先ほどからちくちくと鬱陶しいタイミングで遠距離攻撃を仕掛けてきていた敵に向けて殺到した味方の鉛弾が、射線上に割り込んできた別の敵によって次々と叩き落とされていく。
左手首の辺りから伸びたブレード状の骨格を使用し、腕が霞むほどの速度で弾丸を叩き落すそいつの目は、既に血走り始めていて、明らかに副作用が累積している。守られているやつも、自分を撃っている兵士へ自前の遠距離武器を撃つが、高威力である代わりに連射の利かないそれがその状況を打破するのに役立つのかどうかは甚だ疑問だ。大方その武器を変性する頭の余裕と、序でにリソースが無いんだろう。
「そろそろだな。」
俺と2人でもう1人の生物兵器を相手にしている味方の鹿島が、あちらの様子を伺いつつ呟く。
10分程前に始まった不期遭遇戦は、少数精鋭からなる敵兵団によって一度はこちら側の全滅という形で決着が着きかけたものの、一瞬の隙を突いて味方が行った捨て身の行動によって何とか五分の状態にまでは持ち込むことに成功していた。
現在は15対3で此方に数的優位があるのだが、向こうの3体は何れも生物兵器。此方の生物兵器は俺と後1人だった。 5人100弱の部隊を屠ってきていることを考えると、戦力的には不利と言って差し支えないだろう。
そろそろとは、此方の弾切れか、向こうの限界か。恐らく後者。
目の前に迫り来る触手を体を捩る事でかわしつつ、考える。
向こうの2体は明らかに戦闘慣れしていない。実際、腕の筋肉へ過負荷をかけて銃弾程度を落とすぐらいなら、表皮を硬化させて盾になった方が効率がいい。とはいえ、こういった思考を行うには慣れが必要で、それが出来ない奴は場数を踏んでない。
逆に目の前で俺ら2体を相手にする生物兵器は、場慣れしている。
頭髪代わりに生やした数えるのも面倒な程の触手をこちらに向けて寄越す事で、単体で飽和攻撃を仕掛けつつ、合間合間に両腕の橈骨と尺骨を前腕の筋肉収縮で矢の様に射出して来る。
鞭による打撃と銃撃を絶え間なく受け続けなければならない所為で、攻撃する余裕がない。
人間から離れる事を厭わず、痛みや、損傷を損得の延長で考えられるセンスを持ち合わせているそいつは、間違いなく手練だ。
恐らく隊長格なのだろうそいつは、あちらをちらちらと伺う。心配、ではあるのだろう。
勿論俺と鹿島はそれなりに場数を踏んでいるので、助けに行く余裕を与えては居ない。が、倒せるかといわれると微妙だ。
俺は性格的に遠距離攻撃が得意では無いし、鹿島はキャパシティが多くないから、防御で手一杯だ。俺だって余裕は無い。
「少し無理して足止めする。あっちのケリ着けて来てくれ。」
それでも、この戦闘を生き残るにはこの選択が妥当だろう。多分鹿島にアレの足止めは無理だ。
「解った。」
俺の言葉に頷いた鹿島が、少し敵と距離をとる。敵と鹿島の間に自分の体を滑り込ませつつ、準備を始める。
生物兵器の強さが何に依存するかと聞かれれば、その奇想天外さにあると言える。
形状、硬度、伸縮性、生物が取りうる、或いは到底取りえない形態へ肉体を常時変性しながら行われる戦闘が、生物兵器を単純戦力としてカウントする事を不可能にしている。
実際、今から自分が行おうとしているのもそういった事の延長上に存在する。
胃から小腸、大腸に至る消化器官と、両腎臓及び肝臓の一部の構造を放棄、腹腔内の領域を開放する。それによって出来た余剰容積に、腹筋を変性させて満たし入れる。意図的に16の筒状空間を確保して、筋肉の収縮がその筒の内容物を前方へ押し出す様に調整。
筒状の空間へ骨で鏃を形成し、準備完了。後ろを確認して、味方が逃走できる状態であることを確認してから。
大きく息を吸い込んだ後、腹筋に満身の力を込めて、射出。
腹の表皮を突き破った矢は、鮮血を撒き散らしつつ、前方へ放射状に射出され、殺到する触手を薙ぎ払う。
それによって形成された空白に体を滑り込ませて、前腕を変性。表皮を角質化させて、硬化。欲を言えば、爪の様な器官にしてしまいたかったが、時間が無い、断念。
タイミングを逸する事無く、鹿島はあちらの2体を仕留める為に走り出す。一瞬、目の前の敵がそれを触手で阻止しようと仕掛けるが、その瞬間俺に殺される事を悟り、断念して触手を此方に差し向けつつ、後退を始める。逃げる心算だろう。
硬質化した腕で触手をあしらいながら、前進。致命傷を避けるだけならそこまで難題じゃない。先程まではリソースの節約を考えていたから、所謂生身で対処しなければならなかった矢も、今の腕であれば問題なく受けられる。
その間にあちらへ到達した鹿島が、走りながら行っていた右前腕の砲身化を終えて、構える。
3倍近い直径に膨れ上がった右前腕を、左手で支持し、方膝を付いて衝撃に備える。一拍の間を空けて、発射。
肘から先の骨と筋肉にストックの細胞を加えて形成された砲身から射出されるのは勿論骨だが、その密度は桁違いだ。序でに質量も。
リミッターを外して、規格外の出力を得る筋肉を、さらにホルモンと単純な量で増強して得られる推力は莫大で、衝撃波と共に前腕の半分以上が消し飛ぶが、その代わりに射出された骨は音速に到達するほどの速力を得ている筈だ。
