「好きなもの(艦これ)+好きなもの(麻雀)=面白そう」
という「カツ+カレー=カツカレー=美味しい」な感じの適当な理由しか答えられません。
そんな適当な前書きですが、どうぞよしなに。
某年、某月、某日、某時間、某鎮守府、駆逐艦寮、ブリーフィングルーム。
部屋の片隅で、四人の少女、改め四人の艦娘は一つの机を囲ってゲームに興じている。
「ロン。平和なのです」
「ピャー!? また振り込んじゃったッ!! ――ふわ~せっかくのラス親、逆転手だったのに~」
「暁、気持ちは分かるけど流石にそれを切るのはどうかと思うよ。親番だったのなら安目で連荘狙いでもよかったんじゃないかな」
「これでこの半荘は終わりね。私は三位、か。う~ん、なんともなんともって感じかしら」
順に、電、暁、響、雷。
四人は同じ鎮守府所属の駆逐艦娘であり、第六駆逐隊という同じチームの同僚であり、また、互いに同型艦という姉妹の関係にある。
彼女たちは今、自分たちの非番を利用して麻雀に勤しんでいる。
何故に麻雀、と問われたとしても大した答えはない。四人が非番になり暇をしていたところ、ブリーフィングルームに置き忘れられた雀卓を発見。暁の提案によりそれで遊ぶことになった。それだけのことである。
「どうする? まだ続けるかい、暁」
「当然じゃない。このまま負けっぱなしじゃレディの名折れだわ」
響の問いかけに、暁が自身の長い黒髪を盛大に振り回しながら答える。その顔は自分が年長者であるにもかかわらず四人の中でも最も幼く周囲には映る。
「……麻雀で勝ってもレディにはなれないと思うのです」
「私も同感。ま、せっかくの非番なんだから、時間は有効利用。やるならどんどんやりましょ」
電と雷が暁に対して軽い茶々を入れるも、暁の耳には入らない。いつものことである。
雷の言葉を皮切りに四人は牌を全自動卓の中に流し込む。卓は音を立てて牌を攪拌してゆく。
「あら、貴方達こんな所で何をやっているのかしら?」
「!?」
四人の艦娘しかいないはずの空間に四人とは別の声が響く。
第六駆逐隊の面々は自分たち以外の声に驚き、一斉にその声の主の方へ向く。
四人全員が驚いたのは、自動卓の洗牌の音によりその新たな声の主の接近に気が付かなかったためと、何よりもその声が本来この場所では聞くはずのない声だったからだ。
視線の先、ブリーフィングルーム入り口ドアの横には一人の女性――艦娘――が立っていた。
「……千歳さん。何か御用ですか?」
電が目の前にいる千歳に問いかける。
軽空母艦娘「千歳」。本鎮守府所属の軽空母の一人であり、同時に鎮守府の総指揮を任されている提督の秘書艦の役目を務めている。
加えて、本来ではこの場所「駆逐艦寮ブリーフィングルーム」に立ち入ることがない艦娘でもある。
艦娘は艦種ごとに所属する寮が別個に存在し、それぞれ互いの寮に入ることは滅多にない。極親しい間柄を除き、別艦種同士の交流は食堂や共用娯楽施設などの寮以外の場所で行われる。だから、暁ら駆逐艦娘にとって軽空母艦娘である千歳をこの場で目にするのは非常に珍しいことである。
「用ってほどじゃないわ」
千歳は驚く四人と対称にほんわかとした佇まいである。
「今日はたまの非番なの。でも、私って秘書艦じゃない。結構、行動に制限が掛かっちゃうのよ。今日も外出許可が下りなかったから適当にお酒呑みながら鎮守府の中をぶらぶらしていたの。で、ふと目の前に駆逐艦寮があって、なんとなくふらっと。ね」
「そう、ですか」
響がぎこちなく答える。他の三人も答えこそしないが皆一様表情が固い。
艦娘には原則軍事行動を行っているとき以外では階級や立場など無視してもいいという、不文律が存在する。正式には軍人でない艦娘は扱いが特殊であり、艦娘たちの間には軍規以外にも――時には軍規よりも優先される――不文律が多数存在する。これもその一つであった。
