精霊の世界再生   作:柚奈

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 呼んでいる。呼ばれている。弱々しく、しかしはっきりと。

 それが何の声か、彼は知っている。

 

 

 

 どん、と。

 もうもうと土煙を上げながら、封印を守る魔獣、クトゥグハの巨体が倒れた。直後金色の光がその体を包み、弾けると、そこにクトゥグハの体は無く。

「マナに、還った……?」

「……勝った」

「勝った、んだよね?」

「―――勝ったぞ!」

 クラトスとエミルが剣を納める。壁際に隠れていたノイシュが、そろそろと出てきてクラトスにすりよった。

 長かった。仕掛けを解くのに苦労し、ソーサラーリングに気が付くまでが長かった。部屋を出入りする度にあの木の魔物が邪魔をして、その度にエミルが退けてくれた。

 ようやく封印の間に辿り着くと魔獣との戦い―――クラトスとエミルがいなければ、ロイドは三回は死んでいる。

 ほっと息をついたとき。

 

「再生の神子よ。祭壇に祈りを捧げよ」

 

 どこかからか、声が響いた。

 コレットが祭壇に近付き、祈るように手を組み目を閉じる。

「大地を守り育む大いなる女神マーテルよ。御身の力を、ここに!」

 そして、教えられた通りの文言を口にする。

 とたん。

「な、何だ!?」

 空気が、震えた。ジーニアスは思わず腕をつかむ。

 なにか、そこにいる。恐ろしいような、優しいような、不思議ななにか。

 祭壇に目を凝らすと、一瞬紅い男性の姿が見えたように思ったが、すぐに溶けるように消えてしまう。同時に辺りを覆っていた威圧感とでも呼ぶべきものが消え失せた。

「今のが……イフリート?」

 ジーニアスの問いに答えるものは無かった。答えるよりも早く、天使が舞い降りたのだ。

 イセリアの聖堂にも現れて、コレットに神託を下した天使―――レミエル。

「我が娘コレットよ、見事な働きだった」

「はい、ありがとうございます。……お父、さま」

 コレットの声音は硬い。まだ二回しか会ったことがないから緊張しているのだろうか。それに反してレミエルの方は薄い微笑を浮かべている。

「お父さま……?」

 エミルが横で呟くのが聞こえた。ジーニアスは小声で神子の本当の親は天使だと言われていることを教えてあげた。その言い伝えは、どうやらイセリアだけらしい。

 エミルはそれでも難しそうな顔をしていた。……仕方ないだろう。長年イセリアで共に過ごしてきたジーニアスも、内心は未だに信じられないのだから。

「封印を守護するものは倒れ、第一の封印は解かれた。程なくイフリートも目覚めよう。――クルシスの名の元、そなたに天使の力を与えよう」

「はい、ありがとうございます」

 レミエルは聖堂でそうだったように、片手を静かにコレットの方に差し伸べる。

 伸ばした手の先から細かな光が降り注ぎ、コレットの胸元――クルシスの輝石に吸い込まれる。クルシスの輝石が紅い光を放ち……

「わぁ……」

 そっと。音もなく、動きもせずに。

 祈る姿勢のままのコレットの背中に、いや、背中から、まるで―――花びらが、開くように。

「コレットに、羽が……」

 淡い桃色の羽が、鮮やかに広がった。

 ジーニアスはあまりの光景に言葉を失う。コレットはそのまま、ふわりと浮き上がった。

 飛んで、いる。

「天使への変化には苦しみが伴う。耐えることだ」

「試練なのですね。わかりました」

 淡々としたレミエルに答えるコレットの声は、思ったよりもしっかりしていた。元々、そう教えられていたのかもしれない。

 コレットは、神子は天使になる。そして女神マーテルがおわす天に昇るのだ。

「次の封印はここより遥か東。海を隔てた向こうにある。彼の地の祭壇で祈りを捧げよ」

「はい。レミエルさま」

 ばさり、と羽ばたく音がする。レミエルの翼はコレットと違って、白い、鳥のような翼だ。羽ばたく度に羽が数枚落ちていくが、それはすぐにマナに溶けて消えて行く。

 マナの光に包まれながら、レミエルは天へと昇っていく。

 

「次の封印で待っている。我が最愛の娘コレットよ」

 

 コレットは浮いたままそれを見送り、ロイドとジーニアスはコレットの羽に目を奪われていた。

 ……だから、気が付かなかったのだ。

 リフィルが辛そうな顔をしていたことに。

 エミルがレミエルを睨み付けていたことに。

 そんな二人を、クラトスがじっと見ていたことに。

 ジーニアスもコレットもロイドも、リフィルでさえも、全く気が付いていなかったのだ。その時は、まだ。

 

 

 

 

「はい、ロイド」

「お、サンキュ、エミル」

 スープをよそってロイドに二つ。一つはロイド、もう一つはノイシュの分だ。

 星空の下、全員揃っての野宿である。

 旧トリエット跡を出て直ぐに、コレットが倒れた。……天使への変化に伴う苦痛。それは普段ちょっとやそっとの痛みではおくびにも出さない彼女でも、思わず膝をつく程のもの。

