一息ついて、辺りを見回す。
「片付いたな」
「はい、主」
半日前まで魔族のいた森、ガオラキア。辺りには元々この森に生息する魔物と、神殿からついてきた魔物たちが彼とソルムを囲んで控えている。
一応もう一度辺りを“視”て、マナの流れに不自然な所がないのを確認する。澱みはないか、流れていない場所はないか。
整えたマナの中だからか、テセアラに来てすぐの時よりかは幾分か楽だ。なんとか倒れる前に目を閉じる。
と、横に控えていたソルムが彼を睨んでいた。
「主! 約束忘れたんですか! 無理するなら針千本飲ませますよ」
「無理はしてない。―――ほら、これで一応当面はなんとかなるぞ。そんなに持たないけどな」
「あーるーじー! 誤魔化さないで下さい! ちょっと目を離すとこれなんだから………さっさとあの陰険叩き起こせばいいんですよ。あいつを起こせば、テセアラの面倒事の半分は片付くんです」
「俺達の面倒事は倍増するけどな」
否定できなかったのだろう。ソルムは言葉に詰まる。
ソルムは他をからかって遊ぶのが大好きだ。面白いことは大好きだし、いたずらして驚く他の反応を見るのは何より楽しいと思っている。
だがしかし。
他をからかったり煙に巻いたり騙したりすることにかけてソルムの上をいくヤツがいる。なまじっか有能で頭も回るので、その悪戯は驚かせて遊ぶソルムよりもかなり陰湿で質が悪い。しかし誰より彼を助けられるし、実際忠誠心は誰より高い。彼にたいしてそれとなく助言をして、むりやり休ませることも出来るのはそいつか、シルヴァラントにいるウェントスくらいだ。―――つまり、彼にもそいつは止められない。
確かに問題は片付くだろう。彼らの心労を度外視すれば。
「いや、山のように仕事押し付ければ」
「あいつがその位で止まるとでも?」
「………絶対やらないといけない仕事だけ最速で片付けて、主をおちょくりに来ますよね、多分………」
それでいて仕事に手抜きも遅れもあるはずはないのだ。ムカつくことに有能だから。
はぁ、とため息が重なる。
「と、とにかく、この森はあたしとアイツの管轄ですから、あたしだけでも維持くらいなら出来ます。ついでに他の所の地属性の魔物と契約を済ませてしまえば、テセアラでのある程度の地震も抑えられる筈です」
ふむ、と考え込んで、問う。
「どのくらいかかる?」
「………3日あれば、最低限は」
3日。ソルムの属性は地属性。影響力も大きい。氷や雷と違って魔物の生息範囲が広く、数も多いことを考えれば3日で何とかするというのは、決して長くない、むしろ少し短いとすら思える期間だった。
「分かった。終わったら連絡を寄越せ。それまでは魔物との契約に専念しろ」
「………や、あたしは構いませんけど………主、その間どうするつもりですか」
「ロイド達の所に行く。面倒といえば面倒だが、約束だからな。勝手にいなくなる訳にもいかないだろう」
「主、その辺結構いい加減ですよね」
「―――何か、言ったか?」
「いえなんにも。―――あんたたち、手伝ってくれる?」
ソルムが回りに控える魔物たちに声をかけると、魔物たちは各々の方法でソルムに応えた。
剣を、振るう。
まだ日も昇っていない早朝。ミズホの里から程近い草原で、ロイドは一人、剣を振る。
振り返ればミズホの里の門が見え、横に視線を向ければガオラキアの森が広がっている。見晴らしの良い草原。
