ヱヴァンゲリヲンFIS-もしシンジがイノベイターなら-   作:るーしー

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サブタイトルは貞本コミックのSTAGE.8を魔改造。


第2話 シンちゃんはご機嫌斜め!?

先の第4使徒(サキエル)との戦闘から早2週間、

エヴァンゲリオンのパイロットになることを了承したシンジは、訓練用の擬似素体に挿入されたエントリープラグ(コクピット)の中で小さくため息をついた。

 

「シンジ君、兵装ビルや電源の位置は頭に入っているわね?」

「1週間前には憶えていますよ」

 

特別非常事態宣言により無人となった街で会った――むしろ存在を感じたと云う程度の――相手を探す為にシンジはネルフ本部のある第三新東京市に残ることを決めたのだ。

 

「ではトリガー優先(インダクション)モード開始」

 

シミュレータープログラムが起動し、現実の要塞都市を再現した仮想現実空間に使徒が現れる。

 

「良い? 目標をセンターに入れて――」

対応する操縦桿(インダクションレバー)スイッチ(トリガー)を引く……でしょう。分かっていますよ」

 

ヴァーチャル空間の初号機が構えたEVA専用突撃銃(パレットライフル)から、銃弾が撃ち出され使徒を蜂の巣に変える。

撃破する度に再び出現する偽物(シト)に、正確な射撃を浴びせながら、シンジは歯痒い思いを感じていた。

 

あの『白い少女の幻影』を発した誰かについて候補はいるが、その候補であるエヴァンゲリオン初号機には想像していたより搭乗する機会が少ない上に、先の戦闘以来めっきり反応がない。

加えて今行っている訓練(インダクションモード)で使っている仮想の機体は、現実の初号機と比べると明らかに反応が鈍かった。

 

 

管制室で訓練を見守るリツコとミサトは、訓練とはいえ素晴らしい成果を上げるシンジに感嘆の溜め息を吐いた。

 

「つい2週間前にパイロットになったとは思えない成績ですね。まるでエヴァに乗る為に生まれてきたようです」

 

この場における主任オペレーター伊吹マヤは、次々と出現するターゲットに即座に照準を合わせて発砲する反射神経と、高水準で安定しているシンクロを賞讃している。

 

「にしても、よくエヴァに乗る気になったものね。正直、嫌がると思ってたわ」

 

大人(ヒト)の言うことに大人しく従うタマじゃ無いと思ったのだけどと呟くミサトに、理知的な反論がなされた。

 

「逃げられないって考えたのではないかしら? かなり聡い子のようだし」

 

変わらず敵が出現した直後には、銃弾を叩き込んでいる初号機に目をやるリツコに釣られて、モニターをみると納得のいかない表情が弛んだ。

葛城ミサトと云う女性の持つ鋭い直感力は、シンジがパイロットになった理由がそれだけではないと漠然と感じていたのだが、彼女の持つ楽観的な性格はそれを握り潰す事にしたようだ。

 

エントリープラグを映すモニターでは、シンジが退屈そうな無表情から、いつの間にかやや目を見開き集中している様子が見て取れるが、特に仮想の初号機に変わった様子は無かった。

相も変わらず、使徒が出現した瞬間に発砲する姿があるだけだった。

 

 

シンジが集中し始めた頃から、ミサトは漠然と感じていた違和感を言語化した。

 

「……ちょっち、動きが早くなってない? 何とゆーか、敵が出現する前に狙いを付けてるような」

「そんな莫迦なことが……」

 

そう言いつつも、女性科学者は部下にこの訓練の解析データを出すよう指示を出す。

使徒という超常の存在を相手取る以上、非科学的なものでも採り入れるべきなのだ。まして彼女の友人のカン(・・)は獣じみていたりする。

 

「すごいですね。ターゲット出現から発砲までの時間が全て1秒以内です。それにほぼ一定の反応時間で、その揺らぎや(むら)・偏差が最大でも0.2秒以下、驚異的ですね」

 

