ヱヴァンゲリヲンFIS-もしシンジがイノベイターなら-   作:るーしー

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“Double T/Win”=ダブル・ツイン/ウィン、或いはダブルツイン/ダブルウィン。
使徒イスラフェル戦にまつわる3編連作です。

第1パートの副々題は“Open”=オープン。始める、開く等の意味があり、用い方によっては切開と云う意味を持ったりします。


第6話 Double T/Win “Open”

近畿地方の遙か沖、太平洋を日本国本土に向かって北上する巨大な潜行物体を、巡視船はるなが捉えた。

彼女から送られたデータを解析したネルフは、その正体不明の物体を使徒と断定、直ちにエヴァパイロットを召集した。

 

先のラミエル戦で甚大なダメージを負った要塞都市は、現在急ピッチで復興作業が進められているが、本来の機能を発揮出来るまで回復するのには、後一週間は必要との見通しだ。

この為、ミサトは第3新東京での戦闘を断念。MAGIが弾き出した予測侵攻ルートから、静岡駿河湾での要撃を決断した。

 

 

 

駿河湾沿岸に輸送された初号機と弐号機は、専用電源車から外部電源を接続、各々のパイロットが選んだ武装を手に取った。

 

弐号機が装備した物は中近距離格闘武器ソニックグレイヴ。ソニックグレイヴはその名の通り、エヴァサイズの薙刀に、プログナイフと同じ仕組みの刃を付けた物だ。

アスカがソニックグレイヴを選んだ理由は2つある。使徒に対する最も有効な戦術はATフィールドを中和しての近接戦闘である事が1つ。

そして何より、自らの手で戦果(シト)上げ(たおし)たいと云う強い思いが、アスカにソニックグレイヴを選ばせた。

 

一方、初号機が装備した物は、全ての距離に対応可能な全領域兵器マステマだ。

マステマはサンダースピアと同時期にロールアウトした大型兵装で、主部たる大型機関砲を外部フレームが骨格の様に囲み、そのフレームには爪の様なプログソードが一体化している。

プログソードは銃身下部から銃口前部まで本体を包むように3本、他にはサイドに小型の物が2本それぞれ左右対称に装着されており、接近戦で対象を切り裂き抉る。

優秀な武装であるマステマだが、要塞都市においては各種専用武器の補給能力の高さから、有用性の低い長物に成り下がっている。

だが補給が貧弱になる遠征作戦において、その汎用性や装弾数の多さは、他の追随を許さない長所となる。合理主義者のシンジらしい選択だった。

 

 

駿河湾もまたセカンドインパクトの影響で大きく姿を変えた海辺の1つである。

セカンドインパクトに因って南極大陸は消滅、史上類を見ない巨大津波が各国を襲った。更に南極の氷河が融解・昇華した事で海面が急上昇、世界中の海岸線は後退し数多の街が水没した。

 

エヴァが展開中の湾岸部も、水没したビルの一部が水面から頭を出しており、足場として使えない事もないと試算されている。

MAGIがシミュレートした戦術地形データを、信じがたい事に一瞥しただけで頭に叩き込んだアスカは、不満げに溜め息をついた。

 

「こっちでのデビュー戦が2on1になるとはね……」

 

単身で2体もの使徒を屠ったアスカにしてみれば、甚だ役不足な舞台である。

コクピットのサイド投影されたモニターに映るアスカを、流し目で見たシンジは小さく鼻を鳴らした。

 

「お供が初号機だけじゃ不満かな、惣流?」

「冗談! アタシ独りで十分だっての!」

 

アスカの心情とは正反対の、的外れなシンジの軽口は――彼の言葉が他意無きジョークの類であると、頭で理解していても――何やら莫迦にされた様な気分になる。

 

「(やれやれ……お嬢様はご機嫌斜めか)」

 

頼もしい物言いではあるが、どこかしらを履き違えているアスカの様子に、シンジは内心溜め息を吐いた。

 

今回の作戦は単純である。海中を潜行してくる使徒を上陸させずに、水際で一気に殲滅すると云うものだ。

目標は飛行能力は有していないと考えられる為、動きが鈍いであろう水中に居る内に、波状攻撃を仕掛けて撃破する。

要塞都市での迎撃は現実的でないから、沿岸で使徒を叩くと云うのはミサトの弁であるが、シンジにしても防衛ラインを割らせる気は更々無かった。

万が一、この駿河湾防衛ラインを突破された場合、使徒は第3新東京まで一直線だ。そうなったら、ネルフ本部に残っているレイが戦う事になるだろう。

現在、零号機は修理改修中であり、まともに動かせる状態ではない。零号機出撃はレイの生命に直結しかねないのだ。

 

「(使徒(ヤツ)は……)ここで潰す……!」

 

シンジは専用操縦桿(インダクションレバー)を握り直した。

 

 

海岸の数キロ先で、使徒イスラフェルは水飛沫を上げながら起き上がった。

その首無しの人型は使徒サキエルに近いが、ずんぐりした胴体に細い手足をした――マリオネット人形の様な――使徒サキエルとは大分違った姿をしている。

イスラフェルはイトマキヒトデを彷彿とさせる丸みを帯びた五角形(ペンタゴン)に近いシームレスな曲線で構成され、使徒によく見られる仮面部位も三つの穴がある円と云うシンプルな物だ。

 

「ちゃんと援護しなさいよね、ナナヒカリ!」

 

シンジの返事を待つどころか、その言葉の前にアスカは弐号機を飛び出させていた。

単騎での先行はまだ良いが、迷い無く一直線に使徒イスラフェルへ接近する――初号機の射線を塞ぐ――弐号機にシンジは舌打ちする。

誤射を避ける為に、シンジは初号機を横方向に移動させ、マステマの主武装たる大型機関砲を発砲した。

大口径弾の連射はATフィールドで弾かれるが、パレットライフルの数倍の威力を持つ弾幕は、使徒イスラフェルをその場に釘付けにする。

 