ロイドの剣は我流で修め、実戦で鍛えた。基本の型を繰り返すような、そんな鍛え方はしていない。そもそもロイドが戦う相手は魔物だ。魔物相手にキレイな剣術では殺される。むしろいかに臨機応変に、その時に合わせた行動ができるか、それが一番重要である。
しかし。
「っ、ああ、くそ………!」
不意に動きを止めて、膝をつく。
「また負けた」
一気に汗が吹き出した。呼吸も荒くなり、肩で息をする。
何度やっても、勝てない―――想像のなかですら。一撃一撃を確実にと思えば的確に受け止められて反撃される。逆に手数を活かして攻め立ててみれば全て躱され、一瞬の隙を突かれて押し負けた。相手の動きを読み対応することに全力を注げば、ロイドの読みを一枚も二枚も上回り、予想外の、しかし無茶苦茶ではない動きで反応しきれずに負けた。考えるから悪いのだとばかりに本能で動いてみれば、気が付かないうちに誘導されて負けた。
模擬戦でも、イメージでも、―――実戦でも。
ロイドは、その相手に一度も勝てなかった。
「底が見えない、って、こういうこと言うんだろうなぁ………」
草原に座り込んで、ロイドは星空を仰ぐ。
クラトス・アウリオン。
ロイド達の仲間で、ロイドの師匠(そう呼んだことはないけれど)で、ロイド達を裏切った、いつか戦うかも―――いや、必ず戦うであろう、敵。
なのに毎日鍛練を繰り返しても、一向に勝つイメージどころか、隙すら見つけられない。わかっている。クラトスは強い。ずっと隣で戦っていたのだ。そんなことはロイドがよく知っている。それこそ剣を振るう呼吸も、間合いの取り方も。
けれど―――勝たなければコレットを助けられない。
「………、どうやったら、強くなれるんだよ………」
「ロイドの場合、地力を上げるしかないかなぁ」
「、―――っうわ! エミル、いつからいた!?」
急に横から聞こえた声に、ロイドは心臓が止まるかと思うほど驚いた。
「ロイドがクラトスさんに手数で攻め始めた頃からかな」
「見られてたのか………って、エミル、良くわかったな」
「そりゃあ何度も手合わせしてるもの。ロイドとも、クラトスさんとも」
そう、シルヴァラントではロイドが頼んで何度も模擬戦をした。初めは稽古を頼んだクラトスとロイドが、やがて旅の途中でエミルとも剣を合わせるようになり、その流れでエミルとクラトスの戦いになったこともある。ロイドは一度も勝てなかった。クラトスにも、エミルにも。因みにクラトスとエミルは大抵決着がつかず、時間切れで引き分けである。
「ロイドの利点は二刀流で手数が多い事だって言うのは正しいけど、その分一撃の威力はそこまででもないでしょう? クラトスさんには軽いから、捌くのは簡単なんだよ。逆に一撃に集中しすぎると、太刀筋が素直だから見切り安くなる。読みは経験がものを言うから、今のロイドじゃクラトスさんには勝てない」
「うっ………」
的確に欠点を指摘されて何も言えなくなった。しかも以前クラトスに指摘されたことだったのだ。二重の意味で反論できない。
するとエミルが微笑む。
「そんな顔しないでよ、ロイド。ちゃんとロイドは強くなってる。むしろロイドは発展途上なんだから、伸び代があると思えば良いんだよ。その為には日々鍛練と、実践経験を積んで、地力をあげるしかないんだ。それが一番本当に強くなる近道だからね」
「そう、だよな。まずは目の前のことから一つずつ、だ」
―――目の前の人間も救えなくて、世界再生なんてやれるかよ!
