エミルが『それ』の正面でひたすら剣を捌き続ける。避けるというよりは受け流す。体勢が崩れたところを見計らってロイドが横や背後から攻撃を仕掛け、『それ』が苛立ち剣を振り回せば直ぐ様飛び退く。
その光景を、マルタはずっと見ていた。
「………」
後ろではしいなと、リヒターとゼロスが目を閉じひたすらに“なにか”を“操って”いる。
それがなにか分からないのに、知っているような気がして。見ていることしか出来ないのに、ふと何かをしようと勝手に体が動いていて。
―――足りない、と。
何が、どれだけ足りないのかは別にして、ただ足りないことだけははっきりしている。それは見つけ出して手に入れるようなものではなく、自分の力ではどうしようもないことも。
隣で佇むコレットも、ちらと見えたジーニアスとリフィルも、マルタと同じような顔をしていた。
自分の持っているものでは、“足りない”。
自分の無力さを痛感する。一緒にいても何も出来ないなら、ついてきた意味がない。例え他の誰が許してくれたとしても、いくら気にするなと言葉を重ねてくれたとしても、それだけなのは、嫌なのだ。
―――アステルの作戦は単純だった。
『しいなの符術と、リヒターの術を“重ね”ます』
コレットの術は効かなかった。並みの術の威力を遥かに凌駕する、古代の天使術。一方でゼロスの術としいなの符術は効いた。
違いは一つ。
それこそがリヒターとゼロスがテセアラで魔術を使えて、ジーニアスとリフィルが使えない理由だとリヒターは言った。
『恐らくシルヴァラントの神子も理屈がわかれば使える筈で、そうすれば術もあれに効く筈だ。だがそれをここで解説してやる時間はない』
だから。
コレットとマルタは静かに周囲に気を配る。「集中する間は術を使わないでくれ」と言われたから。術を使わなければコレットもマルタも『あれ』を相手に出来ない。近づいてくる魔物がいないか警戒するくらいしか出来ない。………何故か、魔物の影も形も無いけれど。
―――と、その瞬間。
「!?!」
マルタは全身がぶわ、と震えるのを感じた。
感じたままに振り返れば、ゼロスとリヒター、しいなを包む“なにか”が見えた。目に見えるほど集まったマナ。
「出でよ、敵を蹴散らす激しき水塊」
マナがうねる。『それ』が気がついたように身動ぎした。エミルとロイドを無茶苦茶な動きで振り払い、リヒターに向かって剣をのばす。二人は受け身を取って再度突っ込もうとした。
が、二人の動きが、止まる。
「エミル、ロイド。ありがとね。………十分だ!」
しいなの符が、既に『それ』を囲んでいた。時を同じくしてリヒターの術が完成し、ゼロスが走る。
「散力淒符!」
「セイントバブル」
「雷神剣!」
『それ』の頭上で、水が弾ける。衝撃を伴い破裂する水泡が『それ』の全身に絡み付き動きを封じ、直後ゼロスの剣と雷がそれを貫く。
「――――――!!」
『それ』の叫ぶ音が森に響き渡る。絡み付く水を伝って、雷は『それ』を捕らえて放さない。身を捩れば捩るほどに水はさらに強く『それ』を締め上げ、雷はバチバチと火花を散らす。
けれど、倒せない。倒すにはまだ足りない―――それだけなら。
「合わせろしいな!」
「外すんじゃないよ!」
しいなの符が広がる。黒い陣。丁度『それ』とゼロスの中間に、まるで鏡のように立っている。
ゼロスが切っ先を『それ』に向けて構えた。突きの構え。
「―――逃げるなよ?」
ゼロスが不敵に笑んだ。
「斬魔―――」
「―――空牙衝!」
しいなが放った魔方陣を、ゼロスが強力な突きで『それ』ごと貫く。白の突風を伴って、一瞬でゼロスが『それ』の後ろを駆け抜ける。
パキ、と音がした。ヒビが入る音。何かが折れる音。『それ』から。
そして。
ゆっくりと『それ』は膝をつき、黒い霧となって四散したのだった。
「お、終わった………?」
マルタは知らず止めていた息を吐いた。
「い、まのは」
ユニゾンアタック。未だマルタは見たことのなかった、本当に息があった相手でなければ発動すら出来ないと言われる秘技。
それを放ったのは、これまで戦おうとしなかったゼロスで。
アステルに続いて、リフィルとジーニアスが茂みから出てくる。アステルは難しい顔をして腕を組んでいるが。
「これが魔の森の原因、なのかな」
「さてな」
リヒターはロイドとエミルの方に目をやりながらアステルの問いに答えた。
「だが少し“整った”。多少は関係していたのだろう。それだけではないだろうがな」
そこへロイドとエミルが剣を納めながら戻ってきた。ロイドはそのまま、ゼロスに詰め寄る。
「おお、ロイドくん。俺様の活躍見てた? 俺様に惚れるなよ? ………なんてな! でひゃひゃ!」
ロイドはそのゼロスの声にぴく、と筋を立て。
「言いたいことは、色々あるけど、まず言わせろ。―――――やっぱり戦えるんじゃねえかお前は!」
「っていうか何で術使えるの?! 人間………いや、人間、だよね?」
ジーニアスの首が傾いていく。
これまでちっとも戦おうとしなかったが、そこそこ強いのは分かっていた。ただ、ここまで強いとは思ってもみなかったというか。
「まあまあがきんちょもロイドくんも、落ち着いて。話はこの森を抜けてからだ。そうだろ? アステルのそっくりくん」
「エミル、です。………でも、確かにあんまりここには長居しない方が良いと思う」
「そうね、その意見には私も賛成だわ」
