氷の神殿からレアバードでもってフラノールに引き返し。
エミルと、丁度目覚めていたマルタの二人と合流。くれぐれも無理はしないようにとのリフィルの小言が挟まって、そして一行はまたレアバードで空を駆ける。病み上がりのエミルとマルタは、それぞれアステル・リヒター組としいなのレアバードに同乗した。
飛びながら、アステルは手短にエミルに経緯を説明した。氷の神殿へ行ったが中に入れなかった事。イフリートの力を借りればなんとかなるかもしれない事。そしてオゼット方面に凄まじい落雷があった事―――。
「でも、ヴォルトはしいなと契約してる筈でしょう? だから、変だなぁとは思ったんだけど……」
「ヴォルトじゃありません」
「え?」
エミルの声は確信をもったそれだった。実際エミルならば、精霊の力とそうでないものを明確に判別することが出来るだろう。エミルは続けた。
「アレは自然のモノでも、精霊のモノでもありません。あれは………」
ヒトの手になる、魔科学のチカラ。
オゼットは火の海だった。
「そんな……!」
「……ひどい」
プレセアの声は低い。例え忌避されて遠巻きにされていても、ここがプレセアの故郷だ。生まれ育った村なのだ。
ロイドから見ても酷い有り様だった。オゼットは森と一体化していた村だった。大きな木の幹の上に家を建て、木々に寄り添うように生活していた。それが全て燃えているのだ。
その光景はロイドにも嫌な記憶を思い出させる。村を、イセリアを追われたあの日と同じ。
「あ、ぁ…………!」
隣でマルタが胸を押さえて真っ青になっていた。過呼吸を起こしている。
「落ち着いて、マルタ。ちゃんと息を吸うの」
「街が……あぁ、街が、燃えて……!」
マルタのうわ言に首をかしげる。街? オゼットは街というよりも村なのに?
マルタは隣について対処を始めたリフィルに任せるとして、一行は辺りを見回した。周囲はどこもかしこも炎の壁で、家も崩れ落ち、これでは中に人がいたとしても…………
「一体何が―――あ、エミル!?」
いつもならそんなマルタに付き添うであろうエミルが、いきなり地面を蹴って樹上に飛び上がった。オゼットは巨大な木のような村だ。地面は燃え広がっても、太い枝ならばまだ……いやそれでも。
「だめだ、危ない! っ、先生、マルタを頼むぜ!」
エクスフィアで強化された身体能力は、人間牧場の高い塀さえも踏み台さえあれば飛び越えられる。エミル程の速さはなくとも、ロイドはなんとか後を追いかけた。エミルが足場にした枝を選び、燃え上がる炎の熱気に目を細めながらも。
(エミル、……速、……どこに、そんな力が……)
エミルはロディルに捕まっていたのを助け出されたばかり。オゼットでベッドに横たわっていたエミルの姿を見ていたのは、つい最近のことなのだ。
それが。
「――居た!」
エミルが声を上げ、ぐんと加速する。足場の枝が大きく揺れ、エミルが空中に飛び出し。
「はぁっ!」
落下してきた燃える瓦礫を蹴り払った。受身を取りながら着地したエミル、のその傍らに、……倒れ伏す少年が一人。
「ロイド、その子を安全な場所に! 早く!」
「あ、あぁ!」
未だ空中を睨み付け警戒を露わにするエミルに叫ばれ、ロイドは気絶しているらしいその子を背に担ぐ。
なんとか炎を避けリフィル達のところに辿りついたところで、少年が目を覚ます。
少年はハーフエルフで、――名をミトスと名乗った。
ミトスもつれて何かを知っていそうなアルテスタのもとを訪ねる。
クルシスについて、ロイドたちが知っていることは少ない。
二つの世界を管理する組織であること。ディザイアンの親玉であること。マーテル教の天使たちの組織……即ちそもそも『世界再生』などという仕組みを作り出した存在であること。
だがそれだけでは、オゼットがクルシスによって滅ぼされる理由がわからない。
「突然雷が落ちて、天使様が村を襲ってきたんです。羽が生えているのは、天使様なんですよね?」
天使はクルシスの仲間だ。クルシスはマーテル教の真の総本山とでもいうべき組織だ。そしてオゼットは、特に敬虔なマーテル教の信者が多い村だったのだ。
「わしのせいなんじゃ」
いくらか落ち着きを取り戻したアルテスタが語り始める。
「オゼットは、クルシスから逃げ出したわしが隠れ潜んでいた村。そしてわしはロディルに見つかり、クルシスには無断でロディルに協力し、クルシスの輝石を作ろうとしていた。そのロディルはクルシスへの反逆を企んでいる。わしはクルシスから逃げ出したのみならず、反逆者の協力者でもある……きっとそれで、ユグドラシル様がお怒りに……!」
アルテスタは、もともとクルシスの細工師だった。要の紋の加工すら可能なのはそのためだ。しかしエクスフィアは間接的に人の命を奪う。眠っているエクスフィアを使用可能な状態にするためには、ヒトの苦痛が必要だ。そして覚醒したエクスフィアを他者が使うためには宿主から引き剝がさねばならず―――エクスフィアを強制的に剝がされた人は死ぬ。そういう仕組みなのだ。
