フラノール。
雪と氷の大地フラン大陸の、中央に位置する雪景の街だ。敬虔なマーテル教徒の街でもあり、高台には大きく立派な教会が建っていた。
しいなが知る医者は、そのフラノールに住んでいた。
多くの患者に混ざって列に並び、ようやく順番が回ってきた頃には日暮れだった。
「おや、しいなさん。お久しぶりで。お元気そうで何よりです」
まだ若い男性である。腕の良い医者と聞いて老人を想像していたロイドは少し驚いた。
「あんたも相変わらずみたいだね。………早速で悪いんだけど、この子を診てやってくれないか」
ロイドはしいなに促されるまま、背負っていたマルタを診察室のベッドに寝かせた。その様子をエミルやリフィルが見守っている。
「ふむ。見たところ外傷はなし、熱は………微熱程度、呼吸も安定している………しかし意識は無し、と。ふむふむ、ほほぅ………」
その手付きは素早く、正確だ。医者はマルタを触り、みて、そして何かを紙に書き付けていく。
「ふむ。しいなさん、このお嬢さん、少し私に預けてくれませんか? 少し気になることがありまして。悪いようにはしません。それに………少し、休ませてあげた方が良いでしょう」
言われて、納得する。
なにしろマルタは、パルマコスタを出たときに成り行きで同行してから、救いの塔から時空を越え。テセアラに来てからは戦えないジーニアスとリフィルを守って戦列に加わり、戦いに不慣れながらも治癒術でロイドたちを支え続けてくれたのだ。
元々戦闘訓練を受けているというわけでもなく、更に言うならばエクスフィアを持っていないマルタは、本当の意味で一般人、なのだ。
「ならその間に私たちは神殿に行ってみましょうか。精霊の神殿は、この近くにあるのでしょう?」
「あぁ、ここから南の洞窟がそうだよ」
リフィルの言う通りそうした方がいいだろう、と話がまとまりかけた時、エミルが手を挙げた。
「あ、なら僕ここに残ります」
「そうだな、エミルも少し、休んだ方が良い」
エミルから言い出さなければロイドがそうしろ、と言うつもりだった。………思えば、イセリア近くの森でエミルと出会ってから、ロイドはエミルに頼りっぱなしだ。
「エミル、マルタのこと頼むぜ」
「ロイドこそ、頑張ってね」
エミルとマルタをフラノールに残し、精霊との契約に興味があると言うアステルとリヒターを伴って、ロイドたちはフラノールの南にあるという氷の神殿に向かった。
………向かった、のだが。
「これは―――」
ようやく辿り着いた、精霊の神殿があるはずのその場所は、巨大な氷の壁に覆われていた。
氷は凄まじい冷気を放っており、しっかり防寒対策をして来たのに近くに立てば身震いがする。今日は晴れて太陽が暖かい陽射しを投げ掛けているのに、氷は溶ける様子もない。
「この場所で間違いないのか?」
「それは僕が保証します、ロイドさん。こんな風になる前に、僕たちはここに来たことがありますから」
「なる前、ってことはこの氷の壁は元々無かったってことか?」
「無い。確かに氷の神殿と言うだけあって内部の冷気は相当なものだったがな」
リヒターが断言した。というのもアステルとリヒターの二人は、研究のため各地の精霊の神殿を回ったことがあるらしい。
アステルが氷の壁を見上げて唸った。
「フラノールはいつも通りに戻ってたけど………ここも異変が起きてたんだ」
アステルが取り出して捲った手帳には、ちらりと見えただけでびっしりと書き込まれた文字数字。
「アステルは精霊の神殿を調べて回ってたんだっけ」
「ええ、陛下の依頼で」
メルトキオがあるフウジ大陸が闇に包まれたのも、各地で地震が頻発しているのも、サイバック付近で雷が酷いのも。
その原因がマナにあるのではないか、と、二人は精霊を調べていたのだ。
「そういえば、しいながヴォルトと契約した後、サイバックの雷は収まったんですよ」
「えっそうなのかい?」
「ビックリするくらい、ぴたっと」
サイバック付近は、元々が他の地域に比べて雷雲が発達しやすく、やや落雷が多い地域ではある。がしかし、雷の神殿から離れたサイバックの街にまでひっきりなしに雷が落ちるというのは明らかに異常気象。
それが、ある日を境にピタリと収まった。
「マナを計測したら過去数百年無かった反応が出るし、サイバックは今大騒ぎですよ」
「まぁ、そうだろうねぇ」
二つの世界の精霊が同時に目覚めるのは初めてだ、と精霊達が言っていた。ならば世界がこの形になってから、初めての事態ということだ。
世界と精霊は、深く関わっている。
「………となると、やはりこれもセルシウスの影響、と考えられるわね」
「はい。おそらくは。………………だから、きっと六年前も」
後半は小声で聞き取れなかった。
「アステル、今何か言ったか?」
「いいえ。とにかく、これが精霊の影響であることは、ほぼ間違いないと思います」
と、そこでリフィル、アステル、リヒター、ジーニアスが揃って嘆息。
