最初に口を開くのはアステル。
「………また、骨董屋を探しますか、神子様?」
「いや、アステル。あのときは偶然見つかったけどな、普通ならそんなもん売ってないだろ。そもそもテセアラじゃエクスフィアは機械の動力であって、人間には使わないんだから」
「あたしらはレネゲードに分けて貰ったんだから、あいつらなら持ってるだろうけど………」
敵対している以上、協力は見込めない。
はっとエミルが顔を上げる。
「! そうだ、アリスとデクスは?」
「ダメ。向こうにメリットもないのにあの二人が協力してくれるとは思えないし、そもそも居場所が分からないもん」
ダメか、とマルタの回答を聞いてエミルとロイドの肩が落ちる。
「ねぇアステルさん。サイバックに抑制鉱石置いてないの? エクスフィアの研究してるんでしょ?」
「無理だろうな。機械関係でなら研究はしているが、人体に対する研究はされていない。ケイトが特殊なんだ」
ジーニアスの疑問には、代わってリヒターが答えた。
そのケイトと組んでいたのがアルテスタ。おそらく要の紋関係はアルテスタの仕事だったのだろう。そう考えれば、おそらくサイバックにも抑制鉱石の在庫はない。
機械につけて使うなら要の紋は使わないのだ。
黙ってしまったゼロス、しいな、アステル、リヒターのテセアラ組。エミル、マルタ、ジーニアスも良案は思い付かず、意見を求められたリフィルも首を振った。
「ロイドは何か知らない? ダイクさんに何か聞いてたりとか」
「うーん………大抵はディザイアンが持ってるし、けど親父が作れたってことは親父は抑制鉱石を手に入れられたってことだよな………?」
コレットの問いにも生返事を返して、必死にロイドは記憶を手繰る。だがダイクとて抑制鉱石の細工をしていたのは本当に数える程度で―――ロイドは記憶力は然程悪くないはずなのに、全く思い出せない。
八方塞がり、手掛かりなし。
どうしたものかと途方にくれた時に、黙っていたリーガルが口を開いた。
「………抑制鉱石の場所なら私が知っている」
「え?」
「抑制鉱石がエクスフィアの働きをある程度抑える鉱物のことなら、エクスフィア鉱山の比較的表層で発掘される鉱石の一部がそうだ………と、聞いたことがある」
ジーニアスが目だけでロイドに問う―――そうなの?
ロイドは数度瞬きを繰り返して、たぶん、と口だけ動かして答えた。
「よく知ってるな、あんた」
ロイドが知っているのは、抑制鉱石は要の紋の材料であること。そして抑制鉱石そのものがある程度エクスフィアの働きを抑える効果があり、まじないを刻んで加工することでエクスフィアを制御できるようになること。どこで取れるのかなんて知らないし、そもそもエクスフィアの鉱山が存在することも知らない。
アステルたちはエクスフィアが採掘される石だということは知っていたが、抑制鉱石のありかまでは知らなかった。
だからすげえな、というつもりで言ったのだが、リーガルは何故か表情が曇った。コレットが不思議そうに首を傾げる。
「リーガルさんは、プレセアとどういう関係なんですか?」
「いや………関係はない。だがプレセアを助けるためなら協力させてほしい。鉱山はアルタミラからユミルの森にかけての山岳地帯の中―――ここからだと海を越えた南の大陸だ。私が知っている場所でよければ案内しよう」
ロイドはリーガルの目をじっと見て、答えた。
「わかった。あんたに頼む」
物言いたげなジーニアスは、ミズホでの会話を思い出したのかため息を堪えて口をつぐんだ。
話がまとまった頃、アステルがうぁぁ………と呻き声をあげた。
「―――ってことは、またガオラキアの森を抜けるんですね………あんなところもう二度と通りたくないよ………」
「大丈夫ですって。『あいつ』はもういませんし、一度通ったから道も覚えましたし」
呆れて見るリヒターと違って、エミルはすかさずアステルを励ましにかかった。その内容は、半分くらいはロイドには理解できなかったけれど。
だがガオラキアの森をあまり通りたくないというのは同意できる。薄暗いし迷いやすいというのもあるし、あそこの魔物がグールなどの死霊系で不気味というのもあるが――― 一番は、何となく居心地が悪いから。何というか、怖いというより気持ち悪い。長居したくないというか、気が滅入るというか、あまり近付きたくないのは確かだ。