そう云いながらマヤが、グラフをスクロールさせていくと、ある点を境に反応時間が急激に短くなっていた。

 

「これは、一体?」

 

視界(モニター)の片隅に、揺らぎのようなものが発生する。その瞬間にヴァーチャルの初号機に動作を伝える。

初号機が反応し始めた時には既に、揺らぎのようなものが発生した場所に使徒サキエルが現れていた。

ライフルの銃口が目標を捉えると同時に、シンジは操縦桿のトリガーを引く。ライフルの方にはタイムラグはなく、直ちに弾丸が牙を剥いた。

 

ネルフ所有のシミュレーターは、エヴァ複数での運用訓練にも対応する為の特別製だ。映像データを直接コクピットに送るのではなく、仮想空間に仮想の機体を作り出してそのアイカメラの視界をコクピットに送るという複雑なシステムになっている。

仮想空間内で新しい生成物を作る時には、その周囲の空間に一時的な揺らぎが発生する。0.03秒にも満たない前兆をシンジは捉えているのだった。

その常人を凌駕する反射神経は、未来予知を行えるかのような錯覚を常人に与える場合もあるのだ。

 

機械のように正確な射撃であるが、それは通常の感覚での話で、シンジにしてみればそれなりの斑のある動きであると感じている。

 

「所でシンジ君、学校はどう?」

「……別に、これと云った問題はありません」

 

先日転入した市立第一中学での様子を訊かれ、シンジは攻撃速度とリズムを崩さずに答えたが、ネルフ諜報部か保安部と思しき人影(・・)がうろついていた事を思いだし、不愉快な感情が沸き上がった。

 

「そーゆーコトじゃなくて、学校で遇ったコトとかさ」

「……」

 

そう言われて、学校での出来事を思い返してみた。

 

 

 

 

未来型都市のテストベッドでもある第3新東京市にある市立第一中学校は、その教育においても最先端といえよう。

教授する内容は変わらなくとも、IT機器をふんだんに活用した画期的な教育システムを採用しているのだ。

その一端として生徒全員にノートPCが支給されて、授業等で積極的に利用されている。

 

 

さて同校の2-Aに編入した碇シンジは、担任である利根川教諭の授業を頬杖を付いて聞き流していた。

シンジの視線の先には――プラチナブロンドではなく、サファイアブロンド? とでも云うべきか――蒼銀の蝉鬢をウルフショートにした少女、綾波レイがいた。

レイも――骨折した右腕を吊っているので左手で――頬杖をつき、彼女は窓の外を見ている。

だが、レイが誰かや何かを見ているわけでは無いことを、シンジは知っていた。恐らく、景色に何かを投影しているのだろうと推測するが、精確には分からない。

 

 

そんな中不意にシンジに対するメッセージが、クラス内チャットに書き込まれた。

 

『碇君がうわさのロボットのパイロットなんでしょ? Y/N』

 

視線を動かさず、視界の端でPCに映ったメッセージを確認し、少し考えてから、気付かないふり(・・)をして無視を決め込んだ。

下手に受け答えをして墓穴を掘るのは避けたかったし、たとえNo(いいえ)と答えても、ロボットの関係者であることを隠すことは難しく、パイロットであると邪推される可能性もある。

 

この事を次の休み時間にでも報告しようと思ったが、自分に張り付いている鬱陶しい(ネルフの)人間達がいることを考えて不要と断じた。

以前ミサトの部屋で見かけた『初号機パイロット監督日誌』なる物の精確さを考えれば、このチャットの内容程度を把握していない筈がない。

それに、第3新東京市の住人の多くがネルフとの関わりがある事を考慮すれば、ロボット(エヴァ)の存在やパイロットの素性などは半ば公然の秘密なのだろう。

 

 

チャイムが鳴り昼休みになったと同時に、シンジは画面を見ずに(・・・・・・)ラップトップを閉じた。

斜め後ろに座っている女子2人が、ソワソワした雰囲気を出しているのを感じ取っていたシンジは、例の『白い少女』の候補から離れる事に後ろ髪を引かれながら、素早く席を立った。

