本当であれば第十話で風呂編を終わらせる予定でしたが、書いているうちに文字数が多くなってしまい一話多くしております。
「確認致しました。任務、敵艦隊主力を撃滅せよ……完了ですね」
手渡された紙に印を押す。完了という証と共に、紙は空中に浮き上がると淡い粒子となって消えていった。それと同時に、机の横に設置されている資材カウンターに燃料五十、弾薬五十、鋼材五十、ボーキ五十と高速修復財――バケツと開発資材が1個ずつ追加される。
その光景に相変わらず陰陽術とは摩訶不思議なものだと戦艦陸奥は不思議に思う。まだ体が肉体を持っていない時、陰陽術なんて類のものはまゆつばものとされていたはずなのに。
「ありがとう、大淀さん。今回の任務は以上よね?」
「えぇ、現時点では陸奥さん達への任務はありません。しかし、早かったですね?もう少しかかるものと思っていたのですが……」
陸奥の言葉に答えた後、しかしと大淀は付け加えた。任務の報告に必要だった判子等を引き出しに戻し、腰を上げる。
任務室、そこに大淀と陸奥はいた。小さな小部屋にひとつだけ机が置かれ、その上にはたくさんの書類等が散乱しているここは、司令室の近くに設けられたその名のとおり任務を受け、そして報告する部屋だ。任務とは海軍本部から命ぜられる各鎮守府に対しての仕事、いわゆるノルマだ。
本来、どの鎮守府にも定期的に各資材が送られるようになっているが、それは艦娘達を最低限動かすものであり、建造や開発など戦力増強を行うために使用すれば一瞬でなくなってしまう様な量だ。
そのため、遠征の他に周辺海域に存在する深海棲艦の破壊や艦娘達の錬度を上げるための編成、そしてより一層強くなるための改装など状況に応じた任務が本部より与えられ、それを達成することにより追加報酬として、資材や艦娘達の傷を癒すためのバケツ等が送られてくるのだ。
そして、大淀は艦娘でありながら本部との連絡・任務等の通達や報告を引き受けている存在でもある。そのため、任務の報告をする際には必ず大淀に判子を押してもらわなければいけないのだ。
「今回は運が良かったのかしらねー。敵の攻撃が見当はずれのところに着弾するんだもの。艦隊全員無傷で帰ってこれたわ」
「それはまた……。なにかご利益があったのかもしれませんね」
「あら、それは運が低い私に言うことかしら?」
そんなんじゃありませんよと、大淀は苦笑いした。彼女、陸奥は艦娘達の中でも運がとても低い。どの艦娘でもそうだが、史実によって自身の力に大きく影響することが多い。陸奥は戦時中、戦線に出ることなく停泊中に爆発事故を起こしてしまっている。そのためか、運も一ケタ台と群を抜いていた。
運というのは一見重要そうなものではなさそうだが、艦娘達はそうでもない。運が高ければ高いほど、敵に対して錬度の高い攻撃を行うことができたり敵の攻撃を回避しやすくなったりととても重要な力なのだ。だからだろう、基本的に敵の攻撃を受けやすい陸奥が無傷で帰ってきたことに大淀が驚いたのは。
彼女もその事はわかっているのだろう、冗談よと言いながら大淀から報告書を受け取る。
「そういえば、他の方達はいかがされました?彼女達にも報告書を渡しておきたいのですが」
「川内姉妹は食堂に行ったわ。飛鷹と隼鷹は……鳳翔さんの所じゃないかしら」
その言葉に大淀はため息をつく。任務が終われば必ず報告を行い、そして報告書を書いてから司令室にいる提督に渡すのが規則だ。川内姉妹や軽空母組についてはまだ錬度も低く、この鎮守府に来てからまだ日が浅い。大目に見る必要があるだろう、しかし陸奥の姉は別だ。彼女はこの鎮守府でも比較的古参のはずなのだから。
「大方想像はつきましたが……。しかし、長門さん……いやこの場合二人いるとややこしいですね。ながもんでいいですか、前に駆逐艦達にそう言うようにいってましたし。ながもんはどちらに?」
