倒れたままのエミルを休ませるために、一番近いオゼットに運び込む。
オゼットの人はハーフエルフを、そしてプレセアとアステルをよく思っていない。つまりロイドたち一行は、平たく言えば嫌われている。そんな状況でオゼットの宿屋にアステルそっくりなエミルを担ぎ込める訳もなく。
「私の家を、使ってください」
そう言ってくれたプレセアに甘えて、一行はプレセアの家にエミルを運び込んだ。
「………」
声を出さず、リフィルは一つ、息を吐く。
エミルはまだ目を覚まさない。
容態がとんでもなく悪い………というわけではない。倒れた原因も、多くが極度の疲労によるものだ。シルヴァラントでの旅、救いの塔での激戦、そこでの怪我。それが治らぬうちにテセアラに渡り、ここでも戦いを重ねてきた。敵味方に気を配り、戦えない者たちも守るために戦場を駆け回るエミルは、同じく戦っているロイド達よりもその負担が大きかったのであろう。
―――と、言うのがロイド達に話した建前である。
「どうしたら、良いのかしらね」
本当の原因は別にある。
それはデクスの言葉通り、下手に弄れば暴発しかねない量のマナを、エミルの体が内包しているからだ。
デクスは『エミルごと吹き飛ぶ』と言っていたが、エミルを診察したリフィルは人間よりも遥かにマナに敏感なエルフの血族。その目が理解した。………恐らくは、天使術より上。魔科学兵器に匹敵する、地形が変わりかねないほどの大量のマナ。
普通なら、それほどまでにマナの密度は上がらない。マナは空気や水と同じだ。高きから低きに、濃いところから薄いところに、マナは自然に拡散する。それを留めておこうと思えばエルフの血でマナを意図的に制御したり、特殊な加工をした道具を使わねばならない。
例えば―――エミルの左手首についている、妙な腕輪のような。
(………この腕輪がその道具、と言うことらしいけれど、困ったわ)
弄ってみなければ腕輪に込められた術式が分からない。術式がわかれば対策も立てられるし解除も出来る。だが弄って暴発する危険性を思えば、下手に触れない。
そしてマナによる不調ならば、治癒術さえかけてあげられない。
結局のところ、エミルが目を覚ますのをただ待っているしか―――。
「………ん、」
リフィルが顔を向けると、丁度目を開けたエミルがベッドの上で天井をぼんやりと見上げていた。
「起きたわね。気分はどう?」
「大丈夫………じゃ、ないです」
「でしょうね」
アレだけのマナに、酔わないわけがない。ましてそれが常に体内にあり、体外に流れようとするのをあの腕輪で強制的に抑えているのだ。
「エミル、『それ』は」
「あのディザイアンにつけられました。デクスもお手上げみたいなので、気にしないでください」
「気にしないで、って」
それに対する答えは、言葉ではなく無言の笑み。リフィルは同じような笑顔を何度も見たことがあった。
仕方ない、とため息を一つ。そして、
「エミ」
「―――あっ、エミルが起きてる!!」
窓から首を突っ込んで叫んだのは、ジーニアス。
とたんバタバタと騒がしくなったと思ったら、部屋の扉がばんっと開いて、ジーニアス、ロイド、そしてコレットが入ってくる。
「よかった、もういいのか?」
「………貴方達、もう少し静かに入ってきなさい」
はーい、と元気だけは良い返事。まったく。
「エミル、だいじょぶ?」
「うん、だいじょぶ。心配かけて、ごめんね」
表情を緩めるのはジーニアス。コレットの表情は固いまま。
「あの、ごめんね。わたし―――わたしの、」
「コレットは悪くないよ」
俯いていたコレットの背がぴんと伸びる。
「悪くない。何一つ。悪いのはコレットを利用しようとしたあいつ」
ロイド達と、プレセアと。同じことをはっきりと言い切られ。
「ありがと、エミル………」
「コレットこそ、大丈夫?」
「―――うん。だいじょぶ、だよ。エミル、ゆっくり、休んでね」
