例によって二つに分けました。
森の奥から、大きな骨が飛び出して来た。
「避けて!」
ロイド達は後ろに飛んだ。エミルはマルタを、リフィルはジーニアスを、そしてリヒターがアステルを抱えて、全力でその場から退避する。直後、彼等がいた場所が陥没する。
プレセアと襲撃してきた男は反応が遅れ、攻撃の余波をくらって大きく吹き飛ぶ。咄嗟に男がプレセアを庇ったが、落下したときの辺りどころが悪かったのか、気を失って倒れてしまった。
エミルの声に反応できたのは、単にこれまでの戦いでエミルとコレットには敵の察知において全幅の信頼があったからである。
飛び退いて、構え直し、改めてそれをみれば、それは人の骨とは思えない姿をしていた。
骨の色は白ではなく黒。その大きさは常人の倍はあるだろうか。腰骨の辺りから細い尾が生え、耳の辺りには黄色の角。そして何よりも目を引くのが、その四本の腕。それぞれの手に形状の異なる剣や刀を持っており、四本が別々に動く。
符を構え、ぎっとそれを睨み付けながら、しいなが呻くように言った。
「くそ……なんでこいつがここに……っ!」
「なんだよ、しいなの知り合いかぁ?」
「ああ、シルヴァラントでね。その時はおじいちゃんの《符》で――」
「よけてしいな!」
ジーニアスの悲鳴に応える余裕など、しいなにはない。四本のうち右二本の剣が、しいなに向けて振り上げられていた。しいなが出来たのは咄嗟に防御姿勢をとることだけ。
寸前でロイドがしいなとの間に滑り込み剣を受けるが―――二人まとめて吹っ飛ばされ、地面を転がった。
「っ、穿孔破! 砕覇、双撃衝!」
尚も追撃しようとするそれの左側の剣を、エミルが斬り払い、突き上げ、衝撃波をぶつけて押し戻す。
「マルタ! 二人の手当てを!」
「わ、分かった!」
マルタが木を背にしてぐったりしている二人に駆け寄る間、エミルは迷わず“それ”に向かって突進した。
四本の剣を弾き、大振りの攻撃を木々を利用して立ち回りながら避け、死角から――骨に視界があるのかどうかは別として――関節などを狙って攻撃を仕掛けながら、巧みにロイド達から注意を逸らす。
「お前の相手はこっちだ!」
ちょこまかと動き回るエミルが鬱陶しくなったのか、骨はエミルにばかり攻撃し始めた。とエミルは回避に徹する。攻撃を一度も喰らっていないのは、流石と言うべきか。
が、しかし。
「ダメだ、あれじゃ効いてない……!」
後方から見ているアステルは歯噛みする。
エミルの攻撃が牽制程度なのを抜きにしても、相手の剣と身、もとい、骨が硬すぎるのだ。斬り裂ける肉もなく、ただただ硬い骨だけのそれには、痛覚などまるでないようにも見える。
「空牙衝!」
大きく飛び上がり、下方に向けて放った衝撃波の雨にも堪えた様子はなく。空中で身動きが取れないエミルの体に、剣が叩き付けられる―――
「今だコレット!」
エミルがひたすら時間稼ぎに徹した後ろで、ずっと術を練っていたコレットは。
エミルが叫んだその瞬間、ひときわ羽を輝かせて、高らかに天を示す。
「……聖なる祈り、永久に紡がれん、光あれ!」
にわかにそれの足下が光りだす。凄まじい速度で広がった光は、一つ一つがマナでもって紡がれた高度な術式。それが幾つも交わり重なり、一つの強大な術となる。
「グランドクロスッ!」
浮かび上がるのは、十字。あまりの眩しさに誰もが目を眇めた。
天使術、グランドクロス。並みの相手ならばあの光だけで消し飛んでしまうほどの、天使術の中で最も威力が高い術である。それだけにコレットはあまり使おうとしなかった術、なのだが。
その術をもってしても、尚。
光の中から現れたその骨には、傷一つ、ついていなかった。
「嘘っ!?」
「そんなのあり?!」
今度はコレットに向けて、それが動き出す。
