ふと、脳裏をよぎるものがある。
思い出すのは彼らの笑顔。楽しそうな、聞いているこちらも笑顔になるような、そんな笑い方だったのは覚えている。
暖かくて、楽しくて。彼等は酷く苦しく大変な世界で生きているのに、それを忘れてしまうほどに明るい。彼は何時もそれを見ていた。
だが、声だけが思い出せない。
もう二度と、聞くことはできないのに。
エミル達がオゼットの一番南にある小屋に着いたとき、ロイド達はもうそこにいて、丁度小屋から出てくる所だった。
プレセアは一緒にいない。泣きじゃくるマルタを支えながら、ロイドが最後に小屋から出てくる。
「うぅっ、あんなのってないよ。自分のお父さんのこともわからないなんて………!」
声をあげて泣いているのはマルタだけだったが、ジーニアスもコレットも俯き、しいなやリフィルも顔が暗い。
―――恐らくは、コレットと同じような状態なのだろう。心、感情と言うものが欠落し、目的を淡々とこなすだけ。完全に意思も消えてしまったコレットと違い、僅かに残っているようにも思えたが………程遠かったのだと、マルタの言葉で悟る。
何とかマルタを慰めようとしていたロイドが、アステルを見付けてその名を呼んだ。アステルは小声でやっぱりか、と呟いて、ロイド達に近づく。
「すみません、遅くなりました」
「大丈夫だ。けど、その………」
「言わなくていいよ、察しはついてるから――プレセアは?」
「仕事があるって、それで、」
とその時、マルタがばっと顔をあげるや否や、エミルの手を取り顔を近づけた。
「絶ッッ対! プレセアを助けてあげよう! ね!」
「う、うん、分かったからマルタ、落ち着いて。ね?」
さっきまで泣くほど落ち込んでいたのに、もうこんなにやる気に満ちている。―――いや、行動しないと落ち着かないのかもしれない。
元々神子様に背負わせるのは間違ってると強引に着いてきたマルタだ。知らないことから目を背けたくないのだと、マルタはいつもそうしている。
ああ、眩しいなぁなんて、思っても口には出さないけれど。
「アルテスタさんなら、プレセアを助けられるんだよね?!」
「あ、ああ。要の紋さえちゃんとすれば、コレットみたいに元に戻る筈だ」
リヒターがコレットをちらりと見た。
「………シルヴァラントの神子の要の紋はお前が作ったんだろう? お前が直せないのか」
「んー。俺が知ってる紋の形と、似てるんだけど微妙に違うんだよなぁ」
全く同じなら見比べて余分な部分を削り、足りない部分を補えば良い。だがどうやらそもそもの基本となる紋から、ロイドが知るものとは別物らしいのだ。
正直、何処がどう違うのかもわかんねぇ、と。
「それに、一から要の紋を作るのは、俺じゃまだ出来ない。手直しくらいなら何とかなるけど、下手に必要な部分削っても不味いだろうし―――俺なんかより、ちゃんとした職人に見せた方が良い」
エミルからしてみればロイドの腕も中々のもので、職人と名乗っても差し支えないであろうレベルに達していたけれど、本職のドワーフに育てられたロイドからすればその差は明らかなものであるらしい。
ふむ、とひとつ頷いて、リヒターが踵を返す。
「………なら、行くぞ。アルテスタの家はあっちだ」
「あら、貴方場所を知っているの?」
リヒターはまあな、と返事を濁した。………アステルも微妙な顔をしている。
直ぐ様出発ということにあわてて準備を始めたジーニアスやマルタを見て、リヒターはため息をつく。
「行くなら早くしろ。行って、話を聞いてくれるかは分からんがな」
アルテスタの家は、ドワーフらしく岩壁をくり貫いた家だった。
外見だけなら粗雑な造りに見えるが、その実細かな部分で高度な技術が使われた家である。たとえばドアノブやノッカーの細工。例えば寸分の誤差もなくぴったりと岩壁に嵌まっているドアや窓。手先が器用な職人のドワーフならではだ。
それらにロイドは目を奪われた。なんと見事な造りだろうか。
動かないロイドの代わりにエミルがノッカーを鳴らした。二度、三度。三度目で中から扉が開いた。
「はい、どちらサま―――」
「マー、テ………?」
その時エミルが呟いた声は余りに小さすぎて、隣にいたロイドでさえはっきりとは聞き取れなかった。しかし気のせいでなければ、「マーテル」と言ったように聞こえた。
エミルは中から出てきた少女を見て呆然として、少女のほうも不思議そうに首をかしげた。
「あの、どうかなサいまシたか?」
エミルは珍しいことに、本当に驚いていたようだった。数秒して、我に返ったエミルがしどろもどろになりながら頭を下げる。
