「ああ、これか……」
なるほど、とエミルは妙に納得した。
確かに、これは奇跡だ。―――何故髪や服の形がくっきりと残っていて、その少女が怪我をしていない(らしい)んだろうとか、そんなことは考えてはいけないのだろう、きっと。
トリエットについたのは、その日の昼頃のことだ。
バテて倒れかけの二人を休ませるため、別行動で先に町に入り、買い物などを済ませたのだ。待ち合わせ場所は宿屋である。
両手に荷物を抱えて宿につき、宿の人にロイド達のことを尋ねたのだが……
『まだ見てませんねぇ』
きっと珍しい光景にはしゃいでいるのだろうと、ロビーで待つことにする。荷物の整理を初めようとした、とたん。
大きな音をたてて扉が開く。見れば、ジーニアスが後ろで息をしながら立っている。ジーニアスはエミルを見るや、声を張り上げた。
「大変なんだ! ロイドが……!」
ロイドが、拐われた。
「っ、その場所、覚えてる?!」
「大丈夫! でも、先にコレット達を見つけなきゃ……きっと姉さんの力がいるよ!」
ノイシュに跨がったジーニアスと並走しながら、エミルは魔物を一太刀で斬り伏せる。慣れない砂地に足をとられ、それでもエミルの足は止まらない。
「その、建物っ、ディザイアンの基地なんでしょ!?」
魔物を見るとノイシュが怯えてしまうから、視界に入った端から剣の間合いに入ると同時に倒す。ジーニアスもときどき魔術を放つが動きながらの詠唱は難しいようで、ほとんどエミルが倒していた。さすがに息を乱してエミルはジーニアスに問いかけた。
「それを何で、わざわざリフィルさんを、探すのっ?」
「確かにエミルは強いからディザイアンにも負けないと思うけど……ディザイアンは、ボクたちが見たこともないような、機械を持ってるんだ。姉さんはそういうのに、詳しいから!」
「そっか、じゃあノイシュ! 頼むよ!」
「ワォーン!」
ノイシュが鳴いてスピードを上げる。
ジーニアスが言うにはノイシュは犬並みに(犬だと信じているのはロイドとコレットなどの極一部らしい)鼻が利くそうで、何故かリフィルとジーニアス、ロイドの三人を見つけられないことは無いらしいのだ。
広大な砂漠でリフィルを探すなら、ノイシュに付いていった方が早い―――そう主張したジーニアスの判断は間違っていなかった。魔物に怯えるのを見かねて、エミルが剣を抜いた後は、の話だけれど。何度置いていこうと思ったことか。
ノイシュは走れば馬並みに早く、小柄なジーニアスを乗せて走ってもそのスピードはほとんど落ちない。足には自信のあるエミルも、ノイシュの全力にはついていくのがやっとだった。
「―――いたっ!」
ジーニアスが叫んだ。照り返しがきつく眩しい砂漠のなかで、目当ての人物を見付けたらしい。嬉しそうに手を降りながら、更に声を張り上げる。
「おーい、コレットー! 姉さーん!」
そこで、エミルにも漸くその人々の姿が見えた。みんなエミルたちと同じマントを着ている。
「み、みんな……わっ!」
身を乗り出しすぎてノイシュから落ちたジーニアスを、エミルが受け止めると短く礼を言い、砂の上をまろぶように駆けていく。
「よ、良かった! ようやく追い付いたよ……」
「ジーニアス!」
荒い呼吸でそれだけ言い、ジーニアスは砂の上で座り込んでしまった。橙色の法衣のような服を纏う、ジーニアスと同じ髪と目の色をした女性が、慌てたように水筒をジーニアスの口許に当てた。こくこくと嚥下し、水筒をエミルにも渡してくる。
「エミルも……飲んで」
「ありがとう、けど僕は大丈夫。まだ自分のがあるから」
だからジーニアスがもっと飲みなよ、とそのまま返す。後ろでノイシュが一番小柄な……金髪の少女に頭を押し付けると、少女はノイシュの耳の後ろを掻いてやる。
「ノイシュ、どうして……?」
「ジーニアス、どうしてこんな所に居るの?! それに、このひとは……?」
女性がエミルを見た。それだけで、エミルは身を竦ませる。睨まれている訳でもなく、ただ見ているだけの筈なのに、エミルは動けなくなった。
ジーニアスが少女の言葉を遮った。
