精霊の世界再生   作:柚奈

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 改めてしいなの同行が決まり、ミズホの協力を取り付けた一行は、一晩ミズホに泊めて貰うことにした。

 森とオゼット方面の兵士が引く気配がなく、加えて夜にガオラキアを抜けるのは止めた方がいいと満場一致で決まったからである。

 未だ目覚めないプレセアと男を宛がわれた家に担ぎ込み、一行は思い思いに過ごすことにした。

 

 

 

 ミズホの入り口、門の所で。マルタとコレットは森の方を見ながら座り込んでいた。

「………だいじょぶ? マルタ」

 コレットがマルタの手をとり顔を覗き込んできて、マルタは自分が爪を食い込ませるほどに手を握りしめていることに気が付いた。

 休憩でグローブも外していたので、掌に血が滲んでいる。

「神子さ―――コレット。大丈夫だよ。ちょっと………」

 言い差して、自分でも何が言いたいのか分からなくなった。悔しい? 悲しい? 丁度良い言葉が見つからず、誤魔化すように笑う。

「情けないなあって、思っただけ。役に立つよって言って付いてきたのに」

「そかな。マルタはすっごく頑張ってくれてるよ? マルタのお陰で王様とも話が出来たんだし」

 にこにこと笑うコレットを見ていると、ふっと気が楽になった。そうであればいいと、思う。けれどどこか、その為に来た訳じゃない、とも思った。じゃあ何のためかと聞かれれば、その答えはわからないとしか言いようがないけれど。

 マルタは半ば以上強引に、成り行きでここまでついてきた。神子様だけに背負わせるのは間違ってると思ってきたけれど、それが世界を変えることになるなんて思っても見なかった。

「………役に、たちたいんだけどな」

「マルタは役に立ってるよ。でも心配なら………マルタはマルタの出来ることをすればいいんだよ」

 マルタが出来ることと言えば。

 戦いは出来なくはないけれど現状足手まといで。アステル達やリフィルのように頭が良いわけでもないし、しいなやゼロスのようにコネがあるわけでもなく。自信をもって言えるのは料理と(何故かジーニアスとしいなに必死の形相で止められた)、後は治癒術くらい。

 はっと、天啓が降りてきた。そうだ、治癒術。

「コレット! 出来ること、あったよ!」

 ロイドもエミルもしいなもコレットも、そしてジーニアスも。彼らに出来なくて、マルタが出来ること。マルタにも出来て、彼らの役に立てること。

「リフィルさんに、治癒術を教えて貰いに行ってくる!」

 

 

 

 

 

 ミズホの外れ。川のほとりで、しいなは夜空を見上げていた。

 変わらない空。子供のときから同じ。シルヴァラントでは見られなかった、テセアラの星々。世界の隔たりのひとつ。

 そういえば、シルヴァラントに向かう少し前にも、こうして夜空を見上げたのだった―――しいなの後ろに立った、少年研究者と共に。

「………死んだと思ってたよ、アステル」

 アステルがしいなの横に来ても、しいなは振り返らなかった。アステルが笑ったのが気配でわかった。

「しいなもね」

 そうしてアステルは、しいなの横に座り込んだ。

「ロイドさん達に聞いたよ。シルヴァラントの話。エミルと僕のこと見間違えたんだって?」

「う。だ、だって本当にアステルに似てたし、………アステルが、《異界の扉》に行ったと聞いたから」

 しいながシルヴァラントに行くと決まった頃、アステルとリヒターは学術調査に出掛ける準備をしていた。ハーフエルフであるリヒターの同行許可をもぎ取るのに、随分と無茶苦茶な交渉をしていたのを、しいなは覚えている。小耳に挟んだしいなが、シュナイダー院長に同情したほど。