右腕で左腕を掴みながら、コレットは泣きそうに笑った。
リフィルに「まだエミルは療養が必要なのだから」とロイド達が退室させられ、リフィルも席を外すと、入れ替わりに入ったのは、しいな。
「起きたのか。体はどうだい」
「うん、だいぶ。しいなこそ、疲れてるみたいだけど………」
「まぁ、ちょっとね。アステル達に会いに、サイバックまで行ってたのサ」
しいなは、一人でガオラキアの森を抜けてサイバックとオゼットを往復したのだ。
「アステル達とは、明日、グランテセアラブリッジの桟橋で待ち合わせることになった。桟橋でアステル達を拾って、そのまま地の神殿に向かう」
「地の………あぁ、ノームと契約するんだ。頑張ってね、しいな」
いつもの笑顔。いつもの笑み。
コリンがしいなの肩口に現れて、ぴょんとエミルのベッドに飛び降りた。
「………ねぇ」
「なに? コリン」
「あの………その、」
何かを言おうとして口ごもり、エミルを見上げては俯き、辺りをきょろきょろとしては七色の尾を揺らめかせる。
何時にも増して落ち着きのないコリンに向かって、エミルは。
「コリン」
優しい声だった。けれどはっきりと凛として、思わず聞いている方の背が伸びるような。
コリンがそうっとエミルを見上げると、エミルは微笑んだ。撫でようとしたのかコリンに手が伸びて、空中をさ迷って布団に降りる。
代わりにエミルはベッドの上で体を折って、なるべくコリンに視線を近付けて、笑った。
「コリンはコリンだ。それは間違いない。だから、キミはキミの心に従えば良い。そうやって、悩んで選ぶことに価値がある」
「コリンのこころ………」
「そうだよ。キミは何にも縛られてない、自由なんだから」
「エミル………?」
その時しいなに向いた顔は体調が悪いなんて信じられないくらいに、見る者に不安を微塵も感じさせない、暖かい笑顔だった。………そして冷たい顔だった。
(一線を引かれた………って、事なのかねぇ)
踏み込ませてくれない。関わってくれるなと、その笑顔が言っている。
と。
「しーいな」
声と同時に肩に置かれた手。しいなは思いっきりその肩を跳ねさせ、咄嗟にその手を取って捻り上げた。そのまま振り向き様に相手に蹴りを叩き込み―――そこで、その人物の正体に気が付いた。
床に尻餅をついて手首を押さえているその人は、誰あろう、テセアラの神子ゼロス。
「いきなり出てくるんじゃないよ!」
「だから蹴るこたないだろう!」
いやいきなり気配を殺して肩に手を置いたゼロスも悪いだろう、とは思ったが、それにしても過剰防衛の感は否めなかったので、しいなはゼロスに手を貸して助け起こした。
「で、何しに来たのサ!」
「飯だからお前を呼びに来たんだよ」
そういえばもうそんな時間だ。食事は外でとることになっている。その前にと、しいなはエミルに会いに来たのだ。
しいなをぐいぐいと部屋の外に押し出し、ゼロスが振り向く。
「後でお前の分は持ってくる。捕まってたんなら、胃が弱って普通のもんは受け付けないだろ?」
「………うん。ありがとうございます」
………………………………
マルタが部屋に入ったとき、エミルはぼんやりとした目で窓の外を見て、ここではないどこかを見詰めていた。
食事を済ませてどうしても気になって、静かに部屋に入ったマルタは、そんなエミルを見て静かにベッド横の椅子に腰掛ける。
エミルは時々こんな目をする。
(何を見てるのかな………パルマコスタの、総督府に入る前もこんな感じだったけど)
ガオラキアの森でも、トイズバレー鉱山でも、同じ目をしていた。この目をしているエミルは、少し怖い。でも同じくらいひかれてしまう。目が離せなくなる。
(どうしてか、キミがとっても遠くて、近くて………)
どうしてかそのエミルを見ていると、目の奥が熱くて、胸が苦しくて。
なにかが、訴えてくるのだ。