 動かさない方がいいというクラトスの意見にしたがって、旧トリエットの近くでキャンプをすることにしたのだ。

「今日のスープはボクとエミルが作ったんだよ!」

 えへん。誇らしげにジーニアスが胸を張った。二人とも料理は上手い。一口そっと掬って口に運ぶ。

「……お、うまい!」

「これは……」

「本当。ジーニアス、腕を上げたのね」

 三人が三人とも美味しいと言って、ノイシュも口をつけてわふ! と鳴く。

「ノイシュも“旨かった”ってさ」

「本当?! やった!」

「良かったね、ジーニアス」

「うん。エミルのお陰だよ」

 ロイドは旅の間、毎日こんな美味しい食事が食べられるのかと嬉しくなった。

「……ほら、コレットも食えよ。旨いぞ」

 ほとんど手をつけていない食事を見て、ロイドがコレットに微笑んだ。食べないと元気出ねえぞ、と。

「あ、私は……ごめんね、ちょっと食欲がわかなくて。折角作ってくれたのに」

 確かにこのスープは体調が悪いコレットを気遣って作ったものだ。けれど食べられないものを無理強いする訳にはいかない。

 エミルがにっこり微笑む。

「ううん、いいんだよ。料理なら、またつくればいいから。ね?」

「うん、ごめんね。……私、ちょっと風に当たってくるね」

 コレットはそう言って、火の側から離れていく。

 ―――あれは、無理している。一緒に行こうか、と声をかけようかとも思ったが、かけられなかった。

 器を持つ手に力が入る。エミルはロイドがいるから皆は楽しそうだ、なんて言ってくれたけど、肝心なところで無力なのだ。

 その時、エミルが器を片付けて、そのまま火から離れていこうとしているのが見えた。

「……どこ行くんだ?」

「うん、ちょっと遺跡の中に」

「――危険だよ!」

 ジーニアスが立ち上がって叫んだ。が、エミルは動じない。

「うん。分かってる。大丈夫だから」

「でも……」

「問題あるまい」

 尚も言いつのろうとしたジーニアスの言葉を、クラトスが遮る。

「彼の力量は、見たところこの辺りの魔物では相手にならないだろう。それはロイド、お前も分かっていると思うが?」

 ぐ、と言葉に詰まる。反論できない。ただでさえ、何度も命を救われた身では。

 エミルは、強い。けれど一人で行かせるなんて、頭では分かっていても納得できない。なら、せめて。

「………俺も行く」

「ううん。ロイドは皆を守ってあげて。クラトスさんだけじゃ、何かあったときに全員は守りきれない」

 僕なら大丈夫だから、と。

 リフィルとジーニアスは後衛、コレットは中衛。ノイシュは戦えず、今はコレットも戦えないと考えた方が良いだろう。ならばクラトス一人で守りきれるか、と聞かれれば、ロイドにだって分かる。……否、だ。

 エミルなら出来るかもしれない。強いし、敵を自分に惹き付けることが出来るから。敵の間隙を掻い潜り、誰一人傷つけることなく。

 けれどクラトスでは、ロイドでは。分かっていたから、そう言われれば引き下がるしかなかった。

 けれどジーニアスはまだ納得していなかった。不安げに、エミルの服の裾を引く。

 エミルはジーニアスに目線を合わせて微笑む。

「大丈夫、早めに戻ってくるから」

 そしてそのまま行ってしまう。ジーニアスは裾を掴み損ねて、伸ばした手をさ迷わせた。リフィルがジーニアスの肩を抱く。

「大丈夫よ、ジーニアス」

「うん。……うん、大丈夫、だよね」

 ジーニアスはよくコレットがそうするように、祈るように手を組んだ。

 ロイドも自分に言い聞かせる――エミルは大丈夫。あんなに強いんだ。それに、大丈夫だと笑っていたじゃないか。

 それにしても。

 その笑顔がどこか、コレットに似ていたのは、ロイドの気のせいだったろうか。

 

 

 

 

 

 あつい。

 あつい、体の芯が、胸の奥が、あつい。

 とめどなく溢れてくる力が、大気の中で荒れ狂っている。風が体にまとわりつく。ああ、気持ち悪い。こんなに乱れていたとは思わなかった。

 反転するならば、この辺りは雪国にならなければならない。なのに外はまだ暑く、中も凍りついてはいなかった。

 マナが少ないから。異常気象はマナに影響を与える。影響される程のマナも、ここには残っていないのだ。

 八百年の弊害は、大きい。

 呼ばれている。呼んでいた。

 それに引き寄せられて、足が動く。

 先ほど彼等と解いたのとは少し違う手順を踏んで、迷うことなくさっきの部屋に辿り着く。

「灼熱の業火……紅の巨人」

 呟くと、檻のなかに姿がうっすらと浮かび上がる。影が、彼に向かって訴えるのだ。

 声なき声。けれど彼にははっきりと聞こえていた。

「……悪い。それは、できない」

 そう言って、目を伏せる。すると影は少し揺らめいて、また消えていった。

「あぁ……わかってるさ」

 そうして、檻を通り抜けて、その奥へ。

 彼が触れると、そこはあっさりと開く。……爆弾まで持ち出しても開かず、諦めたものが居ることを、彼は知らない。

 開けたとしても、その奥の住人が只では済まさないだろうが。

 住人達は、彼を待っていた。

 顔を歪めて歯を食い縛りながらも、住人達は彼を出迎える。間違っても、主に手をあげるなんてバカな真似をしないために、痛みで意識を保ちながら。

「そうか、お前たち……待っていたのか」

 声をかけられた住人は恍惚の表情を浮かべ、ただ静かに頭を垂れた。

 彼は住人達に囲まれて、そこに、それの前に立った。

「お前も、待たせたな」

 さあ、始めよう。これからは大仕事だ。その前に。

 はやく起きろ。寝坊助が。

 彼はゆっくりと、それに手を、触れた―――。

 




 エミルが手を加えたためスープは美味しくなりました。
 因みに原作プレイ中でも仕掛けに気がつくまで三十分くらいうろうろしていた私。ソーサラーリング変換装置がないんだもの!

 あのまま起こすとリフィルの餌食になるため、エミルも自重したようです。
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