エミルもリフィルもそう言い、リヒターとアステルも同意を示したことでロイドも渋々ながら納得した。
残る問題は。
「で、あいつ、どうしようか。なんか出てきたけど、戦おうとはしなかったし、―――プレセアも守ってくれたみたいだし」
エミルに見破られて現れた、囚人らしき男。プレセアと話がしたいのだと言い、戦いが始まれば真っ先にプレセアを庇った。プレセアもその男も気絶しているようだが、死んではいないらしい。
凄いなぁ、とマルタは思った。体を張って誰かを助けるなんて、まるでお話に出てくる英雄みたい。大切な人を守れる人。悪い人ではないような気がした。
「連れていって良いんじゃないかな。どっちにしても、ここには残していけないでしょう? この人がずっとわたしたちの後をつけてきてたんなら、襲おうと思えば襲えたはずだもん」
「けどプレセアに何かしようとしたんだよ! プレセアのむ、むむ胸見てたし!」
いや、それは胸元のエクスフィアを見ていたんだろう、という突っ込みは全員が飲み込んだ。恋は盲目。まあ頑張れジーニアス。先は長そうだけど。
唯一呆れを隠しもしないリヒターが提案する。
「ではとりあえず捕虜にしてはどうだ。後で話を聞き出せるかも知れん」
「………そうだな。こいつはプレセアのことを知ってるみたいだったし」
アステルもリヒターも知らないプレセアを知っているのなら、プレセアがどうしてこうなったのかも知っているかもしれない。
話が決まれば早く動いた方がいい。
「コレット、辺りに何かいる?」
「………まだ遠いけど、足音が聞こえる。鎧の音も。こっちと、あっちから。………近付いてきてる。このままだと追い付かれるかも」
「教皇騎士団だな。こんなところまでご苦労なこった」
コレットの耳は天使の超聴覚。ヒトの耳では聞こえない音すらも聞き取る。コレットが指したのは元々ロイド達が来た方向と、ここから伸びる道の方向だった。
「あっちは………」
「オゼットの方だな。アルテスタの家も向こうにある」
今から向かえば鉢合わせる。騎士団に会えば、きっと捕まってしまう。せっかくここまで来たのに。
しいなが、皆の顔を見回した。
「―――仕方ない。里に案内するよ」
「里………ってミズホの里? いいの? 隠れ里なんでしょう?」
「だって戻っても進んでも騎士団に捕まるだけだろう。里に逃げ込むしかないじゃないか。………大丈夫だよ、アステル。あたしなら大丈夫だから」
ロイドは一拍考え込んで、言った。
「分かった、頼む。しいな」
「任せときな。ここからなら道がわかる」
「やっぱり迷ってたのかよしいな」
「―――っうるさいアホ神子! ほら、そっちの男を運んどくれ!」
「プププレ、プレセアは、ぼ、ボクが!」
張り切ってプレセアを背負ったジーニアスだったが、しかし。
悲しいかな、ジーニアスの体力では、背負ったは良いが動けない。そこまで力がない訳ではない筈だが、ジーニアスとリフィルはテセアラに来てから体力が低下している節がある。
「………ジーニアス」
「………………、ロイド、お願い」
「ああ」
代わりにロイドが軽々とプレセアを背負うのを見て、がっくりと項垂れるジーニアス。ボクはまだ成長期前なんだ、未来がきっと! とかぶつぶつと言っているが、まあがんばれ、ジーニアス。マルタは心のなかで応援した。マルタの知り合いの男の子も成長期に入ると急に背が伸びた。マルタはちっとも成長しなかったが。………どこがとは言ってない。ちゃんと順調に成長してる。まだ途中。
「………ってあれ、ゼロスは?」
「おーい、俺様一人でこんな大男持ち上げらんないって!」
「あ、私手伝うよ~」
横をコレットが走っていってマルタは我に帰った。
「いやコレット、いくらなんでも女の子じゃ………」
一応大の男であるゼロスが運べないなら、いくらエクスフィアをつけていようとコレットじゃ無理だろう。手伝うべく動こうとしたマルタは、振り返って固まった。
コレットが、片腕一本で男を担いでいたから。
「え、こ、コレット。その、重くない?」
「思ったより軽いみたい。私一人でだいじょぶだよ」
「はは……そ、そう?」
「天使って凄いねぇ。ね、リヒター?」
「俺に振るな」
「昨今の男性ときたら………嘆かわしいこと」
ちら、とリフィルがジーニアスも見たのは気のせいではあるまい。
うーん。マルタは唸った。リフィルの言うようにゼロスが非力なのか、アステルが言うようにコレットが怪力なのか、どっちだろう。
「じゃあミズホの里に案内するよ。付いてきな」
森に入ったときとは比べ物にならないほどしっかりと迷いのない足取りで、しいなは先頭を歩き出した。ジーニアスとリフィル、プレセアを背負ったロイドと、その後ろにアステル、リヒター、コレットとゼロス。
エミルだけが、いつぞやのように一番後ろで森の奥を見つめていた。その後ろ姿が怖いような、………楽しそうなような。
近寄り難いのに何故か放っておけなくて、マルタは意を決してエミルに声をかけた。
「ねぇエミル、行こう?」
「―――うん」
振り返って微笑み、先を行くエミルの顔に。
一瞬寒気を覚えたのは、何故だったのだろう。
ゼスティリアアニメ見ました。
相変わらず画質最高です!
設定も少し変わっているみたいだし、今度こそ正史世界のお話なんですよね? アリーシャ離脱しませんよね………?
ユニゾンアタックの組合せ、実は雷神剣じゃなくて瞬迅剣系統なんですが、同じ突きだし発動しても良さそうなものなんだけどな。