 そうして会うこともなく互いに準備に追われ、しいながシルヴァラントに出発する数日前になって、しいなはアステルが《異界の扉》に向かったと聞いたのだ。

 《異界の扉》は黄泉の国に通じる場所。満月の夜扉は開く。飲み込まれたものは黄泉の国へ―――シルヴァラントへたどり着く。

「だから、アステルもシルヴァラントにいるかもしれないって、ずっと心配してたんだよ」

「でも、シルヴァラントは黄泉の国なんかじゃなかった。でしょう?」

 しいなは反論できなかった。自分の目で見たシルヴァラントは、衰退こそしていたが普通に人々が住む世界だった。黄泉の国ではなく、もう一つの世界だった。

 だからしいなは、神子を、コレットを殺してシルヴァラントを滅ぼすのが正しいのか、わからなくなったのだ。

 顔を見ていないのに、アステルはしいなの考えていることが分かっていたらしい。膝を抱えて、ぽつりとアステルは呟いた。

「やっぱりしいなに、ああいう仕事は向いてないと思うよ」

「っ、あたしは! だって、あたしは」

 ミズホの忍だ。テセアラ王家に使え、歴史の影に生きる隠密集団の一員。命じられたのならば果たさなければならなかった。自分の命と引き換えにしても、祖国テセアラのため、過去に犯した、罪のために。

 行けば死ぬかも知れなくても―――いや、死ぬとわかっていても。しいなは、シルヴァラントに行かねばならなかった。

 何故ならしいなは、役目を果たすこともできないでき損ないの。

 

「そんなの気にしなくていいよ」

 

 沈み続けていたしいなの思考が、アステルの声で浮上した。

「しいな、しいなのお陰で分かったことや進んだことは沢山ある。しいなはしいなだ。大丈夫。それに、今回は僕もついてくから」

「ああ………ん? はあっ?! ちょ、アステル! アンタ何言ってるか分かって………?!」

 その時やっと、しいなはアステルを見た。見て、目が逸らせなくなる。翡翠色の瞳。エミルと同じ色。

 ハイマで話したときのエミルと同じ目。

 覚悟を決めた、揺るがないヒトの目。

「………ちゃんと、守られとくれよ」

「うん」

 しいなに応えたアステルの声は、とても元気だった。

 

 

 

 

 ミズホの里、ロイド達一行に貸し与えられた家で、ロイドとゼロスは剣の手入れをしていた。その横で、ジーニアスとリフィル、リヒターの三人が輪になって座り込んでいる。

「………違う。マナを取り込むんじゃない。自分のマナに大気のマナを反応させて、それを使うんだ」

「うー、うん? こう?」

「違う」

 ジーニアスが何かしてみせると、リヒターが即座に手を振り何かを払い除ける仕草をした。

「あぁぁ! ちょ、何も吹き飛ばすことないでしょ!」

「暴走する前に四散させただけだ。また何かを壊されては堪らないからな」

「もう、五月蝿くてよ! せっかく上手くいきそうだったのに」

 横でジーニアスと同じように唸っていたリフィルに一喝され、リヒターもジーニアスも言葉に詰まった。リヒターがリフィルの手元をちらと見て、珍しく目を見張った。

「………流石に、治癒術を使うだけあるな。マナの扱いが上手い」

「お世辞は結構。貴方のようにはいかないもの。テセアラのマナは、随分扱いづらいのね。制御しようとしても、まるで暴れ竜を相手にしているみたいだわ」

「そうか?」

 リヒターは軽く片手を振り、数秒で術の陣を発生させる。術の発動こそしていないが、ほぼ完成された状態。最も安定した術の待機方法。

 先程からジーニアスとリフィルが唸っているのは、その段階がどうしても出来ないからだ。だからテセアラでの術の使い方を教えてくれとリヒターに頼んだのだ。

 が、二人とも上手くいかずに、ジーニアスは何度かマナを暴走させて大惨事になりかけた。リヒターが止めるようになって暴走はなくなったが、始めてからほぼ一時間。未だ二人ともマナの制御には成功していなかった。

「そこまで、難しくもないが………」

 むしろなぜ出来ないのかと首をかしげながら、何度か術を組み上げてはマナを四散させる。教えようにもマナの扱い方は感覚に近く、元から出来ていたためにリヒターはやり方を考えたことがなかったのである。