しかしそれは通常のエクスフィア。クルシスの輝石を作ろうとしていたのは、シルヴァラントアスカード牧場のクヴァルと、……テセアラの研究者、ケイト。その実験の被検体が、
「するとなんだ。プレセアちゃんの研究はロディルと教皇が手を組んであんたやケイトたちにやらせていたってことか?」
「そうじゃ。……すまん。謝っても謝りきれんが、いまのわしには……それしか言えん」
「……私の時間は……戻ってきません。……村の人もパパも生き返らない」
「プレセア……」
プレセアはクルシスのせいでほぼ全てを失ったのだ。
「すまん……」
「謝らないでください。謝られても……今の私には許すことができないから」
アルテスタはそれ以上何も言えず、憔悴した様子で家の中へ入っていく。側に控えていた機械人形タバサはそんなアルテスタとプレセアを何度も見つめ、口を開く。
「プレセアサん……あなたが失ってシまったものは大きいと思いまス。でもどうかあなた自身まで失わないでくだサい」
無言のプレセアに、ミトスが一歩踏み出す。
「ボク……すこしだけプレセアさんの気持ちがわかります。どうしたって戻ってこないものはある……それを謝られても……許してあげたくても、自分ではどうにもならないんです」
「許されないこと……それが罰なのかもしれぬ」
リーガルも俯く。
「罰なんて」
低い声は、エミルのものだった。
「許されたいのは、罪を犯したほうの都合でしょう。罰なんて、された側には……そんなことで許してもらえるなんて、許してほしいなんて、そんなの、」
「そうだな。許す、許さないなんて簡単な問題ではない。結局は受け止め方でしかない」
「まあまあ、そんな哲学的な話題は置いとこーや。プレセアちゃんも無理に許してやる必要はねーし。俺さま達も、前向きに物事ってのを考えようぜ」
リヒターまで続いた言葉で暗くなった空気を、ゼロスが吹き飛ばすように明るい声で終わらせた。 明るく、しかしどうでもいいとは言わずに。
「……そうね。私たちには、圧倒的に情報が不足している。私はここで、アルテスタからクルシスのことを聞くべきだと思うわ」
「賛成です。思惑が複数絡んでいて、かなり複雑になってきましたから。正しい情報を得て、整理すべきだと考えます」
「……そうだな。プレセアはここで待ってるか?」
「いいえ。……私も、行きます」
「クルシスはほとんどがハーフエルフで構成された組織じゃ」
アルテスタから語られたのは、クルシスの指導者、ユグドラシルが掲げる目的の話だ。
ハーフエルフの『千年王国』。マーテルの復活。
クルシスの教えにある女神マーテルの復活のために衰退世界の神子をマーテルの意識と融合しようとしている。つまり、神子を女神の器にしようとしている。
「許せない……そんな理由で……!」
エミルが肩を震わせこぶしを握りしめる。
「でも、だったらどうしてディザイアンは神子を殺そうとするの?」
「天使化を促進させるためじゃな。エクスフィアやクルシスの輝石は、ヒトの恐怖や悲しみ、闘争本能に刺激されて目覚める。だからディザイアンは衰退世界を荒らしまわり、神子を危機に陥れる。……しかし神子の命までは奪わぬはずじゃ。そこまでするのはロディルのようにクルシスを裏切ったものか、レネゲードの連中じゃろう」
なるほど確かに、800年前までは正常に世界再生は成し遂げられていた。ディザイアンが跋扈する世界であっても。
「天から見放された神子……マグニスがコレットを殺そうとして騙されたって言ってたのは、そういうことか」
「おおかたロディルに唆されていたのでしょうね」
「ロディル……か。奴は何を企んでいるのだ」
「魔科学兵器、魔導砲の復活じゃよ」
「魔導砲?!」
アステルとエミルが急に叫んだ。
「古代カーラーン大戦で猛威を振るい、世界を滅ぼすきっかけになったという古代兵器じゃないですか! そんなもの、この世界で使えるはずが」
「知ってるのかアステル」
「ええと、王城の資料庫でカーラーン大戦の資料を見たことがあって……大量にマナを消費するため、大樹を枯らす原因の一つになったそうです。でもそれだけで……、設計図みたいなものがどこかに残っていたんでしょうか……」
「だろうな。やつは牧場の主でもある。収監されている人々はその労働に駆り出されているのだろう。完成した暁には、ユグドラシル様を倒し……その先には、自分の王国でも作るつもりなのじゃろうか」
どちらにしても、ろくでもないというわけだ。そもそもマナが限られている世界で。
「ユグドラシルが二つの世界を作ったっていうのは本当かい?」
「世界を、作った……?」
「そのように聞いているな。決して交じり合わぬ二つの世界を、四つのマナの楔で結び、その中心に大いなる実りをおいて守っているのだとか」
「大いなる実り? どこかできいたような……」
「ミトスの英雄譚に出てきます。古代戦争終結後、聖地カーラーンで死んだ勇者ミトスの魂をそう呼ぶとか」