普段ならば四人の駆逐艦娘は千歳の声を聞いたところで、驚くこともわざわざ畏(かしこ)まることもない。
だが、今回は勝手が別である。
「ふふっ。そんな怒られた子犬みたいな顔しないで。ブリーフィングルームで麻雀していたことなら咎める気はないわ。私も昼間からお酒呑んでるし」
四人の駆逐艦娘から安堵のため息が漏れる。
この場所、駆逐艦寮ブリーフィングルームはその名のとおり駆逐艦娘のためのブリーフィングルームであり、本来の存在目的は軍事行動のために使う部屋である。
しかし、本来の目的と実際の運用は一致しなかった。艦娘は対深海棲艦――海から現れ、人類に侵略行為を働く未知の存在――戦において虎の子の存在であり、そのため各方面で優遇、優先されている。
その一端として鎮守府内には中心となる鎮守府庁舎以外にも多数のブリーフィングルームが存在し、各艦娘寮にもブリーフィングルームが一つずつ存在している。しかし、ブリーフィングルームが数多くあったところで艦娘の員数には限度があった。艦娘の軍事行動のための必要数に対してブリーフィングルームが余ってしまったのである。各寮に存在するブリーフィングルームはその筆頭であり、何らかの理由で使用されない限り、一種のフリースペースのように暗黙の内――不文律とは違い慣習的――に扱われている。
そのためブリーフィングルームであるにもかかわらず雀卓が放置されていたのである。
ブリーフィングルームの私的利用は艦娘の間ではよくあることなので他の艦娘に見られたところで、見咎められることなどないのだが、目の前に現れたのが「秘書艦」である千歳なら話は別である。
秘書艦は、艦娘らにとってのある種の元締めに近い存在といえる。
いくら慣習的なものであるといっても彼女の目の前で軍事用の部屋で遊んでいたとなると非常にバツが悪い。最悪、なんらかの罰を受ける可能性すらあった。故に千歳の言葉で四人の艦娘は安堵したのである。
「それよりも」
「ひゃ!?」
千歳は暁の背後に立つと軽く腰を落とし、その豊満な胸を暁の頭に乗せる。その姿勢が楽なのかお酒のせいなのか、千歳の頬は軽く緩んで赤みを帯びている。
「まるで、おっぱいお化けね」と雷が言う。
「なんか言ったかしら?」
「イイエ。ナンデモナイデス」
「……まあいいわ。それでね、せっかくだから私も混ぜてほしいのだけど、構わないかしら。共犯者ってことで、ね」
千歳は自分の頬に人差し指を触れさせ、軽くウインクしてみせる。
その言葉を四人の艦娘――特に暁――は先ほどまでの畏まった表情ではなく笑顔でもって頷き、その提案を受け入れる。
「さてと、混ぜてもらえたことだし誰かと交代してもらわなきゃ、なんだけど」
「暁はリベンジしたいからいやよ。あと重たいし、酒臭いからそろそろ退いてよ~!」
「あら、ごめんなさい」
暁はいい加減退けと言わんばかりに頭を揺すり始める。
千歳は暁に乗せていた胸を退けると、眼前にいる駆逐艦娘に視線を向ける。
「皆やる気満々って感じね。そうねぇ、じゃあ悪いとは思うけど私が来る直前までやっていたみたいだったし、そこで三位になった人と交代ってことでいいかしら?」
「「「三位」」」
一人を除く駆逐艦娘の視線が雷に注がれる。
「ぐぬぬ、三位ね。……ふぅ、わかってるわ、ちゃんと譲るわ。あ、でも今回は譲るけどちゃんと半荘ごとに交代してよね」
「そうだね。私が次に三位になった暁にはきちんと交代するよ」
響が雷の言葉に答えるが、その言葉には三位になる気などさらさらないという言外の意思が見受けられる。
雷が立ち上がり、代わりにその席に千歳が座り込む。電はそのまま千歳の背後に立つ。
「それでこの卓でのルールはどうなってるのかしら?」
