歌謡ショウを間近に控えたある日、大神は中庭で一人の少女の事を思い出す。
 前回の新春歌謡ショウで花組を退団した神崎すみれの事を。
 そして思う。
 仲間を1人欠き、新たな舞台へ挑む花組の皆の事を。

 そこにマリアがやってきて……

 帝劇の中庭で起こる日常の一幕。
 帝劇中庭シリーズ第2弾です。

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すみれが去った後の帝劇の中庭での一幕。
帝劇中庭シリーズ第2弾です。


今日は青い空の下

 夏が来る。

 夏が来る。

 今年もまた、あの暑い季節が、やって来る。

 いつもと同じようで、でもどこか違う…そんな、季節がー

 

 

 

 

 燦々と照りつける真夏の太陽の下、青々とした芝生の上に寝ころんで、大神はただぼんやりと空を見上げていた。

 黒い瞳を少しまぶしそうに細めた大神は、何か、考え事をしているようだ。

 その目はじっと青空の一点を見つめたまま動かない。

 

 少し湿り気はあるものの、それでも爽やかな夏の風が、大神の黒髪を揺らしながらすり抜けていく。

 その風を感じながら、大神は静かに目を閉じた。

 全身に感じる風が、とても、気持ちよかった。

 風の音、擦れあう草の音、降り注ぐその光の音さえも聞こえてきそうな気がして、大神は口元にかすかな笑みを浮かべる。

 いつだったか、こんな風に芝生に寝そべっていたときのことを思い出しながら。その時、自分の傍らにいた、一人の少女を思いながらー

 

 

 

 

 あれは今よりもまだまだ寒い時期。

 歌謡ショウを間近に控えたある日のこと。

 大神の隣には彼女が居た。

 気が強くて、頑固で、意地っ張りーだけど本当は優しくて寂しがりやな一人の女の子。

 

 その少女の名前は神崎すみれ。

 

 この帝劇のトップスターとして立ち続けた、美しく、勝ち気なその少女はしかし、もうこの劇場には居ない。

 先の正月に行われた歌謡ショウを最後に、彼女はこの花組を離れ、女優としての人生に終止符を打ったのだった。

 それは同時に帝国歌撃団花組の隊員ー帝都防衛の戦士としての生活の終わりをも意味していた。

 

 そして大神達は彼女と別れを告げあった。

 だが、それは永久のものではない。離れていても彼女はいつだって大切な仲間だ。

 そのことだけは決して変わることはないだろう。

 ただ、寂しいー

 

 彼女の存在がないだけで帝劇に灯る明かりが弱まってしまったかのように。

 みんなの明るい笑顔が姿を潜め、口数が減り、不安そうな表情をすることが多くなった。

 そして前より少しだけ、ケンカの回数が増えた。

 以前、すみれとカンナが良くしていたような仲がいい故のじゃれ合い(?)のようなケンカではなくーほんの少しの言葉や心の行き違いからの小さなもめ事がー

 

 みんながみんな、不協和音を響かせていた。

 たぶんみんなが思っているはずだ。何かがおかしいと。

 だれもがその原因を薄々感じながらも分からない振りをするーそのことがさらにみんなのすれ違いを大きくしていた。

 

 どうすればいいのか。

 どうしたらいいのかー今の花組は暗いトンネルの果ての出口をみんなで一生懸命に探し求めている。

 このままの状態でいいはずはない。

 そのことは彼女たちももちろん気がついている。だからこそみんな必死になって模索している。

 考えている。

 自分たちは今何をすればいいのかーそのことを。

 

 

 

 

 小さく息をつき、芝生に放り出されたままの台本を拾い上げる。

 それはもうじき始まる夏の舞台の台本だった。

 

 『新編八犬伝』

 

 大神の目は真剣に、その題を見つめている。

 彼女たちの探す答えはきっとこの中にあるー大神はそう思っていた。

 正確にはもうじき始まろうとしている、彼女たち一人一人が今必死になって作り上げようとしている芝居の、その舞台の上に。

 

 反発は、あった。

 

 何しろ、すみれの抜けた今の花組は7人しか居ないのだ。

 7人しか居ないその花組の次回公演の題材が8人の犬士を必要とする八犬伝とはどういうことなのかと。

 

 正直、大神も最初はそう思った。

 だが今は理解しているつもりだ。

 米田が何を考え、何を思い、八犬伝という題材を選んだか。

 

 そのことで米田の花組への深い愛情を知り、大神は思うのだ。

 自分も彼のようにありたいと。

 彼のように、強く毅然とことを納め、そして大きく深い愛情で花組を包み、導いていけたらいい。

 今の大神ではせいぜい彼女たちと歩調を合わせ、遅れないようについていくのが精一杯だ。

 

