地の神殿は、神殿と言うよりも地下に続く大洞窟という感じで。
「ここ本当に神殿なのか?」
ロイドが知る神殿はどれも立派な作りだったり、昔からある場所。シルヴァラントでは封印の地だったけれど、精霊が居る場所というなら同じだろう。
なのにここは人工的に作られたようにも見えず、壁や床に装飾や仕掛けがあるわけでもなく、むしろ土がむき出しのボロボロで。
「ただの穴みたいに見えるし、というか魔物が沢山居そうなんだが………」
「魔物が居るということは、それだけマナが濃いということよ。ここが神殿で間違いないわ」
「ええぇほんとかよ………」
思いっきり疑いを露にしたロイドはリフィルに叩かれ、そんな様子を見ていたアステルが苦笑する。
「リフィルさんの言う通りだよ。ただ最近地震が頻発しているから、危険だって立ち入り制限されてるけど」
「えっそれ大丈夫なの?」
「大丈夫! ………多分」
「そこは断言してくれ、アステル………」
リヒターとゼロスに呆れられたアステルは、持ってきていた鞄からなにやら機械を幾つも取り出し、そのまま一行の先頭に立って―――
「ってこら、どこに行く気だお前は」
「え? 勿論、神殿調べに行くんだよ? 何言ってるのリヒター。その為に来たんだよ」
「精霊と契約しに来たんだ!! お前の調査のためじゃないっ!」
すかさずリヒターがアステルの首を掴まえた。がしかしアステルは全く悪びれる様子もなくさも当然かのように言い放ったので、今度こそリヒターの雷が落ちた。
「おい、ロイド。こいつのことは気にするな」
「でもまぁちょっとくらいなら………」
「甘やかさなくていい。こいつの好きにさせると、時間がいくらあっても足りやしないんだ」
「でもリヒター、結局ここの神殿の調査は出来てないんだよ?」
「お前のためだけに来たんじゃない。自重しろ」
「うううっ………」
リヒターにしっかりと確保され、アステルは母猫に運ばれる仔猫のようになっていた。
呆然とそれを見送った一行の中で、ゼロスが頭を掻き。
「………まぁ、アステルのことはあいつに任せとけば大丈夫だ。実際これまで、あいつは一人でアステルを守ってきたし」
「そう、なの?」
「リヒターが護衛につくって条件で、アステルの外出許可は下りてるのサ。ほんとは騎士団の護衛をつけるって話もあったんだけど、アステルが断ったんだよ。リヒターの方が百倍頼りになる、ってね」
しいなもゼロスもアステルを止めようとはしなかった。だからロイドも深くは考えない。これまでと同じように、何かあれば守れば良いのだ。
今はエミルも戦えないのだし、自分がしっかりしなければ。
腰の剣を確めるようにぐっと握って、ロイドはアステル達を追いかけて、神殿に入る。
洞窟のようと思った神殿は、中に入ればまさに天然のあな、と言った様子で。
「こ、ここ本当に道………?」
瓦礫がごろごろと転がる狭い所を、なんとかどうにか通り抜けて。小柄なジーニアスやマルタは瓦礫を避けるだけでも一苦労だ。
「ねえロイド、ここさっきも通らなかった?」
「ん? そうか?」
ジーニアスの言葉にロイドは首をかしげたが、リフィルとリヒターが同意する。しかし他の面々は何も感じていないらしい。
「また、あの竜みたいなのが邪魔でもしてるのかなぁ」
マルタが何気無く呟いた。
素早くアステル、リーガル、リフィル、リヒター、そしてゼロスが視線を交わす。
「なるほど、一理あるな。我々と三人の違いは、おそらくエルフの血。つまりマナを感じることが出来るか否か、ということだろう」
「ならば、ここでも俺たちを精霊に会わせたくない何かがいる、ということになるな」
「あくまでも可能性だけどな。で、お三方。何か他に感じるか?」
ゼロスに聞かれ、三人はそれぞれ首を振る。
「いえ、違和感はあるのだけれど………なんと言ったら良いかしら。空気を掴むように、はっきりとしないのよ」
「うん。霧の中を歩いてるみたいで、スッキリしないんだ。でもどこがどう違うのかは分からなくて………」
ただひたすらに、居心地が悪いのだと。
