南一局 ドラ:二筒
東家:響 29000(+12000)
南家:千歳 5200(-12000)
西家:電 18000
北家:暁 43800
闘牌は南場に移り、各々の艦娘は洗牌の終わった牌を山から……取らない。
正確には千歳が止めている。
「どうしたのですか? 千歳さん」
顔を俯かせて動かない千歳を心配そうに電に覗く。
遊び麻雀ゆえに十中八九ないと思いつつも、千歳の心が今のハネ満直撃で折れてしまったのではないか、そう電は考えた。
が、実際に電の考えは杞憂だった。それを電は次の千歳の言葉で痛感することになる。
「ねえ皆、少し握らない?」
「「「「!?」」」」
顔を上げた千歳の言葉にその場にいる駆逐艦娘全員は呆気に取られる。
握る、つまりは賭け麻雀だ。
駆逐艦娘はそれぞれ顔を見合わせて口々に自分の意見を述べていく。
「千歳さんには悪いけど、お金を賭ける気はないよ」
「そうなのです。いくら秘書艦さんが良いと言ってもそれは問題なのです」
「暁は別にやってもいいけど……」
「駄目よ暁。そんな簡単にのせられちゃあ。テンピンくらいまでならまだしもそれ以上でもし負けたら破産よ」
「馬鹿にしないでよ。やってもいいとは言ったけど、そりゃレートくらいちゃんと確認するわよ」
各々妥当といえば妥当な反応だろう。
握る、と一言で言っても程度には上下がありすぎるし、腐っても賭け事である。やろうと誘われたところで賭けの対象すら知らないで頭から全肯定するものはいない。
それは当然千歳もわかっていたようで、にんまりとした笑顔を浮かべながら自分の懐に手を伸ばし。
「ええ、もちろんお金を賭ける気はないわ。だから、賭けるのは、コ・レ」
といいながら自身の胸元のシャツを指で軽くめくる。
その仕草は言葉にせずとも千歳の提案を雄弁に語っている。つまり――脱衣麻雀だ。
駆逐艦娘たちが千歳の仕草につられて、意識して千歳の体を見回してしまう。
この部屋に来るまで呑んでいたためなのだろうか。千歳の肌は薄っすらと赤みがかかっており、その表情もどこか艶やかさを感じさせるものとなっている。
千歳のほのかに火照った肢体に連鎖反応的に駆逐艦娘たちの羞恥心が高まっていき、その幼い肌を段々と上気させてゆく。
「あ、あのあのあの、流石に電は……あの、その……そういうのはだめ……だと……」
顔を真っ赤に染めあげた電が、呂律の回らない言葉で抗議の声を挙げる。
他の艦娘も言葉こそ発しないが一様に顔を赤く染め上げている。
「ふふっ」
その駆逐艦娘の初心な反応に千歳は期待通りの満足感を得て、改めて懐を探り。
「そんなに慌てないで。冗談、冗談よ。本当はこっち」
二枚の券を雀卓の上に出す。
甘味処「間宮」の食券。
ある意味古式ゆかしいともいえる食券を用いた博打。どれだけ稼いで勝利しても得られるものは変わらず、どれだけの大敗を刻んだとしても失うものに変わりはない。
判りやすい、リミッターの付いた身内博打。
「皆は一枚ずつで、私は胴元だから倍の二枚にしましょう。一位の艦娘が総取り。どう? ノるかしら?」
千歳は腕を組み――その驚異的な胸囲のせいで周りから見たら、自分の胸を自分で抱いているようにしか見えない――周りを見渡して、艦娘たちの言葉を待つ。
電がその千歳の動作を見て、自身の胸を見下ろしたのは全くの余談である。
「……一応聞くけど、このタイミングで賭けを提案するということはこの点数のままでやる、そう受け取っても構わないんだね」
響が先陣を切って問いかける。
質問の内容から、言外にこれが同意されるということイコール響が賭けにノる気がある、という意思が他の艦娘にも伝わる。
「ええ、そのつもりよ。あのタイミングで次の闘牌から、なんてカッコ付かないわ」
