「あ」
ノイシュが、エミルの横に座っていた。
エミルはノイシュの耳の後ろを掻いてやった。
「ゴメンね、ノイシュ。忘れてた訳じゃないんだ。あの時のコだって分からなかっただけで。大きくなったね」
ノイシュがまるで気にするな、とでも言うように、一声ないた。
空はもう白み始めている。
オサ山道に差し掛かった頃だった。
「この中にマナの神子はいるか?」
見たこともない変わった服をまとった女が、小高い崖の上に立っていた。
不思議なのはその声がやけに固いことで。
「あ、それ私です~」
呑気なコレットに一行が溜め息をついた。いや、それでこそコレットと言えばコレットなんだけど。
「あのねコレット。そこはホントでも名乗っちゃ駄目だよ、一応……」
エミルが呆れつつそうコレットに教える。
そのとき襲撃者の女が、エミルを見て目を丸くした。
「覚悟―――アステル?!」
構えをとるのも忘れて、女は崖を飛び降りる。
「知り合いかエミル?」
ロイドがエミルに問いかける。が、答えるより早くエミルは襲撃者に捕まった。
「あんた、なんでここに……生きてたんだね?!」
襲撃者がエミルの肩を掴んで揺さぶり、その拍子にコレットが「きゃっ」と小さく悲鳴をあげながら倒れ。
がこんっ。
「――がこん?」
気がついた時には既に遅く。
ぽっかりと、エミルと女の足下に、穴が。
『………あ』
『うわああぁあーっ?!』
突然すぎて、手を伸ばすことも出来なかった。尻餅をついていたコレットが、しゃがみこんで穴を覗き込む。
「あ~! やっちゃった、どうしよう」
「エミルー、大丈夫かー?」
ロイドもコレットの横から覗くが、穴は思ったよりも深いのか暗くて底が見えない。
落ちて気絶したならまだ良い。下には魔物もいるかもしれないから勿論起きている方が良いが、骨でも折って動けないか、死んでいるかも……。
なかなか返事がない。ジーニアスも心配して穴の側にしゃがんだ。
「十メートルくらいか。重力加速度を9.8として……うん、死ぬことはないと思うけど……」
「よくわかんねぇけど、生きてるんだな。―――おーい、エミルー!」
もう一度叫ぶと、ようやく返事があった。
『うん、大丈夫ー!』
「待ってろ、今助ける! あー、ロープ! ロープ何処だ?」
ジーニアスが慌てて荷物を下ろして中身を覗く。リフィルは既に辺りを探し終えていたのか、首を降った。
けれどそれを止めたのは意外にもエミルだった。
『ロイドー! 僕は大丈夫だから、先に進んで!』
「そうは言われてもなぁ……」
『この先に道が続いてるみたいなんだ。抜けられそうだから、山の向こうで会おう!』
「落とし穴に、道ぃ?」
「落とし穴ではなくてよ。山道管理用の隠し通路ね。どこかに繋がっていたとしても可笑しくないわ」
「彼ならば大丈夫だろう。我々は進んだ方がいい」
コレットが頷いた――エミルなら大丈夫。それは最早彼等の口癖になりつつあるような気がする。
だからといって一人で行動するのは良くない。良くないのだが、ここでロイドも穴に飛び込む訳にはいかないから仕方ない。
コレットとジーニアスが頷いたのを見て、ロイドは声を張り上げる。
「ああ、分かった! 気を付けろよ」
『ロイドもね!』
横でノイシュがクゥンとないた。
「………という訳なので行きましょう?」
手を差しのべる少年に、襲撃者、しいなは混乱していた。
知り合いに、よく似ている少年。……性格までそっくりで、これが別人だなんて信じられない。彼も、しいなが神子を殺そうとしていたのを、見ているはずなのに。
「あんた……あたしは敵だよ? 助けなんかいらないサ」
お人好し。けれど敵だ。弱味なんか見せられない。伸ばされた手を払って立ち上がろうとして――
「っ……!」
足を挫いたらしい。しばらく休めば治るだろう。痛みをこらえて立ち上がる。多少ふらつくが、痛みは顔に出さない。何ともないように振る舞う。
睨み付けながら符を構えると、少年が困ったような顔をして、やっぱり手を伸ばしてきた。
「怪我してるんでしょう? 手当てするから、見せてください」
「うるさい! ほっといとくれ!」
叫んだが、実は歩けなかった。……これはひびでも入ったか。
コリンがしいなを庇うように小さな体で少年の前に立ちはだかる。
「し、しいなに触るな!」
「………精霊? いや、でもそれにしては……」
少年は数度目を瞬かせて、コリンを掬い上げた。ぬいぐるみを見るようにコリンをぐるぐる回している。
「あんたコリンに何するのさ!」
「ん? え、あああすみません!」
少年はあっさりとコリンをしいなに返した。腕の中で、コリンが「しいなぁぁ~……」と目を回している。
少年はすみません、ともう一度謝った。
「しいなさんと、コリン? このままここにいると危ないから、一緒に行きましょう」
「はっ、ごめんだね。馴れ合いはしない。あたしは神子を殺しに来たんだ。その神子の護衛と、なんだって仲良くしなきゃならないんだい」
ぷい、とそっぽをむくと。
「でも……道、分かるんですか?」
「……………。あんたは、わかるのかい」
「えーと、教えてもらえば」
「教えてって、誰に……」
言い差してしいなは、口をつぐむ。
………暗かったからよく見えていなかったが。闇に目が慣れれば、うようよと、この辺りに生息する魔物が、しいなと少年を取り囲むようにびっしりいる。
その中の一匹の蜥蜴のような魔物が、何かを少年に訴えた。
「え? ダメだよ! この人悪い人じゃ無さそうだし。……ダメ。食べるものなら他にあるでしょう? ダーメ! ――あぁあ!」
魔物は少年が止めるのも聞かず、未だに目を回しているコリンをしいなの横からぱくっと食べた。―――コリンが食べられた?!
