わらずにはいられないのだ。
その男、クラトスは、ロイド達にとっては裏切り者。
「クラトス……!? 貴様、何をしに来た!」
「退け、ユアン。プロネーマ、お前もだ」
「しかしクラトス様、私はユグドラシル様の勅命にて、神子を追っております。いくらクラトス様の命といえど……」
「そのユグドラシル様が、お前たちを呼んでいる。神子は一時捨て置けとのこと。―――例の疾患だ。今のままでは使い物にならんのだ………三度は言わん。退け」
プロネーマは無表情の葛藤の後、静かに頭を垂れた。
「…………御意」
「ユアン、貴様も良いな」
「仕方あるまい。ロイド! 勝負は一時預けたぞ!」
言うなり、ユアンとクラトスは羽を広げた。レミエルのような鳥のそれではなく、コレットのような光の羽。
「あ、くそっ、待て!」
反射的に追いかけようとしたロイドの前をクラトスが遮った。
「お前は、何をしている。何のためにわざわざテセアラまで来たのだ」
鋭い目で見据えられ、ロイドはたじろぐ。この目が、ロイドは何故か苦手だ。
「それは、コレットを助けるために」
「神子を助けて、どうなる。結局二つの世界の有り様に変わりはない。マナの流れが逆転したとしても、神子の儀式は終わっていない。あれを見ろ」
クラトスが目を向けた先、暗い闇の向こう。黒の空にあって、唯一ぼんやりと光るもの。
天を突くほど高くそびえる、天への階。
「あれは………救いの、塔?」
「テセアラの塔だ。あれが存在する限り、テセアラは繁栄を続ける。神子がマーテルの器となったとき、ようやくテセアラから塔は消え、シルヴァラントが繁栄を迎える」
繁栄するのは塔が存在する片方のみ。マナが流れ込む世界は繁栄し、流れ出す方は衰退する。砂時計のような世界の姿。
マルタは目の前が暗くなった。からだの奥底から、なにか熱いものが込み上げてくる。ああ、感情が抑えられない。
そんなの、そんなのって。
まるで。
「そんな………じゃあどちらの世界も助かる方法なんか、無いってことじゃない! こんな世界、歪んでる……!」
あんなにしいなが苦しんでいたのは、神子様が辛い目にあっていたのは、テセアラとシルヴァラントの両方を救いたいからだった。
それが、決して叶うことのない願いだったと言うならば。それが、世界の理ならば。
誰かや何かを犠牲にして永らえる世界など、歪んでいると言わずに何と言う!
クラトスの顔が、少し暗くなった気がした。
「ユグドラシル様にとっては歪んでなどいない。そうしなければ、世界はとうの昔に滅んでいる」
「? それは一体どういうこと?」
リフィルの問いに答えず、クラトスはロイド達に背を向けた。
「ふ………せいぜい頭を使うことだ。もう間違えないと言うならばな」
今度こそクラトスは羽を広げ、飛び立った。プロネーマもロイドを睨み付けるとクラトスの後を追ってか転移して姿を消す。
ロイドが剣を納めると同時、ジーニアスがコレットに駆け寄った。
「コレット! 良かった、元に戻ったんだね! ………あ、声以外は? ちゃんと感覚ある?」
「うん、だいじょぶ。ジーニアスの手があったかいのも、ちゃんと分かるよ。凄く久し振りに、お腹も空いてきた気がするし、……羽は、まだ出るみたいだけど―――みんな、ありがと。心配かけてごめんね」
微笑むコレットを見て―――誰かと重なる―――思わずマルタは声を荒げる。
「神子様が謝ることじゃありません! 誰だって、その………心配します。神子様が神子様じゃなくっても。だって、ええと―――」
だって、なんだろう。知り合いとか友達と言うのは失礼な気がするし、仲間、と言うにはマルタは半ば成り行きで一行に加わった。
言葉が続かず唸っていると、コレットが笑顔でマルタの手を取った。
「……ねぇマルタ、一つお願いしてもいいかな?」
「は、はい」
「良ければ、コレットって呼んでほしいな」
ぽかん。
今のマルタを一言で表すならそれがふさわしい。
だって相手は神子様だ。世界の――シルヴァラントの運命を背負う神子様だ。自分には手が届かないような別世界に生きる神子様だ。天使となる敬うべき人と教わった神子様だ。
その、神子様を。
「え? え、ええ?! で、でもその、神子様は神子様ですし、友達ならともかく、神子様に対してそんな」
「あ、そっか。えへへ、忘れてた」
コレットはマルタの手を離し、ぺこりと一礼した。
「始めまして、コレット・ブルーネルです」
「ま、マルタ・ルアルディです」
つられてマルタも頭を下げる。良く良く思い返せば、ちゃんと挨拶していなかったのだ。出会ったときはエミルのことで頭が一杯だったし、その後は誘拐されたり総督が大怪我したり、落ち着けたと思ったらコレットは声が出なかった。
今更ながらその事に思い当たってかあっと顔が赤くなる。体は起こしたものの、恥ずかしさで真っ直ぐ前が見られない。
すると。
「ふふ。じゃあ、これでお友達だね。――お友達だから、名前で呼んでくれると嬉しいな」
にっこりと、それはそれは良い笑みを浮かべるコレット。
それを見ていたジーニアスとロイドが思いっきり吹き出した。
「ぷ、ふふふ、あはは! 諦めなよマルタ。こうなったらコレットは聞かないよ」
「そうそう。あ、ついでにこっちの神子にも敬語はいらないからね。勿体無い」
「おいおいしいな、勿体無いとは何だ。けどま、そうだな。堅苦しいのはナシにしようぜ。今は一緒に旅してるんだしさ」
マルタは半分くらい話を聞いていなかった。
―――友達など、初めてだったから。
幼い頃は両親に(特に父に)守られ愛され過保護に育った。少し成長すると、何故か人と話をするのが苦手になった。それから少しして、マルタは総督府で働くようになったから、友達など、まして同年代の友達は、初めてだ。
良いなぁと、思ったこともある。自分が働いている間、外で遊び回る子供たちを見て、羨ましくなったこともある。
けれどそれ以上に、何かしなければならないと言う気持ちばかり募って、それどころではなくて。まして大人に混じって子供が働くには、遊ぶ暇などとてもなくて。
でも、今なら。
お友達なら、敬語を使うのは、ヘンだよね。
「おとも、だち。………はい、じゃない。うん、わかったよ、コレット。―――おかえり!」
「………うん! ただいま!」
その時のコレットの笑みは、とてもとても嬉しそうな、見ているこちらまで嬉しくなるような、そんな笑みだった。
何故だか、胸の奥がちくりと痛んだ。