ま、そう答えるよね。と響は心中で思い、思考を巡らす。
――この場、このタイミング、この賭け内容。千歳さんが何故賭けを申し込んできたのか。
申し込んだ理由はおそらく単純なものだろう。この対局をより楽しむためのアクセント、たぶんそれ以上のものはない。
ただ、このタイミングなのは解せないね。
一位総取りのルールで自分が圧倒的不利な状況で博打を申し込めるその理由。
それは単純に負けても構わないから、半ば奢りのつもりで提案してきたか、もしくは――
(この点数差からでもまくれるという絶対の自信があるということか)
「……ここまでされて引いたら、レディの名折れね。――響もそう思うでしょ」
暁も響と同様の考えに至ったのだろう。先ほどまでのような不明瞭な態度ではなく、意思をもって響に賛同する。
響は暁から電の方へと視線を向け直す。姉妹の仲で一番この状況が不利なのは電だからだ。しかし、電は響と暁の意志を汲み取ったのか、コクリと言葉もなく頷き、肯定の構えを見せる。
三人の腹は決まった。
「私はレディじゃないから何とも言えないけど。そうだね、やろうか賭け麻雀」
三人の同意を得た千歳はにんまりとした笑顔のまま、山に手を伸ばし始める。
「聴牌なのです」
「「「ノーテン」」」
賭け麻雀開始一局目はそれまでとやや趣の変わる空気――額の大小にかかわらず、何かを賭けた時に訪れる、遊びでありながらも本気を感じさせる空気――を纏いつつも場は荒れず平静のままに流れた。
南二局 ドラ:西
東家:千歳 4200(-1000)
南家:電 21000(+1000)
西家:暁 42800(-1000)
北家:響 28000(-1000)
少し「見」に徹しすぎてしまったかな。と山から積もった牌を理牌しながら、響は考える。
先の南一局、響は、いや響だけにかかわらず他の駆逐艦娘二人を含めた三人は、意気揚々と博打にノったのに対して、その牌勢は様子見に終始していた。
三人の考えは一様に同じ。博打を吹っかけてきた千歳への警戒である。
各々立ち回り――トップ故にリスクの高い行動をする必要のない立ち回り。
生来の性格からくる警戒心の高い立ち回り。
三位だろうが危険を避け、確実なる安目を狙う堅実な立ち回り――に違いはあったが、そのどれもと一抹の運が重なり合い先の南一局の結果となった。
(千歳さんが何かするかなとも思ったけど、特に何もなかった。なら、一位総取りなのだしもう少し攻めてもよかったか)
順目が進み、五順目。
(これで聴牌。……結局あぶれてしまったか、しかし悪くはない)
響は自分の手牌と周りの河を見比べる。
手牌:234萬、23344筒、2345策、西
ツモ:5策
ドラの西を切り落とした上で最低でもタンピン三色の満貫。リーチやツモ牌次第でさらに上乗せの期待できる好手。それを五順目という序盤での聴牌。
ドラを最後まで抱えていたのが幸か不幸かといえば、この場合はケースバイケースでしかないだろう。今はまだ五順目という序盤だ、もし重なって雀頭となった場合のことを考えればまだ手牌に抱えていてもおかしくはない。
良形で纏まった手牌に対して他家の河だが、これはあまり響にとって嬉しい形とはいえなかった。
暁が二順前、電が三順前にドラである西を切り落としているのである。
短期的に見れば、西を切ってリーチをかけやすい状態。
長期的に見れば、まだ序盤であるにもかかわらず両者共にドラの西が不要の状態にあるといえる。つまり、二人とも聴牌かそれに近い状態である可能性がある。
最後に千歳だが、これは響にとって今は脅威ではなかった。
ここまでの五順全てでツモ切り、それも幺九牌のみである。ダブルリーチもかけていない以上、聴牌の可能性はゼロに等しかった。
(ここは臆さず攻めようか!!)