初号機がバラ撒く大口径徹甲弾に、足を止める使徒イスラフェルの様子を見て、アスカは自己の勝利を確信した。

 

「いける……」

 

後は可能な限りスピーディに目標を討つのみ、アスカは使徒への最短距離を迷い無く邁進する。彼女の蒼眸(そうぼう)は自らの栄光しか映していなかった。

初号機の援護の下、使徒へと向かう弐号機は水没したビルの上に飛び乗る。そして、次々と点在する足場(ビル)に飛び移りながらトップスピードで突っ込んでいった。

水の抵抗による速度低下を嫌った故の行動だが、戦術的には下策だ。もし空中にいる時を狙い撃ちされたら、まず回避は出来ない。

 

 

折悪く弐号機がATフィールド中和圏内に達した所で、マステマの機関砲が弾切れした。

 

「クッ、タイミングが悪い!」

 

シンジの額に焦りが流れ、その懸念は的中した。弾幕の途切れを見計らったのか、使徒イスラフェルの仮面部位と胴体中央が発光する。

使徒サキエルはビームを撃つ直前に発射口たる顔と、動力炉であるコアが輝いていた。間違いなくビームを撃つ前兆だ。

 

発射までの僅かなタイムラグ、シンジは使徒の身体に見える光球の数が合わない事に気付いた。

 

「(コアが2つ?)」

 

しかし、コアが複数存在するなど前代未聞の事態を検討する暇は、シンジを含めた誰にも無かった。

弐号機が使徒に最も近い足場に着地した次の瞬間、火を噴いた使徒のビームがビルごと機体を呑み込んだ。

 

「惣――!」

 

ごく短い付き合いとは云え仲間の死に際に、十字の爆炎が空に昇っていく様子が、酷くゆっくりと見えた。

 

 

だが、アスカの命運はこんな処で終わるものではなかった。

 

爆炎の中からソニックグレイヴを振り上げた弐号機が躍り出る。

使徒の攻撃を察知したアスカは、ギリギリで弐号機をジャンプさせ、ビームの直撃を避けていたのだ。

ただし、無理な体勢であった為真上に跳ぶのが精一杯で、それだけでは余波で軽くないダメージを負ってしまっただろう。

更にそこからアスカは、宙で姿勢を倒しショルダーラックのロケットブースターを点火、エヴァの巨体を数秒ホバリングさせる程の大推力を水平方向に作用させたのである。

 

「でやああ!!」

 

左右に展開したウェポンラックから覗くノズルより、紅蓮の名残を曳きながら、弐号機は上段に振りかぶったソニックグレイヴで使徒を唐竹に斬り伏せた。

 

 

真っ二ツにした使徒の前で、弐号機は自慢気に振り向いた。

仲間の無事にシンジは胸を撫で下ろすが、あまりにも呆気ない結果に、彼には蟠りが残っていた。2つあったコアは見間違いだろうか。

 

「どう? 戦いってのはこうやるのよ」

 

そんなシンジとは対照的に、満足げに口元を弛めたアスカは完全に気を抜いていた。

 

「(やったのか?)ッ! 後ろ!」

 

灼けた金属棒を何本も纏めて押し付けられたかの様な熱を、アスカは背中に感じた。

 

 

それは僅か数秒後の事だった。

両断された使徒イスラフェルは、軟体生物が体外と体内を裏返す如き面妖な動きで、2体の使徒として再生した。2体に分かれた使徒の一方はカラフルな元の色で、もう一方は色素が抜け落ちたかのようなモノクロだ。

そして双子の使徒は鋭い爪で、同時に弐号機に襲い掛かった。

 

シンジの叫びに、辛うじてアスカは機体を捻らせ致命傷をさけるが、先の攻防で奇跡的に無事だった外部電源(アンビリカルケーブル)を切断され、更に色付きの方に背面を深々と切り裂かれる。

しかし、幸いにして装甲が脊髄まで攻撃が達する事を防いでいた。

 

「よくも!」

 

アスカは屈辱と憎悪に歪んだ顔で、愛機を傷付けた“色付き”の肩口を、ソニックグレイヴで振り向きざまに斬り付けた。

使徒ガギエル以上に軟らかかった分離前よりも、得物(グレイヴ)から伝わる抵抗は少なかったが、使徒イスラフェルの再生能力は常軌を逸していた。

高周波振動刃が身体を通過すると同時に切断面の癒着が始まり、弐号機が正面に向かい合った時には既に完治していたのだ。

その信じ難い回復力に一瞬アスカは怯むが、果敢に再度攻撃を仕掛けた。

 

「ならコアをッッ!」

 

弐号機が薙ぎ払ったソニックグレイヴは、間違いなく色付きのコアに深く斬り込んだ。

 

そしてアスカの双眸は今度こそ驚愕に見開かれた。

 

コアを斬られた色付きは一瞬動きを止めたが、瞬く間にコアを再生させたのだ。呆然としてしまったアスカは、襲い掛かって来た“色落ち”に反応出来ない。

弐号機へとカギ爪を振り上げた色落ちに、310ミリ口径の弾雨が側面から突き刺さり、アスカは九死に一生を得た。

 

 

2体と成って再生した使徒イスラフェルを見たシンジは、機関砲(マステマ)のマガジンロックを解除、撃ち尽くした弾倉を引き抜いて捨てる。機関部のサイドにあるハードポイントから、予備のロングマガジンを引き出して、初号機の掌中でクルリと回し装弾口に差し込んだ。

自動的にマガジンの固定ロックが掛かり、初弾がチェンバーに送り込まれ、コクピットのサブモニターに発射可能の表示が出る。

 

動きを止めた弐号機に襲い掛かる色落ちに、シンジはありったけの弾丸を叩き込んだ。

硬い体表を持っていた使徒シャムシエルと違い、使徒イスラフェルの身体は脆く、310ミリ弾のスコールは四肢を砕き全身を蜂の巣にする。

執拗に撃ち込まれた大口径の徹甲弾は、仮面部位を粉砕し、更にはコアすらも貫通した。

 

「ふう……」

 