「基本的にはアリアリの25000点開始の30000点返し、頭はね採用、二飜縛りはなしで、赤は五萬が二枚ほか一枚ずつなのです。あと、それに加えていくつかローカル役を採用しているのです」
「ローカル役?」
「この表に書いてあるわ」と雷。
「どれどれ。なるほどね、流石に極端にマイナーなのはなくて、有名なダブリー、人和、国士無双単騎のダブル役満、八連荘などといった感じみたいね」
「流石にあんまりにマイナー役を入れると感覚がおかしくなっちゃうからね」
「……ありがとう。もう始めても大丈夫よ」
千歳が背後の雷に礼を言いながら役表を返し、視線を雀卓へ向ける。
千歳の視線に対し電が軽くうなずく。
「じゃあ闘牌始めるのです」
電の言葉と共に改めて洗牌が開始される。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
東一局 ドラ:西
東家:響 25000
南家:千歳 25000
西家:電 25000
北家:暁 25000
(さて、どうしようかな)
十三順目、響は迷っていた。
――――カチン
親番であるにもかかわらず、配牌からして不運。最短手で五向聴、それも役なしのくず手。構うものかと手を進めてみるもツモ牌は好転せず、結局十三順にてやっと役なしの聴牌。組み替えも難しい。あぶれ牌である五策を指でつつく。
響は下家の千歳を見る。
策子が一枚たりとも河に落ちていない。鳴きはないがこの順目だ、十二分に染手を聴牌している可能性はある。
――――カチン
続いて、対面の電。
河に幺九牌がやや多いが、どの種類の牌も満遍なく捨てられている。聴牌していてもおかしくはない。
……いや、違う。電のことだ、既に聴牌していると考えた方がいいだろう。と、響は電の河から聴牌を断定する。しかし、聴牌を前提としても五策は比較的切り易い牌である。既に河に八策が切られているからだ。筋の観点から言えば二五策待ちでない限りは大丈夫だろう。
最後に上家の暁。
なんともいえない河だが今は放っておいてもいいだろう。五策は暁の現物だ。
(まだ序盤の序盤、攻めて連荘を狙うか、逃げて安全を取るか……)
響は「安全」を選択した。自身の手牌で暗刻となっている、かつ、染手と目される千歳の現物である北を切る。当然、当たらない。
続いて、千歳がツモる。そのままツモ切り。五策。
「ロン。平和のみ、30符1飜1000点なのです」
電がアガリを宣言する。たったの1000点だがアガリはアガリである。
今回は正解だったようだね。と響は内心ほっとする。しかし、同時に響は電に対し高々一飜のアガリであるにもかかわらず、このまま放っておいたらいけないと、警戒を一層強める。
東二局 ドラ:白
東家:千歳 24000(-1000)
南家:電 26000(+1000)
西家:暁 25000
北家:響 25000
「やるわね、電ちゃん」
理牌しながら千歳が電に話しかける。
「べ、別にそんなことはないのです。点数もたった1000点ですし」
「フフッ。そんなに謙遜しなくていいわ。たしかに1000点程度簡単にひっくり返る点数だけど、その1000点が足りなくて負ける事も往々にしてよくあるものよ。――それに、私ってどっちかと言えば『流れ』とか信じるほうなの。だから、何点だろうがきちっと上がれるのは良いことよ」
「そ、そういうものなのですか」
「そうそう、それくらいに構えていたほうが楽しいわよ」
「千歳~話してないで早く続き、続き」
暁が千歳と電の話に割って入る。事実、千歳の理牌はとっくに終わっていたため催促をしてもなんらおかしくはない。
ただ、暁以外の艦娘全員は、暁のその顔を見て複雑な思いを抱く。
「どうしたんだい暁? そんなに喜色満面で」
「いいから、いいから。今に分かるわよ」
――――カチン
一巡目、暁がツモる。