 

教室から廊下へ出ようとした時、開いていたドアが浅黒い腕によって塞がれた。

黒地に白いラインのジャージに身を包み、腕まくりをした手をドアに押し付けた少年が、シンジを睨んでいる。

 

「転校生、ちょっと顔貸せや」

 

日に焼けた角刈りと云う風貌はなかなか迫力があり、シンジより背が高くがっしりとした体躯は喧嘩慣れしていそうな感じだ。

怒りの感情が伝わってくるが、今まで接点すら無い少年に「そのスカした面を殴らせろ」などと考えられている謂われは無い筈である。

 

 

 

 

繰り出された拳が悉く空振りする。

教室でのやり取りの後、お約束のように校舎裏に案内されたシンジは、予測通り殴り掛かってきた黒ジャージの少年――クラス委員長の少女が鈴原と呼んでいた――のパンチを避けた。

 

貴様(キサン)の! 所為で! 妹は!」

 

怒りを込めて振るわれる腕は、まさにテレフォンパンチであり回避は難しくはなかった。

加えてシンジの反射神経は人並み外れており、一寸した喧嘩自慢程度では擦りもしないだろう。

 

「ワイはお前を、殴らな……アカンのや!」

 

息が上がりながらも果敢に向かってくる鈴原を捌きながら、一緒に付いてきた鈴原の友人らしき眼鏡の少年――相田とか云ったか――に目で訴える。

こちらの意図を察した相田が、答えてくれた。

 

「そいつの妹さん、この間の戦闘(さわぎ)で怪我しちゃってさ、悪いけど殴られてやってくれない?」

 

その言葉と読んだ思考から、相田の目的がエヴァパイロットの正体を暴く事だと看破する。

鈴原を嗾けて、シンジがパイロットであるかどうかを確かめる。彼の中では十中八九確定しているが、確証が欲しかったのだ。

 

シンジはカチンと来た。鈴原にも相田にも。

 

「(怪我がなんだよ、僕だって死ぬ所だったのに!)」

 

沸々と沸き上がる憤怒に従い、鈴原の大振りに対して、完璧にタイミングを合わせて踏み込む。振りかぶった右ストレートが突き出された瞬間に、両脚に力を込めしっかりと握り込んだ左手で斜め下から打っ(スマッシュ)た。

 

右顎に打ち込まれたカウンターのスマッシュパンチは、鈴原を宙に舞わせて一撃の下に昏倒させた。

 

「トウジ、大丈夫か!?」

 

相田が鈴原――下の名はトウジと云うらしい――に駆け寄ったのを、冷めたい目で見下ろしてシンジは吐き捨てるように言った。

 

悪いけど(・・・・)反撃をさせてもらったよ」

 

申し訳ないとは欠片も思っていない口振りだが、「悪いけど殴られて」と言った相田はその意趣返しに何も言えない。端から見れば正当防衛といえるからだ。

 

「それと、くだらない噂には興味ないから」

 

そう云って、左手をさすりながらシンジは立ち去った。

 

 

 

 

左の操縦桿は今回の訓練ではあまり使わないが、それを握る左手は僅かな熱を持っていた。

その事をおくびにも出さずに、ミサトの問いに答える。

 

「……特に変わったことはないです」

 

一応リツコに学校での件は言ってあるし――微妙にミサトは信用できないから――あの程度の事は、前の学校では日常茶飯事だった。

別に変わったことはない(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

使徒シャムシエル。ツチノコと昆虫を混ぜた様な奇怪な使徒は、節足を不気味に(うごめ)かしている。

 

作戦指揮官たるミサトの指示に従い、シンジが搭乗する初号機は使徒シャムシエルのATフィールドを中和、コアを狙い専用突撃銃(パレットライフル)のフルオート射撃を叩き込んだ。