使徒のコアが抉られたのを確認したシンジは、漸く射撃を止めて息を吐いた。

アスカがイタリアで斃した水飲み鳥=使徒トリィは、ダミーの頭部を持っていたと云う。ならばアスカがコアを切り裂いた色付きがダミーで、色落ちの方が本体である筈だ。

 

「余計な事すんじゃないわよ!!」

 

シンジの口元に浮かびかけた微笑は、弐号機との通信モニターからの怒鳴り声に掻き消され、代わりに目元に“への字”が浮かんだ。

 

そして、色落ちの方が本体であると云うシンジの推測は裏切られた。

アスカの怒声に気を取られた僅かな間、コアを含む全身を穴だらけにされた色無しが、数秒も掛けずに全身を修復していた。

 

「(ダメージが足りなかったのか?)なら!」

 

シンジは初号機に海底を踏み締めさせ、足を踏ん張り、マステマのグリップをしっかりと握らせる。

 

「目標を粉砕する」

 

機体と銃身を固定して、色無しのコアを狙い放たれた火線の集弾率は、先程とは比較するのも烏滸がましい。シンジは装弾数の半分近い残弾全てを撃ち尽くす。

 

現状で許された最大火力に因って、色無しのコアは跡形もなく粉々にされ、胴体部には大穴が穿たれた。

 

「後は色付きを――」

 

マステマに専用マガジンをリロードしたシンジは言葉を失った。斃した筈の色落ちが再生し、しかも完全に破壊したコアまでも修復されている。

 

「この物の怪が!」

 

シンジが吐き捨てた時、アスカもまた苦境に立たされていた。

 

 

人の手柄を横取りしようとしたナナヒカリに――無論アスカの主観――悠長に噛み付く余裕など、本来は彼女に無かったのだ。

その代償にソニックグレイヴの柄を折られ、弐号機は色付きに組み付かれていた。

 

更に色落ちも初号機を無視して、弐号機に向かうのを見たシンジは叫ぶ。

 

「(マズい!)惣流、一度下がれ!」

「ッ! アタシに命令しないで!」

「そんな事云っている場合じゃ――」

 

問答している間に、弐号機と色落ちそして初号機が一直線に並んだ事で、引き金(トリガー)に掛かるシンジの指に迷いが現れる。

味方への誤射(フレンドリーファイア)の危惧と、その支援。斃せなかった色落ちと――逆に色付きのコアを砕く事に因る使徒殲滅と云う可能性(プラン)を実行する為、今装填した最後の弾丸(ラストマガジン)を温存すべきか。

いや、そもそも色付きのコアを破壊しても勝てるとは限らない。

様々な考えが頭を過ぎる中、シンジは僚機への誤射を覚悟するも時は既に遅し。動きを止めた初号機を嘲笑うかのように、色落ちが弐号機を奇襲していた。

 

 

弐号機に取り付かれたアスカは、長さが半分となったソニックグレイヴを捨て、色付きを引き剥がそうとするが、既に密着されていた為、それは容易でない。

腰部に絡み付く色付きと弐号機の腹の間に、何とか隙間を作ったアスカは、無防備なコアに膝蹴りを叩き込む。コアに一瞬ヒビが入り色付きが脱力した事に、アスカは残忍な笑みを浮かべる。

後退しろと云うシンジを無視して、更に追撃を加えようとするが、色落ちの不意打ちに因ってそれは叶わなかった。

 

前後から挟まれた弐号機は、四肢を抑え込まれ持ち上げられる。

そして、使徒イスラフェル達は初号機に向けて、弐号機を投げつけた。

 

シンジは初号機の機体を沈めて回避するが、波状攻撃を仕掛けるつもりか、2体の使徒イスラフェルは色落ちを先頭に突進してくる。

奇しくも頓挫したネルフの初期作戦をやり返された形だが、陸地まで投げ飛ばされた弐号機が活動限界に追い込まれた現状では、この上なく有効な戦術である。

 

「ATフィールド、広域展開をする」

 

初号機が展開したATフィールドは接近する2体両方に影響を与えるが、フィールド密度を落とした為か、完全な中和には至らなかった。

だが、ATフィールドを中和しきれない事は想定済み、ここからは賭けだ。

 

先の投擲を避けた膝立ちのまま、前衛を無視して後詰めの色付きに銃口を向けマステマを片手撃ちする。

その射撃が辛うじてATフィールドを貫通し、コアに傷を付けた。

 

「(よし、いける)」

 

シンジは賭けに勝った事を確信した。

 

 

この使徒はコアにダメージを受けた場合、回復するまでの数秒間は、ほぼ全ての行動を中断する。

使徒イスラフェルが仕掛けてきた時間差攻撃を、逆手に取って得た十数秒足らずの間隙で、シンジは色落ちを迎え撃った。

振るわれた鋭い爪を敢えて受けた。エヴァ誇る2万枚近い特殊装甲に阻まれ、その攻撃は致命打にならない事は弐号機が証明している。

フィールドバックの痛みが胸板に走るが、以前に比べ低下したシンクロ率が逆に幸いし、シンジは顔をしかめただけで操縦に影響はない。

 

「痛ッ、これでッ!」

 

そして腕を振り切った隙を突いた初号機の前蹴りは、色落ちのコアを砕きつつ、動かない片割れの傍へと吹き飛ばす。

更に機関砲を乱射し、その場に張り付けると同時に、マステマの最終兵装をロックオン。

 

「NNミサイル、発射をする」

 

2体が弾幕に叩かれたコアを癒す僅かな時間に、シンジはマステマの小型シールドに隠された切り札を使用した。

機関部を保護するシールドの陰から発射された2基のミサイルは、各々使徒に命中し、秘められた莫大な熱量を解放した。

 

マステマに2基装備された、限定NN弾頭ミサイル。

次世代核兵器=通称NN兵器とは、水素→ヘリウムの核融合反応を利用した、放射能汚染が極めて少ない戦略大量破壊兵器の総称である。

マステマに搭載された弾頭は、破壊力を通常戦術レベルに抑える事で、国家等の承認無しでの使用を認めさせた物だ。

 

