エレカーで南の大陸に渡り、そこから陸地を西へ西へと歩いて。
やっとたどり着いた鉱山の入り口には、大きな機械が鎮座していた。
「ここか! 閉鎖された鉱山ってのは! 何か出そうだなぁ? なぁ?」
「あーもう! 少しは黙ってられないのかい!」
何故かテンション高めなゼロスが騒ぎ、しいなに怒鳴られる。
子供っぽい神子ゼロスに、アステルは危うく吹き出すところだった。寸前で腹に力をいれて耐えたが。
神子はいつもああだ。軽薄で飄々として、何処までが本音で何処までが冗談か分からない。わざとなのか………いや、ほとんどわざとだろう。だがたまに子供のようにはしゃぐときがある。その時は本当にどちらなのか、アステルには分からない。
アステルとゼロスはかれこれ九年前からの付き合いだ。サイバックにスカウトされて入ったアステルと、王立研究院付属学問所に通っていたゼロスが偶然に出会ってから、今に至るまでずっと親交がある。
そのアステルから見て、しいなとじゃれている時のゼロスは、七割方本気で遊んでいるように見えた。
いつか、自分もあんな風に遊べるんだろうか。
そんなことを考えていたら、先頭を歩いていたリーガルが突然足を止めた。
「―――いかん」
「どうしたんだ、リーガル?」
「扉のガードシステムが暴走している。何者かが無理に侵入しようとして破壊したのだろう」
言われてよくよく見てみれば、入り口の機械のランプが不自然に明滅している。少し近づくと、レンズらしき場所がウィーン、と音をたてて、何処からかアームが出てきた。
「………これ、私たちの事も襲ってくるってこと?」
「解除できないかしら」
「出来なくはないが………かなり時間がかかる。ここは元々古代の採掘場で、機械も当時のものを使っているのだ」
少なくとも半年、長ければ数年。作られた年代によってはそれ以上かかるだろう。
古代の技術は八百年繁栄を続けたテセアラのそれよりも遥かに高い。下手をすると現代の技術では手に負えない可能性もある。そして古代技術を専門に研究している学者は意外と少ないのだ。
リフィルも古代技術の操作までは出来ないのだろう。制御している装置をちらりと見て首を振った。
と、踏み出したエミルが腰の剣に手をかけて。
「だったらいっそ、もっと壊して止めちゃえば?」
「! それだエミル! よし、行くぞ!」
「あああ、待て! 古代の遺産に何ということを―――!」
飛び出したのはエミルとロイド、ああもう、と追いかけたジーニアス。その後をリフィルが追う。残りはリフィルの剣幕や貴重なものを壊すと即決したエミル達に驚いて行動が遅れた。
叫ぶリフィルもそれが穏便に止まるとは思っていない。見れば開き直ったのか、責任者を出せ――! と叫びながらロイド達に指示を出し、被害がなるべく少なくなるように最小限の場所だけ壊すことにしたらしい。
「ロイド! そこのカバーを外して下から出ている線を切れ! ―――エミル! そのアームには手をつけるな! くっ、こんなことが許される筈はない! 歴史への冒涜だ! ―――ジーニアス! 雷系の魔術は使うなと言っただろう!! あぁ、何故古代の貴重な遺産を浪費しているのだ! 保護して然るべきだろう! 全くここの責任者は一体何を考えている!」
口調は荒ぶりながらも繊細な治癒術を意図も容易く織り上げるその技術は見事なものであるが、その勢いに呑まれて傍観している一行は少し引いている。
「………何だこれは」
「えーと、遺跡マニア? らしくて」
説明するマルタも見るのは二度目だそうだ。前にみたのはシルヴァラントの、ソダ島の水の神殿で。
「でもその時は、もう少し大人しかった気がするんだけどなぁ………何でだろう。こっちのほうがしっくりくるような………」
因みにアステルは知る由もないが、ソダ島ではコレットの天使疾患とパルマコスタのクララ夫人の事が気掛かりで、無意識に遺跡マニアの血が抑えられていただけである。