「えっ、二人? いや、戻ってきた時に駆逐艦達から新しく来た提督が丁度お風呂に入ってるって話を聞いて。顔合わせも兼ねて女同士裸で語り合ってくるって……というか、ながもんって」
大淀の言葉に疑問を抱いてるのだろう、少し不思議な顔をしながらも質問に答える。そして、大淀は陸奥の言葉を聞いて頭が痛くなった。どうしてこう、戦艦というものはやることが一つ一つ豪快なんだろうか……。
頭を押さえた大淀を不思議に思ったのだろう、陸奥がこちらを不思議そうに見ている。大淀はこれから起きる惨状を思い浮かべながらいやですね、と付け加えた。
「新しい提督なんですが、長門って言うんですよ。戦艦長門さんと同じ名前なんです」
「あら、珍しいわね。だけど、二人っていう理由はわかったけど、なんでそんなに悩んでるの?別に変なことでも起きるわけじゃあるまいし」
「いや、それがですね……」
口が淀む。ここまで大淀が悩むなんてよほど大事なのだろう、その姿を見た陸奥は嫌な予感がすると生唾を飲み込んだ。二人して神妙な面持ちをしながら廊下を歩くその姿は、どこか滑稽ながらも安穏でない空気を醸し出す。
「新しい提督、男の方なんですよ」
「提督が危ないわ!」
大淀の一言に、陸奥はこれから起こる惨状を思い浮かべ、浴場へと走っていった。
悪魔と天使が囁いている、ここで一枚ぐらい無くなったとしても別にばれはしないと。
手が震える。提督から渡された鍵は今まで持ったものよりとても重たく、そして榛名を堕落させてしまいそうな誘惑を放つ罠だ。しかし、その罠も提督自身が持ってきてくれという命令によって解除されている。百パーセント安心安全な宝がこの扉の先に眠っているのだ。
ごくりと、喉に溜まった唾を飲み込む。
震える指を抑えながらも、榛名は鍵穴に鍵を差し込んだ。そしてゆっくりと右に回転させる。カチリという音と共に禁断の封印が解かれる音がした。その音に榛名は体を震わせる。
「お、お邪魔します……」
ゆっくりと、誰もいるはずのない部屋の中に榛名は恐る恐る足を踏みいれた。
「提督の、すっごく大きい……」
初めて入る部屋の広さに榛名は驚いた。赤い絨毯が敷かれた部屋はブロック柄のドレープカーテンから入る光によって落ち着いた雰囲気を醸し出し、机やソファー、そして椅子やクローゼットに至るまで高級な木材を使用して作られたであろう家具は各所に彫刻等が施され高級なものだと一目でわかる。
暖炉は使われていないのだろう、火が入っていないが季節が変わってくれば部屋を淡く照らし、きっと部屋全体の雰囲気を暖かいものに変えてくれるに違いない。
その中を、榛名は歩く。絨毯の柔らかさに驚きつつ、提督が使用している椅子やベッドを触ってみたい欲求を抑えながら。
そして、目的の場所へと辿り着く。扉から数メートルほどしかない場所にあるそれは重量感があり、まるで榛名を迎え撃つような大きさだ。
「こ、このクローゼットの中に提督のお着替えが……ごくり」
お着替え、なんて甘美な響きだろうか。だが、こうして無駄に時間を浪費しているわけにはいかない。はやる気持ちを抑えつつも、榛名は大きく深呼吸すると気合を入れた。でなければ今こうしているうちに提督がお風呂からあがってしまうかもしれない。早く着替えを取って戻り、扉越しでもいいので生まれたままの姿でいる提督の影を一目見てみたいのだ。
「榛名! いざ、出撃します!」
どこにという野暮な言葉は不要だろう。
榛名は掛け声と共に一番上の両扉から手を伸ばす。そして力を込めて第一の封印を解いた。
「一番上はやはり上着類ですか……。なるほど、この肌触り……なかなかに高級なものです!」
誰に言っているのか、白色ジャケットや紺色ジャケットなど夏服や常服に手を伸ばし両手でしっかりと、丹念に全体を触りながら解説をする。その様子は正に不審者のそれ。鼻息荒く、目を大きく開きながら男の部屋を漁るその姿は憲兵がいれば即座にお縄をかけていただろう。
「次は……ま、真ん中ですね! セオリー通りであれば、ここに提督から頼まれたシャツが……!」