「リーチ」
「ロン」
「――なっ!?」
響はおもわず目を見開き、席から立ち上がってしまう。
それは普段冷静な彼女ならまずありえない事で、ありえない事が起きたからこそ誘発的に引き起こされたありえない事であった。
そのことは電も分かっているようで、薄く目を細め今起こったことに対して、自分なりの精査を開始している。
「聞こえなかったのかしら。ロン、よ」
腕と足を組み、千歳は悠然と再度のアガリ報告をする。
本来ならありえないアガリの報告を。
「ホンイツ、イッツー、白、ドラドラ。親の倍満、24000点よ」
「西……地獄単騎待ち」
ありえない、響はその言葉を口にする寸前に苦心して飲み込んだ。
それを口にすることは自分から、してやられた、と自白するようなもの。一種の敗北宣言のように響には感じられたからだ。
しかし、言葉を飲み込むことに成功したとして、体から流れ出る動揺を押さえつけることはできない。
動揺は一種流行病のように他の駆逐艦にも伝染してゆく。
ただ一人、全てを俯瞰している雷を除いて。
南二局一本場 ドラ:七筒
東家:千歳 28200(+24000+1000)
南家:電 21000
西家:暁 42800
北家:響 3000(―24000―1000)
うわ~えげつないことするわね。と雷はできるだけ口にも顔にも出さないように心がけ、心の中だけで先の千歳のアガリを評価する。
――千歳の変なアガリ。たぶん卓上の皆はまだ混乱してるわね。
まあそれも仕方がないわ。なにせ一見して千歳は「配牌で聴牌した上で」「ダブルリーチもかけず」「組み替えもなしに」「暁と電からこぼれたあたり牌を無視して」「わざわざ響を狙い打った」ようにしか見えないもの。
ただ、本当のところはそんなに複雑な話じゃないわ。後ろから見ていたからこそ分かる。
千歳が今仕掛けたのはただの「イカサマ」。
変な名前の技じゃなかったはず、そう、たしか名前は――戻しツモ。
実際に実物を見るのは初めてね。自分のツモ番のときに予め二枚手の中に仕込んでおいて、三枚ツモるのと同時に山に二枚戻す。外見には普通に一枚ツモしたようにしか見えない。
その上でツモった三枚を小手返しの要領で音も無く手牌に組み込み、あたかもツモ切りしかしていないのように見せかける。
考えすぎかもしれないけど、東三局で私たちに見せつけた小手返しはパフォーマンスだったのかもしれないわね。小手返しには「音」が付き物だという先入観を持たせるための。
……言葉にすれば簡単かもしれないけど、実際後ろから見ている私も、千歳の素早く正確な手の動きに、手牌の異常でもって初めて気が付いたのだから世話ないわ――
雷は千歳の本来の職務を思い出して内心苦笑いをする。
千歳に限らず艦娘の本来の職務は対深海棲艦戦だ。では、深海棲艦と闘うために何が必要か。
それは、大雑把に言ってしまえば装備と技術だ。
基本的に艦娘は同一艦種の場合似たような装備をする。
駆逐艦は主に砲と魚雷。各々装備する場所――肩や腿、背中――に違いはあれど、その程度で特別な差異はない。
同様に千歳の属する空母も主に戦闘機を装備する。
しかし、空母は駆逐艦と違い、各々が装備する箇所が違うだけというわけではない。
戦闘機は戦場では空母を離れ、機体ごとに能動的に戦う。
そのため空母艦娘はそれぞれの艦種毎に独自の技術で戦闘機を戦場で操作している。
赤城に代表される、訓練された妖精を戦闘機に乗せて、弓を用いて現場へ急行させる、弓術。
龍驤に代表される、魔的な力を用いて遠隔操作する、呪術。
そして、千歳型だけが用いる、操糸術。
自身に搭載される数十機に及ぶ艦載機とそれを操るための数十キロメートルにも及ぶ繰り糸。箱型のカラクリを解した上でとはいえ、その全てを目視の外から同時かつ完全非同期に指先の微細な操作と指先から伝わる僅かな感覚だけを頼りに動かし、交戦する。