「姉さん、後で説明するから。今はロイドが………ロイドが大変なんだ!」
ロイドの名前が出たとたん、少女がきつく手を握りしめる。
「ロイドが、トリエットでディザイアンに拐われて……ボクだけじゃ、どうしようもなくて……!」
泣きそうになるジーニアスを女性は優しく撫でる。少女が一歩、力強く進み出た。
「―――行きましょう、先生、クラトスさん。ロイドを、助けなきゃ」
「……あなたって子は……ええ、分かったわ。ロイドにお仕置きをしなくてはね」
「神子が言うのであれば、私はそれに従うまでだ」
女性と男が頷くと少女がはい、と笑う。女性がジーニアスを助け起こした。
「後で事情を聞かせてもらうわ。貴方も、後で良いかしら」
「はい。けど、今は」
「分かっています。早くロイドを助けなくてはね」
少女はノイシュを抱き締めた。
「ノイシュ、お願い」
ジーニアスと少女をその背に乗せるや、ノイシュは四方を見回しある方向目掛けて真っ直ぐに走り出した。エミルがそれに並走し、女性と男があとに続く。
そうして終始無言で走り続けて数十分。
「ジーニアス、ここ?」
「間違いないよ。ディザイアンはここを“ベース”って呼んでた」
巨大なドーム状の建物を見上げ、ジーニアスが頷く。
「ここは……人間牧場のようなものでしょうか」
「いいえ、トリエットの近くに牧場は無いはずよ。恐らくは基地ではないかしら」
少女の疑問に女性が応じる。女性が考え込むそぶりを見せると、少女が先生、と少し強い口調で女性を呼ぶ。
「私、ロイドを助けに行きます」
「ボクも! ロイドが心配だもん」
「神子が行くのならば私も行こう」
次々に名乗りを上げる。女性は全員を見回して頷いた。
「……良いでしょう。けれど気を付けて。クラトス、あなたがいれば大丈夫だとは思うけれど……私は残って退路を確保します」
「じゃあ僕も。戦える人は居た方が良いでしょう?」
「エミル、といったかしら。あなたは……」
「ロイドの、友達です」
女性がじいっとエミルを見つめた。ややあって、女性の目がふっと和らぐ。
「分かりました。よろしく頼みます。―みんな、怪我の無いようにね」
その言葉を合図にして、三人がベースのなかに飛び込んでいく。
「私たちも行きましょう」
「はい!」
三人が入っていったのとは別の出入口から中に入る。
そして通路に踏み込むと同時―――剣を抜き、横一線に薙いだ。右手で爆発音、見回りの機械が壊れる。
剣を納めると女性が目を丸くしていた。
「ロイドより年下と思っていたけれど……」
「えぇと、どうかしましたか?」
エミルにしてみれば敵の気配を関知して排除しただけのことである。驚かれるようなことはなく、きっとあの男でも同じことが出来るだろう。
あ、ロイドには無理かな、と本人が聞けば失礼だぞ! と騒ぎ出すようなことを考えながら問いかける。
「素直に驚いているのよ。正直、ここまでとは思わなかったから。……まあいいわ。先を急ぎましょう。何処かにシステムを管理しているコントロールパネルがあるはずよ」
「コントロー……?」
ダメだ。分からない。ジーニアスが協力を仰ぐわけだ。
「あれば言うから、あなたは敵に対処してくれれば良いわ。パネルを操作してからロイドの所に行きましょう」
「はいっ!」
後ろから殺気。返事をして、跳躍。
足の下すぐのところを剣が通り抜ける。相手が呆然とこちらを見上げる中、天井を蹴って敵――仮面を被った男とその後ろの機械との間に着地する。
男が振り向こうと体を捻る。機械も素早くエミルに照準を合わせる。が、遅い。
左足で頭を蹴り飛ばして壁に叩きつけ、回転の勢いのままに振り向く。後ろを斬りつければ、爆発音と共に機械は木っ端微塵に砕け散る。
「あら」
「大丈夫です。……殺しては、いませんから」
にっこり微笑むと、女性は何故か罰が悪そうに微笑んだ。
「ええ……ありがとう」
ジーニアスはコレットに転び方を教わるべきだ!
コレットの髪や服は鉄で出来てるんだよ、きっと!
地味に素手でチャクラム持ってるコレットの手が凄いと思います