エンジェルス計画。
それはロイドの母アンナが関わっていた計画であり、プレセアもまた、その計画の被害者だった。
本来数日で終わるエクスフィアの寄生を特殊な要の紋で数年単位に引き伸ばすことで、クルシスの輝石を人工的に作り出す。しかしその代償として寄生された方は感情というものが極端に薄くなり、天使化したコレットとほとんど同じ状態になるらしいのだ。
そしてそれを治すには、プレセアの要の紋をテセアラにいるドワーフ、アルテスタに直してもらうより他になく。
「ここが、魔の森ガオラキア……?」
植物が生い茂る深い深い森入り口に、ロイド達は立っていた。
「ああ、別名迷いの森だ」
ロイドとジーニアスの肩に手を置いて、ゼロスが自棄に真面目な顔をした。
「………昔はな、このガオラキアの森も普通の森だったんだ。だがな、ある日盗賊が、盗んだ財宝を森の奥に隠したんだ」
「へぇ、どんな財宝なの?」
マルタはどこか楽しそうだ。
「時価数十億ガルドって宝石だよ。で、盗賊はそれを狙う連中を、片っ端から殺していったんだ。いつしか森は地で汚れ、殺された人々の怨念が巣くう呪われた森になった」
「そ、それで迷いの森………!」
及び腰になるロイドの後ろで、しいなが頭を抑えてため息をついた。ゼロスはとってもノリノリである。
「今じゃ森に入ると盗賊の霊が旅人を殺そうとするんだ。怨念のせいか、一度迷えば二度と外には出られない。森をさ迷い続けた旅人は知らない間に怨霊と化し、新たな旅人を森に引きずり込むという………!」
『ひいぃぃっ!』
「きゃーっ、エミル、怖ーい!」
ロイドとジーニアスは揃って悲鳴をあげ、マルタはあまり怖がっているようには見えない態度でエミルの腕に抱き付いた。
アステルとリヒター、しいなの冷たい視線がゼロスに向けられる。
「―――神子様?」
「いやだって、今どき三歳児でも信じねぇぞこんな話」
因みに今の話は完全なる大人の作り話だ。アルタミラ大陸の三分の一を被うガオラキアの森は、成長した木々に光が遮られ昼でも薄暗く、同じような道が多いために距離感や方向感覚が狂うのだ。間違って子供たちが迷い込まないようにとの戒めとして作られたのがこの話である。
ある意味純粋なロイドとジーニアスとは違って、昔から幽霊系の怪談に強いのはコレットである。
「アルテスタさんは、この先に住んでいるんですか?」
「ああ。それからプレセアが住んでいるオゼットも、ガオラキアを抜けた先にある」
さあっと青ざめた二人を見て、しいなやゼロスは思わず吹き出した。
「大丈夫大丈夫、あたしは小さい頃からこの森を何度も通ってるけど、死んだやつが化けて出たことなんてないよ」
「そだよ、ロイド。もしも幽霊さんが出てきても、ちゃんと話せば分かってくれるよ!」
「……そういうことじゃないんだけどさ。ま、確かに少し暗くて広くて木ばっかで迷いやすいけど、道順さえ間違わなければちゃーんと抜けられるから」
「よしじゃしいな、案内任せた!」
力強くしいなの背を叩いたゼロスに、「しいなに何するの!」と現れたコリンがしがみついた。髪に毛が絡まったのか、コリンが動く度にゼロスが悲鳴を上げる。
「あいてっ! そこ引っ張るな……いでで!」
「わわ、えーと、あ、あれ? あれれ?」
「コリン、動かないで!」
「ししいなー!」
ゼロスの髪は長い上に癖っ毛だから、あっという間にコリンの体は赤い毛まみれになる。
結局エミルとロイドの手でコリンは救出され、ゼロスの髪も元に戻ったものの、出発の時間は大きく遅れることとなった。
しいなを先頭にして森を歩き続けて、暫くたった頃。
「なぁしいな、一体いつまで歩けばいいんだ? 俺様棒が足になっちまったぜ」
「それを言うなら足が棒に、でしょ。……ねぇ、ここさっきも来なかった?」
「そかな……しいな、あとどれくらい?」
「こんな道あったっけ―――あんな木見たことないし……」
「しいな? おーいしいな、し、い、なー!」
ぶつぶつ口のなかで何事か呟いているしいなは、ロイドに耳元で呼ばれて漸く我に帰った。
「へ?! あ、ああ! えーと、大丈夫! もうすぐだから! あと少し―――……の筈」
「もしかしてしいな、……迷った?」
う、と言葉につまり固まる。図星らしい。
「えーっとあーっと、あ、こういう時は『右手法』だよ!」
「なんだそれは」
なんとか言葉を捻り出したマルタは顔を輝かせるが、リヒターはばっさり切り捨てた。
「おやおや知らないのかね? 深い迷宮に挑む時の基本であり、伝統のある方法! それが『右手法』だよリヒターくん!」