一方、黙ってロイド達の破壊工作を見ているリーガルは、心なしか顔色が悪い。
「ねぇリヒター、この辺りの管理者って」
「レザレノ、だろうな」
アステルはレザレノ・カンパニー会長と直接の面識はないが、研究の出資者の一人であるから名前くらいは知っている。
「………リフィルさんには、黙っておこうね」
「賢明だ」
指示も虚しくただのガラクタと化したガードシステムにリフィルが悲鳴をあげ、エミル達が怒られるのは、数分後のことである。
鉱山の中を進んでいたとき、エミルがふらりと倒れかけた。
受け止め、支えたのはゼロスだった。
「………っと、大丈夫か? アステルのそっくり君」
「エミル、です。すいません、大丈夫です」
支えを押し返すが、すぐに壁に手を着く。そんな調子だから、ジーニアスやマルタが顔をしかめる。
「大丈夫じゃ無いでしょ。そんなに真っ青な顔して」
「あはは………、本当に大丈夫。体は何ともないし」
体が何ともないなら倒れるはずはない―――“普通”なら。
アステルとリヒターはエミルの正体を知っている。ミズホの里を出るときに話をしたからだ。
「エミルの大丈夫はたまに信用ならないからな。取り合えずエミルは暫く休憩。戦いは俺たちに任せてくれよ」
「え、でも」
「平気だって! ボク達も戦えるようになったし、ね?」
「そうそ、前衛はいざとなったらそこのアホ神子もいるんだからサ。エミル、テセアラに来てからろくに休んでないだろう? いいから下がってな」
何も知らなくとも心配は本当だ。
ジーニアスとリフィルはミズホでリヒターに術のコツを教わり、何とかテセアラでも術を使えるようになった。未だに大きな術は制御しきれずにいるようだが、徐々に慣れつつあるようだ。
そもそもエミルが戦い続けていたのは守る人数に対して戦える人数が少なすぎたから。
アステルはリヒターが守るとしても、リフィルとジーニアスは完全に戦えなかったし、マルタも治癒術以外は殆どからきしだ。エクスフィアもつけていないし、リフィルの代わりに治癒が出来ることから守る対象だった。ゼロスはガオラキアまで戦おうともしなかった。
対して戦えるのはロイド、コレット、しいなの三人。プレセアがいたときはプレセアも戦力になったが協力出来るような状態ではないため、守る戦力にはならなかった。
が、今はアステルとマルタ以外は全員が戦える。エミル一人が休んでもどうにかなるのだ。
この辺りの魔物の強さと皆の強さを瞬時に計算して、エミルはふっと表情を緩めた。
「分かりました。皆の言葉に甘えます」
こうして守る側から守られる側になったエミルは、アステルやマルタと一緒に一行の真ん中辺りを歩くことになった。
アステルはマルタが側から離れた時を見計らって、小声でエミルに聞いた。
「………ねぇ、本当に大丈夫?」
「正直ちょっと辛いです」
「! まさかここにも」
「あ、いえ、“そっち”方面の理由じゃなくて、」
否定されて、ほっとした。まさかここもガオラキアと同じなのかと身構えてしまったのだ。
ならもう一つの方か。リヒターに目だけで確認するが、特にマナには異常なし。リヒターはここ最近その調査のためにテセアラ中を回っていたので、その感覚は信頼がおける。
「ならどうしたの?」
するとエミルはしかたないなぁ、とでも言いたげな表情をした。
「ここは少し『声』が響くから」
「声?」
確かに鉱山の中は吹き抜けだったりして声が響くが、具合が悪くなる程ではない。話し声だって響くほど大きくもないはずだ。
アステルの内心が聞こえたのか、エミルはやっぱりね、と溢した。
「本当はとっても小さな声なんですけど、何でか騒いでて、反響して響くんです。普通ヒトには聞こえないもので、だから説明するのも面倒で。………ロイドの言う通り、少し大人しくしてます」
が、エミルの調子は一向に良くならなかった。