パレットライフルの250mm炸裂徹甲弾が砕け目標の姿が煙り、ミサトが視界が遮られる事を嫌って攻撃中止を呼び掛けるも、シンジは構わずに連射を続行する。

全弾を撃ち尽くした時には、使徒のシルエットだけが、濃密な粉塵の向こうに見えるだけとなっていた。

 

実体が見えなくとも、シンジは並外れた空間認識能力と脳量子波に起因する超感覚で、ほぼ全弾がコアに命中したと判っている。そして敵が全くダメージを受けていない事も知っていた。

黒雲の中で増大する敵意に、初号機をバックステップで後退させながら、シンジは弾切れとなったライフルを投げつける。

煙を引き裂いて飛び出した光の帯が、ライフルを切り刻む。視界が晴れて現れた使徒シャムシエルは、頭部の付け根にある左右に伸びた突起から、鞭状の触手を生やしていた。

 

「新しいライフルを出すわ! 接近戦は危険よ、ライフルで牽制しつつ持久戦で削るわ!」

「(確かにあの鞭は厄介だけど、本当に削れるのか? でも、まあ取り敢えず……)了解」

 

武器庫ビルに上ってきたパレットライフルを受け取り、再び目標を攻撃。ただし今度は適度なバースト射撃、連射に間隔を空けて着弾煙を抑えている。

 

 

変幻自在の近接武器を持つ相手に接近戦は危険であり、射撃武器による遅滞戦術を採る事は悪くない。だが使徒シャムシエルに対しては、それが裏目に出た。

遠距離攻撃(ロングレンジ)と云っても、ATフィールドを中和する為に、ある程度接近する必要がある。つまり実質的には中遠距離であり、それは触手鞭の有効射程圏だ。

 

「チッ……逆にこっちがジリ貧だ」

 

吐き捨てるようなシンジの呟きは、どちらに天秤が傾いているかを、雄弁に物語っていた。

使徒シャムシエルは煤で汚れただけでダメージは皆無、一方ネルフ側は消耗戦に追い込まれている。

幾ばくかの距離とシンジの超絶的反応速度に因って、未だ初号機に傷は付いていないが、光る鞭が獲物を捕らえるのも時間の問題だろう。

 

シンジは初号機を大きく後退させ、互いのATフィールドが干渉しない距離まで離れる。パレットライフルを左手に持ち替え、肩のウェポンラックからプログレッシヴナイフを引き抜く。

 

「(ライフルの残弾が心許ないけど……)」

 

装備武器(パレットライフル)のステータスを表示しているサブモニターを見ると、専用250mm弾は2割を切っているが、効かない武器の残弾など気にする事ではない。

そんな事より、プログナイフが有効でなかった場合を考えるべきだ。プログナイフよりずっと強力な武装が欲しい。

 

「サンダースピアの、射出準備を……!」

「ちょっとシンジ君? まさか」

 

シンジは軽く息を吐いてから、配備されたばかりの新装備の名を挙げた。

意識を集中すると、世界から余分な音が消えていく事を自覚。初号機を追って、距離を詰めてきている使徒シャムシエルに対し、左手に握ったパレットライフルを連射。

ATフィールド中和圏に入ると同時に駆け出す。触手を振りかぶる使徒シャムシエルに、用済みとなったライフルを肘から先だけの動きで投擲。

 

「(やっぱり……奴は脅威の程度ではなく、最も自分に近いものを優先的に攻撃する)」

 

真っ二つにされたパレットライフルを見てシンジは確信した。そしてそれ故に生じる隙がある。

 

人間が振るう様な普通の鞭は、シンジにとって何の脅威にもならない。どんなに速かろうが、その軌道は予測出来るものだからだ。

しかし使徒シャムシエルの鞭は自由に動く触手(・・・・・・・)――変則的な挙動も自由自在――である事が容易に近接戦を挑めない。

だが、攻撃を行った直後は別だ。切り返しの刃が襲い来る軌道は限定され、どんな奇怪な動きであろうとも、対応する余地がある。

 