小銃弾を叩き落とすことに夢中になっていた奴がそれに気づいたときにはもう遅く、間一髪で身を捩って交わそうとしたものの間に合わなかった。
右胸を中心に、胴体の右半分を殆ど持っていかれる。支えを失って吹き飛んだ右腕と頭が、一拍遅れて地面に着くより早く、その向こうに居たもう1人へ着弾。
目の前で盾になってくれていた味方がいきなり吹き飛んだことによる動揺から回復する暇も無く、体が吹き飛ぶ。
どうやら前の奴に当たった所為で、弾道が曲がっていたらしい。右肩の辺りに着弾した所為で、即死こそしなかったものの、肩が消え、腕が飛び、序でに衝撃で吹き飛ばされた体が、轟音を撒き散らしながら瓦礫の上を跳ね回り、崩れかかった建物に止めを刺して、崩れた建物の下敷きになった。
相変わらずの威力なんだが、アレを使わせるのに結構条件を整えないといけないんだよなぁ・・・
完全に形勢が逆転する。
先刻まであの2人を撃っていた射手が、照準を目の前の敵に向ける。此方へ攻撃しに来る触手が目に見えて減り、序でに此方が攻撃する隙も失われる。
逆に俺は両腕の硬化を解除、しようとしたが出来なかったので、形態を変えて、どうにか刃上に形成、自分の傍らを通り過ぎて射手を貫こうとする触手を斬り飛ばす。
離れたところにいる鹿島が先程形成した大口径砲の再装填が終る前に、そいつは引いていった。
「とりあえず、生き残ったか。」
腕を戻しながら近付いてきた鹿島が言う。
それに生返事を返しながら、先程出来なかった腕の硬化解除を再度試みた。やっぱりダメだ。
「どうした?」
怪訝な顔をしながら腕に力を込めてみたり、逆に脱力させてみたりしていた俺に、鹿島が心配そうな声をかける。
「いや、戻んなくなっちゃった。」
素直に現状を報告。鹿島が目を見開く。
「さっさと言え馬鹿!」
俺を叱り飛ばしてから、一寸離れたところに居る射手の下へ向かう。射手、と言っても人間の軍人だ。今だに軍の部隊として最低限の形態を保っていれば衛生兵の1人ぐらいいるだろう。最も、人医にこの状況を打破できるとも思えないが。
先刻焦って刃状に形成してしまった所為で、既に両腕とも手首だった場所から先が手の形をなさなくなってしまっていて、これじゃぁ日常生活にも不便だ。
せめて手首から先だけでも手の形にならないかと試行錯誤していると、軋むような音を立てながら、腕のあちこちから指とその成りそこない見たいなものが生えてきた。気持ち悪い。
「馬鹿!それ以上変性しようとするな、戻れなくなるぞ!」
兵士を1人連れてきた鹿島が、再び俺を叱り飛ばす。いや、解ってるけども。
連れて来られた軍医は俺の腕を見ると絶句し、肩から下げたバックから、鉈の様な刃物を取り出す。
「侵食が進行する前に斬りましょう。このままだと危険だ。」
言うが早いが、俺の右手を取って、体から横に伸ばすと、そのまま肘の少し肩よりの点で切り落とす。肉厚の鉈に見えた刃物はしかし、驚異的な切れ味を見せ、俺の腕を一刀両断して見せた。
断面を手持ちのスプレーから噴射した止血泡で覆うと、同じ用量で左腕も処理する。
凄まじい決断力と行動力だが、お陰で両腕がなくなってしまった。しかも、通信兵に連絡をしてもらう為に去っていく直前、首筋にジャマーを植えつけられてしまった。様は変異禁止という訳だ。
「全く、危機感という物が無いのかお前は・・・」
鹿島に呆れられる。
「いや、アドレナリン出しすぎてその辺飛んでる気がする。」
お陰で痛くないが。
「所で片岡は?」
先刻捨て身の一撃で形勢逆転してくれた功労者なのだが、何処に吹き飛んだんだろう。頭が飛んでいくのは見えたから、上手くすると生きてる筈なんだが。
と、頭で思い出した。あの2人は死んだんだろうか。間違いなく行動不能ではあると思うんだが。
気になって2人が死んだ辺りへ視線をやると、兵士が数人集まって作業している。どうやら片方の残った体は燃やして、頭は回収する心算らしい。首の辺りにチューブをぶっ刺して、人工心肺に繋いでいるのが見える。あれで生きたまま保存できるんだから、生物兵器はしぶとい。いや、それも数ある取り得の1つなんだが。
もう1人は完全に瓦礫の下敷きとなってしまったようで残骸の回収は難航しているようだ。不期遭遇戦闘があった以上、この辺りの勢力図が書き換わっている可能性もある訳で、あまり長居する訳にも行かないだろう。
「今捜索してる。まぁ元から吹っ飛ぶ心算で突っ込んでたみたいだし、生きてるだろ。」
暫く慌しく走り回っていた兵士が、此方に向かって走ってくる。どうやら鹿島に現場指揮をお願いしに来たようだ。階級の高い奴は全滅してるんだな、多分。
思い返してみれば、向こうの部隊は初めから此方がお守りをしていた護送車列を狙ってきていたし、何処に誰が乗っているのか把握しているんじゃ無いかと疑いたくなるほどの正確さで重要人物の居る車両ばかり狙ってきた。
「解った、一旦集まろう。頭の保存が終ったら、もう一方は建物ごと焼いてしまえ。回収部隊は?」
話しながら近場の倒壊しかけた建物に歩いていく鹿島に、服の裾を引かれて歩きながら考える。
考えれば考えただけ、きな臭さが増した。