 考え込みながら組まれた術を食い入るように見つめていたジーニアスは、突然はっとしてリヒターの手首を掴んだ。

「! 今のもう一回! もう一回やってみせて!」

「あ、ああ………」

 ジーニアスに言われ、リヒターはもう一度、今度は気持ちゆっくりと術を組み上げる。

 最後までそれを見届けたジーニアスは手を叩いて立ち上がった。

「そっか、分かった! 反応したマナを、取り込むんじゃなくて通すんだ!」

「? だからそう言っていただろう」

「シルヴァラントはマナが薄いから、大気のマナを自分のマナと混ぜないと術が完成しないんだよ」

 言われてリヒターは少しばかり気まずげにそうか、と答えた。

 剣の手入れを終えたロイドはこてん、と首をかしげた。

「………なぁ先生、そんなに違うのか?」

「そうね。シルヴァラントのマナは小川のせせらぎ、テセアラのマナは氾濫した濁流、かしら」

「術を使うのはその川の中に入っていくみたいなもんかな」

 言われてもロイドにはやっぱりわからなかった。トリエット砂漠でもジーニアスとエミルが話していたことがまるでわからなかったように、ロイドにはまるでピンとこなかったのだ。

「………うーん? 全然分からん」

「ま、仕方ないだろ。ロイドくん人間だし?」

 同じように剣の手入れを終えたゼロスが、抜き身の剣を手の中で弄んで笑った。てっきり護身用で飾りの剣なのかと思ったら、装飾も見事だが実用的な剣で、よく手入れもされていたらしく一片の曇りもないものだった。………全く、戦う支度もしていたのならもっと早くから戦ってくれればいいものを。

「ゼロス、お前術が使えるんだからマナも感じられるんじゃないのか?」

「多少はな。けどエルフやハーフエルフ程じゃない。ま、お陰で調子悪くもならないけど」

「ってそうだよ! 何で人間が術使えるのさ?!」

「クラトスも使ってただろ? あれと同じじゃないのか? それにコレットも使えるし」

「それは天使だからでしょ! 治癒術ならまだしも、攻撃術はエルフの血がないと使えない筈なのに」

 きっとジーニアスに睨まれて、ゼロスは驚き、悔しがった。

「なにぃ! 俺様みたいに術が使えるやつ他にもいたのか? くっ、術でハニーたちに手品をしてみせるってのは却下か………」

 聞こえてきた内容を聞いて、ロイドとジーニアス、リヒターはがくっと肩を落とした。

「神子………何時ものことだが、………はぁ」

 術をそんなことに使おうなんて考える人はいないだろう。ジーニアスもイセリアにいた頃術が使えることを最初は隠していたのだから。

 そして何よりも。

「ゼロス………クラトスがそんなことするわけないだろ!」

「え、そっち?」

 ジーニアスの驚くような声は、ロイドには聞こえていない。

 あのクラトスが女性を口説いている所が想像できなかった。いや、そもそもクラトスと女性が結び付かない。無口で無表情で、実は女性や子供には気遣いを欠かさない男ではあったけれど、旅の途中声をかけてきた女性にも反応していなかったのだ。クラトスは見目もいいしあの寡黙さがいい、という女性に密かに人気があった。しかしその一切を頭から無視していたのがクラトスだ。………うん、ゼロスとは真逆だな。

 けれど。

(なんとなく、似てるような似てないような………?)

 姿から性格までまるで似ていなくて、同じなのは武器や戦闘スタイルくらいのものなのに。

「っとまぁ、俺様は治癒術もいけるし剣の心得もある。頼りにしてくれていいぜ」

 ウィンクまでしてみせたゼロスを見て、ロイドはそんな考えが吹き飛んだ。クラトスとなんか全然似てない。絶対に気のせいだ。

 そう結論付けて、ロイドは双の剣を鞘に納めた。

 

 

 

 

 

 

 プレセアと男は、ロイド達が今いる部屋の、一つとなりの部屋に寝かせられていた。

 音もたてず襖を明け、その部屋に滑り込んだエミルは、眠っているプレセアと男を見つめた。プレセアは、エミルが側に来てもピクリともしない。

 男は両手に枷を嵌めているため、眠っていても窮屈そうに見える。よくよくみれば中々に整った顔立ちをしており、着ているものこそ粗末だが、髪や肌はそれなりに手入れしているのが見受けられた。

 二人とも打ち所が悪かったのか、それとも疲れが貯まっていたのか、いっこうに目覚める気配がない。特に怪我や内出血が無いのはリフィルとリヒターが太鼓判を捺したので、そこに関しては心配していない。相手が悪かったことも考慮して、一応エミルも“視”てみたが杞憂だった。二人とも本当に気絶しているだけ。

