しいなの案内で森を抜け、やって来たミズホの里。意外なことに一番はしゃいでいたのはアステルだった。
「楽しそうだな、アステル」
「うん。ミズホの里はテセアラでも独自の文化と歴史を持つ里なんだ。探求心がそそられるというか、研究者の血が騒ぐって言うか、一度来てみたかった場所なんだ!」
「へ、へぇ、そうなんだ………」
ロイドの問いに答えたアステルが、遺跡モードのリフィルに重なる。思わず腰が引けてしまったのはロイドだけではないだろう。
そこに忍が一人現れた。しいなの顔から笑みが消える。
「しいな! 外部の者を里に招き入れるとは何事だ!」
「ああ、処罰は覚悟の上サ。副頭領に伝えてくれ。シルヴァラントの仲間を連れてきたって」
「シルヴァラントの………貴公らは衰退世界シルヴァラントの人間か」
「俺様とアステル達は違うけどな」
忍はロイド達を見回してしいなを見、言った。
「………わかった。しいな、お前は俺と来い。貴公らはしばしここで待たれよ。迎えを寄越す」
大人しくついていこうとしたしいなの帯を、マルタが掴んだ。
「しいな。死んじゃったりしないよね?」
マルタがフウジ山岳での話を思い出しているのだと気がついたしいなは、そっとマルタの手を取り微笑んだ。
「大丈夫だよマルタ。まあ皆とここで待ってな」
しいなが行ってしまうと、一応里の門は潜らせて貰えたがそこから先には進めなかった。さりげなく里の人に見張られているのだ。
とりあえず背負ったままの男性とプレセアを下ろし、マントを広げてその上に寝かせる。気絶したまま、目覚める気配がない。
「どうしよう。プレセアを置いては行けないよ」
「連れていくってのもなぁ」
気を失っている人間をそうそう動かす訳にも、人に会う場所に連れていく訳にもいかない。ジーニアスとゼロスが言う通り、連れても置いてもいけないのだ。
迷っていると忍が一人駆け寄ってきた。
「副頭領がお会いになるそうだ。ついてこられよ」
ついてこられよと言われても。
互いに顔を見合わせる。どうしようか。どうしよう。連れていこうか。いやでも―――
「ロイド達は行っておいでよ」
固まった空気をエミルの言葉が動かした。
「二人は僕達が見ておくから安心して。ね、リヒターさん?」
「ああ、アステルの事は俺が捕まえておく」
「リヒター、僕は猫じゃないんだけど?」
確かにエミルが見てくれるなら安心だ。それでいいのかと忍を見れば、あまり動き回らないのならと条件付きで許可をもらった。
「………ああ、頼む。早く戻ってくるからな」
ロイドはそう言い置いて、皆と共に里の奥へと入っていった。
ロイド達が完全に見えなくなり、アステル達が動かずに待つのだと分かると、監視は少し緩んだ。最も完全に警戒が解けたわけではなく、遠くから監視されているが。話す分には聞こえない筈だ。
アステルは一応辺りに人がいないのを確かめて、念のために小声でエミルに話しかけた。
「エミル。さっきのあれは、ソードダンサー?」
「あれ、アステルさんは、ソードダンサーを知ってるんですか?」
心底驚いたように、エミルが目を丸くした。
「《魔物の王》を探すために、古書はだいたい目を通したから。古い………古代大戦時代の書に名前があったんだ。四本腕の骨の剣士の魔物」
戦場の武具に取り憑き、戦いを求めてさ迷う亡霊の剣士。大きな戦の跡地ほど記録が残る魔物。
内容を諳じたアステルの言葉を聞いて、エミルはもう一度目を見張った。
「よく知ってる、と言う他ないけど、ちがう。彼等の体は紅いんだ。………あれは魔物じゃない。魔物じゃないけど、魔物に近い」
ソードダンサーという魔物は存在する。けれど彼等の体は黒くない。見た目も、骨というより甲冑に近い。
あれは、魔物というよりも。
「………あれは、本当に単なる魔物か?」
エミルはにっこり笑った。何時もはそれだけで、答えないときの顔だった。
「リヒターさんが、考えてる通りです」
「リヒター?」
アステルは黙りこんでしまったリヒターの袖を引いた。アステルは何も気が付かなかった。説明してくれなければ分からない。
「あいつ………さっきの骨の魔物から、マナを感じなかった」
この世界の全ての生命はマナを持っている。無機物は幾つかの例外を除いてマナを持っていないが、それ以外はヒトも、魔物も、植物も、大なり小なりマナを含んでいるものなのだ。なのにあんなふうに意思らしきものを持ち、動き回るモノが、マナを持っていない?