 

爆発の衝撃が収まり煙が晴れると、ATフィールド全開で爆炎を防いだ初号機は健在だったが、直撃を受けた使徒達は焼け爛れ動く気配もない。

絶好の機会にシンジはある事を試すべく、全弾を消耗したマステマからプログソードのサイドブレードを分離させた。

初号機がサイドブレードの二刀流となった事で、海に落下したマステマ本体が水飛沫を上げる。

 

シンジが使徒へと初号機を向かわせようとした時、指揮所から通信が入った。

 

「シンジ君、弐号機を回収して……。第3新東京に撤退するわよ」

 

感情を押し殺したミサトの声から、彼女の悔しさが否応なしに判ったが、その命令は納得がいかない。

 

「このチャンスをフイにしろと云う気ですか!?」

「これ以上の戦闘は危険よ。それに目標が展開しているATフィールドの強度は、今の初号機では破れないわ」

「…………了解」

 

冷静なリツコの補足に、シンジは頷いた。

 

こうして、使徒イスラフェルとの最初の戦い――駿河湾迎撃戦は、痛み分けで幕を閉じた。

 

 

 

 

ネルフ本部の発令所の第一ブリッジは、総司令から直接指示を受ける戦闘指揮官とオペレーター、更に技術部からのオブザーヴァーであるリツコが集う場所である。

そこにいる3人の主任オペレーターは、エヴァとパイロットの状態をモニターする伊吹マヤ、関係各所への連絡通信を統括する青葉シゲル、そして作戦部の日向マコトが通常のメンバーだ。

だが、今日そこに居る面々は普段とは異なっていた。ミサトに追従し沿岸部に赴いた日向マコトの代わりに香椎エリカが入っている。

更にリツコの隣には零号機が修理中の為、留守番と相成ったレイが立っていた。

 

万が一に備えプラグスーツを身に纏ったレイは、戦闘の見学を命じられるまでもなく、前方にある空間投影式の超巨大(メイン)モニターを見つめていた。

 

「(シンジくん、無事に帰ってきて)」

 

弛緩も緊張も感じられない無表情とは裏腹に、真摯な祈り(ヒカリ)を宿した紅き明眸は、初号機のパイロットを案じていた。

 

 

 

弐号機の一撃から目標の分裂と、戦況は止め処なく推移していき、使徒の再生能力に殲滅の目処も立たない。

更には使徒の攻撃により弐号機も活動限界に至り、既に作戦は完全に破綻した。

使徒の連携戦術を巧みな機転で時間差迎撃し、2体の動きを機関砲(マステマ)の弾雨で封殺した際に、初号機は胸部が切り裂かれていた。

メインモニターに映るその光景を見たレイは、同じ場所に幻痛を覚える。

 

核反応に因る電磁波障害に乱れるモニターの回復を待ちながら、レイは云い表せない焦燥感に襲われていた。

コアを再生する使徒イスラフェルに放たれたNNミサイルは、目標の構成質量のおよそ3割を焼き払い、初号機の装甲にも同等の被害を与えていた。

 

「ダメ……」

 

通信が回復したモニターに映る、機体に軽くない損傷を負って尚戦わんとするシンジの顔を見た瞬間、レイの心が大きく跳ねる。

それ以上の戦闘は傷になる(・・・・)と云う確信。

機体のダメージとパイロットのバイタル、諸々の戦術データからMAGIが戦略的撤退を提案したのは、その直後の事だった。

 

 

 

 

初号機の手で弐号機の回収が終了し、展開した部隊も帰途に就いたが、ネルフ本部のスタッフ達にはつかの間の安堵を吐く事も許されなかった。

 

「国連軍に指揮権を委譲。技術部はエヴァを修理する準備だ、ただし赤木博士は目標の解析に全力を尽くせ」

 

各部署に一通りの指示を下したゲンドウは、帰還中の実働部隊に通信を繋げさせた。

 

「葛城陸佐、パイロットも聞こえているな。我々の存在意義は使徒に勝つ事だ。今回は仕方の無い面もあるが、この様な無様は許されん。その事を肝に銘じておけ」

 

「ハッ」

「フン……」

「…………」

 

総司令の叱責にミサトは神妙に敬礼し、シンジは興味無さげに鼻を鳴らし、アスカは唇を固く結んで沈黙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

汚れにくい上に滑らない高品質のタイル張りが成されたバスルームの端、ズラリと並んだパーソナルブースの奥が濃密な湯煙で充満していた。

シンジより一足先にエヴァから降りたアスカは、更衣(パイロット)(ルーム)に付属するシャワー室で先の戦闘の事を思い出していた。

 

「畜生。ナナヒカリ(アイツ)が、ちゃんと援護していれば……」

 

正面上方から斜めに降り注ぐ主ノズルの他、天井と横壁面に直角に設けられたノズルも全て全開にされており、アスカが居る最奥の半個室はさながら瀑布の中だ。

エヴァの操縦システムに由来する構造的欠陥――機体の感覚(ダメージ)――フィードバックは、少女の肉体に、背に走った三本の赤いラインとして確かに反映されていた。

アスカにとって傷跡は勲章では無く、温水の滝と霧のカーテンで恥辱の痕を覆い隠している。

 

「私は、アタシは――」

 

理性では判っている。初めての敗北は、慢心が生んだ油断と、単独での武功に拘った意固地さが原因だ。

少なくとも引き際を弁えていれば、使徒に投擲されるなどと云う醜態を晒す事は無かっただろう。

シンジは自分の代わりに一定の成果を上げているが、彼に噛み付く事は――恥の上塗りになるだけで――アスカのプライドが許さない。

 

「独りで…………」

 

本来は水を弾く瑞々しい肌がすっかりふやける程にシャワーを浴び続けても、鏡に映るささくれだった表情は潤う兆しがない。

少女の顔に塗りたくられた汚泥は流れ落ちず、熱く設定したシャワーは年齢不相応に発達した肢体を、無意味に朱く染め上げるばかりだった。

 