達人業、神業、いやそれ以上と言っても差し支えのないほどの技術。
――その手癖の悪さを麻雀に持ち込むだけでここまでのものかしら。
(でも、私の姉妹はその程度であっさり負けるほど弱くないわ。特に電は――)
「ロン。2900は一本場で3200ね」
「はい、なのです」
(大丈夫……よね)
南二局二本場 ドラ:五策
東家:千歳 31500(+2900+300)
南家:電 17800(―2900―300)
西家:暁 42800
北家:響 3000
さてさて、駆逐艦の皆はどこまで気づいているかしらん。と千歳は思う。
最初から最後までわざと、というわけではないが千歳は駆逐艦娘に自分が、何か仕掛けている、ということを示すヒントを出していた。
取り立てて露骨なのは、南二局の通常ありえないアガリ。
予め千歳は駆逐艦娘たちに小手返しを見せていた。その上で駆逐艦娘の視点からという前提で少し考えても南二局で千歳は「ツモ切りしかしていなかった」のではなく「ツモ切りしかしていない様に見せかけていた」と駆逐艦娘たちも気づくことだろう。
千歳自身もそっちの業は既に気づかれていると考えている。
はじめからヒントとして気づかせるつもりでいたし、それに中途半端に気づかせることによってブラフの役割をさせ、本命を悟られるまでの時間を稼ぐ。
本命、戻しツモ。
山の位置によって使用できないこともあるが、使うことさえ出来れば、三枚ツモ、及び、二枚戻しの、単純な計算で人の三倍のドローを可能とする正真正銘のイカサマ。
それに加えて、戻す牌による他家の牌操作。
千歳にとっての戻しツモの本懐はむしろそこにある。
手の大きさの都合、千歳の戻しヅモは二枚戻しが限度である。しかるに上家である響のツモの操作はできない。
そのため千歳はまず響を狙い打った。
ツモ操作不可能な響に先手を打って逆転可能性を低くする手に出たのだ。
そして、現時点ではそれは成功しているともいえる。
(あとは、暁ちゃんにアガられないように気をつけながら、満貫以上でアガればいいはず……だけど)
千歳は下家を眺めて熟考する。
他家より三倍多くツモができるといっても、あくまで積み込みをしているわけではないから聴牌速度と確率が上がるだけで、絶対的に高打点を構成できるわけでもない。
安手を聴牌することも多く、結果、必要に応じてそれを張り替えることも多い。
その上で下家の電は。
(考えすぎかしら……まるで私の手が成長する前にわざと振り込んで、機先を制したようにも見えた)
十三順目、千歳、安手を聴牌。
この局、山の位置の関係上、千歳は全ての順目で戻しヅモを行ったわけではないが、しかし、それにしてもこの聴牌の速度は遅かった。
これは一種の千歳の遊びの結果である。
自分はあえて聴牌を目指さず、電と暁の牌操作に終始した。(逆説的にいえば、この聴牌自体は本当に意図しなかったものともいえる。)
その目的はシンプル。電への探りである。
長時間イカサマをすることはイカサマの発覚のリスクをも高める。本来ならばイカサマを使うということは、短期決戦に仕上げる必要が生まれる行為と同義である。それを理解したうえで、あえて千歳はイカサマを使い、様子見に徹した。
勝利への欲望よりも眼前の電に対する好奇心が上回ったためだ。
――これで電ちゃんと暁ちゃんの手牌はガタガタ。聴牌には程遠い状態ね。
響ちゃんには猶予を与えてしまったけど、今は大丈夫。聴牌を崩せば安牌は十分にある。
響ちゃんの聴牌気配は濃厚だし、ここは無理して上がるのはあまり得ではないかしらね。
さて、この状況で電ちゃんはどう出るのかしら――
千歳は視線を電のほうに移す。