―――どうか、どうか、と。
………………………………
リーガルが胃に優しい食事を作ってエミルが休んでいる部屋を訪れた時。
寝ているかと思っていたエミルは起きていて、逆にエミルの様子を見に行ったマルタが、ベッド脇の椅子に座ったまま上半身をベッドに預けて眠っていた。
「………」
エミルはとても、とても穏やかで優しげに、そんなマルタをそっと撫でていて、リーガルに気付くと人差し指を口の前に立てた。リーガルは頷き、マルタを起こさないように気を付けて、マルタとは反対側のベッド脇にあるサイドテーブルに、まだ湯気のたっている食事のトレイを静かに置いた。
「ありがとうございます、リーガルさん」
「いや。食べられそうか?」
「はい、後でいただきますね」
会話は小声で、囁くように。それでもしっかりとリーガルに礼を言うこの少年が、リーガルに言った言葉をリーガルは覚えている。
―――気にすることないですよ、リーガルさん。人殺しというなら、僕も、『そう』ですから
トイズバレー鉱山で、微笑んで、そう言いきったのを、覚えている。
「………お前は、自分が私と同じ人殺しだと言ったが、私には、とてもそうは見えぬ」
「それならリーガルさんこそ、僕にはそんな風には見えませんよ」
間を置かず即答された。
「貴方がそう言うんなら人を殺したのは本当なんだと思います。でも、きっとその本質は僕とはまるで違う。――― 一緒にしたら、失礼でしたね。すみません」
あまつさえ、謝られてしまった。
そんな意味ではなかったのに。でもリーガルが言葉を重ねてもエミルに聞く気がないのは分かった。自己完結しているのが、分かった。
そしてリーガルも、上手く誤解を解いて説明できる気がしなかった。
「いや………すまない、失言だったようだ。とにかく、今は体を休めてくれ」
はい、と返事をして、エミルはまた、マルタに視線を落とした。マルタの頭がエミルの足に乗っているから、動けばマルタを起こしてしまうからだろう。
けれどリーガルはそんなエミルにそれ以上声をかけることもできなくて。
外で自分を呼ぶロイドの声に、そちらの方に足を向けた。
翌日。
オゼット北の桟橋からエレカーに乗って、アルタミラ大陸をぐるっと半周。グランテセアラブリッジの脇にある桟橋で、サイバックから来ていたアステル達に合流し。
ロイドは満面の笑みのアステルに、ウイングバックを渡された。
「アステル、これ、何が入ってるんだ?」
ウイングバックはエレカーをしまっているものでもあるから、中身があるのだということはロイドも分かった。しかしその中身が何かは、出してみないと分からない。
ただこの狭い桟橋ではそんな場所の余裕がない。
するとアステルは「ふっふっふ」と得意気に。
「実はね! 昨日しいなにレアバードを届けてもらって、皆さんのレアバードに改良を加えてみましたー!」
「おおお! お、お?」
ロイドはアステルのノリにつられて「なんかすごそう」は分かったが、考えてみるとどの辺りがどうすごいのかは欠片も分からない。
「エレカーで理論は実証できたからね。レアバードはマナを燃料にして動くけど、それにヴォルトのマナを使うにしたってしいなの負担が大きすぎるもん。だからこっちにも精召石とナビメタルのあれを使って、より効率的にマナを運用できるように弄ってみたんだ」
「んー………よくわかんねぇけど、これで楽にレアバードを動かせるようになった、てことで良いんだよな?」
「うん」
リフィルとリヒターががっくりと項垂れる。アステルはお構い無しで、ぐっと親指を立て。
「サイバックで蓄えてた余剰マナを既にチャージしてあるから、すぐにでも動かせるよ」
「じゃあさ、地の神殿まではレアバードで行こうぜ! な!?」
ロイドが楽しそうに言えば、その方が速いのも事実で、一行はサイバック前の平野に向かい。
そこからレアバードで空に飛び立った。