 

 

 

LCLを洗い流しシャワールームから控え室に戻ったシンジは、最低限の身繕いをすると、部屋の中央にある長椅子にドサリと腰を預けた。

気力が抜けた身体を引き摺りつつ、プラグスーツを脱ぎ捨ててシャワーを浴びていた時に、備え付けのアクリル製の鏡に映ったものは、憔悴したシンジに氷水をブチ撒けた。

 

「ッ……」

 

初号機が色落ちの鉤爪を受けた痕跡、左鎖骨から胸郭を縦に横断する微かな赤み、フィードバックの残滓。

そのうっすらとした赤い痕は、湯を浴びている内に自然と消え去ったが、痛みの記憶はシンジに陰鬱な気持ちを植え付けていた。

 

レイを危険に晒さない為にも、使徒イスラフェルは駿河湾で斃しておきたかった。いや斃さなければ(・・・・・・)成らなかった(・・・・・・)

これは想像の域を出ない部分も含むが、初号機の能力を上手く引き出す事が出来れば、イスラフェルは敵ではない筈なのだ。

脳量子波を失って弱体化した自分が恨めしく、本来の力を使いこなしてやれない初号機に申し訳なかった。

 

温水で暖まったにもかかわらず、ズボンのみを身に着けた少年の内側は冷え切っており、無意識に指が胸の消えた痣をなぞる。

指先に感じる早鐘を打つ鼓動に対し、昂ぶったままの神経は出鱈目な指示を出して、気血を澱ませている。

そして、おなざりに拭かれた所為で濡れたままの背中や髪は、着実に体温を奪っていった。

 

 

 

 

指揮権と作戦行動が完全に国連軍に委ねられ、待機任務を解かれたレイは、プラグスーツから普段着(せいふく)に着替え、パイロットルームの前でシンジを待った。

だが、初号機収容のアナウンスから随分と時間が経過したが、シンジは姿を現さない。

 

特殊な環境で育った為か、レイは自己の体内時計を精確に認識すると云う特技を持っている。

勿論、彼女の時計が正確に時を刻む訳ではないが、数分単位で時刻を知るには充分で、時計を持ち歩く習慣のない事に拍車を掛けている。

その時計の針が告げている、遅すぎると。普段は20分程度で控え室から出てくるのに、今日は既に40分以上も経過している。

 

 

シンジと出逢う前に比べて、レイは色々なコトを考える場合が格段に増えた。

以前は、静寂と安息に満ちた無と云う概念を……ゲンドウが虚ろな自分に与えた役割を思っていた。

だが、今はそれらについて考える事は殆ど無い。

シンジと共に暮らすようになり、穏やかな心の触れ合いや、温かい気配を感じながら眠る事、真っ直ぐな眼差しは、ゆっくりとレイを変えていった。

 

ただ与えられた役目を果たすのでは無い。

自らの意思で行動し、誰かの為になにかを為すと云う事。

或いはもっと単純に、大切な人の笑顔や仕草と云ったものを、思い浮かべたり想像したりする事だ。

尤もその対象は今の処シンジのみであるが、やがては彼を通じて/彼女が望んで、絆を広げていくだろう。

 

 

基本的にシンジは家事の類や入浴などはサッサと済ませてしまうタイプだ。その彼がもう40分も控え室から出てこない。

つまり、シンジは今、通常の状態ではない? 

 

「(そう云えば、さっきの戦闘で彼は……)ッ!!」

 

その事を思い出したレイは、シンジの居るであろう部屋の開閉スイッチに、手を叩き付けていた。

 

 

長椅子に身を投げ出すように座る半裸の少年は、疲弊した様子で項垂れていた。俯いた顔は心なしか青白く、コールタールにも似た粘性と色合いを有した雰囲気が漏れ出している。

火山ガスの様な毒性と悪臭を含む情念が、ゆっくりと攪拌されているシンジの心模様。そのマーブルカラーを感受したレイの胸は締め付けられた。

 

互いに感応し合う双子のように、義従兄の情調を纏綿に読み取れるレイは、シンジが負の螺旋に囚われている事を理解する。

戦闘と云う極大のストレスを耐えたのに、望んでいた結果が得られなかったと云う失望感。

 

「(わたし、何も出来ないの? どうすれば良いのか、わからない)」

 

伝播してくる絶望にも似た空虚な心に、レイは足が重くなる幻覚を感じた。そしてシンジはその泥沼で立ち止まってしまっている。

 

「……シンジ、くん――」

 

それは言霊の様に、華唇から小さく紡がれた。

無意識に或いは自然に家族の名を呼んだ事を、自らの声によって気付いたレイは、まるで天啓を得た様に息を呑んだ。

 

「(本当は、どうすれば良いのか分からない。でも……わたしにも出来る事がある)――シンジくん」

 

今度は明確な意思をもって彼の名を呼びながら、先程の重量感が一瞬で消え去った足で近寄る。

 

シンジくん(・・・・・)

 

もう一度、より真剣に、ハッキリと呼び掛ける。

 

すぐにでも触れ合える位置までレイが傍に寄ると、シンジは虚ろな眼で義従妹を見上げた。

 

「…………レ、イ?」

 

パチパチと瞬きをして煌めく赤光と目を合わせると、すこし痛い程に強いレイの意志が伝わってくる。

シンジを心配して、助けになろうとする優しい光。

何をすべきなのか分からないと云う不甲斐なさを呑み込んで、自分に出来る唯一を真剣に行ってくれた。

 

「(近くにいたから、逆に気付かなかった? いや……レイと一緒の生活が楽しいから、以前のレイと比較なんかしなかった)」

 

何事にも無関心だった数ヶ月前のレイは、それを間近で見てきたシンジを驚かす程の変化を遂げていた。

 

「(少しだけ……甘えさせてね)」

 

虚勢や抑制などの精神防御と卓越した身体機能で、ひたすら心を鎧っていたシンジは、およそ10年振りにそれを脱ぐ事にした。

 

