いつの間にか眠ってしまったエミルは、リヒターが背負うことになった。
「エミル………」
「どうしたんだろうね。あたしたちは何ともないのに、どうしてエミルだけ」
リフィルとジーニアスがテセアラで体調を崩したのはマナの濃度差のせい。コレットはおそらく天使化の影響があるのだろう。
だが、エミルだけというのはどういうことだろう。
「疲れが出たんじゃないでしょうか。エミルはまだ怪我が完全に治った訳じゃないのに、ガオラキアでも無茶をしてたから」
ああ、としいなとマルタから納得の声が上がった。
治癒術で怪我は治る。だが普通に治すよりも体には負担がかかるし、無理に動かせば傷が開くこともある。完全に治るまでにはやはりそれなりに時間が必要なのだ。
エミルはテセアラに来る前から怪我をしていた。なのにガオラキアでの謎の骨を相手にした立ち回り。疲労で倒れても仕方のないことだろう。
「そういえば、あの骨みたいなやつのこと、知ってるの、しいな?」
「知ってるというか、似たような奴を見たことがあるのサ。シルヴァラントでね。その時は何とか逃げ出したんだけど、あんなにヤバい奴だとは思わなかったよ」
「シルヴァラントにいたんなら、別の奴かな」
「多分ね。シルヴァラントで見た奴には尾がなかったし」
二人は二人で納得したようで、そこで話は終わった。
が、リヒターとアステルはちらりと互いに視線を交わした。シルヴァラントにいたモノがテセアラに来ているとしたら。
マルタが小声で呟く。
「やっぱり、強くならなくちゃ。エミルに守ってもらうばっかりは嫌だもん」
せめて―――。
言いかけて、エミルが唸った。マルタははっとして、リヒターの背にいるエミルに駆け寄った。
「うう………ここは」
「エミル! 駄目だよ、休まなくちゃ」
「何か……妙な……?」
マルタの声が聞こえていないように、どこか焦点の合わない目で辺りを見回す。ぐるり一周して、少し後ろ―――トイズバレー鉱山の奥の方を見て、止まる。
「リヒターさん、ちょっと、向こうに」
「どこ行く気だい? 出口はあっちだよ」
「ええと、………雉を撃ちに?」
まず全員がぽかんとした。次にしいながじわじわと顔をわずかに赤らめて、少し遅れてアステルが苦笑いする。最後までぽかんとしていたのはマルタとリヒターだ。
しいなはやや慌てぎみにマルタの背を押した。
「マルタ、アステル、行くよ」
「ちょ、しいな?!」
「エミル、僕たちそこの角の向こうに居るからねー」
「どうして? エミルから離れたら」
「あー、マルタは知らないんだね」
「?」
「さっきの言い回しはねぇ………」
気配が離れると、エミルはリヒターの背から降りた。その動きは俊敏とは言い難く、まだ本調子ではないのがすぐにわかる。
「………おい」
「すみません、リヒターさん。僕の言う通りに」
真剣な声音にリヒターは溜め息を一つ返した。エミルはそれを返事と受け取って、倒れかけたときよりは幾分かしっかりとした足取りで先を目指す。
さっき奥に向かった時は通りすぎた場所で足を止め、しゃがみこむ。
「―――やっぱり、これか」
眉間のしわを濃くしてエミルが拾い上げたナニカは、リヒターから視てもかなり厄介そうな代物だ。エミルがさっさと布で覆ってしまったからはっきりとは見えない。
「皆には黙ってて下さいね。僕が持っていれば皆に影響は出ない筈だから」
「黙ってて欲しいなら答えろ。『それ』は何だ」
僕が持っていれば、ということは普通なら他のヒトに影響がでるナニカということ。リヒターはあくまでもアステルの護衛だ。万が一にもアステルに危険が及ばないようにするのが役目なのだ。
一歩も譲る気がないことを声から悟ったか。
エミルが布を退けた下には―――
「遥か昔の、負の遺産、って所です」
気配も見た目も禍々しいチャクラムが、ぎょろりと目を剥いていた。
ロイド達が抑制鉱石を手に入れて戻ると、エミル達は別れた場所と入り口との丁度中間辺りで休んでいた。
「エミル!」
「ジーニアス、ロイド、皆」
立ち上がろうとしたエミルを手で止める。さっきよりは随分体は楽そうに見えるが、何時もほど俊敏ではない。
「体はどうだ」
なんと切り出したものか迷って、かなりそっけない声になってしまった。が、エミルの方は普段通りに応じる。
「うん、大分よくなったよ。やっぱり疲れてたみたい。ごめんね、心配かけて」
さっきのことがなかったかのような振る舞いに、ロイドは戸惑った。良かったと思うのに素直には喜べない自分がいる。さっきまで怒って悪かった、と謝るつもりでいたのに。
「なら、良い。けど当分無茶するなよ。戦闘も参加しなくていい。というか、するな」