エミルは体勢が悪く直ぐに動けない。マルタはロイドとしいなの治療がまだ終わらない。当のコレットは、強大な術を放ったあとの後遺症でまだ身動きが取れない。
故に、動いたのはロイド達ではなく。
「―――ロックブレイク!」
地面が突然隆起し、『それ』の剣を跳ね上げた。反動で『それ』は大きく仰け反り、一瞬遅れたエミルの追撃で背中から地面に衝突する。
なんてことのない中級魔術。かつてシルヴァラントのアスカードでアリスが偽シルフに向けて使ったこともある―――そう、魔術だ。マナを紡いで放たれる、エルフの血族にしか使えぬ筈の。
けれど、それを放ったのはハーフエルフたるジーニアスとリフィルではなく、アステルを守るリヒターでもなく。
「神子……?!」
紅の髪をマナの風に揺らしながら、抜くことのなかった剣を片手で弄び、驚くリフィルとジーニアスの横から進み出たのは―――紛れもなくテセアラの神子ゼロスその人で。
「なっ、なん、え、だって、……ええ?!」
「うるせーぞ、がきんちょ。コレットちゃーん。大丈夫ー?」
「あ、うん、だいじょぶだよ」
ジーニアスには辛辣に。コレットには満面の笑みで。
この瞬間、本当にこの人は神子ゼロスなのだろうかと疑いかけていたアステルはおもいっきり納得した。この方は何時でも何処でも通常運転だ。
「神子様」
リヒターの背から身を乗り出して、アステルは問う。
「戦力に数えて、良いんですね?」
返事はないり代わりに剣を握り直して一歩踏み出したのが見えた。
『それ』はまだ地面に倒れて動かない。治癒が終わったのか立ち上がるロイドとしいなの横に、エミルとコレットが、マルタを守るように武器を構える。
ならば。
「リヒター、リヒターも行って。あいつをなんとかしないと」
その為には、きっと彼らだけでは足りない。それが分かっているから、リヒターは断らない。けれど納得はしていないから、答えない。
「僕なら大丈夫。逃げ回るくらいなら出来るよ。僕の逃げ足の速さは良く知ってるでしょう?」
「………………、お前は、言い出すと聞かないからな」
長い長い葛藤の末に、リヒターが折れた。
「で、勝算はあるんだろうな? シルヴァラントの神子の術でも無傷となると、こちらの攻撃は殆ど通らないと見て間違いないぞ」
「うん、それなんだけどね―――」
ロイドとエミルの剣は通らず、しいなの符も効果が薄い。コレットの天使術でも無傷。傷付く彼らにマルタとゼロスが治癒術をかけるが、新たな傷が多すぎて回復が追い付いていない。
そんな状態でも―――活路はある。
アステルが考えを述べると、リヒターは目を見開き、しばらく考え込んだ後、口を開いた。
「……わかった、それでいこう。だがお前は絶対に前に出てくるなよ、アイテムを投げるのも禁止だ、いいな!」
何度も何度もそう念を押して、リヒターは戦場に向かっていった。
さて、そうなれば戦えず参加を禁止されたアステルに出来ることはもうない。エミル達の戦いを見守るくらいだ。だから、アステルの思考は段々と違う方向へ変わっていく。
(魔の森ガオラキア。世界の異変。エミルに、コレットさん。『あいつ』もそうだけど………さっき現れた襲撃者の人と、その人が気にしてるプレセアさん)
「なかなか、面倒なことになりそうだなぁ」
僅かに口元を緩ませて、戦うエミル達を見つめながら。アステルは一人、そう呟いた。
あぁ、面倒くさい。
エミルは心の中でぼやいた。本当に、面倒なことこの上ない。
なぜこんなところに『これ』がいるのか。それは一旦置いておくとして、倒すだけならエミル一人で十分だ。ものの数分で片が付く―――本来の姿で全力を出せば、の話だが。
それが出来ない以上、“真っ当な方法で”『これ』を倒す他ないのだが………ないのだが。
「散力符、幽幻翔―――っ!」
「虎牙破斬!」