外部電源(デッドウェイト)をパージした反動で更に加速、跳ね返るように振るわれた光の鞭をかい潜り、初号機はプログナイフを横凪に一閃する。

 

「浅いッ!」

 

ナイフの根本まで使って斬り付けたにも関わらず、コアに浅い傷を付けただけだった。

ごく僅かとは云えコアにダメージを負った相手は一瞬怯む。だが、薄皮一枚とは云え心臓を斬られた為か、使徒シャムシエルは憎悪を爆発的に増大させる。

シンジはプログナイフを振るった勢いのまま初号機を回転させ、敵の攻撃前に後ろ回し蹴りを胴体中央へと打ち込んで吹き飛ばす。振るわれんとした渾身の殺意は空を切った。

 

小山の斜面に叩き付けられた使徒シャムシエルを尻目に、外部電源を再接続。武器庫ビルから迫り上がってきたサンダースピアを受領する。

 

新兵器サンダースピア。未来的なアサルトライフルと云った風情の外観をした銃剣、或いは槍である。

見た通りの大型武装で取り回しが悪く、本体の強度も並だが、強力な磁場で形成された高エネルギープラズマの刃は、プログナイフを遥かに上回る攻撃性能を有している。

その最大出力は使徒サキエルのATフィールドを容易に貫ける程であり、最強を誇る近接兵装のキャリアーだと考えれば、諸々の欠点を補って余りあるだろう。

 

使徒シャムシエルの動きに意識を割きながらサブモニターを確認。表示されているサンダースピアのステータスはオールグリーンで、武器管制システムとのリンクも良好だ。

ウェポンコンソールも兼ねたサブモニターを操作し、プラズマ刃を最大出力で展開。更に強制パワーブーストを操縦桿(インダクションレバー)のトリガースイッチに登録(セット)する。

 

手早く突撃の準備を整えたシンジは心持ち小さく深呼吸、集中力の高まりに因って体感時間が遅くなった瞬間、直ちに初号機を突撃させた。

 

 

使徒シャムシエルが振り回す光る鞭触手の間合いまで、後50m。

機体両肩のマルチラックを展開し、ロケットブースターをスタンバイ。

 

使徒シャムシエルの鞭触手の間合いまで、後30m。

更なる集中によって、シンジの虹彩が金色に輝く。

 

「(奴の触手鞭は変幻自在――)」

 

光る鞭触手の間合いまで、後15m。

山の斜面から僅かに身を起こした使徒シャムシエルが、左右の鞭を跳ね上げる。

 

間合いまで、後5m。

外部電源(アンビリカルケーブル)のパージボタンを押し込む。

 

「(――だけどその軌道は、敵を囲い込む動き!)」

 

後3m。

両肩のロケットブースターを点火。

 

「(なら、攻撃が当たる直前に懐に飛び込めば――!)」

 

0m。

外部電源をパージする反動と、空挺着陸用バーニアの最大加速度を得る瞬間が同期。

一瞬だけの爆発的な速度で、光の鞭を置き去りにした。

 

「征ッけぇえーー!!」

 

後の先を以て得た刹那の間隙を縫い、サンダースピアの鋒が使徒シャムシエルのコアに突き刺さる。

断末魔を上げながらも尚攻撃の意思を膨らませる使徒シャムシエル(しにぞこない)に対し、シンジは考えるより速くトリガーを引く。

 

「ッ! 終わりだ!!」

 

サンダースピアの機関部に過電圧が掛かり、過剰生成された高エネルギープラズマが尖端から噴き上がる。

使徒シャムシエルのコアはザクロの様に割れ、目標は永遠に沈黙。しかし末期の執念か、力を失いながらも触手の一本が、初号機の首筋へと落下してきている。

 

「あ……(回避、出来ない)」

 

ほぼコクピット直撃コースの怨念に、シンジは頭の中が真っ白になった。

 

 

エントリープラグには緩衝材も兼ねるLCLが充填されているにも関わらず、凄まじい衝撃がシンジを襲った。

幸いにもシートから投げ出される事はなく、特に怪我もない。

 