(!? ふふっ、こんな状況でも笑っていられるのね、電ちゃん――)
十四順目。
「とおらば、リーチ」
響がリーチをかける。
――やや遅かったわね。響ちゃん。
……河を見る限り。手牌の考慮はさておくとして、響ちゃんにとっては非常にかけにくいリーチだったはず。
それをこの状況で仕掛けてきた。
一発逆転の高打点か、もしくは、もう親番が無い以上少しでも点数を稼ぐため、といったところかしら。
……どの道、この局で私にできることは決まっている。安牌を切って降り切る。それだけね――
響のリーチに対してその順は誰もが現物を出す。
次順、響一発ツモならず。それに合わせるように千歳も現物を落とす。
(さぁ、ここで何かやらなかったら、次は本気で落としにいこうかしら)
この局の顛末を想像した千歳が、次の局の事に思考を巡らせた瞬間――
「ロン」
響の澄んだ声がブリーフィングルームに響く。
「リーチ、タンヤオ、平和、一盃口、赤ドラ……裏が二つ乗って、7飜、ハネ満12000だね。いや、二本場で12600だったか」
「はわわわ。危なく飛ばされたかと思ったのです」
(……裏筋のド本命。これは、電ちゃんが振った……いや、差し込んだ、と言ったほうが正しいのかしら)
電から響への裏筋ド本命による振込み。
千歳の牌操作で電の手牌にはまだ現物が残っている。何よりも聴牌すらしていないはずなのだから、優先して危険牌を切る理由が無い。
ならばこの振込みは、明確な意思を持った上での、盛大な差込ということになる。
千歳は、今このニコニコと笑っている四女が次局に何を仕掛けてくるのかを想像し、身を震わせて、微笑む。
南三局 ドラ:九策
東家:電 5200(―12000―600)
南家:暁 42800
西家:響 15600(+12000+600)
北家:千歳 31500
「これで、フェーズ1クリアーなのです」
電は第一打を切りながら自信ありげに宣言をする。
「フェーズ1? なにそれ?」
下家暁が山から牌をツモりつつ、電の言葉に疑問符を投げかける。もっとも、暁の疑問はこの場にいるほかの艦娘全員の疑問といっても差し支えなかったが。
「千歳さんを倒す為の作戦、なのです」
「作戦?」
「……まあ、作戦といっても、フェーズ1はただの運の結果であって、あまり誇れたものではないのですけど――」
電は頬をポリポリとかきながら、頬を赤めてはにかむ。
「でも、やっと条件は整ったのです。これでこの局、千歳さんは小細工できないのです」
千歳は言葉に出さず、現状自分の置かれた状況を吟味する。
今の状況。サイコロの偶然により山が千歳にとって上家と対面に前にある状況。
千歳が腕を伸ばさなければツモれない状況。
それは戻しヅモをするのがほぼ不可能もといえる状況。
そして、全自動卓ゆえに積み込みによるイカサマもできず、コンビ打ちでないゆえに卓外イカサマも使えない状況。
つまり――
(どうあっても私がヒラで打たざるを得ない状況)
しかし、それは実際には不利でも有利でもない。
ただ、イカサマが使えなくなっただけ。実質的には同等の立場に戻っただけにすぎない。
(だとしたら、「フェーズ1」とやらが山の位置だけを意味するわけではないのは確実)
仮にフェーズ1が山の位置だけを意味するものだとしたら、前局の電の放銃の理由がなくなる。
山の位置を変えたいだけなら無理やり高打点濃厚の響に振り込む必要はなく、あの局はベタオリでいいはずなのだ。
ならば山の位置変更のほかに、何らかの仕掛けが仕込まれている。そう判断できる。
(……オーラスにすべてを託すのは危険かもしれないけど、このまま電ちゃんを放置しておくのも嫌な予感がするわね。ここは素直に早アガリして、少しでも点数を稼ぎ、山の位置をずらすのが妥当、といった感じかしら)