「う~ん、惜しいわね。まあいいわ、ダブルリーチッ!! ……なんで皆そんな顔してるの?」
暁はそのままツモ牌の白を勢いに乗せて切り、ダブルリーチ。
それに対する他の艦娘の反応は揃って「やっぱりね」というものだった。前局上がったわけでもないのに、あれだけの笑顔だ。よほどの高目かそれに類するものだろうというのは誰しもが思いつくことだった。
(ドラの白が惜しい、か。当たりは字牌周りかな)
響、字牌を避け自身の不要牌である中張牌を切る。当たらない。
――――カチン
(とりあえずここは現物でいいかしら)
千歳、暁の現物である白を切る。当たらない。
(はわわ~。折角平和を上がれたのにこれじゃあまずいのです。当たったら事故なのです)
電、仕方なしに不要牌を切る。当たらない。
「さ~てッ。ツモるわよ~」
暁が意気揚々と山に向かって手を伸ばす。
その姿に他の艦娘は一種の微笑ましさを覚えると共に一抹の予感を感じていた。嫌な予感ほどよほど精密に当たる、そういった類の予感だ。
「来たわっ!! ツモッ!! ダブリー、一発、ツモ、発、中、チャンタ、混一色。裏は……乗らなかったけど、三倍満。24000よッ!!」
「はわわわわわわ」
「あらら、親かぶり。ついてないわね」
123,789筒、中中中、西西、発発。西と発のシャボ待ちで発を一発ツモ。
一巡目暁の、白は惜しい、と言うのもあながち嘘ではなかった。字牌をツモりたい状況で不要とはいえドラの字牌をツモれば惜しいと思わずにはいられないだろう。
ダブルリーチはそれだけで二飜付く。麻雀において二飜はけして軽く見られるものではないが、しかし、ダブルリーチということは初期の手牌でのリーチである。故に大抵は形の整わないくず手であることも多い。
そのため、ややも暁の手配を軽く見た他の艦娘は想像以上の高打点に面を食らう形になった。
ただ一人、その三倍満を見て別のことを思った響を除いて。
「ねえ、響ちゃん。三倍満ツモられたっていうのに、どうしてそんな顔しているのかしら?」
「……私が? どんなのかな」
千歳の問いかけに響は普段の表情を作ることを意識して答える。
「なんて言えばいいのかしら。なんか妙に安心しているように見えたの。まるで暁ちゃんが上がることによって何か不安要素がなくなった、みたいな」
「そうかな。たぶん千歳さんの見間違いだと思うよ」
「そう? なんか変なこと聞いちゃったかしら。ごめんなさいね」
いや、さすが秘書艦いい眼をしているね。と響は心内で答える。
東三局 ドラ:一萬
東家:電 18000(-6000)
南家:暁 49000(+24000)
西家:響 17000(-6000)
北家:千歳 12000(-12000)
九順目。千歳ツモ番。
「さて、一位との点差は37000、割と絶望的ね。どうしましょうか」
――――カチン
「……ねえ、千歳」
「ん? なにかしら?」
順が進み、自分の手番となった暁は一旦ツモ牌を自分の手牌の上に置き、千歳の右手のある位置、千歳から見て千歳の手牌の右端を指差して問いかける。
「それ。さっきから牌をカチンカチン鳴らせて、何をしているの?」
「ああ、これね。別に牌を鳴らしているわけじゃないのよ。これは小手返しって言って正しくは牌を入れ替える動作なの」
そう言って、千歳は手牌の一番右端の牌を半回転させ、柄を暁たちに見えるようにする。
一度手を離しアカツキたちがしかと見ていることを確認するかのように、一拍置く。
千歳の右手が改めて、ゆっくりとした動きで表になった牌に触れる。――瞬間、カチンという音と共に表になった牌が瞬時に右端から五枚先の牌と入れ替わる。
「うそ!? 今入れ替えたの? 一瞬で!? 五枚も先のやつと?」
暁が子供のように目を輝かせて感嘆の声を上げる。
「こんな感じだけど、どうかしら。手持ち無沙汰だからやっていたのだけれど、そうね、五月蝿いと言うのならやめようかしら」