「コリン!」
「こら! 食べちゃダメだってば!」
少年が剣の柄で頭の後ろを叩き、魔物はコリンを吐き出した。ぐったりしてはいるが無事だ。……ああ、よかった。
少年が叩いた魔物はしゅんとした。少年はなんだかなぁ、と頭を掻いて溜め息をついてから、言った。
「あの、本当にこのままにしてたら食べちゃいそうなので、一緒に来てください。この坑道を抜けるまでで良いですから」
周りの魔物がヨダレを垂らしているのを見て、しいなは一も二もなく頷いた。
少年は手早くしいなの手当てをすると(かなり手慣れていた)、さっきコリンを食べた魔物に何か言った。すると魔物は少年の肩に乗り、しいなには理解できない言葉で少年に道を教え始めたのだ。
「あんた、魔物と話せるのか」
しいなは魔物を操る存在なら知っている。そういう機械があることも。けれど少年のそれは。
魔物の言葉がわかっていて、操るというよりも、協力させる、従えると言う方がしっくりくる。
少年は振り返らず――どっちにしろ魔物が肩に乗っているので振り向けない――視線だけしいなの方に向けて答えた。
「話せるって言うか……何となく。何となく彼らが言ってることが分かるだけで、話してる訳じゃないです」
「ふーん……」
そう言えば霊の声が聞こえるなんて人もいた。それを考えれば、そんなに不思議でもないのかも……
考えながら歩いていたので、少年が立ち止まったのに気が付かなかった。鼻をぶつけ、思わず涙目になる。
「っ! どうしたんだい」
「しっ、静かに」
先程とは打って変わった険しい声。身ぶりで下がるよう示して、少年は声を潜める。
「この先に、とても強い魔物がいます。多分僕の言うことも聞いてくれない。これ以上近付いたら気付かれて、襲われます」
「強いったって魔物だろ? なら倒せば良いじゃないか」
「このままかかっても勝てません。せめて術を使える人がいたら良いんだけど……なんであんな奴がこんなところに」
しいながそっと通路から身を乗り出すと、黒い、骨のようなものが動いていた。なんだ、あの魔物は? ……いや、そもそも魔物なのか?
「他に道はないのかい?」
「出口に繋がってるのは、あそこ一本だけだそうです。あそこを抜ければすぐ出口があるって。迂回も出来ないの?」
しいなには魔物の言葉は分からないが、少年の反応を見れば分かる。他に、道はない。
そして立ち振舞いを見ればどれくらい強いのかも、大体なら分かる。だとするとしいなに勝ち目はない。
それでも、ここを抜けなくてはならないのだ。神子を殺すために。
「ここは、あたしにまかせときな」
「え?」
そう、しいなは忍。魔物の意識をそらす事ぐらい片手で出来なくては、神子の暗殺なんて夢のまた夢。
胸元から符を取り出す。……今回の任務のためにと、受け取った三枚のうちの一枚。
「頼むよ……」
念じつつ、符を放る。
いでよ式神壱・紅風―――!
ロイド達が、オサ山道を抜けたとたん。
「うわああぁあーっ!?」
叫び声と共にエミルとさっきの襲撃者が、壁を突き破って出てきたのだ。
「……すげー、追い付いてきた」
エミルは少し汚れているが、襲撃者の方は少しなんてレベルじゃない。身体中ホコリまみれ泥まみれだ。
ロイドは改めてエミルのスゴさを実感した。
コレットがエミルと襲撃者を見て顔を輝かせた。
「ああ、よかった!」
二人に向かって一歩コレットが足を踏み出す。すると。
「う、動くな! 物に触るな!」
「……賢明な判断ね」
過剰に反応していると言えばそうだけれど。確かにコレットのドジは次に何が起こるか予想もつかない。だからこそ奇跡にもなるが……襲撃者にとってはトラウマになったらしい。
叫んだ襲撃者が突然膝をついた。エミルと、さっきは見当たらなかった小さな狐が襲撃者に駆け寄る。
「ぐ……!」
「し、しいなぁ~」
「大丈夫ですか?」
「う、うるさい……今日のところは退いてやるが、覚えていろ! 次は必ずおまえたちを殺す! おまえも! 次は油断しないからな!」
襲撃者は後ろに大きく飛んだ。着地と同時に地面に何かを叩きつける――煙幕。
「待て!」
ロイドが叫んだが、その時には既に煙と共に襲撃者の姿は消え失せていた。
ロイドは目を伏せた。
「どうして俺たちが狙われるんだ」
「……いつの世にも、救いを拒否する者がいる。我々は常に狙われている。それだけだ」
クラトスはいつものように、淡々とロイドに応じた。
「あの人……エミルのこと知ってた風だったけど」
「うん。人違いだったみたい。……けど悪い人じゃ、ないと思うよ」
だってあのこがついてるから。
エミルはそう言って、楽しそうに笑っていた。
本来ソードダンサーがいるのはもっと奥、丁度落っこちた辺りです。
落っこちたエミルが無事なのは魔物達が助けたからだったりする。