「つぅ……機体のダメージは?」

 

パターンブルー消滅、目標の完全沈黙を確認。と云った声が通信から流れる中で、シンジは顔を顰めながらも、初号機のステータスをサブモニターに表示させる。

損傷自体は軽微な物で、装甲の一部が大破した程度だが、場所が脊椎から約3m逸れた位置。コクピットの至近である。

もしも、あと少しでも軌道が違っていれば――シンジは身震いし、背には冷や汗が伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

予定されていた訓練が軒並み中止になった為、暇を持て余したシンジは、ミサトに誘われ先日斃した使徒シャムシエルの残骸回収現場を見学に来ていた。

仮設された分析室にミサトと共に入室すると、部屋の主から声がかかった。

 

「ようこそ2人とも、理想的なサンプルを手に入れてくれて助かるわ」

 

一週間前に実戦配備されたばかりのサンダースピアを使い、上手くコアのみを破壊したおかげで、ネルフはほぼ無傷の使徒のサンプルを入手する事に成功している。

 

 

人嫌いが高じて厭世的な性格になっているシンジも、まだまだ好奇心旺盛なお年頃。

リツコ達の話を聞きながらも、キョロキョロと視線を巡らせていると、砕けたコアを見ているゲンドウが目に入った。

 

「げ……」

 

厭なものを見たと眉根を寄せるが、ふと普段は手袋をしているゲンドウが素手であり、掌全体に火傷の痕がある事に気付いた。

 

「シンジく~ん? お父さんを見て『ゲ』は無いでしょう『ゲ』は」

「あの人は僕の事を息子だなんて思ってないですよ。所でリツコさん司令(・・)の手に火傷の痕があるようですが……」

 

実父への態度を窘めるミサトを切り捨て、更にリツコへ話を振るが、その話題はシンジをして予想外の効果をもたらした。

表情に変化はないがリツコの内面に、苦々しいものが沸き上がるのをシンジは感じた。

 

「32日前の零号機の暴走事故は知っているわね。その時、エントリープラグが誤作動で射出されて落下したの。碇司令は過熱したハッチをこじ開けて、レイを助け出したのよ」

 

話の文面だけを見れば美談なのにリツコの様子はおかしい。

よって、この事故には裏がある可能性をシンジは感じた。瞠目して脳量子波を全面開放、複雑に絡んでいるリツコの感情を解析する。

結果、ゲンドウに対する憤慨の感情が多くを占め、残りはレイに対する憐憫らしき感情とごく僅かな黒い感情、そして自分への嘲笑と罪悪感だった。

これらの意味する事は、零号機の暴走事故は、ゲンドウによって仕組まれたものであり、リツコも関わっていると云う事だった。

 

「どうしたのシンジ君、急に目ぇつぶっちゃって?」

「いえ、全く想像できないなって」

 

そう言って開かれた目は、とうに輝きを潜めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の第一中学の体育は、男子はバスケ、女子は水泳という実に公平なものであった。

高台にある校舎より低い場所にグラウンドは位置し、シンジは坂の途中に腰掛けてプールの方を見ていた。

 

「や~センセ、みんなエエ乳しとるな~」

 

そう言って近づいてきたのは、一週間程前にKOした鈴原トウジだ。

先週の一件より方便(・・)を用いて釈明した所、トウジは自分の行為を謝罪し、腕っ節のあるシンジに一目置くようになったのだ。

鼻の下を伸ばし煩悩を吐き出す()少年を放置し、リツコに訊いたレイのプロフィールを思い出す。

 

「綾波レイ……(14歳。最初に発見されたエヴァンゲリオン適格者。現エヴァ零号機専属操縦者(パイロット)。過去の経歴は白紙、全て抹消済み)」

 

プールサイドで座っている少女の名前が、シンジの口から呟かれると、トウジは奇貨を得たように色めき立つ。

 

「ほ~綾波か。センセは渋い趣味やね。でも止めといた方がエエと思うで。去年の暮れに転校してきたんやけど誰とも喋らんし、きっと性格悪いねん」

「そんな事はない」

 