五順目。
「ポン」
電の切る中を響が食う。
電にとってはここが勝負所だろうな、さて私はどうするか。と響は電の河から中を拾いながら考える。
響は自分の手牌に視線を落とす。
――私たち艦娘が麻雀のようなゲームをやると、ゲームの内容に極端な偏り(・・)が発生することがある。
偏りは今の私の手牌であったり。
偏りは電の異常戦術の拠り所であったり。
とにかく普通の確率論から大きく逸脱した。理屈では通らない様々な偏りが起きる。
しかし、今の私にとってはその偏りこそが半ば敵に等しい。
電はこの局、偏りを意図的に引き寄せるために早アガリを狙うだろう。
電の偏りの性質を知る私や暁にはそれを意識的に止めようとすることは可能だ。
……だが、もし止められたとしてもだ。そこからどうする。
私の順位は三位。一位との点差は27200点。ハネ満直撃でも、倍満ツモでも届かない。
その私が。悠長に。電の策を折るためだけに。安手でアガって流す。
ありえない。
その選択肢はないね。
それは一位総取りのこのルールでは負けを認めるのも同然の行為だから。
じゃあ私はどうしたい。
決まっている。電の策に正面から乗り、私が上がる。
この私の、偏りに偏ったこの手牌で上がるしかない。
悪い冗談だね。……でも、楽しくなってきた――
響、打一萬。
「ロン。平和のみ、なのです」
((っ!! 早い))
千歳と響の思惑を軽くいなす電のアガリ宣言。
このアガリで今まで終始笑顔を保ち続けた千歳の表情に、初めて明確な驚愕の表情が浮かぶことになる。
しかし、その表情も一瞬のこと。すぐさま千歳の表情は元の柔和なものに戻る。
戻る? いや、違う。今の笑顔の表情は元の表情とはまた異なるものだ。
少しの表情の違い。今までの好奇からくる笑顔から、確信からくる自信を含む笑顔への変遷。
それは外見には僅かな違いだが、確かな違いであった。
千歳の確信、それは。
(平和のみ、ね。普通に考えたら理解できないわね。わざと振った響ちゃんから振った点数よりもはるかに低い点数を取り返すなんて。でも――)
本当の意味で普通じゃないことはこれからこの雀卓で起こる。それも確実に。――それが千歳の確信。千歳はそれを今の電のアガリで確信づける。
(となると、次の電ちゃんの一手で下手打ったらチェックメイトになるかもしれないわね。だとしたら――)
(……もう気がついたのか。フフッ、ちょっと早すぎやしないか)
対する響。千歳とは別に彼女もこのアガリにある驚きを覚えた。
響も電のアガリのあまりの早さには驚いた。が、それはそれだけだ。
響は電が早アガリを狙うことは知っている。だからこそこの状況での電の早アガリに関しての驚きは今更ない。
響の本当の意味での驚愕。
それは千歳の表情だ。千歳の表情のわずかな機微、その機微の変遷から響は千歳が電の偏りの一端を掴んだと断定した。
(しかし、気がついたからといって、こうなった電を止めるには何かが必要だ。千歳さんにその何かがあるのかな? ないのかな? どちらにせよ、さあ――)
((――いよいよ、ここが、正念場!!))
心機一転。千歳、響共に再度の集中をし、勝負は電が親を継続し佳境に突き進む。
「……ねえ雷。なんか暁一位なのにすんごい蚊帳の外っぽいんだけど、気のせいかしら?」
「……大丈夫よ、安心して。卓にいない私よりマシよ。うんうん」
「そう。ならよかっ……いや、よくないわよ!! それぜんぜん良くないわよね!?」
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
ご意見、ご感想お待ちしております。
では、また次回に(書き溜めが尽きたので少し遅くなると思いますが)よろしければお会いしましょう。