と、そこまで考えて。
ロイドが首をかしげるとほぼ同時に、ゼロスがアステルに訊ねた。
「ん? なぁアステル、お前、前にも何度かオゼットに来たんだろう? 森を通ったことないのか?」
「はい、神子様。僕普段はふね―――あぁぁあ!!」
「なに? なに、どうした?」
叫んで、苦々しげな顔をして、前髪をぐしゃっとつかんで、下を向いて、声を出さずに唸って。リヒターもそんなアステルの隣で一度目を瞬いて、あぁ、と遠い目をした。
その反応に慌てたロイドが狼狽えて、しいなはアステルと同じようにあ、と苦い顔をする。
「あの、船、で、来てました」
「船………船?」
「オゼットの北に桟橋があって、そこまで、船で」
エレカーは桟橋がある場所にしか停まれない。メルトキオがあるフウジ大陸にはグランテセアラブリッジの横にしか桟橋はないが、アルタミラ大陸にはいくつかの桟橋がある。
オゼットの北にある桟橋なら、サイバックから南下してグランテセアラブリッジ横の桟橋からエレカーに乗り、アルタミラ大陸の南側をぐるっと回って行けば着く。
そして、海には魔物は殆ど出ない。
「ってことは………俺たちはあんな思いをして魔の森を抜けなくても、エレカーで簡単にオゼットに来れたのか?」
「っっおいこらアステル――ッ!!」
「ごめんなさいすみません忘れてたんですわざとじゃないです神子様ーっ!」
しいなとリヒターもすっかり忘れていたらしい。まあしいなの場合は『表』の定期船なんてあまり使わないし、今回は追われているから仕方ないと言えば仕方ないのだが。
ただエレカーがあれば定期船には乗らなくても良いので、指名手配されていようが、あまり関係なかったりする。
「ま、まぁまぁ、良いじゃない。エクスフィアの鉱山まで行くのに、森を通らなくて良くなったとおもえば」
「そだよ。ね、早くいこ?」
「あー、よしっ。じゃあ鉱山に向かおうぜ!」
『おー!』
ロイドとコレット、ジーニアスとマルタが、真っ先にオゼット方面に歩き出す。微笑ましげに一息ついてリフィルとしいなが後を追い、次いでエミルとアステル、リヒターもそれに続く。
「なぁ、そういえばさっきのタバサって人、少し変わってたな」
「変わってた?」
「うーん、何て言うか、ほら、コレットが天使になって正気じゃなかった頃に、少し似てた気がするんだよ」
ああ、と頷いたのはしいなだけで、ジーニアスとマルタは首を傾げる。
「そうかなぁ。あの人はちゃんと自分の意思もあったし、普通に見えたけど」
「そうなんだけど、そういうことじゃなくってさ。なぁエミル、エミルはどう思う―――エミル?」
「―――え? あ、うん、何?」
ロイドが隣を歩くエミルの肩を揺すって、それで初めてエミルがロイドをちゃんと見た。
「どうしたんだ? さっきから様子が変だぞ。具合でも悪いのか?」
「いや、体調はなんともないから大丈夫。ただちょっと、あのタバサって人が気になって」
「ああ、知り合いに似てたって言ってたな。そんなに似てたのか?」
ロイドが問えば、何故だかエミルは顔を暗くさせた。
「………どうなんだろう。分からない」
エミルの目が、ここではないどこかを見ている。
「最初に見たときは確かに瓜二つだと思ったけど、あの娘の方がずっと柔らかい目をしてたし………けど笑い方はそっくりで、………ううん、でも同じじゃない。と、思う、んだけど」
どんどん声が小さくなって、エミルがどこかに行ってしまいそうで。
ここにいるエミルが、どうしてか全く知らない人のように思えた。何も変わらない。なのに、どうしてか、何かが違うのだ。
どうだったかなぁ、と。ほとんど掠れた小さな声で―――それが、少しだけ泣きそうに聞こえて。
マルタが、慌ててエミルの手をとった。
「エミル………えーと、あの、その人、エミルの大事な人だったの?」
声をかけたのが咄嗟の事で、その後で無理矢理言葉を捻り出したらしい。本人もどうしてそんなことをしたのか後になって首をかしげていた。
エミルの方は何時ものようにちょっとだけ困ったように笑って、頬を掻く。
「大事というか―――うん、好きだったよ」
「えぇっ?!」
好き? というか過去形?!