シンジは静かに強く否定した。

あんなに純粋な子の何処が性格が悪いのだと、思い掛けずカチンと来る。シンジの沸点がトウジ並なら、彼は今頃宙を舞っている事だろう。

 

「とても、佳い子だよ……」

 

そう断言して、レイを眩しげに見詰めた。

 

 

 

 

シミュレーションプラグ内、インテリアシートの後方に位置するディスクの回転が停止する。長引いた実験の終了に、シンジは息を吐いた。

 

「お疲れ様、シンジ君。遅くまで付き合わせちゃって御免なさいね」

 

今回の特殊連動解析実験の責任者、赤木リツコが被験者を労った。

本日は朝から学校に行き炎天下での体育。放課後はネルフに直行し、数時間に渡って各種訓練とテストのフルコース+αと云う中々のハードスケジュールだった。

 

そしてたった今、+アルファたる実験が終了し、全ての予定は完了したところだ。

後は家に帰り、遅い夕食――と云うより、時間的に夜食――を摂って、風呂に入りベッドに飛び込むのだ。

常人より軒並みハイスペックなシンジだが、流石に疲労が溜まっており既に意識は半ば自宅へと移っていた。

その為に、あまり内心を喋らないシンジにしては珍しく口が滑った。

 

「これが必要な事であるのは、一応分かってます。ふう、今日はコンビニ弁当かな……」

「そう云ってくれると私達も助かるわ。お礼と云っては何だけど、今日のディナーを奢らせてはくれないかしら?」

 

突然とも云えるリツコの申し出に、目を丸くする。彼女は意識的に(・・・・)細やかな気配りを行う人物であるが、特別仲が好い訳でもない人間にここまでの厚意を示すだろうか。

いくらシンジでも、モニターの向こうに居る者の思考は読めない。

怪訝な表情をしたシンジに、モニターに映る女性科学者は笑いかけた。

 

「パイロットの体調管理も仕事の内よ。疲れている貴方にコンビニ弁当なんて食べさせられないわ」

「(偶には良いか……)」

 

疲れているのは事実だし、と自分に言い訳をして申し出を受けた。取って喰われる事もないだろうし。

 

 

 

 

リツコの運転する車が到着したレストランは、ロシア料理を供する小粋な雰囲気の店だった。

 

「この前、サツキに教えて貰ったのよ」

「大井サツキ、カスパーの主任オペレーターでしたっけ」

「ええ。ここは彼女が贔屓にしているお店だそうよ」

 

ウェイトレスに席まで案内され、メニューを渡される。

 

「好きな物を注文して良いわよ」

 

実は甘党のシンジは、まずデザートのコーナーに目を通してみた。彼はロシア料理に詳しくないが、幸い写真と簡易な説明が載っていたので問題はなかった。

 

 

少しして、今度はウェイターが注文を取りに来ると、リツコが先に口を開いた。

 

「こちらの(ヴェ-)セットを1つ、飲み物はロシアンティーを」

「僕も同じ物を……」

 

どれにしようか迷っていたが、リツコが頼む物なら間違いは無いだろうと、シンジも同じ物を注文する。

 

(ヴェ-)セットがお2つですね。食後の甘い物(デザート)は、いかがなさりますか?」

「そうね、苔桃のシャーベットを」

「僕はパスハ(ロシア風チーズケーキ)の苔桃ソースがけをお願いします」

 

紳士然としたウェイターが一礼して店の奥に消える。

 

シンジはテーブルに置かれたお冷やを口に含むと、目を丸くした。

浄水器を通した水道水ではなく、ごく僅かな炭酸が入ったミネラルウォーターだった。何というか、食欲が湧いてくる。

4人掛けのテーブルの対角に座ったリツコが、楽しそうにこの水の蘊蓄を話してきた。

食事に誘った理由を訊こうと思っていたのに機を逸したが、リツコが楽しんでいるのは事実だった為、質問する気が萎えてしまった。

 