 だからエミルが心配しているのは、もっと他の所だ。

 エミルはプレセアに手を伸ばし、目を瞑って、やがて顔を歪めた。何とかしてやりたいが―――

「………」

 要の紋に触れる。プレセアに変化はない。

「ごめんね、これくらいしか、してあげられなくて。僕だけじゃなかったら、もっと色々やりようはあるんだけど」

 けれどやっぱりプレセアは眠り続ける。

 エミルは立ち上がって、静かに部屋を出た。

 

 そして、誰にも気がつかれないようにして、一人里の外に姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 雷の神殿から出てきた彼を見て、屋上で控えていた魔物たちはほっとした。

 神殿内部はあちこち放電しておりとても入れるような状態ではなかったので、魔物たちは待機を命じられていたからだ。

 誰もが共についていこうとしたのだが、体が大きければそれだけ落雷に当たる。体が小さいものは、残念ながら仔どもたちしかいなかった。仔どもではこの荒れ狂うマナの中を行けない。

 結果、不本意ながら、非常にとてつもなく不本意ながら、彼の帰りを待ち続けていたのである。

「待たせたな。お前たちは大丈夫だったか?」

 はい! 勿論! 口々に叫び、体を揺する。誰一人怪我もすることがなかったのは、実は密かに術を使える魔物たちが頑張って大気のマナを制御していたからなのだが、そんなことは言わなくてもいいことだ。

 それよりも。

 そこから来たものから伝え聞いたことと、彼らも感じて不安になっていたことを訴えると、彼はその方向を見て遠い目をした。

「―――あぁ、それのことか」

 気が付かない筈がなかった。まして今は契約中の身。『それ』の気配には特に敏感になっている。

 手を打つべきか、それとも放置しても良いものなのか。魔物たちには判断が付かなかった。自分達では敵うはずがないと分かっているから尚更だ。

「『あれ』は………そうだな、もうしばらく、様子見だ。他に優先すべき事があるからな。追わなくていい。今は捨て置け」

 わかりました、と、其々が其々の方法で頭を垂れた。彼がそう言うのならば否はない。

「よし、じゃあ行くか。次は………アイツか。気が重いが………」

 半分くらいは本気でそう思っているらしい事が窺えて、魔物たちは反応に困った。魔物たちは彼のいうアイツに会ったことはない。ないが、最初の場所を出発してから何度もため息をつかれていれば心配にもなるのだ。

 しばらくお前がどうにかしろ、いやあんたがと意味のない押し付け合いをし、それに負けたマンティス系ランバージャックのホオリは、おずおずと彼に近づく。

 あのぅ。

「あ、ああ、なんだ」

 その、一応森を見るだけ見てみませんか。どんな状態かは把握しておいた方が後々楽だと思いますし。

「! そうだな、『あれ』が出たとなれば調整もしなくてはならない。見れば何故あんな所に現れたかもわかるかも知れないしな! よし行くぞ」

 彼は急に元気になって、来たときと同じようにワイバーン系ヴィーヴィルのガレナの背に乗った。

 乗られたガレナは慌てた。え! 良いんですか、神殿に向かうのでは。

「構わん。『あれ』はあいつらが倒したらしいから暫くは放っておく。だが影響を受けた森はそうもいかないだろう。また『あれら』を招くことにもなりかねないからな。確かにアイツのことも早めに対処する必要があるが、今はこっちの方が優先―――そう、これは仕方ない事だ」

 魔物たちは思った。嬉しそうだ。物凄くいい笑顔だ。………そんなに会いたくなかったのか。いったいアイツって、どんな奴なんだろうか。

「行くぞ。夜の間に終わらせる。鉢合わせするのは御免だからな」

 はい、と答えて。

 

 彼らは夜闇のなかを、ガオラキアの森に向けて飛んでいった。

 




※追記
設定の違い
・ソードダンサーについて。シンフォニアでは三回戦える特種ボス扱いですが、ラタトスクでは魔物のことです。拙作では「ソードダンサー」とは魔物の方を示し、あのボスのソードダンサーは魔物ではなく別物です。
・ジーニアスとリフィルの不調と術について。二人はテセアラに来てから術が使えず、体調も悪いです。つまりこの話まで戦闘には参加していません。術の使い方や感覚がシルヴァラントとテセアラでは違う、というのはマナの濃度差によるもの。シルヴァラントの方は術を使うにもマナが不足している、というわけです。勿論完全な捏造ですので、あしからず。
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