「………あ、いえ、知り合いに、とてもよく似ていたもので………すみません」
「いいえ、お気になサらズ。ところで、みなサま、なんの御用でシょうか?」
「俺達ここにドワーフが住んでいるって聞いて来たんですけど」
ロイドが用件を告げれば、少女は扉を大きく開けてロイド達を中へと促した。
「マスター・アルテスタにご面会でスね。こちらへどうゾ」
中に入れば外観からは想像できないほど立派な部屋だった。壁も天井も丁寧に磨かれて、過ごしやすいように整えられた家具もよく見れば細かな細工が施されている。下の方へと続くスロープには手摺がつけられていて、それもささくれも引っ掛かりもないくらい滑らかな見事な曲線を描いていた。
それを見て、ロイドは養父ダイクとアルテスタが同じドワーフであることに納得した。ドワーフなのに片や岩と土の家、片や木の家。だがどちらも職人であることは確かだ。家具も恐らくアルテスタが作ったのだろう、ダイクと同じように。
少女の後をついていけばその先には炉があって、プレセアやジーニアスよりも小柄な老人が、金槌を持って炉と向かい合っていた。
「マスター、お客サまでス」
「客だと?」
振り上げた金槌がピタリと止まり、老人がこちらを見た。
が、すぐに老人は手元に視線を戻し、金槌を振り上げ、振り下ろす。かん、かん、と響く金音。
あの、と声をかけようとしたジーニアスをロイドは止めた。無視しているわけではないのが分かったからだ。火を入れている途中に作業を中断してしまうと取り返しがつかなくなるような材料もある。ダイクに後にしろ! と怒鳴られたこともあるロイドは、それをよく知っていた。
と同時に、老人のやり方をもっとみたいと思った。炉に入れている時間、炉の温度。叩くタイミング、場所、角度、力加減。金槌の材質や形。それらの感覚の何か一つでも違ってしまえば完成品の質は一つ落ちる。故にその技術は教えられるものではなく、見て学ぶものだったのだ。
剣の稽古と同じかそれ以上に集中していたせいだろうか、あっという間に時間が過ぎたような気がした。
やがて老人―――アルテスタが手を止め金槌を置き、立ち上がってロイドたちの方に歩いてきた。
アルテスタは立ってもジーニアスと同じか少し下、という身長だった。ドワーフは成人でもそのくらい小柄なのだ。ダイクもそうだったから間違いない。
「ワシに用か?」
「アステルといいます。僕たち、貴方に見て欲しいものがあって」
「見て欲しいもの?」
「プレセアの要の紋です。サイバックのケイトから、貴方があれを作ったと聞いて―――」
「帰れ!」
アステルが最後まで言い終わらないうちに、アルテスタは叫んだ。
「あの子のことはもうたくさんじゃ! 出ていってくれ!」
つい先程までは話を聞いてくれそうな穏やかな雰囲気だったのに、急に聞く耳を持たなくなった。背を向けられ戸惑うロイド達を、少女はやんわりと家の外へと促した。
外に出ると、マルタとジーニアスが憤慨する。
「もう! いきなりなんなの?」
「スみまセん。マスターはプレセアサんに関わるのを嫌がっておられるのでス」
「じゃあプレセアがどうなっても良いっていうの?!」
「ソうではないのでス。マスターは後悔シておられるのでス」
「だったらプレセアを助けてください。要の紋を直せば、プレセアは助かるんでしょう?」
コレットにも言われ、少女の顔が少し暗くなる。
「……ソれが本当に彼女の為になるのか、私には分からないのでスが」
ロイドは即座に言い返した。
「あのままじゃ死ぬと分かっていて、なにもわからなくなって……あんな酷い暮らしをしていて、このままにするのが良いことなもんか」
だからロイドはコレットを助けたかったのだ。だからロイドはディザイアンに怯える人たちを助けたかったのだ。
助ける方法があるのに、今の現状を変える方法があるのに、それをしないなんてことはロイドには出来ない。
助かるのに、助からない方が良いかもしれないなんて理屈はロイドは受け入れられなかった。
「ソこまで仰るのなら、抑制鉱石を探スといいでス」
「待て、プレセアの要の紋は抑制鉱石じゃないのか?」
「はい、あれは……」
「タバサ! 何をしている! 奴等を追い返せ!」
奥からアルテスタの怒鳴り声が響いた。
「スみまセん、戻らないと! また今度来て下サい。アルテスタサまを説得シてみまスから」
頭を下げ、タバサと呼ばれた少女はパタパタと扉の奥に戻っていった。