「いい、やめなくていいわ。むしろあとで私にも教えて。カッコイイ」
「ふふっ。じゃあ、ちょっとだけ面白いもの見せてあげるわ」
千歳は宣言をすると再度右手を手牌に触れさせる。と、同時に表になった牌は音と共に手牌の中を右へ左へと縦横無尽に動き回る。その光景はさながらマジシャンのカップ&ボールマジックのようであり、その光景に暁は食い入るように夢中になる。
それを周りの妹たちは、やれやれと言った感じで微かに微笑みながら見守っている。
「ねえ暁、そろそろ続き始めない? 待ってるだけじゃあ暇よ」
「あ、ゴメン。今切るわ」
雀卓の外側、雷の声でもって暁は千歳の作り出す小手返し空間から現実に帰ってくる。空間にいた時間、実に五分なり。
ぽすん、という音を立て、暁が足早に選択した牌が河に捨てられる。
「ごめんね、暁ちゃん。それロン」
「ピャ!?」
千歳の手牌が倒される。5200。
東四局 ドラ:八萬
東家:暁 43800(-5200)
南家:響 17000
西家:千歳 17200(+5200)
北家:電 18000
「う~~不意打ちなんてずるい」
「いや、アレは不意打ち全く関係ないと…思うよ」と響。
「どちらかと言えば……自爆? ぷっ。あはははは」と雷。
響は顔を逸らし口元を手で押さえ含み笑い、雷は逆に腹を抱えて大笑い。
暁の気分が直前まで最高だったのに、麻雀に戻った瞬間いきなり叩き落される。流れるような「上げて落とす」。
「ちょっとちょっと。響、雷、二人して笑うことないじゃない。電もそう思うわよね?」
「……電は……笑って……ない……ぷっ…の……です……」
暁は助けを求めるように電の方に顔を向けるが、そこは電も響や雷と同じ姉妹。電も笑いを堪えるように俯いている。いや、むしろ、堪え切れていない。ところどころに笑いが漏れ始めている。
「ぷ~~~~~~っ。いいわよ。この親番で一気に点差つけて、全員飛ばしてやるんだからッ!」
パァンッ!!
頬を丸く膨らませた暁の第一打。本当に不服だったのかやや強打である。が、それを咎めるような艦娘はここにはいない。
「落ち着きなよ暁。そんなにかっかしているとまた足元をすくわれるよ。ポン」
響、暁の第一打、八萬をポン。
「これでドラ三。暁、ちゃんとドラ表示牌を見ていなかったのかい?」
「そ、そんなわけないじゃない。不要だったから切ったまでのことなんだから」
(や、やっちゃった~ドラ表示牌見てなかったよ~~)
踏んだり蹴ったりである。
順目は進み。十順目、響のツモ番。
(また無駄ヅモか。ああは言ったものの、こっちの調子もあまりよくない。やれやれカッコがつかないね)
響は今しがたツモった他家風牌を切り、自分の手牌を見て思う。
初期手牌は見るからにタンヤオ手だった。だから、初手で暁の八萬を鳴いた。
響自身この判断を間違ったものとは思っていない。事実、あの鳴きの時点で、タンヤオ、赤五筒、ドラ3の満貫確定手を一向聴のところまで構成されていた。
一向聴、それも有効牌は両面の形で受けられる状態。速さを重視するなら十分悪くない手だった。
しかし、悪いのはツモ牌だった。
どれだけ早く役を作り、どれだけ待ちが広かろうとも、それはあくまで有効牌を引く確率が高くなっただけに過ぎない。極当たり前のことだが、来ない時は来ないのである。
(そろそろ他家も危なくなってきた。いざとなったら――)
「さあ、今度も取るんだから。リーチッ!!」
響が逃げ腰の思考を展開する最中、ブリーフィングルームを暁の威勢の良い声がこだまする。赤五萬ドラ切りリーチ。
(――さて、どうするかな)
その威勢の良い声に反するように、響は今しがたツモった四萬――響の無駄ヅモにして暁のリーチの本命牌――を見て心の中で舌打ちをし、自分の次取るべき手を模索する。