気にしなければ気にならない。でも一度気になってしまえば、その違和感はそこらじゅうで感じる。そういう類いのものらしかった。
それから十数分、ぐるぐると神殿の中を歩き回った一行だが………全く、景色が変わらない。
こうなるとさっきのマルタの言葉が信憑性を増してくる。つまり何かがこちらの邪魔をしているのだ、と。
「コレットやエミルは何かわからない?」
二人は申し訳なさそうにするばかり。だがなにか切っ掛けでもないと、これはどうにもならない。
あの竜のように、姿を見せてくれるのならまだ良い。だが姿も見せず、何がしたいのかも、そもそも何の仕業なのかも分からないこの状況では、竜の時のように対策を考えることさえ出来ないのだ。
はぁ、と、誰となくため息がもれた時だった。
「おめーら、こんなところでなにやってんだー?」
ひょこ、と、何かが岩影から顔を出した。
それはせいぜいロイドの膝くらいまでの身長で、とんがりぼうしを頭に被った、小人だった。
「なんでおめーら、おんなじところをいつまでもぐるぐるしてるんだ? 精霊に会いたいんなら、向こうだぞ?」
向こう、と示されたのはこれまで進んでいたのとは真逆の方向で。素でマルタは聞いた。
「えっと、あなた、なあに?」
「何とはなんだ、やんのかこらー」
ぴょいこらと跳ねて地面を踏み鳴らすけれど、小さな体ではそれは微笑ましいものでしかなくて。
コレットが一歩進み出る。
「あの、私たち精霊さんに会いたいんです。どこにいるか、教えてもらえませんか?」
「んー………別に良いけどよー、代わりに何くれる?」
「何、って………」
逆に何が欲しいのか分からん。
「あげられるものって言っても、今は手持ちのアイテムも食材もないし………」
ううむ、と揃って一行が唸ってしまったとき、エミルが後ろから進み出て、小人の前にしゃがみこんだ。
「ねぇ、これあげるから、ノームのところまで案内してくれないかな?」
「ん? んん? なんかうまそーなにおいが……」
小人はエミルが差し出した瓶をくるくると回し、きゅぽん、と栓を抜くと、くいっと瓶を傾けて。
「む。む。………ん、良いぞー、案内してやるー」
「うん、ありがとう」
「良いってことよ~、あんた良いヤツだなぁ」
エミルは苦笑い。
「じゃあ、よろしくね」
「がってんしょうちー」
ぴょん、と一度跳び跳ねた小人が、ちょっと待ってろよ、と何処かに行ってしまう。その間にロイドは戻ってきたエミルに尋ねた。
「エミル、何渡したんだ?」
「あぁうん、お酒だよ。ミズホで売ってたヤツ」
しいなとリーガルが目を見張った。
「ま、まさか『大吟醸和誉』………?!」
「? 良い酒なのか?」
未成年のロイドには分からず聞いたが、後で詳しく聞いたところによれば、酒の中でも手間をかけ、じっくりと作った、言わば高級酒なのだそうだ。しかも隠れ里のミズホの、その更に特殊な一族しか製法を知らない、知る人ぞ知る酒が『和誉』。しいなが驚くのも無理はなかった。
「確かに、神や妖に願うときに酒を供えるって言う文化がミズホにはあるけど、まさかあんなみょうちくりんにも効果があるとはねぇ」
「みょうちくりんは酷いよ。彼等は立派な、精霊の眷族なのに」
むっとアステルは唇を尖らせる。
「知ってるのかアステル」
「多分、クレイアイドル、って呼ばれる種族だと思います。大地に住み、大地にいきる土小人。地の下で彼らが知らないことはない―――と」
そこで小人が戻ってきて、こっちだぞー、と少し離れたところで飛び跳ねる。
「なーにやってんだー? 行かないのかー?」
「あ、今行きます~!」
コレットが、マルタが、小人を追いかけて先に進む。
「何はともあれ、これで精霊には辿り着けそうだな」
精霊の祭壇は、他の神殿と同じように最奥にあった。
辺りは土がむき出し、自然のままに見えるのに、その祭壇だけが人工的に作ったのがありありと分かって、逆に妙な感じがする。
「よし、頼むぜしいな」
頷いたしいなが祭壇に近付くと、その上で光が集まり、大きな、ずんぐりとした土竜のような鼠のような、なんだかよくわからないモノの形をとった。なぜか頭にはリボン、手にはスコップ。