近付きすぎたしいなに向けられた『それ』の剣を、しいなもろとも大きく吹き飛ばされながらもロイドが二段切りで払いのけた。しかし完全にいなすことは出来ず右腕に傷を負い、直ぐ様ゼロスと駆け寄ったマルタの治癒術が二人の傷を癒した。
いくら治癒術が怪我を直し体を癒すものであっても、急激な治療はやはり体に負担を強いている。しいなも今しがた治療を受けたロイドも完全には怪我が治っていない。数秒間、動きが止まる。
その間『それ』の相手をするのは前衛で唯一残ったエミルである。が。
「鳳翼旋! 天衝、裂空撃!」
真っ当な方法では傷一つ付けられないとなれば、面倒以外の何物でもない。
方法はある。エミルでもロイドでも使えて、かつ『それ』に有効な手段があるが―――それに必要なものが、ここにはない。
「牙連轟天襲ッ!」
怒りを露にする訳にもいかず、苛立ちを『それ』にぶつける。
空中に飛び上がりながら連撃を浴びせ、『それ』の振るう剣を防ぐ反動で近くの木に着地。そこから木々を飛び移って後ろに回り込むと、首の後ろを全力で蹴る。
その程度で『それ』が堪える筈もない。体勢を崩したが、上半身を回転させて―――骨だからか人体ではあり得ない動きをする―――四本の剣を振り回す。
初見なら見切れないだろうが、もうすでに何度か見た動きだ。エミルは冷静に剣の軌道を把握し、最小限の動きで安全地帯である足の下に潜り込み。
「秋沙雨―――閃光墜刃牙!」
「エンジェルフェザー!」
両足の膝裏目掛けて剣を突き上げる。同時にコレットの術が命中し、『それ』は膝を折り仰向けで倒れ込んだ。
そこでようやく、一息付く。
エミルでも、全ての感覚を研ぎ澄ませ目の前の『それ』に集中してなんとか、ここまでやりあえる。
ロイドやしいな達ではまだ無理だ。コレットも動きの止まった時に援護してはくれるが、肝心の術が効かない。マルタは『それ』の一撃を受けることも避けることも出来ない。
悪戯に長引いて先にこちらの体力が尽きれば、結果は火を見るよりも明らかだろう。かといって『それ』を放置することは、本来の役目を考えれば有り得ない。
もういっそこのまま見なかったことにしてしまおうか。
だんだん考えるのも面倒になってきた。というか他の連中はどうなっているんだ、と後ろに目を向けると。
何故か、森にセイジ姉弟と隠れているはずのアステルと、目があった。
そして、笑顔で手を振られた。
何も言わず何も返さず、そのまま少し横に目を滑らせる。同じものを見たらしいリヒターは、アステルの側ではなくロイドの側に居た。リヒターは何もなかったかのようにロイドに何かを持たせて此方に送り出す。マルタとしいなは向こうに残り、ロイドが戻る途中話しかけられたコレットもリヒター達の元へ向かって行く。
『それ』がまだ動かないことを確かめてから、エミルはロイドに近寄った。
「ロイド、大丈夫? 怪我は」
「リヒターが治してくれたから大丈夫だ。………エミルこそ大丈夫か? ほとんど一人で支えてくれてるだろう」
「うん、大丈夫」
正直なところ味方のフォローを考えず敵に集中できる分、一人の方がかなり戦いやすかったから。なんてことは、心の中だけに留めておくが。
「ただこのままだとこっちが負ける。攻撃が効かないんじゃどうしようもないよ」
「それなんだけどな。エミル、これ、何か分かるか?」
ロイドがそう言いながら開いた手の中には―――幾つかの、白い石があった。
「どこで、それを?」
「リヒターが、エミルなら使い方を知っているから持っていけって。アステルが見せればわかると言っていた、って言われたんだけど」
ああ、分かるとも。むしろそれがあればと考えていたのだ。なるほど、アステルならば持っていても不思議はない。これで攻撃は通る。
が、そこまでだ。これだけでは決定打にならない。