日頃マルタに抱き付かれようが少し慌てるだけで色恋沙汰の話はしたことがなかったエミルだけに、衝撃は大きかった。マルタは違う意味でもショックを受けてふらつき―――
「だって、大事な友達のお姉さんだったから」
「友達………の、お姉さん?」
続いた言葉でぽかんとした。
余りに予想外過ぎて、一行の誰もが口を動かすことを忘れてしまったほど。何とか聞き返せたのはアステルだった。
「うん。あの娘と友達って言うよりは友達の家族だったから親しくしてた、って言った方が正確かな。あまり話したことはなかったし、友達と僕が話してるのを隣で笑いながら見守ってた方が多かったし」
友達がまたその姉と仲が良くて、互いに互いを大切に思っているからお互いがお互いに対して少し過保護で、お互いが相手のためになら自分を犠牲にしてしまうくらい優しくて。友達の方は少し突っ走ってしまう事も多くて、なのにそれをむしろ応援して支えようとするヒトだった、と。
珍しく、エミルは饒舌に語る。エミルがここまで他人を誉めるのは初めて聞いた。
「へぇ、なんか先生とジーニアスみたいだなぁ」
「けど姉さんよりも優しそうなヒトだね」
「ああうん、そっくり。ただあの娘よりリフィルさんの方が少し怖―――」
「あら。何か言って?」
『勿論何も言ってません!』
エミルとロイドとジーニアスの声が揃った。
彼等にはしいながボソッと小声で「おっそろしい女だねぇ」なんて言ったことなんか聞こえない。それで気温が数度下がった気がしなくもないが、そんなのは気のせいのはずなのである。
たとえ彼らを挟んでリフィルとしいなが笑顔で睨み合っていようとも、気のせいに違いないのである。
「ふふふっ」
笑い声がして、ほんの少しばかり剣呑になりかけていた空気は穏やかなものになった。
その笑顔は、随分と久しぶりだったから。
「ちょ、コレット何で笑うの?!」
「だって、昔の話するエミル、とっても楽しそうだったんだもん」
ずっと張り詰めていた。くらい顔ばかりしていた。穏やかに微笑みこそすれ、それはコレットが神子だからであって、一度だって心から笑ったことはなかった。
けれど今のコレットの笑顔は、作られたものではなかった。思わず漏れ出てしまった、久しぶりに見たコレットの笑顔。ロイドも、ジーニアスも、リフィルも知っている。
なにも知らないエミルは少しばかり照れ臭そうにはにかむ。
「そう、かな?」
「うん。………ねぇエミル、私もエミルのお友達に会ってみたいな」
エミルは―――何時ものように、困ったような笑みを浮かべた。
その時どうしてか、ロイドは違和感を覚えた。髪の先に何かが触れたような、剣の手入れをしていてふと後ろに気配を感じたような、感じたのかも分からないくらい幽かな違和感を。
「どうだろう。会えるか分からないよ。僕も前にあったのは、ずっと昔だから」
「じゃあいつか会えたら紹介してね」
「……うん。会えたら、ね」
エミルがそう答えたときに、後ろからリーガルとゼロスが追い付いてきた。
何をしていたのかしいなが怒ったけれど、ゼロスは悪い悪い、と軽く応じて、一行を先に促す。
皆がしいなとアステルの案内でオゼット北の桟橋を目指して歩き始めた時。
エミルの背中を見ていたロイドはふと、気が付いた。
シルヴァラントを殆ど回ったのに、エミルの知り合いや家族には一度も会わなかったこと。エミルがロイドと会うより前のことはあまり口にしないこと。
ロイドが知っているのはほんの少しだけ。
孤島に住んでいたらしいこと。エクスフィアを使っていないのにこれほどに強いこと。アリスとデクスの二人とは知り合いらしいこと。シルヴァラントの知り合いに会いに行くために旅をしていたらしいことも。
そういえば、エミルは知り合いには会えたのだろうか。結局成り行きもあってずっとエミルとは一緒だけれど、本当は再生の旅業にエミルは関係なかったのだ。テセアラまで連れてきてしまったけれど、エミルにもきっと、シルヴァラントで用事があったはずなのだ。
「ロイド? 行くんでしょう?」
「ああ、ごめん、すぐ行くよ」
問いかけてくるエミルはいつも通りだったから、ロイドも止めてしまっていた足を動かす。
ただ、ロイドが気になっているのは。
『見たいものがあったから』
エミルの見たいものは見られたのだろうか。
あのトリエットの夜に言っていた『そこに行けば見られる場所』を、エミルは見つけられたのだろうか。