「レイ、ちょっと手を貸して」

 

差し出されたレイの右手を取り、自分の頬に押し付けて頬擦りする。

湯冷めをした肌は冷えており、普段はひんやりとしたレイの手が今は暖かく感じられ、人肌の温もりに緊張が解れていった。

 

 

シンジが気持ちよさそうに目を細める様子を、レイは聖母のような目で見つめた。触れ合った肌からシンジの意識がとけて静かに拡がる。

 

「(そう……触れ合えば、よかったのね)」

 

眠っている時でさえ見せ無かった、完全に無防備なシンジの姿に、レイは胸の奥で荘厳な熱が生まれるのを感じた。

初めて感じた誇らしいと云う感覚以上に、シンジの心が正しく回転しだした事がレイには嬉しい。

 

そしてレイはふと思った。今は片手で触れているが両手になれば回復力が倍になるのではないか。

遊んでいた左手をシンジの頬に添える。

 

「レイ?……」

 

両頬を挟まれた事にシンジが薄目を開けると、微笑みを浮かべたレイに覗き込まれていた。

 

「ぁ……」

 

思わず息を呑んだ、その微笑は満月の下で見た際より、遙かに美しくなっていた。

かの折にシンジを魅せた限りなく透明な笑みに、慈愛の光と仄かな存在感が加わり、ディアナ神とモナリザが合わさったようだ。

 

身を屈めたレイに両手で頬を包まれ、互いの吐息が当たりそうな近さだった。

神秘的な紅眸の優しい光に吸い込まれるように、シンジは静かに少女へと上体を伸ばす。

互いに融けて拡がった心が交じり合い、もっと一緒になりたいと云う想いへ収束され、レイもまたゆっくりと瞳を閉ざしながら近付く。

 

お互いの距離がゼロになる直前、自動ドアの開閉音に2人は目だけで振り向いた。

 

「ナニやってんのよ」

 

そこには、やや肌が火照ったアスカが、酷く冷めた半眼を向けていた。

 

感情を押し殺したアスカの声色にも、同僚に睦事を見られた事にも頓着せず、シンジは正面に視線を戻す。既にシンジの身体は温かさを取り戻していた。

 

「もういいよ。レイ、ありがとう」

「ん……」

 

滑らかな動作でレイは、シンジから離れる。その潔さを感じるまでの動きは、アスカが胸で燃える炎を一時忘却する程だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ネルフ本部にある食堂(カフェテリア)のオープンスペースは大型客船のデッキの様な開放的な吹き抜けになっており、職員達に人気の憩いの場だ。

ほどよい空間を演出しながら点在する座席の中で、最も大きなテーブルに、3人の少年少女と三十路の男女が集まっていた。6人は各々食事や飲み物を持ち寄っている。

 

ブリーフィングは作戦室に集まるのが通例だが、体調の戻ったシンジが空腹を訴え、アスカもそれに同調した為、会食形式の談合となった。

トレイに載ったカツ丼と明太子スパゲティの前に座るミサトは、かき揚げうどんに七味唐辛子を振り掛けている男=加持リョウジを睨めつける。

 

「よし、みんな揃った所でブリーフィングを始めましょうか。……と言いたいトコだけど、何でアンタが居るのよ加持」

「つれないな、葛城。海の上(OTR)じゃロクに話せなかったし、食事は人数が多い方が楽しいだろう?」

 

対角の席に着いた加持が、刺々しいミサトの態度を飄々と受け流す様子を、やや上気した顔のアスカは興味なさげに流し見た。

湯中り気味らしいアスカは、オーダーしたビフテキ定食洋風(パン・スープ)セットの向こうにあるサンドウィッチの主たる少女に目を向ける。

 

「(そう云えば、エコヒイキ(コイツ)って何者かしら?)」

 

アスカがドイツで聞いた話は、総司令のお気に入りで人形を彷彿とさせる寡黙な少女。

しかし今、目の前にいる綾波レイは、確かにビスクドールの様に整った面立ちをしており口数も少ないが、マリオネットとはかけ離れた印象を受ける。

それになんと云うかきゅん(・・・)と琴線に触れると云うか。強いて云えば可憐な白百合――は言い過ぎか……。

 

「(こう云うのが、噂に聞く大和撫子?)」

 

加持へ一方的に突っかかるミサトを一瞥。

 

「(流石に比べるのは失礼か。よく考えれば私って、普通っぽい女の子に縁がないじゃない)」

 

レイとミサト、どちらに失礼かは言うまでもない。

 

ベジタブルサンドウィッチセットを注文したレイは、アスカの気怠げな目を真っ向から見つめ返した。

先程とは別の理由で朱くなったアスカが目線を彷徨わせ、彼女の隣に座ったリツコがミサトを宥めている間に、加持は明朗な笑みを隣席に向けた。

 

「自己紹介が遅れたが俺は加持リョウジ。よろしく、碇シンジ君、綾波レイちゃん」

 

アスカと一緒だったが君達とはすれ違いになったらしい、と語る初対面の男に名を呼ばれた事に、シンジの片眉が小さく跳ねた。

その僅かな動きを捉えた加持は、その笑みを意味深なモノに変える。

 

「ネルフに君を知らない人間はいないさ。3体もの使徒を斃した期待の(スーパー)操縦者(ルーキー)

 

加持の探るような仕草(めつき)に、自然とシンジの瞳に鋭さが宿る。

 

「(この男、何が言いたい? いや、何を言わせたい(・・・・・・・)? 或いはレイの――)」

「そう云えば葛城の寝相を知りたかったんだが、君が同居を断った所為でアテが外れたよ」

 

警戒心が臨界に達そうとしていたシンジにとって、それは正に想像の斜め上、完全な不意打ちだった。

 

「へ……、なんで――」

 

以前ミサトが同居を持ち掛けてきたなんて、ショウモナイ事を知っている!?