 大神のそんな思いを知ったら、支配人はきっといつものあの豪快な笑顔で笑い飛ばしてくれるだろう。

 お前はお前らしくやればいいのだと。

 そして、彼女たちもきっとー

 

 でも、それでは大神がいやなのだ。

 もっと強くなりたい。

 もっと大きくなりたい。

 そう遠くない未来、自信を持って彼女たちを率いてたてる男になれるように。

 彼女たちともに立つにふさわしい男になれるように。

 

 大きく息を吐き出して大神は再び空を仰いだ。

 瞳いっぱいに映る空は、どこまでも澄んだ青さで染め抜かれている。

 その青さはここ連日の忙しさに疲れ切った大神の体を優しく癒してくれるーそんな気がして一人微笑んだ。

 

 そして耳を澄ます。

 遠くからかすかに響いてくる歌声のその暖かな響きにー

 今こうしている間も花組のメンバーは初日へ向けての最終調整とばかりに稽古を休むことなく続けているのだ。

 そのことを思うとこんな風にのんびりしていることが、なんだか申し訳ないような気になってくる。

 大神とてついさっきまでは売店の手伝いに裏方にと忙しく動き回っていたわけで、決して遊んでいたわけではないのだが。

 特に今回の舞台は枡席の設置をする等、様々な新しい試みをがあるため、裏方仕事もそれはもう目が回るくらいに忙しい。

 いまの休憩もそんな忙しさの目を縫うようにして与えられたものだった。

 

 ーでも、もうそろそろ行かないとな

 

 そんなふうに思い、大神は芝生に横たえたままの上半身を起こした。

 すると、ちょうど劇場の方からこちらへ向かってくる人影が目に入り、大神は思わず口元をほころばせた。

 

 「マリア」

 

 彼女の名を呼び、大きく手を振る。

 

 「隊長、こちらでしたか」

 

 彼女もまた、その面にに柔らかな笑みを浮かべ、ゆったりとした足取りを崩さぬまま大神の元へと向かう。

 大神は、近づいてくる彼女を見上げ、微笑みかけた。

 愛おしそうに。心から大切な人にするように。

 

 「-もう、稽古は終わりかい?」

 

 尋ねた大神に、マリアはゆっくりと首を横に振る。

 

 

 「いえ。よろしければ隊長に、通しの稽古を見ていただけたらと思いまして」

 

 「俺でいいのかい?」

 

 「隊長に、見ていただきたいんです」

 

 「そうかー」

 

 少し考えて、大神はにっこり笑って再びマリアを見上げた。

 

 「分かった。じゃあ、一緒に行こうか?」

 

 「はい」

 

 大神の言葉に嬉しそうに頬を染め、頷くマリア。

 そんな彼女をまぶしそうに見つめ、差し出された白い手を取り立ち上がる。

 そしてそのまま手を離さずに、

 

 「さ、行こうか」

 

 と彼女を促した。

 いいんですか?-瞳で問いかける彼女に笑顔を返す。

 その笑顔受けて、彼女もまた、花がほころぶように微笑んだ。

 その手をぎゅっと握り、大神は彼女を促すように歩き出す。

 そして彼女の名を呼んだ。

 

 「マリアー」

 

 その声に呼ばれ、翡翠の瞳が大神を見つめる。

 その眼差しを正面から受け止めて、大神は自分の思いを言葉にした。

 精一杯の、思いを込めて。

 

 

 「いい、舞台にしような。おれも、その…頼りないかも知れないけど、一生懸命頑張るから。君たちの役に立つように。君たちの支えになれるようにー」

 

 「隊長…」

 

 

 驚いたように見開かれたマリアの目を大神は照れくさそうに笑って見つめる。

 それから不意にマリアが笑った。本当に嬉しそうに。

 そして今度は自分から大神の手を強く握った。

 

 

 「はい。必ず。だから、見ていてください。私達を」

 

 「-ああ。約束する」

 

 

 お互いの手を強く握りしめ、二人は歩いていく。

 その背を、抜けるように青い青空だけが、ただ見守っていた。

 

 

 

 

 見ていてくださいーマリアは言った。

 そうだ、俺にはそれしかできない。

 舞台の上で戦う彼女たちをただ見守ることしかできない。

 

 だから、せめて、目を離すことなく彼女たちを見つめていよう。

 心を込めて。思いを込めてー

 そのことが少しでも彼女たちの支えになることを祈りながらー

 

 この夏の舞台を終えたとき、きっと今までよりも大きな成長を遂げた彼女たちと出会えることを信じている。

 あの冬の日、最後の舞台を終えて新たな自分の未来へと飛び立った彼女のように、彼女たちもまた、新しいそれぞれの未来を見つけだすと、俺は信じている。

 そう、心からー

 




 帝劇中庭での日常の一幕を描いたこのシリーズはまだ数点あるので、順次UPしていく予定です。
 よろしくお願いします。

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