これくらい言わないと無茶をしかねないだろうが、それにしたって言い方がきつくなってしまい、内心ではうああぁ!! と叫んでいる。
「うん。抑制鉱石は?」
「見つけた。これにまじないを刻んで要の紋の代わりにするんだ。加工はすぐできるから、後でやる」
要の紋の加工はドワーフの秘伝。方法も知らず、技術も足りていないロイドでは要の紋は作れない。だがコレットの時のようにまじないを刻むくらいなら出来るし、それだけでも効果はある筈だ。勿論早めに完全な要の紋を手にいれる必要はあるが。
「早くここを出ましょう。有害なガスが出ているとかではないのでしょうけれど、用心に越したことはないわ」
「………待って」
コレットが目を瞑って耳を澄ませていた。自然と皆黙って大人しくする。
「声がするの。出口の方」
「! まさか騎士団がこんなところまで?」
「ううん、騎士の音じゃないの。鎧や武器みたいな音はするけど………」
「何人?」
「二………三人、かな。まだ鉱山には入ってきてないよ」
相変わらず凄まじい聴力だ。コレットが騎士ではないというのだから教会の追っ手ではないだろう。普通の王国兵なら神子ゼロスに敵対はしない。賊程度ならロイド達の敵ではない。
「騎士じゃないなら行こう。鉢合わせる前に鉱山を出ればいいんだから」
と、急ぎ出入口に向かっていたが、鉱山の中は入り組んでいるし出入口は一つだけ。加えて体調が良くないエミルもいて、総勢十一人というちょっとした大所帯だ。
結局、コレットの言う誰かとは鉢合わせてしまった。
気がついた時点で物陰に隠れたため、向こうはまだロイド達には気が付いていない。相手は小太りの男と、傭兵らしい武装した男が二人。コレットこ言う通り騎士ではなさそうだ。
彼等は近くを物色してはひっくり返し、散らかしながら何かを探している。
「くそっ、ここにもエクスフィアは無い………」
「ヴァーリ!?」
隠れていた筈が、リーガルが思わずといった様子で立ち上がる。
「っ、お前はリーガル! そうか、外のシステムはお前が」
「誰だ?」
「エクスフィアブローカーのヴァーリだ。エクスフィアは機械の動力になるからな。けど、なんでこんなところに………?」
ブローカーというのは仲介者のことを言うのだとアステルが小声で教えてくれた。つまり売り手と買い手の間を取り持つ存在。それがどうして鉱山に、それも閉鎖されたエクスフィア鉱山にいるのか。
リーガルとゼロスの言葉は同じだが、意味が違う。ゼロスはあくまでも疑問であり、リーガルは怒りが含まれている。
「何故貴様がここにいる? 教皇はお前を野放しにしているのか? 私との約束が違うではないか!」
「はっ、人殺しの罪人との約束を教皇様が守ると思ったのか? それにお前こそ、コレットを連れてくるどころか仲間になってるじゃねぇか!」
「黙れ! 教皇が約束を果たさぬと言うならば、私自らお前を討つ!」
一喝し、すっと構えるリーガル。本気であの男をやるつもりだ。感じたのは憎悪と鋭い殺気。思わず鳥肌が立つ。
「冗談じゃねぇ! おい、ずらかるぞ!」
恐れをなしたか、ヴァーリは情けない悲鳴をあげて逃げ去った。残った傭兵二人もリーガルの一睨みで尻尾を巻いて逃げて行く。
誰もいなくなって、ようやくリーガルの雰囲気がいつものそれに戻った。
「リーガルさん、今のひとは………」
「人殺しの罪人とか言ってたけど」
「私は人を殺めた罪で投獄中の身だ。軽蔑してくれて構わん」
「何があったんだ?」
「………言えば言い訳になる。私は罪を背負ったのだ。それでいい」
否定も肯定もせず、ただ事実だけを語る。
ロイドはどうしてか、ハイマでのアリスたちを思い出した。迫害され、それを受け入れながらも、納得しているわけではないだろう彼等。きっと事情があるのだろうに、それを語らずにいるのは何故なのか。
本人が良いと言っている以上、もうこれ以上誰も追求はできない。
だが軽蔑して構わないと言われても―――。
「気にすることないですよ、リーガルさん。人殺しというなら、僕も、『そう』ですから」
エミルの言葉にリーガルがはっとした。エミルは真っ直ぐにリーガルを見ている。微笑みすらした。
そうだ。ロイドとて、―――殺したことが無いわけではない。
「………俺も、バカな行動でたくさんの人を………殺しちまった。罪は消えないけど、苦しいときに苦しいって言うくらいはいいと思うよ」
イセリアの時や敵対したディザイアン、レネゲード。ロイドが殺した相手は沢山いる。死なせてしまった人もいる。
だが。
ロイドは気が付かない。
エミルが言った言葉の本当の意味に気が付くのは、まだまだ先のことである。