 

しばらくして、注文の品が届けられた。

(ヴェ-)セットは、ボルシチとビーフストロガノフにブリヌイ(ロシア風クレープ)とサラート(サラダ)のセットで、飲み物もセットに含み自由に選べる。

お腹がペコペコだった事もあり、シンジはスプーンとフォークを手に、料理にかぶりついた。

対するリツコは、まず紅茶を頂いてから、ゆっくりと手を付け始めた。

 

程なくして、シンジがBセットを7割方食べ終えた辺りで、まだ料理が半分以上残っているリツコが声を掛ける。

 

「シンジ君、それだけで足りるかしら、何か追加する?」

 

右手に持ったフォークとスプーンを器用に操り、ビーフストロガノフを左手のブリヌイに載せる作業を行っていたシンジは顔を上げた。

そこには食べ盛りの男の子を微笑ましく見守る女性が居た。

食べる事に集中していて、リツコの視線に全く気付かなかったとは、時に本能は脳量子波を凌駕する物だと頭の隅で考えながら、羞恥に顔が赤くなる。

自分を誤魔化す為に、完成したストロガノフクレープを口に放り込んで、ミネラルウォーターで喉の奥に流し込む。

ニコニコしているリツコに見透かされている事は明らかだが、自分を落ち着かせる事には成功したシンジは冷静に状態を分析する。

料理は粗方食べ終えたが、少々物足りない。

 

「そうですね。ではピロシキを」

 

丁度、向こうで注文ミスが遇ったので、直ぐに出来たてを持ってきて貰えそうだし。

 

 

食後の飲み物は、リツコはコーヒー、シンジはハーブティーを頼んだ。

パスハは初めて食べたが、とても美味しい物で気に入った。

 

「今日はごちそうさまでした。とても美味しかったです」

「満足してくれたようで光栄だわ。それとこれを……シンジ君の正式なカードよ。それとレイの更新カードを明日届けて欲しいのだけれど」

 

そう言って、2枚のネルフのセキュリティーカードを渡される。

 

「それ位ならお安い御用です」

 

まさかこの程度の事が目的で、シンジを食事に誘ったのだろうか。或いはゲンドウと関係を持っているらしいので、当て付けのつもりなのだろうか。

先日のように、脳量子波を解放して探ろうと思ったが、シンジは止めておく事にした。折角お互いに穏やかな気持ちになっているのに、あまりにも無粋すぎる。

無粋な考えを忘れる為に、受け取ったレイのカードを見詰める。

 

ここ数年以上滅多になることの無かった穏やかな気持ち、満腹と1日の疲れによる眠気、店の雰囲気、様々な要素が重なり、シンジに重い口を開かせた。

 

「綾波レイはどんな子ですか? 同じ仕事をしているのに、あまり話す機会が無くて」

「そうね……良い子よ。ただ、とても不器用だけれど」

 

生きる事が……と、続くであろう言葉をシンジは察する事ができた。

確かにその通りだった。あの真っ直ぐな彼女なら、何か切っ掛けさえあれば、親友の1人や2人出来ていてもおかしくはない。不器用というのは実に的を射ている。

 

そしてもう一つ、リツコは悪い人間ではない。

本質はきっと情の深い人物なのだろうと、シンジは感じた。




旧題のものより、
旧2話シンジご機嫌斜め、旧3話脳量子波と、旧4話の冒頭部を纏めました。

更に以前はカットしたシャムシエル戦を書き下ろし……した訳ではありません。
実は執筆を続けている内にシャムシエル戦を書ける流れが出来てしまい、戦闘シーンを書き起こしました。
そこで新2話ではボリュームアップの為、当該シーンを流用し、構成を変更して組み込んだのです。


新サブタイトルに付いて、
旧題メインタイトルへのリスペクトとして、『シンちゃん』に表記を変更。
感嘆符(!)と疑問符(?)を付けたのは、ライトノベルでよくあるタイトル装飾の影響です。
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