なぜ、こんなことになったのだろう?
千冬の駆るリッターSSのタンデムシートで鈴は深いため息を吐いた。
時間は数十分前に遡る。食堂で夕食のラーメンをすすっていた鈴に懐かしい奴から連絡があったのだ。加賀美弾。中学時代の悪友で、総司も入れた3人で良く遊んだ。そんな彼が久しぶりに電話をかけてきたかと思えば、総司がさらわれたと言う。
総司がさらわれた⁉︎おうむ返しして鈴が詳細を聞こうとしたその時、知らぬ間に背後に立っていた千冬が電話をひったくり弾を問い詰めた。 少ない質問で大方の自体を把握した千冬は鈴を引っ張っていきバイクに乗せた。そして今に至るというわけである。
「着いたぞ」
冷たい声が鈴の意識を引き戻す。ヘルメットのバイザー越しに加賀美食堂の文字が見えた。店の正面には見慣れた短髪の少年が立っている。
「弾」
鈴はバイクから飛び降りて駆け寄った。
「いきなり電話してきたかと思えば、どうなってんのよ?」
「それがわかんねえんだよ!天道以外の男のIS使いが出てきたと思ったら、そいつが軍隊率いてて…」
「電話での説明で大方の状況は理解できている。それで、犯人の居場所は?」
「わかりません。あいつら空飛んで行っちゃって…」
「そうか…自分を責めるなよ。誰だって君と同じ状況に追い込まれればどうにもならん」
申し訳なさそうにする弾の肩を叩いて励ます。
焦るな。弾を励ましながら自分にそう言い聞かせる。しかし相手の居場所すらわからない。犯人側からの要求すらない。どん詰まりの状況に不安と焦燥が膨らむ。そんな時だった。青いジェット噴射で飛行する機械仕掛けの赤いカブトムシが突然現れ、千冬達の頭上を旋回し始めた。
※
『ベルトのデータは受け取った。よくやったと矢車君達に伝えておいてくれ』
「了解しました」
タブレット端末の向こうで満面の笑みを浮かべる社長にスコールは慎ましく返答する。
二人とも口調こそ冷静であったが、その心は大きな仕事を成功させた達成感でいっぱいだった。
『しかし、本当に良かったよ。ベルトが手に入って…2号ベルトとゼクターの幾つかが更識家に確保されたと知った時は、計画の頓挫を覚悟していたが…まさか殺したはずの彼が1号ベルトとともに無事だったとはね。これだから人生は楽しいよ』
「そうですわね。それに手に入ったのは1号ベルトだけではありませんわ。ベルトからカブトの戦闘データを抽出することに成功しています。このデータと量産型のプロトタイプとして作られたザビーのデータを合わせれば」
『我々が確保しているザビー、ドレイクの他にライダーを作ることが出来る』
「その通り」
ニヤリ、タブレット越しに顔を合わせながら、2人は口元を釣り上げた。
※
夜もふけ、家路を急ぐ車両の群れもだいぶおさまる頃、二台のバイクが疾走していた。一台は女2人乗りの大型スポーツバイク。その後ろを少年が運転する赤いオフロードバイクが追従する。千冬達だった。彼女達を導くのは機械仕掛けのカブトムシ、総司の相棒カブトゼクターだった。
千冬達は一縷の望みを託してそれに続いた。そしてたどり着いたのはとある雑居ビルであった。
「どうやらここらしい」
ヘルメットを取り、乱れた髪を直しながら千冬が言うと弾と鈴はビルを見上げる。一見普通の雑居ビルである。そう大きくもないが小さくもない。
「こんな所に総司が…」
「天道の相棒のカブトムシが教えてくれたんだ。間違いねえだろ。行こうぜ」
と言うと弾はビルの正面玄関へ歩いていこうとする。それを千冬が制した。
「加賀美君は隠れて待っていてくれ」
「なんでですか⁉︎天道の姉さん⁉︎」
「バカ弾、相手はISを持ってるのよ。あんたが行ってどうやって戦うのよ」
「それは、でも天道の姉さんだって」
「これでも私はモンテグロッソのチャンピオンだ。戦い方は心得ている。だが、君を守る余裕は無い。凰もだ。残念ながら君はこの中では足手まといになる。ここは隠れて我々が総司を連れ戻すのを待っていてくれ」
千冬の言葉は優しくもトゲトゲしかった。それが悔しくも事実であることは他ならぬ弾が一番わかっていた。
「わかりました。気をつけて」
悔しさを噛み締めながら2人に告げた。握りしめた拳に血が滲んだ。
※
『侵入者あり、侵入者あり。ただちに迎撃態勢に入れ』
薄暗い牢屋に館内放送の音声が流れ込んでくる。すると後手に縛られたまま胡座をかいて瞑想していた総司の元にアリを模したヘルメットと戦闘服に身を包んだ大柄な女が歩み寄ってくる。
「立て、移動するぞ」
「やれやれ、そろそろ潮時だな」
牢の鍵を開ける女を見て総司は告げた。何が言いたい?戦闘服の女は首を傾げる。次の瞬間、総司の上段まわし蹴りが女の顎をヘルメット越しに蹴り抜いた。女はガクンと膝を降り、総司にしなだれかかるように倒れた。
「さて、少し遊ばせてもらおうか」
そう言った総司はすでに自らを縛っていたロープを解いていた。
※