「こうやって右手を壁に伝えて歩いていけば、必ず攻略出来るようになっているんだよリヒター!」
「でもマルタ、それは入ったときからずっとやってないと意味がないんじゃない?」
「それにここは森だ。それは壁がある迷路でなければ使えないんじゃないのか?」
「それに気付くとはやるな! ジーニアスくん、リヒターくん!」
一同はため息を堪えたが、一気に気が抜けた。いつのまにか一行の足は止まっている。
太陽や枝で方角が分からないかと試してはみたが、森が深く光がまともに届かないためかムダだった。ノイシュの動物的カンに頼ろうにも、長くウィングバックの中にいたせいで感覚が狂ってしまったらしい。ノイシュにはマルタが治癒術をかけ、またパックの中で静養させる事にした。
八方塞がり、である。
「あー、こうなったら適当に枝が倒れた方向にでも真っ直ぐ……エミル?」
エミルが突然顔をあげ、辺りを見回したかと思うと、ある一方向に向け、黙って歩き出した。
「エミル、一人で先に行ったら……! コレット?」
「だいじょぶだよ。いこ?」
呼び止めようとしたのもコレットに止められ、更に大丈夫と断言される。コレットまでエミルについていってしまえば、他の一行は顔を見合わせながらもエミルについていくしかなかった。
エミルが選ぶ道は細かったり足場が悪かったりしたところはあったものの、迷いはなかった。そうしているうちに見たことのない道の中央が少し広がった場所に出たのである。
そしてそこに出たとたん、エミルは足を止めた。そればかりか剣を抜けるように構えたのだ。
「出て来て。来ないならこっちから行く」
「……分かった」
木の影から現れたのは囚人らしき、青い髪の男だった。手には丈夫な手枷。足にレガース。逞しい体躯ながら、どこか気品を感じるような男である。
「貴方、途中からずっと僕たちを見てましたよね」
「気付かれていたか……」
ロイドは目を剥いてエミルと男を見た。ロイドはまるで気が付かなかったからである。しかしコレットは対して驚いていないようなので、どうやら気がついていたらしい。
「襲うなら何時でも出来た。そうしなかったのは何故ですか」
「私はお前たちの命など狙っていない。私が教皇に命じられたのは、コレットという娘の回収だ」
「私?」
「また教皇かよ……」
ゼロスが小声でそう言ったのは、メルトキオ下水道で襲ってきた囚人たちが教皇の差し金だったからだ。コレットを拐いゼロスたちを倒す代わりに、刑期短縮を持ちかけたらしい。……どこまでも汚い、というのはリヒターの言である。
「だが今の私にお前たちと戦う意思はない。その少女と話をさせて欲しい」
その少女、と目をやったのはプレセア。すると驚きで固まっていたジーニアスが再起動した。プレセアと男の間に滑り込み男の前に立ちはだかったのだ。
「プレセアに何の用だ!」
「何もしない。本当にただ、話をさせて欲しいだけなのだ」
一歩、その男はプレセアに近付く。プレセアが反応してオノを構え―――胸元が、プレセアのエクスフィアがあらわになる。
「エクスフィア?! お前も被害者なのか!?」
「近付かないで下さい」
尚も近付いた男をプレセアが掴んで投げ飛ばした。男は空中で受け身をとって着地する。
「待て! そのエクスフィアは一体誰に……!」
「静かに!」
突然、エミルが叫んだ。あまりの深刻さに全員……その男すらも口をつぐむ。
森の奥をじっと睨むエミルの頬を、汗が伝った。
「え、エミル?」
「……逃げて」
「え?」
顔を覗き込んだマルタの肩を掴み、エミルは叫ぶ。
「逃げて! 早く。早く! 走って戻るんだ!」
「どうしたのさエミル。何かあったの?」
「いいから早くっ! じゃないと――」
「もうダメだよ! 見つかっちゃった!」
コレットが顔を歪めながら羽を出し、チャクラムを構えた。エミルはマルタを背後に庇い、既に剣を抜いている。
「先生とジーニアスは下がっててください! アステルさんも、早く!」
「―――来るよ!」
エミルの声に、彼等がエミルの見ていた方向を向いた、その瞬間。
木々の間から、黒い大きな骨が飛び出して来たのだ。
※追記
設定の違い
・アステルがサイバックに来た時期が違う。原作だと九歳でスカウトされているが、拙作では七歳の時。また、アステルは数々の功績を残しており、テセアラの技術は原作時のそれよりも少し高い。
・精石の加工方法が古代大戦時に失われた云々は捏造。ちなみにドワーフの秘伝云々も完全な捏造。詳しくは10-1の後書きをご覧ください。