そんなことはありえない―――あれが、この世界の住人ならば。
「! そんな筈ないでしょう? だって、だって貴殿方が―――何より、マナ溢れるこっちの世界には、出てこられない筈じゃ」
「出てこられない訳じゃありませんよ。出てこないように封じ込めてるだけで。封印が緩めば多少強引な方法を使えば出てこられる。奴等にとってマナは毒だけど、すぐに死ぬって訳でもない。何かと契約したり、何かに入ればけっこう長く存在できますし。………森は、多分あれのせいですね」
「あいつに反応して、マナのバランスが崩れたのか」
「じゃあ、森の異変はもう止まる?」
ガオラキアは魔の森だ。昔から迷いやすく、妙な言い伝えが沢山あったからだ。そのほとんどは迷信の類いだが、事実も僅かに含まれる。
最近は違う意味で魔の森と呼ばれ始めた。木々は急成長し、どんなに歩いても道に迷って抜けられない、森に入れば薄気味悪い雰囲気で、ナニカが動き回っているのを見た、等々。
それらの異変が『あれ』の影響なら。アステルはそう思って問いかけたが、エミルの顔は暗いままだった。
「そうとも言えない。マナのバランスは放っておいても直らない。………誰かが出向いて正さないと、一度生まれた歪みは、そうそう消えるものじゃない」
だから《魔物の王》を探してたんじゃないのかと言われ、アステルはむむむ、と唸った。
「というか、そもそも『あれ』があそこにいることそのものが大問題なんだけどな。普通は、本来なら出てこない筈だ。ただでさえマナが多いテセアラに。シルヴァラントならともかく」
リヒターがはっとした。アステルの血の気が引く。
「ということはつまり―――」
「………時間が、ない」
シルヴァラントとテセアラ。互いを犠牲にして繁栄する世界のあり方。かつてユグドラシルが作り出したこの仕組み。
「だったら仕組みを変えれば良い。人やエルフに作られたものなら、俺たちの手でも変えられる筈だ! 俺は嫌なんだ。誰かや何かを犠牲にするのは」
奇しくもフウジ山岳でマルタが叫んだ言葉。誰かや何かを犠牲にして永らえる世界は歪んでいると。
ロイドには細かいことは分からない。何故ユグドラシルがこんな世界を作ったのか。何故世界はこうなったのか。
わからないけれど、この現状が間違っていることだけははっきりとわかる。
「人間とかハーフエルフとか、シルヴァラントだテセアラだって、そんなこと関係無い。皆が普通に暮らせる世界があればいいと思うんだ。誰かを犠牲にしなくても、皆が普通に生きられる世界が―――俺はそうしたい」
それが、ロイドの答え。クラトスにテセアラまできて何をしているのか、と問われて、シルヴァラントとテセアラをこの目で見たロイドが、出した答えだった。
「ドワーフの誓い第一番。平和な世界が生まれるように皆で努力しよう、だ」
ミズホの民副頭領タイガは、ロイドをじっと見る。ロイドが本気で言っているのだと分かると、徐に笑い出した。
「………ふ、ふははは! お前はまるで勇者ミトスだな」
「ミトス………ミトスって、古代大戦を終結させた英雄ミトス?」
「そうだ。決して相入れなかった二つの国に、争いではなく共に生きる道があると諭し、大戦を終結させた気高き理想論者。お前はミトスのようになれるというのか?」
ミトスの名はロイドも知っていた。名前と世界を救った英雄ということだけではあったけれど、知らない者のいない勇者の話。
ロイドはゆっくりと首を横に振った。
「………俺はミトスじゃない。ミトスにはなれないし、同じことはできない」
ミトスは世界を救ったけれど、ロイドがしたいのはコレットや、ジーニアスやリフィルや、目の前の誰かを助けること。その為に犠牲を出したくない。故郷シルヴァラントも、繁栄するテセアラも、仲間の命も、何一つ譲りたくない。卑怯なことはしたくない。嘘をつくのも、言い訳をするのも嫌だ。方法が無いからと諦めたくない。
「だから俺は俺のやり方で、仲間と一緒に、二つの世界を救いたいんだ」
長い沈黙が流れた。やがて、タイガは険しかった顔を緩ませた。
「古いやり方にはこだわらないということか。………ならば我らも新たな道を模索しよう」
「副頭領! じゃあ………」
「ああ。我らは我らの情報網を以てお主らに仕えよう。お主がいう世界、見てみたくなった―――だがその代わり、二つの世界が共に生きる道が成ったとき、我らは我らの住処をシルヴァラントに要求する」
「え。でも俺村を追放中の身だし………なぁマルタ」
「えっ。要求するっていわれても………」
本気で困った。確かにマルタはシルヴァラント唯一の政府パルマコスタ総督府の一員。だがそもそもそんな権限は誰も持ち合わせていないのだ。
テセアラと違って、シルヴァラントには土地の所有権というものが存在しない。利権で騒ぐ前に皆で生き残るのが優先だからだ。町や村を離れればそこは魔物とディザイアンの領域だ。もしかしたらロイドやマルタが知らないどこかで生きている村があるかもしれない。
所有していない土地の使用を、いったい誰が許可できようか。
どうしたら良いんだと本気で悩むロイドとマルタを見て、タイガは優しく微笑んだ。
「なに。その時は我らミズホの小さな引っ越しを、お主が手伝えばそれで良いのだ」
元々ミズホは隠れ里。誰も知らないような場所にひっそり住む民。里ごと引っ越すのも訳はないのだと笑われて、ようやく二人は驚きつつもほっとした。それくらいなら。
「………皆、良いか? ミズホと手を組んでも」
振り返れば、思い思いの場所に座る仲間がロイドを見返していた。
「それで、二つの世界の関係が変わるなら」
「まあ悪い取引ではないわね」
「さっさとまとめてプレセアを助けてあげようよ」
「俺様はテセアラが無事なら、あとはお前らの好きにすれば良いと思うぜ。アステル達も納得するだろ」
「―――私も見たい。ロイドの言う世界」
その場の全員が頷くのを確認して、ロイドはタイガに向き直った。
「よし決まった。協力しよう。二つの世界を救う方法を探すために」