壁に空いた大穴を背に千冬達は堂々と一階ロビーに侵入する。救出作戦に千冬が選んだのは衝撃砲で壁をぶち抜き、出来るだけ騒ぎを大きくするというものだった。すぐさま警報が鳴り響き、大勢の人間の足音が聞こえてくる。
「凰、私が囮になる。お前は隠密行動でビル内を探索しろ」
「了解」
鈴は短く言うと、闇に紛れて姿を消した。
「さて、ここからは骨が折れるかもな…」
千冬が呟く、ビル内を駆け巡る足音が近くなり、音の主達が姿を現わす。アリを模したヘルメットに黒い戦闘服の女性達の部隊。その中心にいる指揮官と思わしきスーツ姿の男の姿が現れた。
「お前達が総司を連れ去った犯人か?」
「その通りです。初めまして天道千冬さん、しかしご挨拶ですね。一応救出作戦でしょう?もっと静かにやるものでは?」
「ふん、それはどうかな。お前達は私を多勢に無勢の状況に追い込んだと思っているようだが、大きなものを見落としている。ビルが破壊されるほどの騒音、周囲の人間が気付かないとでも思うか?」
「まさか、なるほど…騒ぎに気付いた人間が見に来るか…もしくは警察、火の手が上がれば消防も来る」
「そう、見たところ秘密結社のようだが…いいのかな?」
「なるほど…全員退却しろ」
男はニヤリと笑うと部下に退却を命じる。
「矢車さんは?」
後ろの部下が問う。スーツの男矢車はおもむろに右手を伸ばす。その手に機械仕掛けの蜂が止まる。
「俺は、この女を始末する。亡国企業を侮辱した罪の罰を受けてもらう。心配するなすぐに離脱出来る」
「ご武運を」
部下の一人が返答すると黒アリ部隊が波のように引いていき。たちまち矢車と千冬が一対一で向かい合う形となる。
「変身」
『HENSHIN』
左手のブレスレットに機械仕掛けの蜂を装着する。矢車の体をゴツい装甲が覆う。
「そうか、それが」
「マスクドライダーザビー。ISに勝るとも劣らない、真の最強の兵器だ」
「よく存じあげているよ。やっぱりISじゃなかったということは初めて知ったがね」
「ではその情報、あの世へ持って行ってもらいましょう」
そう言うとザビーは踏み込み、千冬へ殴りかかった。
※
「こんにちは天道総司さん」
警報が鳴り響き黒づくめのアリの集団が慌ただしく駆け巡る光景の中、スコールは不意に声をあげた。全員の移動がピタリと止み、スコールと同じ方向へ視線が向けられる。全員の視線が一人の隊員に向けられた。
「スコール、どういうことだ⁉︎」
スコールの隣に控えていたオータムが驚き彼女に問う。スコールはしてやったりと言いたげに視線の先の隊員を指さす。
「警報が鳴り響くこの空間、みんな焦っている中、あの子だけ歩調が落ち着いていた」
「そんなでもあいつは牢屋に…」
「侮らないで、彼を誰だと思っているの?」
「その通り。俺を誰だと思っている…俺様だぞ」
隊員が口を挟む、ここでオータムも残りの隊員達も全員気付いた。アリ部隊には全員アラクネのISが支給されている。つまり全員女なのだ。
その場の全隊員が警戒態勢を取り、アラクネを展開させ、銃口を向ける。そんな中でヘルメットを取り、総司はその端正な顔をあらわにした。
「初めまして、新聞では見てたけど、実物は初めてね。うん、なかなか“よくできてたのね”」
「なんの話だ?」
「いいえ、なんでもない」
「そうか、ならいい。そんなことより、俺のベルトを返してくれないか?ここまでわざわざ探しに来てやったが見当たらないんだ」
「あら…ふふふ」
総司の要求にスコールは一瞬面食らい、本当に面白そうに笑う。
さてどうしよう。
スコールは出かたを考える。すると、もう我慢ならんとオータムが前に出た。
「テメエ状況わかってんのか⁉︎ベルトどころか生きて帰れるかすら危ういってことがわからねえのか⁉︎ここに来たことを後悔させてやる。この傷の借りを返す。八つ裂きにしてやるぜ!」
顔半分を覆う血の滲んだ包帯を指さし、オータムが怒鳴る。彼女はアラクネを展開し銃口を総司に向ける。その顔は歪みいつ発砲してもおかしくない程彼女が興奮していることを見て取れた。
「やめなさいオータム」
見ていられないとスコールはオータムを止めた。反抗しようとするオータムを一睨みして黙らせるとスコールは総司に向けてアタッシュケースを一つ放り投げた。
「もういらないからあげるわ。その代わり一つ聞かせて。あなたはなんのために戦うの?」
「人類の未来のため…そして俺の未来のためだ」
「いい答えね、面白いわ。全員脱出するわよ。彼は放っておきなさい」
総司に背を向けスコールは隊員達に告げる。渋々彼女に続いたオータムは最後に総司に呪詛の視線を向けた。そして統制の取れた動きであるものは窓から飛んで飛行し、あるものは地下駐車場へ駆け。撤退していった。
それから数分後のことである。
「はぁはぁはぁ…意外と広いわね。総司のやつどこにいるのよ…」
恨み言をつぶやき息を切らして鈴が現れる。
「ここだ」
総司は平然としてそれを出迎えた。