それは、辺りをぐるんと見回して、ロイド達を見てんー、と首(頭?)を傾ける。
「おお、お前―――」
が、なぜか途中で言葉を切った。苦い顔をしてそっぽを向いて、指で口の横辺りを引っ掻く。
そうして、咳払いをひとつ。改めて祭壇の上からしいなを見下ろして、
「おまえ、召喚士だな? 俺はミトスと契約しちゃってるぞ」
またミトスの名前が出た。ウンディーネの時も、ヴォルトとの時もそうだった。
古代大戦の英雄ミトスと、同じ人物なのかは分からない。その英雄ミトスにあやかって、子供にその名をつける親は多いのだ。ただ分かるのは、かつて精霊と契約した『ミトス』と言う名の召喚士がいたということだけ。
そして、しいながやることも変わらない。三度目ともなれば焦ることもなく、しいなはしゃきんと背筋を伸ばしてまっすぐにその精霊―――ノームを見つめる。
「我はしいな。ノームがミトスとの契約を破棄し、我と契約することを望む」
それを聞いて、ノームが嫌そうな顔をした。何か間違えたのか………と思った瞬間、ノームが頭(?)の後ろを掻いた。
「おまえ………かたっくるしいしゃべり方するなぁ」
「うっ、だ、だってこういう風にしろって習ったんだよ」
しいなの口調が砕けると、ノームはふーん、と雰囲気を緩めた。そうしてしばらくしいなを見詰めて何やら考え込んでいたが、ふいに、にっと笑って。
「ふーん。ま、いいや。じゃあちょっと揉んでやるからよ、かかってこい!」
戦えない、戦わないアステル、エミルとその護衛にリヒターが少し離れて、そうして、試練が始まる。
「うー、うー! お前ら汚ねぇぞ。よってたかってボコにしやがって。ミトスは一人だったのによー」
ノームはボヤいたが、ロイドたちはそれどころじゃなかった。流石は精霊と言うべきか、その見た目から想像も出来ないほどに、ノームは強かったのだ。八人で力をあわせて、なんとか勝てた、程度。
「まぁいいや。誓いをたてやがれ!」
「………なんかやりにくいねぇ。二つの世界がお互いを犠牲にしなくて良い世界を作るために、あんたの力を貸しとくれ」
しいなの言葉にノームは頷き。
「良いぜ。俺の力を姉ちゃんに貸してやる」
その宣言と同時に、しいなの前でマナが集まり、小さな宝石に姿を変える。それが契約を交わした証であり、これまでもそれを手にしていたのだ。
と、ノームは大きく、大きく伸びをして。
「っはー、やっと面倒な仕事から解放された! よし、じゃあ俺も『マナを返す』からな! これでやっとスッキリした!」
そのとき何かが変わったのを、ロイドも、マルタも感じ取った。
だが雷の神殿で感じたそれと、似てはいるけれど同じではなかった。あそこまで苦しくない。ロイドは倒れることもなく、何か変だな、と思ったくらいだった。
「まさか本当に召喚士が来るなんてなぁ。あいつ、知っててあんなこと言ったのか? ま、いいや」
ノームは大きな独り言を溢して、すうっと体が透けていく。
「じゃーな。俺の力が必要になったら喚べよ~」
そしてついにその体はすうっと消えてマナに溶け。
直後その場に吹き荒れたマナの風に、一行は腕で視界を庇った。風が辺りの土埃を舞い上げるのだ。
どこまでも勝手で自由だったノームが姿を消したとき。
「っマルタ!」
ふらり、と倒れるマルタを、ロイドは咄嗟に支えた。
「先生!」
「分かっていてよ。………可笑しいわね、特にどこも悪いようには、見えないのだけれど………」
「でも姉さん、マルタが倒れるの、これで二回目だよ」
一度目は雷の神殿近くの戦いで、ウンディーネの水流に巻き込まれたとき。そして今回はノームが起こしたマナの風に倒れた。どちらも精霊に関わるときだ。
「………そうね。一度、本職の医者に見せた方が良いかもしれないわ」
「なら、フラノールに行ってみないかい? 腕の良い医者を知ってるんだ。それにあの辺りには、氷の精霊を祀った神殿もある」
しいなの申し出に一行は方針を決め。
倒れてしまったマルタをロイドが背負って、来た道を引き返していった。