 

「なに、彼女の行動が読める程度には仲が良かっただけさ」

「加持君、あまり大切なパイロットをからかわないで頂戴」

 

顔に書かれたセリフを読んで言い切った加持を、リツコが諌める様子に、すっかりシンジの毒気が霧散する。

その時、加持の顔は悪戯が成功した悪ガキにも似た、ある種のダンディズムを体現していた。

 

 

紆余曲折を経て漸っと本筋に立ち帰り、エヴァが撤退した後から話は再開された。

 

ネルフ(あたしたち)が撤退した後、自己修復中の目標に対し、国連軍がNN爆雷による攻撃を行ったけど、地図を書き直す手間を増やしただけで効果無し」

「しかも観測されたATフィールドの強度はサキエルの4倍以上――目標の性質上、有効打を与えるには、最低でも10TJのエネルギーが必要ね」

 

それはヤシマ作戦に要したエネルギーの倍を、優に上回る数値だった。

 

「要するに今は打つ手無しって事でしょ。そんな事よりエヴァの状態はどうなのよ」

 

アスカの不躾な物言いにも、リツコはさして気にする素振りを見せずに答えた。

 

「初号機のダメージは充分にヘイフリック限界の許容範囲内、1日程度で自己修復されるわ。ただ前面装甲の半分は換装が必要ね――」

「(初号機なんてどうでも良いから、弐号機の事を教えてよ!)」

「――弐号機は機能中枢こそ問題はないけど、全身の骨格と筋肉の調整を行うから5日はかかるわ」

 

リツコは淀みなく一息に述べたが、アスカの心情を顧みず初号機から説明する辺り、心中穏やかではないのかも知れない。

 

「……零号機は?」

「えっ」

 

オニオンピクルス+フルーツトマトサンドをチビチビ囓っていた筈のレイが突然上げた声に、リツコは一瞬面食らった。

 

「ああ……零号機は漸く都合のついた胸部生体部品を馴染ませるのに、最低7日必要ね」

「了解……」

 

そう云ってレイは再びサンドウィッチを囓りだした。

 

 

ネルフ豪華定食――大食らいであるミサトのランチに匹敵する分量がある――を持ってきたシンジは、竜田揚げで白飯の山を崩しながら話を聴いていた。

茶碗の山盛りを丘盛りにしたシンジは、具沢山の豚汁を啜るとそっと息を吐いた。

 

「処で……イスラフェルを斃す方法――と云う以前に、そもそもATフィールドを突破出来るんですか?」

 

現在使徒イスラフェルが展開しているATフィールドのパワーは、サキエルの5倍もある。これでは初号機――或いは他のエヴァ――が全能力を発揮しても破れるかどうか……。

 

「あら、ごめんなさい。説明不足だったわね――結論から云えば、ATフィールドは問題ないわ」

 

リツコの説明によれば、あの再生力を誇った目標の、自己修復速度の遅さ(・・)から判断すると、全エネルギーリソースをATフィールドに回している故の大出力と云う事だ。

 

「――それにあの出力にはもう1つ理由があるの。2体はSS機関(コア)を同調稼動させる事による量子効果でエネルギー生成量を二乗化させているわ。そして二乗化現象を発生させる為には、コアの状態が完全に一致する必要がある」

「つまり、戦闘になれば二乗化は不可能……ですか」

「その通りよ」

 

一同に軽く視線を回らすと、リツコはやっと疲れた頭脳を癒す為のメニューに取り掛かろうとしたが、唯1人理解出来ない者が声を上げた。

 

「ねェ、リツコ。あたし意味が分からないんだけど……」

「…………他の皆は理解出来たわよね?」

 

溜め息混じりのリツコの問い掛けに、ミサト以外の食卓に着いた面子は、黙々と食事を続けながら肯定する。

 

「か、加持ぃ……アンタも今の分かんないわよね?」

「――俺はこう見えても読書家でね。以前、量子論関係の本を読んだ事があるから何となく分かる」

 

同じ文系である筈の旧友に、ミサトは情けない声で助けを求めるも玉砕する。

リツコを見ると「話しかけるな」と云うオーラを纏いながら、深皿に盛り付けられたパンケーキを切り分けていた。

その無駄に真剣な表情と、スープ皿の様な器に満たされたシロップに浸っているパンケーキを見たら、流石のミサトも諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ミサトは本部内居住区画の通路を、3人のパイロットを引き連れて歩いていた。

使徒イスラフェルが活動を再開する時期は、予測する為のデータが不足しており、現在も観測と分析が続いている。

その為使徒再侵攻に備え、MAGIによる解析予報が出るまでは、シンジ達は本部に詰める事になったのだ。

 

「ここよ、あなた達が泊まる部屋」

 

ミサトがスライドドアの開閉スイッチを押すと、正面にベッドが2つ並んでいた。

 

案内された宿泊場所はネルフ上級職員用のツインルームだったが、この部屋では問題がある。

 

例えばレイの場合。

 

「葛城陸佐、ベッドの数が足りません」

「それなら、ベッドをくっつければ3人でも寝れるわよ」

「(…………いまミサト(コイツ)は何て言った?)」

 

その言葉の意味する処――的外れなレイのものとは違う、本当の問題――を数秒掛けて理解したアスカは、白い肌を再び朱に染め上げた。

 

「冗談じゃないわよ! 男と一緒だなんて、何考えてンのよアンタは!」

「落ち着きなさいアスカ。大体今日の戦いは事実上の負けだって分かってる?」

 

それはアスカの認めたくない屈辱を刺激した。結果こそ引き分けだが、愛機のダメージは決して軽くない。

言い訳をする厚顔さはアスカには無く、行き場のない感情は怒りへと変換される。

 

「それと男と同室になる事は関係ないでしょ!」

「あるわよ。弐号機がやられたのはロクに連携も出来なかったからでしょ」

 

僚機の射線を塞ぎ援護を罵倒する、思い返せばいっそ清々しい(キモチイイ)までのスタンドプレイ――ミサトの指摘は正しい。

 

「同じ布団で寝た仲になれば、自然と仲も良くなるってモンでしょ」

「それを云うなら【同じ釜の飯を食べた仲】よ!」

「とにかく、今日は他に部屋を用意出来ないから、大人しくシンジ君達と一夜を共にしなさい。じゃねー」

 