真ん中の引き戸を引く。すると、そこには榛名の予想していたとおり純白のシャツが数枚と初めて見るタイプのシャツがあった。ひとまず、要望の白シャツを一枚取り出す。両手で包み込むように持ち上げ近くの机に置いた後、急いでもう一つのシャツを取り出した。そしてこちらも必要かもしれないと思い、机に置こうとする。だが、榛名は気付いてしまった。先ほど置いたシャツと手に持っているシャツ、この二つに決定的な違いがある事に。
「袖が……ない!」
初めて見るシャツに榛名は興奮を隠せない。榛名が知っているのは開襟シャツという写真集によく載っているもので、これほど露出度を上げたシャツを見たことがなかった。そして、考える。提督がこれを持っているという事はこの服を着ているということではないか。つまり、ただでさえその逞しい体を腕までさらけ出しているのに、それだけでは飽き足らず脇が見えるほどの位置まで露出度を上げたシャツを着ているのかと。
榛名は鼻を押さえた。顔に血が上るのがわかる。まずい、今回新しく配属された提督は榛名が知っている男性ではない。まるで女性のことをまったく気にしていないようではないかと。
(落ち着かないと……。大丈夫、榛名は大丈夫です……!)
鼻を抑えながら深呼吸を繰り返す。少しずつではあるが、落ち着いたのだろう。ふらふらと危なげながらも榛名は両方のシャツを持ち、部屋を出ようとした。だが、そこで気付く。提督はシャツだけでもいいからと言っていた。しかし、榛名自身もそうだが、下着というものはシャツだけでなく下のあれも用意しなければ意味がないのではないかと。
(いやいやいやいや! さ、さすがに下はまずいですよね……)
榛名は女性だ。なかなか見たことがない男性という存在に会い、榛名の中で少しずつ膨れ上がっていくそれはきっと今まで築いてきた清楚とは程遠いものだ。だからこそ、今頭に思い浮かべている事はやってはいけない。やってしまえば、戻れなくなってしまうと。
だが、と。
悪魔が現れた。榛名の頭上に浮かぶそれは自身の姿と瓜二つ、ただ一つ違うと言えば服の色が真っ黒な所か。
『提督はシャツだけでもと言ったのよ? ということは可能であれば他のものも用意して置いたほうがいいんじゃないかしら』
その言葉に榛名は足を止める。振り返ってみれば、クローゼットの一番下。最後の封印されし引き出しは動かずにその場に佇んでいる。あの中に、提督のあれが……。
(だ、だめです! 榛名はそんな子じゃありません!)
悪魔の誘惑を振り払う。腐れども榛名は艦娘だ。由緒正しい艦娘として、このような非道な行為をするわけにはいかない。
その時、悪魔だけではなく天使が現れる。榛名と同じ姿をした天使は白の服を身にまとい、こちらに優しく微笑みかけた。その様子に榛名は自分が最後の最後で踏みとどまれたと歓喜する。そして、
『悪魔の言うとおりです。ここにはあなた一人、あなたの心に正直になりなさい』
その後、提督の部屋を出た榛名のポケットには入ったときにはなかったふくらみがあったとかなかったとか。
まずは更新が遅れてしまったこと、申し訳ございません。
次回、ようやくお風呂編終わりです。まったく話が進んでないですがその辺りはご容赦を。
以下。
・陸奥さん
自分の長門の次にレベルが高い艦。いつもお世話になってます。運が低いのは停泊中に爆発事故を起こし沈没してしまったため。
・封印されし
意味不明の下着を五枚そろえることで榛名を倒せるってばっちゃがいってました。
・シャツ
基本的に普通であれば開襟シャツもタンクトップも存在してますが、あべこべ要素でタンクトップを亡き者に。提督がもっている理由はのちのち。タンクトップで生活する提督編も書きたいです。
・提督の部屋
描写が難しかったですが、鎮守府の資料館からひっぱりだし描写。
感想や誤字脱字報告、いつもありがとうございます。これからも宜しくお願い致します。