かつて自分が叫んだ言葉だ。ロイドは何時だってそうやって進んできた。何時だって何事にも全力で。それがロイドの信念だ。
「じゃあ、そろそろ戻るか」
「そうだね。みんなも起きてくる頃合いだろうし―――」
その時。
ミズホの里で、爆音と共に土煙が上がった。
続いて二度、三度。
エミルとロイドは一瞬視線を交わし、全速力で里に向かって走り出した。
「やめろ! 止まってくれ!」
咄嗟に首を後ろに反らすと、直前まで目のあった場所を斧が通りすぎて、横にあった石の塔を崩れさせた。返す刃は後ろに飛び退いて躱すが、巻き上げた土砂までは避けきれない。目元を手錠で繋がれた手で覆って防ぐ。
「止めてくれ! 戦う意思はないのだ、話を聞いてくれ!」
叫び声も空しく、襲ってくる少女に感情は見られない。嫌に透き通った瞳はまるで機械のようだ。淡々と狙いも正確にこちらを狙ってくる。
しかし男―――リーガルは避け続けることしか出来なかった。紳士として女性を、まして愛しい女性の面影がある女性を蹴ることなど出来ない。
避ける度、村らしき見知らぬ場所が壊れていく。少女の一振りは地面を抉り、岩を粉砕し、木を斬り倒し、家を倒壊させる。どこにそのような力があるのかと思うほどに強力な一撃だ。そうでなければ体を張ってでも手を止めさせている。
なるべく人のいない場所、なるべく周囲に物がない場所を狙って逃げていたリーガルは、いつの間にか広場らしきところまで来ていた。そこまで来る頃には辺りには人が集まり、遠巻きにこちらを伺い戸惑っている。
「―――プレセア! どうしたの?!」
人だかりの一角が割れ、風変わりな一行が現れた。
「プレセア、プレセアッ!」
「何、何が起きてるの?!」
「これは一体なんの騒ぎだい!」
子供が数名、辺りの人々と同じ変わった衣装の女性に、見覚えのあるテセアラと標的だったシルヴァラントの神子もいる―――
振り回していた斧が突き出されるのを、リーガルは咄嗟に斧を蹴ることで止めた。天月旋。リーガルの技の一つ。
反撃で一瞬止まった攻撃は、更なる猛攻で再開される。一撃は遅いが、威力は絶大。確実に避けるためにリーガルは回避に集中せざるを得なくなった。最早周囲は気にしていられない。
避ける。避ける避ける―――。
「っ何があったんだ?!」
「ああロイド、エミル! 何がなんだか分かんないんだけど兎に角プレセアが!」
「ジーニアス、落ち着いて。ほら、大丈夫だから」
「アステルの言う通りだ。まずは落ち着け」
突き、払い。振り下ろし。それで抉れた地面の岩が、衝撃波で吹き飛んで。
「こう激しくちゃ手が出せねぇな」
「ゼロスッ! あんたこれをほっとくのかい!」
「まさか、俺様がレディーを見捨てるわけがないだろう?」
吹き飛んだ瓦礫は目眩ましだ。今度は防御には回らず上空に飛べば、斧を振り上げて攻撃してきた。さらにもう一度。二度めの攻撃を足場にさらに上空へ。
「けど………どうしてプレセアはあの男の人ばかり狙うんだろう」
「どういうことなの、マルタ?」
「リフィルさん。えーと、さっきまで忍びの人たちがプレセアを止めようとしてすぐ近くまで近づいてたのに、プレセアはずっとあの男の人ばかり攻撃してるんです。あの人しか見えてないみたいに」
そのまま空中で身を捻って遠くに着地―――しかしすぐに距離を詰めてくる。
「! もしかしたら―――」
「エミル、どしたの? なにか思い付いたの?」
「うん。多分、だけど」
………いかん。これ以上は下がれない。これ以上下がると、回りの人々に危害が及んでしまう。
そう思ったとき、視界に赤い何かが飛び込んできた。誰だ?!
「ロイド、言った通り―――」
「分かってる! 狙いは斧だろう!」
赤い何か、ロイドと呼ばれた青年は木刀を手にしていた。そのままリーガルと少女の間に滑り込んだ。
「何をしている!? 逃げろ!」
「いいから任せろ!」
ロイドは木刀を閃かせると、一瞬の隙を狙って猛攻をしかけ、少女の手から斧を弾き飛ばした。
と、少女がぐったりとその場に倒れ込む。
「しっかりしろ!」
「プレセア! ―――先生、マルタ! 早く!」
「任せなさい!」
銀髪の女性と先程見た子供のうちの一人が駆け寄ってきた。ロイドは素直に少女を二人に任せて離れる。二人の手つきは確かで、リーガルもまた、少し離れて辺りを見回す。
抉れて穴だらけになった地面。壊れた橋や、家や、石の塔。畑は岩や崩れた瓦礫を被って作物は駄目になってしまっていた。
これを、あの少女がやったのだ。
信じたくないが、事実だ。リーガルがその光景と少女を見ていると、ロイドがリーガルに声をかけてきた。
「………なぁ、あんた。ええと」
「リーガルだ」
「リーガルか。何があったか聞かせてくれ。俺たちも何がなんだか分からないんだ」
「私の知ることで良ければ、話をしよう。私も状況を整理したい」
正直言って、リーガルも困っているのだ。見知らぬ場所で目が覚めて、―――いきなり、あの少女に襲われたのだから。