「困ったわ………」
「うん………」
この異変の原因は精霊で、その異変を収める為には精霊と契約すれば良い。しかしその精霊と契約するためには神殿の中に入る必要があり、神殿に入るにはこの氷の壁を何とかしなくてはならない。
ロイドは氷の壁を覗き込む。
「氷の向こうは空洞になってるみたいだな。何かの影が中で動いてるのが見えた」
しかし見えるのは影だけで、『なにかがいる』ことは分かってもそれが何なのかは見えない。氷の壁はそれなりに分厚いということだ。
「………皆さん、少し、離れていてください」
プレセアが斧を構えた。言われた通りに皆が下がったのを確かめて、プレセアは斧を振りかぶり、思いっきりその壁に斧を叩きつけ―――
「―――っ!」
その手から、斧を取り落とした。
「プレセア!」
「だい………じょうぶ、です。少し痺れただけですから」
しかし氷の壁には傷ひとつ無い。エクスフィアの影響で、プレセアの力は一行の中でも頭ひとつ抜ける。
「プレセアでもダメなんて………」
「よし、物理攻撃でダメなら魔術でどうよ」
ゼロスが目を閉じる。ばさ、と髪やマントの裾が翻り。
「受けてみな―――ファイアボール!!」
マナを以て紡がれた術が、火の玉という形で具現化した。数個の火の玉は全く同じ場所に連続で当たり、………しかし壁には何の変化も見られない。
「全然ダメじゃないか!」
「ぐぬぬぬ、じゃーもう一発でかいのを―――」
「止めろ。精霊の氷だぞ。普通の魔術でどうこうできるはずがないだろう」
「ならどうするんだよ。俺たちはこの壁をどうにかしないことには精霊に会うこともできないんだぞ」
ゼロスの言う通り。
さてどうしたものか。魔術でもダメ、物理攻撃でもダメ、なら合わせ技でどうだ! とジーニアスとプレセアがリフィルの補助術をかけたうえでやってみたがそれもダメ。やはり精霊の力は桁が違うらしい―――と、考えたところで。
「なら、精霊の力を借りたらどうだ?」
「精霊って、ウンディーネやヴォルトかい?」
「いや、イフリートの。イフリートは火の精霊だろ、なら精霊の氷も、イフリートなら溶かせるんじゃねえかな」
「―――それです、ロイドさん!」
アステルがすごい勢いで食い付いた。
「そうだよ、シルヴァラントには他の属性の精霊がいるんだ!! ねぇリヒター、そこを調べられたら―――あうっ」
「落ち着け、阿呆」
額を指で弾かれ、アステルはむぅと頬を膨らませる。が、リヒターはどこ吹く風。
「そもそも、どうやってシルヴァラントに行くつもりだ? 第一、反逆罪で追われる身だってことを忘れてるだろうお前は」
「なんとかなる!」
「勢いで何とかしようとするな! 無謀だ!」
「じゃあ他に方法があるの? この氷、多分闇の神殿と同じだよ。ブルーキャンドルを作るのに、どれだけかかったか知ってるでしょ」
「ぐ………だが、世界を越える方法がなければ机上の空論に過ぎないんだぞ」
言いくるめられたのはリヒターの方である。が最後の一言に、アステルもそこなんだよねぇ、と腕を組む。
「そういえばロイドさんたちは、どうやってテセアラに?」
「ディザイアン―――じゃない、レネゲードのレアバードで来たんだ」
しいなに言われるがまま、あの時は夢中だった。………そういえば、どうやって時空を越えたのだったか? ロイドは思い出そうとしても思い出せなかった。だってあの時は、エミルとノイシュが心配で。
状況を見守っていたゼロスが、頭の後ろで手を組んだ。
「ってーことは、あのファンクラブの力を借りれば良いんじゃねーの?」
「そういや、あいつも何かあれば頼れ、って言ってたしねぇ」
「ほらねリヒターなんとかなる!」
「………だから胸を張るな!」
何故か得意気なアステルがまたリヒターに怒られて。
くしゅんっ、とジーニアスがくしゃみをした。
「とにかく、一度フラノールに戻らない? エミルとマルタも気になるし、それに………ここ、寒いよ」
「ジーニアスのいう通りだ。議論を重ねるにしても、街に戻ってからの方が良かろう」
リーガルもジーニアスに賛同した。
いくら防寒対策をしていようと、長時間雪原を歩き続けては体も冷える。ましてやここは他の場所よりも一段と寒いのだ。
「………そうだな。一度戻るか」
帰りはレアバードで急いで帰ろう、ということになり、それぞれが自分のレアバードを取り出した、その時。
「――――――!?!」
一瞬、視界が真っ白に染まった。
数十秒遅れて、ドオンッ!!! と天が爆発したかと思うほどの轟音が鳴り響く。
「今のは!?」
「すごい雷………」
フラン大陸ではない。別の大陸に落ちた、すさまじい落雷。
「あれは―――オゼットの方です………!」
プレセアが呆然と数歩踏み出す。踏み出して、戸惑ったように、足を止める。
その肩をリフィルが掴む。
「とにかく、今はフラノールへ。エミルたちと合流しだい、オゼットに行ってみましょう」