「ほかに、リヒターさんは何か言ってた?」
「アステルが活路を見つけたって。俺とエミルで時間を稼げば、あとは何とかする、って………あ、あと治癒術かける余裕は多分無いから期待するなとか、そんなことも言ってたような」
エミルは僅かに“目”を開く。乱れたマナと、その隙間を縫うように広げられたマナの―――そこで耐えきれず、“目”を閉じる。
やはり短時間でもこの中で“目”を使うのは無理があった。気持ち悪い。だが、エミルはアステルの考えを理解した。
「………そういうこと」
「え、エミル今ので分かったのか!?」
「うん。ロイド、それ一つ頂戴」
言われるままにロイドが差し出した白い石。手の中でくるくる回る。“目”を使わずとも分かる、感じ馴れた力。同時にひどく懐かしいものでもあった。
一度握り締めて―――それを、地面に落とす。
「ロイド、これはね、特殊な魔物の体内で精製されるんだ」
剣先をその石に向け、構える。
「周囲のマナを取り込んで、体内で圧縮して、そうして出来るのがこれだ。結晶は自然に出来るけど、これはわざわざマナを圧縮するから、少し変わった性質があってね。こうして何かにぶつかると―――」
剣を、石に突き刺す。
石は一撃で細かな破片に砕け散り、………次の瞬間白い光に変わって、エミルの持つ剣に吸い込まれた。
「こうして、ぶつかったものに吸収される。元々がマナの塊だから、より安定した物質と結合しようとするんだ。マナを留めておく加工がされていないから徐々にマナは抜けていくけど、この石を形作っていたマナが尽きるまで、この剣はマナの加護を受けたことになる。時間稼ぎなら、これで十分だ」
マナの加護を受けた剣を一振りすれば、その軌道をなぞるように光の帯が宙を走る。僅かずつ漏れ出るマナが、薄暗いガオラキアの森ではよく見えるのだ。
これならば問題ない。残念なことに―――残念な? ―――エミルでも対処可能だ。
「よし、じゃあ注意を引き付けつつ時間稼ぎしようか。ロイドは攻撃というよりもあいつから離れすぎずに回避優先で。あ、あとグミも渡しておくね。ロイドの方が必要でしょう?」
「ああ、助かる………じゃなくて!」
グミの入った袋を受け取ったその姿勢のまま、ロイドが可笑しな顔でこちらを見つめる。
「なんで、そんなこと知ってるんだ?」
何故。何故、か。エミルは言葉に詰まった。
昔はそう珍しいものでもなかった。少し旅慣れた者ならば知っていて当然の知識。それにアステル達も知っていたから、てっきりロイド達も知っているものだと思っていたが………はて。
どう説明したものか。知らなければ“仕事”のしようがないから、などとは言えないし。というかそれをロイドに話して良いものか。
つらつら考えていると、後ろで『それ』が立ち上がる気配がした。
ああ、もう。
何から何まで腹が立つ。まどろっこしい手段しか取れないこの状況も、ここで好き勝手している『それ』にも、―――戦いの途中でここまで意識をそらすような、大馬鹿者のロイドにも。
「………」
獣招来、と。
声は出さず、瞬時に辺りの地のマナを取り込み再構築。地面から突き出すように具現した岩石が『それ』の剣を阻む。
「ロイド、」
名を呼べば、固まっていた顔にはっと表情が戻る。停止していた思考が動き出す音まで聞こえてきそうな、そんな顔で。
「話は後だ。今は」
「あいつを何とかする、だよな」
エミルの真似をし小石を両の剣で砕いて、ロイドはエミルと並び立つ。
「………後で、ちゃんと聞かせてもらうからな」
小声で付け足された言葉には、聞かなかったふりをして。
岩石がマナに溶ける。視界が開けて、止めていた『それ』の剣が降ってくる―――
「行くよ」
おう、とロイドの声が聞こえた瞬間、それぞれがその場から飛び出し『それ』を迎え撃った。
※誤字修正