「それ私も知ってる。パルマコスタの司祭様が言ってた。
『かつて、世界の中心に、マナを生む大樹があった。
しかし争いで樹は枯れ、代わりに勇者の命がマナになった。
それを嘆いた女神は天へ消えた。
この時女神は天使を遣わした――』」
「『“私が眠れば世界は滅ぶ。私を目覚めさせよ”』。……世界再生伝説の序文だな」
マルタが諳んじたのを、ゼロスが引き継ぐ。マーテル教の経典の序文だ。どんなに小さな子供でも、真っ先に覚えるおとぎ話。
「ねえ、気になってたんだけど、どうして二つの世界の両方にミトスの伝説が残ってるの? 救いの塔がある聖地カーラーンは古代大戦の停戦調印場所だよ。二つあったらおかしいじゃない」
「けどテセアラの博物館には勇者ミトスが二人の王を聖地に招いて停戦の調印をしたって正式な資料が残ってるんだよ」
「え? パルマコスタの学問所には、その調印式に使われた道具が残ってるよ? 古代大戦って、シルヴァラント王朝とディザイアンの戦いじゃなかったの?」
「マルタ、ディザイアンは争いの原因になった連中であって、敵対してたのはテセアラだよ。古代大戦調印後、テセアラの人たちは月に移住した。だから月のことをテセアラって呼ぶんだ」
「あ、あれ?」
「ちなみにテセアラじゃ逆に月に移住したのはシルヴァラントだって言われてるぜ」
「ええと……じゃあ、ここは月ってことに、え? ちがう、シルヴァラントが月、えーーっと、テセアラは月じゃないけど、もう一つの世界ってことで、……うん? じゃあどうしてミトスの伝説が同じなの……? 両方の世界に、同じミトスって名前の勇者が……勇者ミトスって二人いるの?」
そろそろマルタやロイドが混乱してきた。
シルヴァラントでは夜空に浮かぶ月をテセアラと呼ぶ。テセアラの人々はかつてシルヴァラントにいて、戦いが終わった後で月に移住したのだと言われているのだ。テセアラはその逆。しかしシルヴァラントもテセアラも、月にある世界ではない。
「二つの世界は、『二極』と呼ばれる場所から行き来ができるそうじゃ。その二極がどこかは知らぬが、ミトスという人物はそれを利用して二つの世界を行き来したのではないか?」
それぞれの世界で起こった古代大戦を、それぞれに終わらせた……つまり二つの世界両方で同じことをしたのではないか? とのアルテスタの言葉に。
「二極……それなら」
「? リフィル先生?」
「これは私の仮説よ。古代大戦とは、この世界テセアラと、私たちの世界シルヴァラントとの戦いだったのではないかしら。そしてその戦いを勇者ミトスが終わらせたの。二つの世界を、二極から行き来することによって。そして聖地カーラーンはその二極……二つの世界を繋ぐ扉。だから両方の世界に存在している」
「……なるほど。テセアラとシルヴァラント、二つの世界でそれぞれ大戦が起こり、合計四つの国が争った、と考えるよりも。古代では二つの世界を行き来する方法があって、それを使って互いの世界に乗り込んでいって戦ったのだと。そう考えるほうが自然だな」
「ふむ。二極について様々な意見や仮説を聞いてきたが、あなたの説が最も輝いているように思う」
「他にはどんな説があったの?」
「アルタミラには『異界の扉』という伝承がある。聖地カーラーンではなく、そこが二極と考える者もいたようだ」
「異界の扉、って」
全員の視線がアステルに向かう。
「はい。僕はその仮説を聞いて、異界の扉まで行ったんです。結局何も起こらなくて、帰ってくるしかなかったんですけど」
「アステル、おま、本当に行ったのかよ……」
「はい! 満月を待つつもりだったんですが、予定が狂ってしまって……」
「満月だと何かあるの?」
「黄泉の国への扉が開くって言われてます」
「ええっ!? よ、黄泉の国って、つまり、死んだ人の世界って、」
「でも伝説ですし、仮説ですし。検証してみないと何もわからないでしょう?」
「……アステル、それで教会に一度目をつけられてるだろうが。それに今回の実地調査の目的地に異界の扉が入ってるなんて教会は聞いてねーぞ。サイバックでのは聞き間違いじゃなかったか……」
「ちょっとした寄り道です」
アステル、肝が据わり過ぎではないだろうか。
「あの、大いなる実りってなんでしょうか」
「わしにはわからぬ。ユグドラシル様は命よりも大切なものだとおおせじゃったが」
それぞれが考え始めて、会話が途切れる。
「一度にいろいろ聞き過ぎて、俺なにがなんだか……」
「わたしも……」
マルタとロイドは疲労困憊の様子だ。無理もない、マルタに至ってはパルマコスタでシルヴァラントの常識を教えられて育ったはずだ。
「疲れたじゃろう。今日のところはここに泊まって行きなされ」
「そうさせてもらいますね……」
そして一晩泊めてもらうことになり、ミトスは今後アルテスタの家で世話になることが決まった。
―――そして翌朝、リフィルが失踪した。