かつて、世界の中心にマナを生む大樹があった。
しかし争いで樹は枯れ、代わりに勇者の命がマナになった。
これを嘆いた女神は、天へ消えた。
このとき女神は天使を遣わした。
“私が眠れば世界は滅ぶ。私を目覚めさせよ”
天使は神子を生み、神子は天へと続く塔を目指す。
これが、世界再生の始まりである。
旧トリエット跡はトリエットから南西、この大陸の端にある。かつては人の住む都市として栄えていたが、今では地元の人でも詳しい場所を知らなかった。
というのも、旧トリエットが栄えていたのはずっと昔のことで、魔物が凶暴化した現在、よっぽどの物好きでなければ知ることすらない場所である。
ロイドたち一行はそのよっぽどの物好きが居たお陰で、無事に到着することが出来た。ノイシュもエミルのお陰で魔物に怯えることもなく、コレットとジーニアスの横を歩いてきた。
そして。
「ふははは―――!!」
リフィルの豹変を、目の当たりにすることとなった。
「見ろ、この扉を! 周りの岩とは明らかに性質が違う! …………くくくく……思った通りだ。これは古代大戦の魔術障壁として開発されたカーボネイトだ! ああ、この滑らかな肌触り……!」
遺跡の床に膝をついて石板(彼女曰くカーボネイト)に頬擦りしているこの女性が、常に冷静沈着、一行の頭脳を担うリフィル・セイジであると、一体誰が思おうか。
「……いつもこうか?」
いつも通り無表情の(心なしか呆れたような)クラトスがロイドに。
「……そうなのか?」
いつもいつも教室でリフィルのチョークを食らっていたロイドがジーニアスに。
「ああ……隠してたのに」
リフィルの弟ジーニアスが、やんわりと二人の視線を受けながら肯定した。
イセリアの聖堂では誤魔化せたのに!
いや、待て。世界再生の旅は精霊を復活させる旅。精霊がいるのはシルヴァラント各地の遺跡であると言われているから……なんだ、何れバレたのか。
まあ、彼らにも慣れて貰うしかない。慣れれば大丈夫。現にジーニアスは何ともないし、エミルだって動じていない。ほら、どちらかと言えば感動して……!
「……ってエミル?」
「あ、うん。なんかね、昔……こうして力説されたなあって思うと、ちょっとしんみりしちゃって」
ジーニアスは本気で同情してしまった。エミルも大変だ。ジーニアスは身をもってこういう人の対処が大変なのを知っている。
「エミルも、大変だったね……」
「え? あ、うーんと、大変って言うか……」
「大丈夫、言わなくても分かるよ。僕も姉さんで経験してるから」
「あのね、ジーニアス。そうじゃなくって」
「良いんだ。けどごめんね、旅に加わるなら、これからも姉さんの遺跡モードは何回も経験することになると思う」
「おお! これは!」
そんなジーニアスの心配はどこ吹く風で、リフィルは遺跡の調査に忙しい。何かに気が付くやいなや、手帳を取りだし猛然とペンを走らせ、かと思えば小さな石を拾い上げると頬擦りし。
「遺跡マニア……」
エミルの呟きに、コレットを除いた全員が同意した。
やがてさっきのカーボネイトとやらの石板の隣、コレットが家の紋章が書いてある、と言った石板が調査対象になる。
「ん? このくぼみは……」
リフィルは石板をまじまじと見つめると、一つ納得したように頷いた。
「“神託の石板”と書いてあるな。コレット、ここに手を当てろ。それで扉が開くはずだ」
「ホントかよ」
「これは神子を識別するための魔術がかけられた石板だ。間違いない」
そんな魔術があるとは、ジーニアスは初耳だった。しかしかつて古代対戦の時代は今よりもずっと魔術文化が発展していたそうだから、こんな魔術もあったのかもしれない。
「じゃあ、やってみるね」
未だに懐疑的なロイドの横から、コレットがそっと石板の窪みに手を乗せた。
その瞬間。
カーボネイトの石板が、ガコッ! と大きな音をたて、ゆっくりとスライドし始めた。そしてそこには、地下階段が闇の中へと伸びていたのである。
「うわぁ……」
「開きました! 凄い、私、本当に神子みたいです」
「みたいじゃなくて、神子なんでしょ。もー」
「よーし、ワクワクしてきたぞ! 早く中に入ろうぜ!」
いち早く階段を駆け降りていくロイドの後に、ジーニアスが続く。
「あ、ロイド! 走ると危ないよ」
「へーきへーき、さあ魔物でもなんでもどんとこい!」
コレットがニコニコと階段に足をかけ、リフィルは目を輝かせてあちこち見ながら進む。
「………その集中力が、続けば良いがな」