――私の手は確かにアガリやすさでは優れているが、しかし、良くも悪くも完成されている手。柔軟な「逃げ」には優れていない。
現状、逃げるためには手を崩す必要がある。今の良形を保ったままでいるには非常に危険な橋を渡る必要がある。
八萬のドラ切りリーチ。
……暁は明るく奔放で、たまに抜けた――一順目の無作為のドラ切りみたいな――ところはあるが、断じて馬鹿じゃあない。
自身と他家に優位な点差がある現状にもかかわらず、自身の親番でリーチのみ手のような安手で上がって、親番を無理に継続させようなどという、愚行をすることはない。
賢明に、誠実に、勝つための行動をとる。
その暁が、今改めてドラを切り、リーチをかけた。
ドラを切り捨てた上で、逃げることを放棄したリーチのリスクに見合う手を構成したということだ。だったら――
(ここは引くのが妥当か。振ってしまっては元も子もない)
響はそう結論付け、ツモった四萬を手牌に加え、現物を切ろうと――
「麻雀は上がらなきゃ勝てないわよ、響ちゃん」
現物を握った響の手が空中で止まる。
「千歳さん?」
響の見る千歳の顔は先ほどまで全く変わらない、柔和で穏やかなものだ。
自分の「逃げ」を指摘したその人のものとは思えないくらいに。
「……何故、私が逃げようとした、なんて思ったんだい?」
「何故? と聞かれても。……そうねぇ、響ちゃん今までずっとツモ切りだったのに今になって急に手切りしようとしたじゃない。だからかしら」
「それだけだったら、私の手が進んだだけ、とも考えられるけど」
「そうね、確かにそのとおりよ。だから、ここからは感覚の話なのだけどね。……なくなったように見えたの。この局でずっとチラついていたあなたの、ここは上がるぞ、っていう感じの覇気が。もちろん、間違っているなら笑ってくれてもかまわないわ」
「覇気……」
なるほど確かにそのとおりだ、と響は心の中で思い。笑みで持って千歳に答える。
「あらら、これは的外れな事言っちゃたかしら」
「いえ」
(どの道、現状最下位の私が逃げ腰である必要なんてなかった。この局を逃せば次はよくなるだろうなんて――楽観主義にも程がある)
響、現物を手牌に戻し、四萬を切る。当たらない。
続く千歳、電共に現物を切る。当たらず。
「今度も一発でツモっちゃうんだから!」
暁の手が山に伸びる。
ただ、そのとき響には先ほどとは反対の、このツモでは上がらないだろうな、という不思議な、しかし確信めいた予感があった。
「ツモ……らない」
暁がツモった牌を切る。
「チー」
すかさず響が暁の切った牌を掠め取る。
そして、最後の不要牌を切り、聴牌。
「ロン」
そのまま千歳が切った牌――赤五策――で、アガリを宣言する。
姉妹の仲でも表情の起伏の少ない響だが、ことこの瞬間においては彼女も一介のプレイヤーらしく屈託のない表情を見せる。
「タンヤオ、ドラ5。ハネ満。хорошо(ハラショー) 12000点だね」
南一局 ドラ:二筒
東家:響 29000(+12000)
南家:千歳 5200(-12000)
西家:電 18000
北家:暁 43800
闘牌は南場に移り、各々の艦娘は洗牌の終わった牌を山から……取らない。
正確には千歳が止めている。
「どうしたのですか? 千歳さん」
顔を俯かせて動かない千歳を心配そうに電に覗く。
遊び麻雀ゆえに十中八九ないと思いつつも、千歳の心が今のハネ満直撃で折れてしまったのではないか、そう電は考えた。
が、実際に電の考えは杞憂だった。それを電は次の千歳の言葉で痛感することになる。
「ねえ皆、少し握らない?」
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
ご意見、ご感想お待ちしております。
では、また次回にお会いしましょう。