奥に進めば進むほどエミルの足元は覚束なくなり、ついには支えがなくては歩けなくなった。
「ご、ごめん………」
「もうお前の平気は聞かないからな。兎に角引き返すぞ」
「ま、待って! 待って、抑制鉱石を探さなくちゃ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! コレット、俺の剣を持ってくれ。俺がエミルを背負う」
「駄目だよ! 僕は大丈夫だから、」
「そんなわけないだろ!」
言ってしまってから、ロイドの目がはっと揺れた。エミルは少しだけ驚いて、それだけだ。
きっと、ロイドはあんな大声を出すつもりじゃなかったし、エミルもこんな大事にするつもりなどなかったのだろう。
ロイドは目を泳がせて、俯いた。エミルはただロイドを見ているだけだけれど、声をかけるでもなくただじっと、ロイドを見ていた。
空気が気まずい。
この空気には覚えがある。アステルが現地調査に行く、とリヒターに打ち明けた時だ。あの時リヒターはロイドのようにアステルに怒鳴って、今のロイドのようにあたふたして、その後リリーナが呼びに来た時には部屋から走って出ていってしまった。
きっと今のアステルは、その時のリリーナと同じ顔をしている。
「ねぇ、ロイドさん。ロイドさん達は奥に進んでください。僕とリヒターがエミルを連れて引き返します」
しいなと、ジーニアスがはっとする。
「リヒターだけじゃ戦力が足らないだろう。あたしも残るよ」
「私も。エミルが心配だもん」
マルタは恐らく純粋にエミルを心配して、しいなは戦力を鑑みて、残ると申し出た。
ロイドが答えずにいると、ジーニアスがそっとロイドの袖を引いた。
「………ロイド。行こう。行って、プレセアを助けよう。抑制鉱石がある所までもうすぐなんでしょ?」
「あ、ああ、そう遠くはない筈だ」
全員が静かにロイドの言葉を待った。
やがて、ロイドは勢いよく踵を返す。
「~~~っ、リーガル、案内してくれ。急ぐぞ!」
ロイド達が行ってしまって、いきなりふらりと倒れたエミルを支えたのはリヒターだった。
アステルは顔を険しくしてエミルの前に立つ。
「―――エミル」
「ごめんなさい。足手まといになっちゃって」
「そんなことよりも、どうしてロイドが怒ったか分かりますか?」
笑顔が崩れて、エミルの目が泳ぐ。さっきのロイドと同じように。
「心配、かけたから………?」
「それもあります。けど一番は―――エミルが他人に頼ろうとしないからです」
あれは怒って大声を出した訳ではない。悲しかったのだ。
そんなに頼りないのか、そんなに信用ならないのか。どうして、頼ってくれないのか。
仲間じゃ、ないのか。
アステルはロイド達からシルヴァラントでの大まかな出来事は聞いている。きっとロイドはコレットと同じことを繰り返すことを恐れている。仲間だと思っていたのに、力になれずにいたこと。なにも知らなかったこと。
エミルもコレットも、何時だって自分よりも他を優先して、自分は何てことのないように笑うから。どんなに辛くても、決して弱音を吐かないから。
「エミル、ロイドは、弱い?」
「そんなこと! ロイドは、強いですよ。僕なんかより、ずっと。けど」
言わずに飲み込んだ言葉を、きっとアステルは知っている。アステルとリヒターだけが分かっている。
でも、なにも知らなくても気が付かない訳じゃない。
しいなが、エミルの頭に手を置く。
「言えないことがあるならそれでも良い。けど今は仲間なんだ。そこを忘れないでおくれ」
「………はい」
エミルの返事には力がない。
仲間ということは理解しているし、ロイド達を信用していない訳ではない。それとこれとは別なのだと、知っているのはアステル達くらいだ。エミルはきっと何も言わないだろう。いつか本当のことをロイドたちに話す時が来るまでは。
だからきっと、その時までエミルはこのままだ。
アステルは結局のところ、エミルもロイドも似た者同士だと思う。