クラトスがため息をつきながら、ノイシュを連れて降りていく。
最後に残ったエミルは奥の建物の方をじっと見つめていたが、やがてロイドに呼ばれて階段を降りていった。
途中までは真っ暗で何も見えなかったが、少し進むと明明と松明が焚かれていた。
松明に照らされて、ロイドには何かが通路を塞いでいるのが見えた。
「………? 何だ?」
近付いてみると、それは大きな木だ。……いや、木がこんな所に生えているわけもない。よく見れば、僅かに動いている。
「わぁ……おっきいねぇ」
「木の、魔物?」
丈はジーニアスの倍ほどもあるだろうか。大きな体は木の幹のよう、細い腕らしきものが横から生えていて、その全てが濃い赤色をしている。
エミルが進み出て、その木に手を当てた。
「このコは、デナイドだよ」
「デナイド……聞いたことがないわね」
博識のリフィルでも知らないことがあったのか、とロイドは変なところに感心した。
「余り人前に出ないから。普段は暑いところに住んでるんだ。砂漠とか、火山とか。……外が寒いから中に入り込んじゃったみたい」
「寒いって、外も十分暑いよ!」
確かに、遺跡の中は外の何倍も暑い。だからといって、外が寒いようには感じなかった。
――確か、エミルが前に言っていた。ロイドが砂漠は暑いと言うと、それほどは暑くない、マナが少ないからだろう、と。
じゃあ、ここはマナが濃いのだろうか。人間のロイドには分からないから、後でジーニアスにでも聞いてみようとロイドは思った。
「この魔物にとっては寒かったのだろう。……しかし困ったな。こう道を塞がれては」
まるでデナイドを知っているような口振りだ。傭兵だから、どこかで会ったことがあるのだろうか。
「ん? 何でだ? どけて進めば良いだろ?」
「デナイドは、寒くなると休眠する。私の記憶が確かならば、休眠中はいかなる攻撃も吸収してしまう筈だ」
「じゃあ起こせないし退かせないってのか?」
そう言うことだ、とクラトスは頷く。
近くで見ても、とてもそうは思えない。大きな体は兎も角として、細い腕は簡単に折れてしまいそうにも見える。
「うーん……隙間は通れそうにないし……他の道も無いみたい」
巨体は通路にギリギリ収まっているサイズ。横に隙間はなく、乗り越えようにも高すぎて、ロイドやクラトス、エミルならば余裕だろうがジーニアスやコレットでは乗り越えられまい。
コレットが通れなければ、意味はないのである。
「大丈夫、任せて」
「エミル?」
エミルはちょっとごめんね、と断ってジーニアスの荷物をほどき、中から氷付けにしてある魚を取り出した。暑さで氷が溶けそうなものだが、ジーニアスの魔術の氷なので冷気すら放っている。
「僕が合図したら、一斉に走って」
エミルは魚を振り回す。やがて勢いをつけて放り投げると、魚はデナイドの向こう、横道の通路に落ちる。
瞬間。
木がわさわさと動き出した。細い腕で体を持ち上げ回転し、腕で這うように魚の方へと向かって行ったのだ。
「――今だっ!」
エミルの合図に合わせて、一斉に通路を駆け抜けた。
デナイドがいた通路から真っ直ぐの所に扉があり、駆け抜けて扉を閉めると体力のないジーニアスが息も荒く床に膝をつく。
「な、何をしたの?!」
というか、起こせないんじゃなかったの?!
エミルはジーニアスの荷物を持ってくれていて、その中からジーニアスの水筒を取り出し渡してくれた。
「デナイドは淡水の魚や魔物が好物なんだよ。それで魚を投げて、目を覚まさせたんだ」
あれは本当なら晩ごはんになる筈だったんだけど、とエミルが言うとロイドはひどく残念がった。エミルの料理は美味しいのだ。
「エミル、詳しいんだねぇ。さっきの魔物さん、エミルを見て逃げていったよ。凄いね」
「え、あ、うん……でも、魚ですんで良かったよ。そうじゃなかったら魔物を連れてこないといけなかったし」
「あいつの食い意地が張ってて良かったな!」
最後に、ロイドがそう笑い飛ばした。
エミルは苦笑した。
「――それにしても、クラトスさん。よくあのコの事知ってましたね?」
「……ずっと昔の仕事で、一度見たことがあるだけだ。行くぞ」
「あ、ちょっと待てよ! 行くぞジーニアス、コレット!」
「う、うん」
ジーニアスはエミルがクラトスをじっと見つめているのが気になったが、リフィルが遺跡に興奮したので掛かりきりになり、その事は忘れてしまった。
何故エミルがデナイドを知っていたか、そんな事は全く気にならなかったことにも、気が付かなかったのだった。