( ‘ω‘).。o0(今日は日付2018年3月23日)
( °ω°)……
本当にお待たせしてすいませんでした。
譲れない想いがある。
生まれおちて、数十年。呉の空に瞬く無数の星の数……とはいかないものの、この頃気になり始めている小皺の数よりは多い、たくさんの苦労を重ねてきた。
決して、年の割には小皺は少ないほうだと思っているが。
ここに至るまでの道のりを考えれば、一度ぐらい。いや、あわよくば二度ぐらい。もしくは三度ぐらいは人生が報われることがあってもいいはずだと市長であるミノは思う。
「つまり、譲る気はないと?」
「こちらも市を任される立場です。私情ではなく利益の為、当然の事だと考えております」
なればこそ、必ず成功させなければならない。そう、これは自身の為だけではない。市民の為でもあるのだ。
提督の生足が映える際どい和服を見るためにも。女の子には意地ってものがあるのだから。
もし、心の声を聞くことが出来るものがいればこう突っ込みを入れたに違いない。
『女の子って年齢ではない』と。
「つまり、陸軍ではなく海軍に肩入れをする。そういう発言と考えていいわけだな? 市長」
ドンッ、と。机が揺れた。
力任せに机を叩いたのだろう。そのせいで陶磁器のカップに注がれていた紅茶が揺れ、布が敷かれた机にこぼれる。
その行動に心の中で染み抜き代用の書類を用意せねばとため息を吐き、ミノは目の前で椅子から身を乗り出し、今にもこちらに食って掛かりそうな女性を見た。
例えるならば猛禽類といったところか。目は鋭く、女性にしては背が高く肩幅もいい。見た目からして軍人とわかるような容姿だ。彼女は広島市に滞在する陸軍の役職付き。
海軍の正海達が帰った後、入れ替わるように市役所に到着したのが陸軍である彼女だ。
会談の予定などはなかったため、本来なら対応する理由もないが、いかんせん陸軍である。陸の警察とも言われる彼女らの顔をつぶしてしまえば、割を食うのはこちらだ。
通す際に秘書に確認したところによると、一般開放行事に関することで来たと受け取っている。
(耳の早いこと……)
どこから情報が漏れたのか、いや、あの人だかりだ。人の口に戸は立てられぬとは言ったもの。なおかつ、鎮守府の代表としてきたのが男性であればなおさら。
「どのような誤解をされているかわかりませんが、その様なことは断じてございません」
「ならば何故、こちらの人員が減らされる? 減った残りの奴らはどうしたというのだ」
すこぶる怒った様子で、彼女はミノを睨みつける。その様子にミノは心の中でため息をつき、全身の力を抜いた。熱くなっては相手の思うつぼだ。
「近々行われる海上花火、その催しに人員を割いております。今回は前年より規模の大きい物になりますので」
「その海上花火は海軍主体だろう? それに力を入れるという事は肩入れしたと思われても仕方あるまい?」
その発言に対し、頭を押さえながら答える。
「極論です。私は呉市の市長です。中立であり、あくまで市の発展そして日ノ本のために働いております」
日ノ本という言葉に反応したのか、彼女は笑みを浮かべた。
「なるほど。日ノ本の為ならば、なおのことだ」
(埒が明かない……)
一区切りの意味を込めて、ティーカップを手に取り紅茶を口に含む。
さて、どうしたものか。ああいいえば、こう言う。まるで子供の問答のよう。正直な所、こういったタイプの話し合いは苦手だ。話す余地もなく、ただ一方的にこちらが正しいのだからと進めてくる手合いは。
「そういえば、呉の鎮守府に新しく配属された提督の事はご存知ですか?」
「何故、私が海軍の事を知らねばならぬのだ。話をそらそうとしても無駄だぞ? 部下からの情報で海軍が来ているという情報は得ているのだからな」
なるほど、どうやら彼女は海軍がきたという情報は得ているが男性であったということは知らないらしい。報告側が気が動転でもして伝えていなかったのだろうか。ならば、海軍にも手伝ってもらおう。
カップを置く。そして笑みを浮かべ、こう言った。
「今回配属された提督は男性でしたよ?」
それぐらい、楽したって罰は当たらないはずだ。
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女性とは怖い生き物だ。
まだ幼き頃、正海は父が村の集会で言っていたのを思い出す。海の男という言葉にふさわしく、肌は日に焼かれ無精ひげがなんとも似合う父が言っていた言葉は物心がついて間もない年でも頭のどこか、小石のように気づけばある。
「提督~」
そうだ、今もその言葉を思い出す。
「はい、あ~ん」
笑顔でこちらに対しケーキを差し出すその姿。
女性というのはかくも恐ろしい生き物だ。
少しばかり日が傾き、店内も少しばかり日の赤みが増してきている。
人が溢れる店内では、正海がいた時代では敵性音楽としてほとんど聞くことがなくなっていた海外のJAZが天井部に設置された機械から流されている。拡声器というらしい。
そして店内は依然、数少ない男性を一目見ようと窓際の一角を凝視しているお客が後を絶えない。本来であれば店側としては回転を早めるために早々にご退場頂きたいところなのだが、いかんせん酒の肴もとい、目の前の出来事を肴に大量の注文が出ている。そのためか、男性のために配慮して別室の案内をする事が出来ず、厨房と店内をせわしなく行き来していた。
その中で、龍田は周りの目を気にせずほどよく弾力があるケーキを一口大取り、フォークに突き刺すと提督の口へ持っていった。