鉱山の外に出たときにはもう夜も遅かったため、一晩野宿をした。夜のうちにロイドは抑制鉱石のまじないを仕上げ、エミルの体をリフィルが診察した。リフィルの結論も、アステルと同じく疲労によるものだろうという結論になった。エミルはもう大丈夫と主張したが、リフィルに暫く戦闘参加禁止令を出された。
そうして朝を待ってエレカーを繰り、オゼットへたどり着き。
真っ先にプレセアの家に駆け込んで行ったのはマルタだ。
「プレセア、プレセアー!」
対してロイドやエミル達他の面々は家の前で待機する。が、数秒もせずにマルタだけが出てきた。
「ねぇ、プレセアがいないよ?」
「仕事をしているんだろう。帰ってくるまで待てばいい」
リヒターの一言で、じゃあここで待とうか、と腰を落ち着け始めたとき。
「うっ、痛い………!」
「コレット!」
いきなりコレットが体を抑えて苦しみだし、すかさずエミルが支えに入った。
「先生! コレットが!」
「熱があるわ! でもこの痛がりようは………?」
コレットは大抵のことなら我慢してしまう。怪我をしてもずっと言い出さないこともあったし、天使化の試練も誰にも何も言わずに耐えた程だ。
そのコレットがこうまで痛みを訴えるとは、尋常ではない。
痛みの原因が分からなければ治癒術も使えない。リフィルが痛み止めの薬を取ろうと荷物に手を伸ばす。
すると近くの茂みから出てきたプレセアが―――まるで気配がなく、ロイドは気が付けなかった―――真っ直ぐコレットの所に向かった。
「私に………任せて下さい」
「プレセア? え、ええ………」
思わずリフィルが道を譲る。何かを企んでいるようにも見えなかったし、どこか確信ありげな声だったのだ。
が、何故かコレットまであと一歩、という所で、プレセアが片手で引きずっていた斧を握る手に力を込めて。
「! 危ない!」
ロイドは寸前でリフィルの服の裾を引っ張った。リフィルは後ろに倒れ、その眼前をプレセアの斧が通りすぎる。
「リフィルさん! プレセア!? ―――きゃあ!」
近付こうとしたマルタに向けても威嚇するように斧を一振り。しいなが腕を引いて、マルタもなんとか助かる。
「これは、ミズホの時と同じ―――これもエクスフィアのせいかい!?」
「違います! 同じじゃない、近付けさせないようにしているだけ―――」
「アステル! 近寄るな!」
プレセアは普通なら扱えないような斧を軽々と振り回し、ロイドたちはそれを避けてどんどんと下がった。
気がつけばコレットとエミルからは随分と離れてしまった。
「うぅ………!」
未だ苦しむコレットはついに膝をついて呼吸も荒く体が震えだした。冷や汗が頬を伝って地面に落ちる。
まさかコレットのクルシスの輝石に何か………いや、ちゃんと要の紋はつけたはず。不備があった? それとも壊れてしまったのか? とにかく早く何とかしなくては―――!
焦るロイドは飛び出そうとして、それを押し返すかのような突風に腕で顔を覆って目を閉じる。風が弱まり目を開き、ロイドは絶句した。
「なっ、飛竜?!」
「コレット、エミル!!」
目の前に居たのはシルヴァラントの救いの塔へ向かうときに使った飛竜………ではない。それに似ているように思えるが、鋭い鉤爪にシルヴァラントのものより一回り小さい体つき。恐らくはより戦闘に特化した種族だ。
それが二匹。一匹は足でエミルと気絶したコレットを掴んでおり、もう一匹の背中には誰かが乗っている。
「ふぉっふぉっ、よくやった、プレセア」
「誰だ!」
飛竜の背から身を乗り出したのは、以前プレセアの家の前で会った、ハーフエルフの男。
「わしはロディル! ディザイアン五聖刃随一の知恵者!」
ロディルと名乗った男の合図で飛竜が上昇を始める。
「ディザイアン? っ、このっ………! 皆! ―――ぅああ!!」
エミルは飛竜の爪の中でもがいたが、締め付ける力が強まったか傷に触れたか、エミルも大きく叫んで気絶する。
「再生の神子はいただいて行きますぞ! ふぉっふぉっふぉっ!」
高笑いするロディル。追い掛けようにも飛竜の羽ばたきで生まれる突風が、ロイドたちをその場に縫い付ける。
ようやく風が止み、動けるようになったときには、既に飛竜の影はそこに無い。
また、守れなかった。今度はこんなにも近くにいたのに!
「っくそ、エミル、コレット―――!!」
※追記
設定の違い
・アステルとゼロスについて。アステルがサイバックに来たのが九歳→七歳と二年早まってます。その時期にゼロスがサイバックの学問所に通っていたという描写はありませんが、ゼロスは当時13歳なので、おかしくはないだろうという捏造です。というわけでアステルとゼロスが九年前からの付き合い、というのは捏造です。