一方的に問題を押し付けて去っていったミサトに、地団駄を踏んだアスカが室内を振り返ると、寛いでいる2人に唖然とする。

 

いつの間に着替えたのか……Tシャツとハーフパンツの部屋着姿で、シンジは足を組んでベッドに寝転びポータブルプレイヤーのイヤホンを装備している。

レイも――異性が居るにも拘わらず――スカートを脱いで、シンジが横になっているベッドに腰掛け、文庫本に目を落としている。

年頃の少女らしい感性を持つアスカにとっては、その光景はまるで異界に見えた。

 

「…………頭痛くなってきた」

 

痛み出した頭を冷やす為、着替えの詰まったバッグを持ってアスカはバスルームに向かう。脱力した彼女は「覗くな」と念を押す気力も無かった。

 

 

シャワーを浴びたアスカは冷静さを取り戻す事に成功していた。

 

「こうなったものは仕方ないから、まずはルールを決めないと……」

 

取り敢えずシンジは床で決定――と云った事をつらつらと考えながら、部屋に戻ったアスカはガクリと肩を落とした。

 

「な、悩んだ私を返せ……」

 

不本意な形でルームメイトになった2人が、1つのベッドで(・・・・・・・)眠っている。しかも大の字で横臥するシンジの上腕に、レイが頭を預けていた。

 

もし2人が別々のベッドを使っていたら、男の方(シンジ)を床に蹴り落とせば済んだ話だが――現実ではレイが少年の半身に抱き着いている以上、その必要がない。

 

「…………バカみたい。アタシも寝よ」

 

溜め息を吐いて空いているベッドに向かう途中、アスカの爪先に小さな布きれが触れた。

 

「ん? これ……!」

 

摘み上げてみると生暖かいそれは、アスカとって見慣れた物だったが、彼女の物はもっと高級品だ。

 

「(いや、そんな事より……)」

 

生暖かいという事は、アスカの目の前で眠っている少女が、ついさっきまで身に着けていたと云う事。

 

改めてアスカは持ち主を観察する。

身に纏った物は目に付く限りYシャツのみで、アスカより白く細い四肢をシンジの身体に絡ませている。

腕枕を利用中の穏やかな顔は赤ちゃんの様に幼いが、スラリと伸びた手足や散見する女性的な丸みは、アスカと同年代の少女特有のものだ。

 

不意にレイがむずがり身動ぐ様子に、アスカの心臓が跳ねる。

 

「(ゴクリ……)」

 

レイの太腿を隠していたYシャツの裾がずり上がる様子に、アスカは思わず生唾を飲み込んだ。

辛うじてレイの下着は見えないが、生脚の付け根に形成されたATフィールド――絶対領域――は、インナーと云う名の最終装甲(アーマー)を装着していたら展開出来ない気がした。

 

「って、女の子同士でしょアスカ……寝よう、寝て忘れよう」

 

アスカは逃げるようにベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 

懊悩を抱えたアスカがシャワーを浴びに行った事で、早々にシンジは入浴を諦めた。

 

「今日はもういいや、どうせ朝入るし……」

 

肉体的に(フィジカル)は問題はないが、精神的に(メンタル)は疲弊している現状、アスカが風呂から上がるまで待つ気分にはなれない。

 

手探りでプレイヤーのボタンを操作し、登録したオリジナルモードから『就寝(Dream)』を呼び出す。

これは音量を絞った上で、静かで耳触りの良い曲のみがランダム再生される様に、シンジがカスタマイズしたモードだ。

 

「これで……よ、し…………」

 

一度伸びをしたシンジは、全身を弛緩させて寝息を立て始めた。

 

 

夢を結びだしたシンジの意識に引き摺られ、レイもまた抗いがたい睡魔に取り憑かれた。

文庫本を閉じてサイドテーブルに置き、もう一つのベッドを一瞥してから、シンジの寝顔を覗き込むと、レイはある事に思い当たる。

 

「(最近、シンジくんと一緒に寝てない……)」

 

ベッドを移動させられる膂力を持ち合わせていない以上に、ここ数日の不満によって、レイは同衾を即断した。

 

体重を感じさせない動きでベッドに登り、愛しい家族に身を寄せると、丁度良い具合にシンジの腕が枕になった。

 

「ぁ……」

 

Tシャツの胸元を軽く掴み脚を絡めて密着すると、無意識にシンジが腕を曲げ背中を抱かれる感じになり、その体勢の安心感に意識の落下が急加速する。

 

「ぉゃ………なさぃ。シンジく――――」

 

ポータブルプレイヤーのイヤホンから漏れる音楽と、シンジの鼓動を子守歌に、幸せそうにレイは眠りへと落ちた。




旧9話「水上迎撃」と旧10話「Double T/Win(前編)」を纏めたものです。

これで一応旧版での連載分は出し尽くした事になります。


さて、分裂したイスラフェルを書き分ける戦闘シーンと云う都合上、下手を打つと悪文になりかねないません。
概ね問題は無いと思っていますが、文章の繋ぎなどおかしいと感じたら、ガンガン指摘して下さい。

そして加持さん初登場。旧作アニメでは海上でシンジ達と出逢いますが、当作品ではブツの輸送の為に入れ違いになっており、イスラフェルと引き分けた後での邂逅です。
ちなみに加持さんが読書家という設定は、某スパイが仕事の一環として出逢った人間の職業に関する本を数冊読む習慣があると云うのを参考にしました。

作中で登場した食べ物の小ネタ。
まずアスカのビフテキ定食。松本零士作品にビフテキがよく登場するので、採用しました。
レイのオニオンピクルスとフルーツトマトのサンドウィッチ。オニオンピクルスは小説「ダレン・シャン」の登場人物の好物です。フルーツトマトは適当に決めました。ちなみにベジタブルサンドウィッチセットはイギリス風です。


それにしても、サブタイトルに英題が多い事がちょっと気になります(笑)。
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