「はい、あ~ん」
その光景を見て、店内の客が悲鳴ともなんともいえない声を上げる。それを横目に、龍田は獲物を見る肉食動物のような目で、提督を見続けていた。
「…………」
ゆらゆらと。
「提督~?」
ゆらゆらと。
「いや、別に自分で食べれ……」
ゆらゆらと。
「はい、あ~ん?」
ゆらゆらと。
「龍田……」
ゆらゆら。
「提督~?」
ゆらゆら。
「私が悪かったから……」
「はい、あ~ん?」
終わらぬ押し問答。周りは息を潜めつつも、目の前で起こっている奇跡の瞬間を逃さぬように、瞬きすらせず二人のやり取りを見つめていた。その内の何人かは目が血走り今にも爆発しそうな表情を浮かべている者もいる。恐ろしい。
どうしてこうなったのだろうと、ため息を心の中ではく。ただ単に、正海は映画で見たワンシーンを再現しただけなのに。
いや、それが原因か。というよりも、日本軍として海の上で戦ってきた正海はこの手のことに対し、経験がない。
もちろん男として気になることはないわけではないしあるかもしれない。詰まる所、気になることではあるのだが父と母から受けた教えに加え、海軍の中でも船に乗ることができるのは軍学校を卒業したエリート集団だけ。何が言いたいかというと、そっち方面にうつつを抜かせる余裕などなかったのだ。
「提督~?」
柔らかい声を出し、龍田がケーキを乗せたフォークを器用に上下に動かしながらこちらを待っている。その動きはまるで猫じゃらしの様。つまるところ、猫というのは自分自身か。
いざ直面してみると、自分がいかに恥ずかしい行為をやってしまったのかが良くわかる。
そのせいか正海はほんの少し、頰を赤らめた。遠巻きに見ている人たちからはわからない。けれども、龍田からはその顔を見た。
「提督?」
その顔を見て龍田は自分の中で何かが目覚めそうな感覚を覚える。もっとこうしていたい、彼の困った顔を見ていたいという邪な気持ちが。
「まいった……。わかったよ」
あ〜んと。恥ずかしそうにしながらも龍田が差し出したケーキを咥える。少し近くなる提督の顔。こちらを見ないように目を瞑るその姿に、龍田は自分も顔に熱を持つのを感じながらもゆっくりとフォークを引き抜いた。
そして気づいてしまった。引き抜いたフォーク。少しだけクリームのついたそれは、龍田が使用していたフォークだ。勢いでやったはいいもののよくよく考えればつい先ほどまで龍田が口の中に入れていたフォークであって、つまりそれは龍田の一部が付いていたフォークであって、それを提督が口の中に入れた。
「ひぇぁっ……」
変な声が出た。自分の声ではないような悲鳴とも言えない声が。
自分はなんてことをしてしまったのだろうか。顔を赤らめながらも、提督に悟られぬようフォークを置く。
向かい側に座る正海も少し恥ずかしそうにしながら、改めて自分のフォークを手に取り残りのケーキを平らげた。
(あっ……)
そしてさらに気づく。提督が今しがた使ったフォーク。夕焼けに照らされ綺麗に輝く細やかな装飾が彫られたお洒落な銀製のフォークは、先程龍田に使用したフォークだったはず。ということは。
「ま、まぁこれが私が見たことあるデートのやりとりというかなんというか……。と、とにかく! 時間も時間だ。皆に心配されないうちにそろそろ戻るとしようか」
ということは、あれには提督の口の中のアレが付いていたわけで。それを知らずのうちに自分は口に含んでいたわけで。つまり。
「龍田、大丈夫か?」
「……大丈夫じゃありません」
一瞬、ほんの一瞬だけ龍田は胸をおさえた。なぜ彼はこうも、自身の心を揺さぶるのだろう。なぜ女性と一緒にいてそんな無防備な姿を晒すのか。なぜ人間ではない存在と一緒にいて笑えるのか。
なぜ、なぜ。
たくさんの考えが頭から溢れては、それを表に出さないように飲み込む。体が溶けてしまいそうなほどに火照る体を諌め龍田は口を開く。
「お会計は私がしてきます…!」
「あっ、ちょ……龍田! 経費で落ちるから領収書は頼むぞ!」
脱兎のごとくとはこのことを言うのだろう。一瞬にしてテーブルの下に設置された領収書入れから紙を抜き出すと、正海が静止するのも構わずレジへと向かっていった。
その行動に女性に払わせるのは男として如何なものかと思いつつも、ここでは逆に男性が払いに行く方が女性の面目が立たないということを思い出し、経費として落とせるよう一言だけ付け加えた。
そして、これから忙しくなるであろう催し事の準備に、提督になってから初の大仕事を皆と一緒に成功させようと思いつつ立ち上がると上着を手に取り龍田のところへ向かう。
その際に、集まっていた女性たちが葦の海を分けるかのように入り口の方まで開けてゆく。
今しがた見た光景は、さながら神の奇跡。その行為を平然と行った男性に対し、彼女らはモーセの前にいるかのように静まり返っていた。
(なんと大げさな……)
未だ見慣れぬ光景を見ながらも、これからは慣れるしかないなと溜息を吐きつつ龍田の元へと向かう。
その時。
「……本当に男が着任しているとは。なるほど、道具がいるのも頷けるというものだ」
一人の女性が、提督である正海の前に立ちふさがった。
たくさんのコメント・感想・誤字脱字報告・活動報告への返信等、本当にありがとうございます。
更新するといっていたにもかかわらず、まったくしておらず申し訳ございませんでした。
また、気長にはなりますがゆっくりと書いていきたいと思います。